クリスマスイブの事件から二ヶ月。
未だに百合・可奈美・姫和は行方不明のまま。
捜索は行われているらしいが、結芽は特別遊撃隊の任務で各地を飛び回っているためそれ所ではない。
本当なら、自分から探しに行きたい。
だが、それが許されるほど甘い状況ではない事ぐらい彼女も分かっていた。
だからこそ、鬱憤を晴らすかのように任務をこなしていく。
特別遊撃隊には元親衛隊に加え、沙耶香と薫が入隊している。
結芽は自分が認めた者以外の指図は受けない為か、基本的に一匹狼のように一人で行動している。
しかし、彼女の鎮圧数は沙耶香と並ぶほどのものであり、誰も止めようとはしない。
……以前と変わらず、偶にサボる癖は抜けていないようで今日も任務そっちのけでサボタージュしている。
百合とお揃いで買ったイチゴ大福ネコのストラップを見つめながら、木の上で座る。
「……あれから二ヶ月か…ねぇゆり、二ヶ月は長いよ」
最近はあまり吐いていなかった弱音を吐き出しながら、目を瞑る。
百合が居ない、それだけで世界が霞んで見える。
あれほど輝いていた毎日が、たちまち色褪せていく。
親衛隊のメンバーや、舞衣たちが居るのに……
待ち望んでいた春は遠く、桜はまだ蕾すら実らせていなかった。
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百合と聖は向かい合いながら、会えなかった時に起こった全てを話した。
最初は頷いていた聖も、最後には頷くことすら億劫になったかのような表情で百合を見つめていた。
話終わってから数分、ようやく聖が口を開いた。
開いた口から出てきた言葉は、思いもよらないものだった。
「…本当はさぁ、全部知ってたんだ」
「うん。…うん!?」
「百合には教えてなかったけど、あなたの中にあるクロユリの中に私の意識もあるんだよね。勿論燕ちゃんの意識も」
「ちょ、ちょっと待ってよ!? じゃあ、私が話した意味は?」
「嘘ついたらちょこっとお仕置きしようかな〜って」
嘘などつける筈がない。
嘘をついて物事が上手く進んだ試しがない百合は、嘘をあまりつこうとしない。
緊急時や、本当に知られたくない秘密がある場合は別だが、それ以外では基本的に嘘をつきたくはない。
「…まぁ、怒ってるから結局お仕置きはするけど」
「分かった。…何時でもいいよ」
目を瞑り、ただ待った。
殴られるか、叩かれるか。
どちらにせよ、罰は受けなければいけない。
自分はそれだけの事をした、それぐらい百合は分かっている。
けれど、何時まで経っても痛みはこず、逆に優しく抱きしめられた。
「ホント、私に似てバカなんだから! 私や他の子たちがどれだけ心配して、どれだけ傷ついたか分かってる?」
「…ごめんなさい」
「私や百合みたいな人種はね、殴られるよりも叩かれるよりも、泣かれた方が辛いって知ってるんだから」
聖は知っていた。
殴られるよりも、叩かれるよりも、泣かれる方が辛いことを。
自分自身の体験で嫌と言うほど知っていた。
だから、これを罰に選んだ。
十分ほど泣きながら娘を抱きしめた聖は、スッキリしたのか曇りのない笑顔だった。
「さてと、お仕置きしたし。本題を話そうか……クロユリ〜! 燕ちゃ〜ん!」
「話は終わったのね?」
「一時はどうなるかと思ったは、てっきり張り倒すかと思ったから」
「やだな〜! 私でもそんな事しないよ……龍雅君はするかもしれないけど」
少しだけ母である聖と、父である龍雅の闇が垣間見えた気がするが、百合は無視した。
…燕とクロユリ。
燕は、髪と瞳の色だけで言えば結芽にそっくりだった。
クロユリは荒魂化していた自分そのもの。
一瞬、口を開いて驚いてしまったが、すぐに口を閉じて二人に向き合う。
「初めまして? で、いいのかな?」
「別にいいんじゃない? ……あぁ、この姿はあなたから借りてるだけよ。本当の私はもっと荒魂っぽい見た目よ」
「そうかな? 結構可愛らしい感じだと思うよ?」
「そう思うのは貴方だけよ燕」
少しだけ会話に着いていけてないが、数秒のうちに正常に回りだした頭で先程の聖の言葉の意味を聞いた。
「クロユリに……燕…さん? その、本題って言うのは具体的に…」
「今から話すは…その前に」
クロユリは百合に近付くと、思いっきり頬を引っ張り始めた。
百合のもちもちとした柔らかい頬を、ゴムのように引っ張る。
眉間には青筋が出来ているのを見ると、相当怒っているのが分かった。
「よくも、私の忠告を無視してくれたわね。あれほど言ったのに〜」
「
「はいはい、罪人は我慢しなさい」
結局、聖が抱きついていた時間と同じくらい頬を引っ張られ続けた。
聖よりかはマシだが、引っ張られ続けた頬は若干赤くなり腫れている。
それを見た燕がクスクスと笑う中、クロユリが表情を切り替えて話し始めた。
「今のあなたは、半分荒魂で半分人間。タギツヒメの言っていた通り、本当に半端者になっちゃったわね。…私が体内で、あなたが入れたノロの穢れを浄化するのに三年掛かるは。その間、食事と睡眠をあなたは必要としなくなる。折神紫と同じで体の成長もストップするは」
「……因みに〜クロユリの補足だけど。味覚は残ってるから、娯楽として食事は楽しめるし満足感も得られる。睡眠だって取ったら取ったで、体を休められる。…あと、トイレに行く必要がなくなるよ」
「…?? 何故ですか?」
「だって、クロユリが体の中に入った栄養素を食べちゃうからね。お腹は一杯になった気がするけど、栄養素は一向に体を循環しないし、取った食物自体もクロユリが食べるから体外に排出することはないもん」
……この時点でやっと、自分が人間を逸脱してることを再確認した。
少し怖いが、仕方のないことだ。
三年もすれば、普通の生活に戻れる。
(……あれ? でも、確か私の体が全盛期になったら成長が止まるって、クロユリが言ってたような)
「…それもあったわね。我慢してちょうだい、元々はあなたが私の忠告を無視したからなんだから」
「…だよね。分かってる」
「百合、帰ったら結芽ちゃんにお礼言うんだよ? 結芽ちゃんが居なかったら、穢れを浄化するのに数十年単位で掛かる所だったらしいから」
聖の言葉に素直に頷いた。
頷いた時の顔が、綻んでいたのを聖は見逃していなかったが。
粗方のことを話終えると、百合の持っている宗三左文字と篭手切江が共鳴し始めた。
近くに二人のどちらかが居る。
その紛れもない証拠だ。
急いで立ち上がり、廊下を抜けて玄関を飛び出した。
それに着いてくるのは聖だけ。
クロユリと燕は突っ立ったまま、行く末を見守った。
「ありがとねクロユリ」
「なんのこと?」
「……お節介焼いてくれて」
燕の言葉にクロユリは最後まで気付かないフリをした。
燕も、クロユリが微笑んでいたのに気付いて、そっと手を握る。
走り去る二人の影はもう見えないけれど、彼女たちなら何処までも走り続けていけると、燕とクロユリは信じていた。
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可奈美が美奈都から、新陰流の免許皆伝を言い渡された数分後。
百合と聖が到着した。
そこには、姫和と篝も居た。
どうも、二人を待っていたようだ。
「おっそいよ聖〜! 結構待ってたんだから」
「ごめんごめん。この子と少し話してて」
「へー、その子が聖の…似すぎじゃない?」
「そう? そう言われるとなんだが嬉しいね」
親が親組で話している最中、可奈美と姫和は百合に泣きながら抱きついえきた。
抱きつかれた百合も泣いていて、微笑ましいような悲しいような光景が広がっていた。
「可奈美先輩! 姫和先輩! ごめんなさい! 私が、私がもっと」
「いいの! いいから!」
「私の方こそ済まない。私がやるべき役目だったのに…!」
泣きながら謝り合う。
今日二度目の抱擁はどちらも涙を流していた。
時間が残っていない。
百合と聖がその事を聞いたのは、また少し時間が経ってからだった。
「へぇ〜、可奈美が免許皆伝ねぇ…。はっ! そう言えば、百合って免許皆伝してないよね?」
「うん。元々、私は誰かに師事してた訳じゃないから…」
「よーし、じゃあ! 私が免許皆伝の儀を取りし切ろう」
「聖先輩、そんなこと出来るんですか?」
「モチのロンだよ。一応私だって、免許皆伝はしたし。免許皆伝の儀も見たからね」
唐突に始まった免許皆伝の儀。
やることは至ってシンプルだった。
相手に一太刀入れるだけ。
その一太刀にどれだけ想いを込められるか?
夢神の刀使としての素質を見るための儀。
想いが強ければ強いほど、剣は強くなる。
代々、そう受け継がれてきた。
納刀していた宗三左文字を抜き、写シを張る。
聖もゆっくりと写シを張った。
だが、構えることはしない。
想いの篭もった一太刀が自分を斬るのを待つ。
「はぁ……ふぅ……」
息を吸って吐く。
その動作を何度か繰り返し、御刀を聖に向けて構えた。
やることはなんの変哲もない袈裟斬り。
浅く斬る訳でもなくて、深く斬り割く訳でもない。
迅移を使わずに、一歩づつ近付き間合いに入る。
間合いに入ったその瞬間。
一輪の花が咲いた、白く美しい百合の花が。
純粋、その花言葉通り。
真っ直ぐな剣で、聖を斬った。
斬り割かれた聖は写シを外して納刀する。
百合も、その動きを見て納刀した。
聖から教えを受けた時間は短かった。
期間にして約半年。
そんな短い時間の中で、百合は聖から色々なことを学んだ。
「…ん。いい剣だったよ。流石私の娘」
「合格、かな?」
「そうに決まってるじゃん。…百合、立派な刀使になったね」
「お母さん! お母さん!」
三度目の抱擁。
温かくて心地良い。
頭を撫でられる感触が、どこか懐かしい。
(そっか、昔の私もこんな風に…)
辛い記憶。
重く蓋をして、目を逸らし続けた過去。
だけど違った、辛い記憶なんかではない。
確かに、聖と龍雅の死は悲しいものだったのかもしれない。
しかし、それ以上に楽しいことも嬉しいこともあったのだ。
蓋を開けた先にあったのは、笑顔で自分を抱きしめる二人の姿。
二度と手に入ることはなくて、それでも絶対に忘れたくない最高の一時。
結芽に対する想いと同じくらい大切な、かけがえのないもの。
やがて終わりが来て、去らなければいけない時が来た。
「体があるから帰れる。かぁ、あやふやだけど」
「美奈都先輩は一言余計です」
「見送る側ってのも辛いもんだねぇ」
美奈都も、篝も、聖も、三者三葉にあるものを渡した。
聖が渡したのはネックレス、龍雅に貰ったものらしい。
至る所に小さなアメジストが埋め込まれた物だ。
他に二人が渡した物に、聖は興味が無い。
何せ、大事なのは渡した物より、込めた想いだから。
百合達は後ろを振り返ることなく、前に進んでいく。
三人で手を繋いで、何処までも。
途中からは、スペクトラム計から出たノロに道案内をしてもらい、暗闇を進んだ。
仲間の名前を呼んで、その仲間を思って。
暗闇を抜けた先にあったものはーー
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暗闇を抜けた先にあったのもは、満開の桜並木。
…以前お花見をしに来た場所だ。
ここから刀剣類管理局本部まで、そこまで遠いわけではないけど、可奈美たちの姿が見えないことに違和感を覚える。
手を離した感覚はなかった……
「もしかして、まだ可奈美先輩たちは隠世の中に?!」
戻ろうと思ったが、戻る宛がないことに気付き項垂れる。
……宛がない、これは嘘だが、あまりやりたくないのは事実だ。
もしもう一度やって帰って来れる保証はない。
ため息をつきながら桜並木を歩く。
今頃、結芽はどうしているだろうか?
そんな疑問に答える者はいない。
しかし、代わりと言っては可笑しいが、見覚えのある背中が見えた。
桜並木に溶け込むほど綺麗な色合いの髪の毛をした少女。
見つけた時には駆け出していた。
それが彼女だという証拠はない。
でも、百合は確信していた。
…そして、引き止めるために袖口を掴む。
「結芽……だよね?」
「おっそいなぁ、待ちくたびれちゃったよ……ゆり」
「結芽……結芽ぇ!!」
抱きついた結芽からする甘い匂いと、包み込むような温かさ。
恋しくて、恋しくて、ずっと求めていたもの。
落ち着いた頃には、結芽が小悪魔のような微笑みで百合を見ていた。
「…私、怒ってるんだよ? 四ヶ月は長かったな〜」
「……そんなに経ってたんだ…ごめん。私…」
「謝っても許してあげないんだから」
「酷いよ…。私だって…」
また泣きそうになる百合に対し、結芽はこう言った。
「じゃあさ、一生を懸けて私を楽しませてよ! 」
「一生…?」
「そっ。もし、居なくなったり、楽しませられなかったら…」
言わなくても分かるよね?
そう言わんばかりの眼光で睨まれる。
小悪魔の微笑みを保ちつつ、目は本気だ。
色々な意味で胸の高鳴りが治まらない。
未来を誓うプローポーズのようで、百合を逃がさないための楔にも感じる。
「分かった。約束するよ!」
「それでいいんだよ! …私の命はゆりが救ってくれたもの。ゆりの命は今から私のもの」
二人の愛は重い。
常人なら、受け取ることは出来ないだろう。
……だからこそ、それでいい。
「私たちって重い?」
「普通だよ、フツー。さっ、帰ろ。真希おねーさんたちが待ってるよ」
「うん…!」
桜並木を手を繋いで歩く。
舞う桜を見ながら、ゆっくりと。
二人の歩幅は違うけど、想うことは同じ。
「
誰かの詩が聞こえた。
その詩が聞こえた瞬間、百合と結芽は後ろを振り返る。
……誰も居ない。
少しだけ馬鹿らしくなって二人で笑った。
何故か二人は、その詩をとても良い詩だと感じた。
誰の詩なのかなんて分からない、有名な詩人の詩かもしれないし、はたまたただの独り言かもしれない。
だけど、それは心に響く詩だった。
色々なことがありましたが、これにて本編「百合の少女は、燕が生きる未来を作る」完結です!
今後もアフターストーリーや、誕生日回、過去話などありますのでまだまだお楽しみにしていてください!
……ぶっちゃけると、この作品が自分の書いた作品の中で一番伸びた作品で、ここまで評価してもらえるなんて思っても見ませんでした。
感想を十件以上も貰えたりして、発狂したり。
日刊ランキングのって発狂したり。
今後ともこの作品もよろしくお願いします!
結芽の誕生日は……
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X年後のイチャラブ
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