百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

46 / 76
 お待たせです!
 


二十三話「明かされる秘密、燕の決意」

 一九三七年、八月某日。

 京都府京都市右京区にて、荒魂が発生した。

 それも、通常の荒魂ではなく大荒魂。

 当時の日本は日中戦争が始まったばかりと言うこともあり、何処も彼処も大騒ぎ。

 そんな中起こったのが、京都嵐山大災厄。

 

 

 起こった理由は百合たちが生きる現在まで解明されていない。

 死者数は千を超えて、行方不明者数も数百人に及ぶ災厄。

 相模湾岸大災厄には及ばないが、それでも大災厄と言うに相応しい被害をもたらした。

 その大災厄を解決・収束に導いたのが夢神家。

 

 

 当時の当主でもある夢神(つばめ)と、その他数名の刀使によって大荒魂は討伐された。

 だが、本当の所は違った。

 この情報は嘘であり、本当の結末は……

 

 -----------

 

 大災厄の日、その日は酷い土砂降りの雨だった。

 空を覆い尽くす薄気味悪い雲を見ながら、嵐山の中を歩く二本の御刀を持った少女。

 桜色の髪に、碧色の瞳で、笑った顔を小悪魔のそれ。

 よく見なくてもわかる程発育の良い体。

 全体像は、聖や百合に瓜二つだ。

 

 

 彼女の名前は夢神燕。

 その少女の他にも刀使は居るが、肩で息をするほど疲れているようだ。

 

 

「どうする〜、ちょっと休憩する?」

 

「いいえ、ここで立ち止まる訳には…」

 

 

 他の者達も意見は同じなのが、息も絶え絶えながら頷いた。

 彼女達の真面目さに、些か呆れた顔をしている燕。

 ここまでの道程には、荒魂の残骸とも言えるノロがあちらこちらに散らばっていた。

 少し複雑な表情になりながらそれを見た燕は、ある決断をする。

 

 

「…みんな、ここから先は一人で行く。だから帰って。もし私が戻ってこなかったら、折神の家に急いで討伐班を寄越すように伝えること」

 

「そ、そんな、待ってください。私達はまだ!」

 

「これは夢神家の当主である私の命令なんだよ? 逆らうの?」

 

「で、ですが…!」

 

 

 食い下がろうとしない自分の仲間に嫌気がさすことはなく、寧ろ本当に良い仲間を持ったと感じた。

 だからこそ、連れていく訳には行かない。

 

 

(この子達に、荒魂を斬らせたくない…。それ以上に、荒魂にこの子達を傷つけて欲しくない)

 

 

 燕は如何にも真面目そうな、副隊長である藍色の髪の少女の頭を撫でて諭すように言った。

 

 

「…心配しないで、とか。大丈夫、とか言わない。だけどね、私はあなた達に生きて欲しいの。……お願い」

 

「…わ、かりました。皆の者退くぞ! 陣形を整えろ!」

 

 

 藍色の髪の少女によって、燕が大荒魂討伐のために造った急造の討伐班は来た道を帰っていく。

 討伐班と言っても、普段から一緒に居る友人と言うだけ。

 本来なら巻き込みたくなかったが、いざと言う時に頼れるのは連携の取れた仲間だ。

 

 

 燕は歩く。

 歩いて、歩いて、荒魂を避けながら歩くこと十数分。

 嵐山の頂上に、それは居た。

 荒魂…大荒魂でありながら、百合の様に美しい。

 その美しさ故に付けられた識別名は、大荒魂クロユリ。

 

 

「…人間か、何の用だ?」

 

「…いや〜、貴方が出す荒魂をどうにかして欲しいな〜って思ってさ。それを伝えに来たんだけど…」

 

「? 他に何かあるのか? 用がないなら去れ。我は生き残る術を探している最中だ。いずれお前達刀使に討たれる未来など視えているからな」

 

 

 右目は碧く、左目は緋く。

 双眸が違う輝きを放つクロユリに、燕は見惚れていた。

 クロユリは異形の存在。

 愛されるとこともなく、産まれた瞬間から孤独感と喪失感に苛まれ、やっと得た強い感情は人への果てしない憎悪。

 

 

 悲しき生命だ。

 燕は、悪いとは思ったが同情していた。

 昔から、荒魂を斬るのが嫌いだった。

 だけど、それで荒魂の想いを断ち切れるから、清め祓うことが出来るから、そう言われて燕は斬ってきた。

 何千と言う荒魂を斬って、得た感情は深い後悔だった。

 

 

 何か違う接し方があったのではないか? 

 もっと分かり合うことが出来たのではないか? 

 頭の中をグルグルと駆け回る問に対して、燕はクロユリを見たことでようやく答えを出した。

 

 

「ねぇ、勝負しない?」

 

「勝負だと? くだらん、やっている暇などない」

 

「そうだなぁ、勝ったら私に寄生してもいいよ? 出来るんでしょ?」

 

 

 荒魂が人を飲み込む所を、人が荒魂になる所を見たことが燕にはあった。

 だからこその、勝利の褒美。

 

 

「そうすれば、貴方は私を苗床にして生きながらえることが出来る」

 

「貴様が勝ったら?」

 

「私が勝ったら? …う〜ん…私が愛してあげる!」

 

「……?? 何を言っているんだ貴様は?」

 

「だから、私が愛してあげるって言ったの。…貴方、愛されたことないんでしょ? それじゃ可哀想だもの…」

 

 

 クロユリは訝しむような視線を燕に向けたが、彼女の提案は魅力的であった。

 何せ、自分が考えていた生き残る術を、態々与えてくれるのだから。

 この時、クロユリは自分が負けることなど全く考えていなかった。

 どうやって、ダメージを少なくして燕を倒すかを考えていた。

 

 

「勝負内容は簡単。私が貴方に一太刀入れる。それを耐え切れたら貴方の勝ち、耐え切れなかったら私の勝ち」

 

「もし、我が消滅した場合は?」

 

「その時はその時だよ」

 

 

 飄々とした態度が怪しさを持たせるが、クロユリは動じない。

 それどころか、余裕綽々といった立ち住まいだった。

 舐め切っている。

 人間を、夢神燕を、完全に舐め切っているのだ。

 憎むべき相手に負けるなど、憎むべき相手に愛されるなど言語道断。

 クロユリにとっての一太刀は、蚊が止まった程度のものでしかない。

 

 

 だが、燕にとっての一太刀は希望の一太刀。

 夢神流のやり方に則って、宗三左文字を鞘から抜き構える。

 数分間、ありったけの想いを御刀に乗せる。

 次の瞬間、燕はクロユリを斬り裂いた。

 

 

「ーーなっ!?」

 

「ふぅ……一太刀に全て込めた」

 

 

 燕は確かにクロユリを斬った、だが斬ったのはクロユリの穢れ。

 この世界にいる荒魂全てが持ってるもの。

 本来なら不可能に近い事を、燕はたった一太刀でやってみせたのだ。

 益子の家がねねの穢れを落とすのに数代かけたのに対し、燕は一太刀。

 こうやって並べると可笑しさの度合いがわかり易いだろう。

 

 

「…私の勝ちだね?」

 

「は、ハハハ! 面白いな、貴様は! 名前はなんだ?」

 

「私の名前は夢神燕だよ。これから宜しくね? クロユリ」

 

「宜しくも何も、我は消える」

 

「消えないよ? 私の中に入ればいいじゃん? 駄目なの?」

 

 

 思考を巡らせる。

 今燕と関係を持ったら、絶対に面倒なことになる。

 そう思ったが……それ以上にそれも悪くないと思った。

 

 

「穢れがなくても大荒魂だ? 貴様が耐えられる保証はないぞ?」

 

「大丈夫だよ? 私はクロユリの事を愛してるから」

 

「……勝手にしろ」

 

「うん。勝手にする」

 

 

 燕が近づいてクロユリに手をかざすと、掌から液状となったクロユリが侵入する。

 血管や神経を辿り、クロユリが辿り着いたのは燕の心臓付近。

 そこで止まった。

 

 

(ここでいい)

 

(了解! …頑張っていこうね?)

 

(気まぐれだ、飽きたら出ていくからな?)

 

 

 その言葉に燕は答えることは無く、嵐山を下った。

 その後は正史通り、燕とその仲間が大荒魂を討伐したことになった。

 

 

 結局クロユリが燕の体から出たのは、燕が娘を出産してから。

 出たと言っても、娘の体に乗り移ったに過ぎない。

 夢神家で数代…約二代だけだが、刀使が排出されなかったのは、クロユリを使いこなせるほどの器がいなかったからだ。

 聖と百合は、燕と酷似した容姿と精神性であり、器に至った。

 

 

 これが、夢神家に隠されていた秘密であり、百合がひた隠してしてきた真実。

 

 -----------

 

 最終決戦直前、紫が連れてきた結月が語った夢神家の秘密。

 外の状況は大災厄の再来とも言える地獄絵図。

 避難誘導のため多数の刀使と機動隊が忙しなく動いている。

 執務室に居た、可奈美たちや真希たち親衛隊も押し黙まり、話をした結月には後悔の顔が見れた。

 

 

 だが、結芽は違った。

 

 

「話は何となく分かったよ。ゆりが荒魂だってことも理解出来た」

 

「結芽?」

 

「でもね、ゆりはゆりなの!! 私の一番の親友で、私の大切な家族! だから、絶対に連れ戻す」

 

 

 結芽は百合が居なくなってからの数日間、ある夢を見た。

 それは夢ではなく並行世界の結芽の記憶と言った方が正しい。

 神様の気まぐれ、そう言った類のもの。

 ……あらゆる結末を見た。

 百合を救えなかった世界、百合を殺してしまった世界、百合に殺された世界、百合を助けなかった世界、百合をーーー。

 

 

「私はゆりを失いたくない…!」

 

 

 決意の言葉が響く中、紗南のスマホが鳴った。

 その着信相手は……百合。

 紗南は急いで自分のスマホを機材に繋いで電話に出た。

 スピーカーから、結芽の待ち望んだ声が聞こえてくる。

 その声は、泣いた後なのか少し震えている。

 

 

『百合です』

 

『私だ。久しぶりだな』

 

『余計な話はなしで単刀直入に言います。結芽を今現在起こっている最終決戦に出させないで下さい』

 

『それをするメリットは?』

 

 

 紗南の言葉に、若干の間を空けて百合が答えた。

 

 

『私が、タギツヒメと共に隠世の果てに行きます。人類からしたら私と言う脅威と、タギツヒメと言う脅威二つが同時に居なくなります。最高のメリットでしょう?』

 

『……お前はそれでいいのか?』

 

 

 またしても答えに間を空ける百合。

 言葉を選んでいるのか、はたまた……

 

 

『本当は消えたくないですよ、出来るなら生きていたい。だけど、怪物(荒魂)である私がみんな(刀使)と一緒に居ることは出来ない。それに…今真庭本部長の声を聞いているだけで、貴方を殺したくなってしまう。他にも、道端を歩いている赤の他人にさえ憎悪と殺意を覚えてしまうんです』

 

 

 悲しくも、それが現実。

 変えようがない、荒魂の根源。

 

 

『この殺人衝動に抗えなくなる前に、タギツヒメと消えたい。こんな姿、あの子(結芽)に見られたくない』

 

 

 結芽はズキリと胸が痛んだ。

 ……その時、何故か自分の中によく知るナニカが入ってきた事に気付いた。

 

 

(このままで良いの?)

 

(良くない! 嫌だよ! 離れたくない!)

 

(じゃあ、やるべき事は一つだよね!)

 

(…うん!)

 

 

 この世界の結芽に、他の並行世界の結芽の意識が統合されていく。

 今度こそは助ける。

 揺るがない覚悟を持って。

 

 

 全員が何も言わないのをいい事に、結芽は叫んだ。

 

 

『そんなこと! ぜーったいさせないから! ゆりは私が助ける!』

 

『…………』

 

 

 結芽の言葉に答えることは無く、百合は電話を切る。

 

 

 そして、最終決戦が始まった。

 

 

 




 みにゆりつば「ガッチャ」
 
「ゆりー、今回のイベント報酬のキャラゲットした?」
 
「魚釣りのやつでしょ?ゲットし終わったよ」
 
 二人が話しているのは、「イチゴ大福ネコの冒険」というスマホのゲームアプリだ。
 以前軽くゲームシステムは紹介されたので、今回は補足事項を話そう。
 基本的にゲーム内の資金は他と変わらずコイン、ガチャを引くための課金アイテムは「虹の鰹節」だ。
 
 
 その他にも、強化素材として大福とイチゴ大福がある。
 最後に、スタミナ回復用には猫缶(半分)とゴージャス猫缶(全部)。
 イベントでは、基本的にSRのキャラが配布され、配布されたキャラ同士で合成すると甘味増量という限界突破が起きてステータスが向上する。
 
 
 それ以外にも、イベントキャラを強化するための強化素材や、キャラに持たせる為の武器なども、交換させてくれる。
 ランキングイベントでは、順位によってのキャラ配布ではなく、ドロップアイテムとの交換でゲットできる良心設計。
 勿論イベント上位者には、それ相応のプレゼントも用意されており、やり込みたい人もほのぼのやりたい人も楽しめるゲーム。
 
 
「イベント限定のガチャキャラは?」
 
「う〜ん今回は私はいいかな、あんまりタイプじゃないし」
 
「えぇー!可愛いのに!漁師イチゴ大福ネコ!……ふっふっふ、私は引くよ!これを使ってね!」
 
 
 結芽が胸を張ってスカートのポケットから取り出したのは、青いリンゴが描かれたカードだ。
 右上の角には「10000」と書かれている。
 百合は呆れた顔で、結芽を見る。
 相手の金遣いにどうこう言う権利はないが、結芽の課金額は給料の三分の一。
 ……流石に注意せざるを得ない。
 
 
「結芽、そろそろ止めた方が良いよ。今月買いたい服があるんでしょ?マニキュアも見に行きたいって言ってたし」
 
「だって、欲しいんだもん!大丈夫だよ!天井が百回なんだから、五十回も引けば出るって!」
 
 
 何を隠そうこのゲーム、天井があるのだ。
 天井に到達すると、イベントSSRが確定。
 天井までは二万でいけるので、百合や結芽のようなブラック国家公務員には懐に優しい額だ。
 排出率はSSRの確率が五%で、SRが四十%、Rが五五%。
 確率的には悪くない。
 
 
「じゃあ!いっくよー!!」
 
 
 十分後。
 
 
「うわ〜!当たらなかったよ〜!」
 
「はいはい、泣かないの」
 
 
 爆死。
 五十連引いて、SSRは一体も来ず。
 出てきたのは、SRばかりだった。
 百合の胸に蹲りながら、結芽はチラリと百合のスマホを見た。
 そこにはなんと、虹の鰹節を二百個も貯められていた。
 
 
「ゆり!二百個もあるじゃん!ガチャ引こうよ!」
 
「い、嫌だよ。私は次回のイベントまで取っておくつもりなんだから」
 
「ぶぅ〜!じゃあ、チケットで!」
 
「まぁ、チケットなら…」
 
 
 百合は渋々頷きながら、ガチャ画面に移動する。
 基本的に、一回のガチャに虹の鰹節が五個必要。
 それの代わりとして、チケットがある。
 正確には「ガチャチケット」だ。
 排出率は変わらず、一枚で一回引くことが出来る。
 
 
「じゃあ、五枚しかないから五回だけだよ?」
 
「イイヨイイヨ!私が引いてもいい?」
 
「はぁ〜、別に良いよ」
 
「やった!」
 
 
 ウキウキした顔で、ガチャを引く結芽。
 ガチャを引く、と言うボタンをタップすると白い皿とイチゴ大福ネコが居る空間に移動する。
 フリックで虹の鰹節を皿の上に五個置くと、イチゴ大福ネコがそれを食べ始めた。
 すると、体の色が徐々に変わっていく。
 
 
 銀から金、金から虹。
 虹は最高レアであるSSRが出る確定演出。
 最終的に、虹色になったイチゴ大福ネコが、口から虹色の毛玉を吐き出す。
 ここだけが少しショッキングな映像だが、慣れれば可愛いものだ。
 
 
「ゆり!虹出た!虹出た!」
 
「へっ?嘘!?」
 
 
 出てきたキャラは、結芽が欲しがっていた漁師イチゴ大福ネコ。
 気まずそうな表情な百合と、瞳をうるうるとさせる結芽。
 百合はため息を吐きながら、立ち上がった。
 
 
「あ〜、なんかコンビニのお菓子食べたくなっちゃったな〜、結芽も一緒に行く?」
 
「……行かない」
 
「残念だな〜、一万円まで奢ってあげようと思ったのに」
 
「一万円!」
 
 
 態とらしい言い方で結芽を誘い出すことに、見事成功。
 今にも泣きそうだった結芽の顔は見る見るうちに、花咲く笑顔に変わっていく。
 
 
「そういう所、だ〜い好き!」
 
「もう、調子いいんだから…」
 
 
 その後、天井目前でSSRを当てて結芽が歓喜したのは、また別の話。

 -----------

 少し、みにゆりつばの文字数が多い気がしますがお気になさらず。
 今後は大体、五百から千文字あたりで書いていきます。

 最終話まで残すところ後、二話となりました。
 アフターストーリーなどはありますが、百合と結芽の結末をお楽しみに。

 誤字報告と感想は何時でも待ってます。
 リクエスト箱です。
 https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=218992&uid=234829

結芽の誕生日は……

  • X年後のイチャラブ
  • 過去のイチャラブ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。