百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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After10「百合sキッチン」

「料理教室ですか…?」

 

「そうだ。最近、刀使への風当たりも大分軟化してきたからな。ここらで大きい一手に出て信用を取り戻そうって訳だ」

 

「で。それをやるのが私だと?」

 

「候補は大勢居たんだがな。愛想が良くて、献身的で、物分りがいいとなると段々絞られてきてな。最終的にお前になった訳だ」

 

 

 百合は選出方法に文句の一つや二つ言いたいが、面倒事にするのは嫌なので無言で睨みつけておいた。

 紗南は百合の眼光に若干頬をビクつかせたが、流石は学長にして本部長、取り乱す事はしない。

 冷静な顔付きを出来るだけ崩さぬまま、料理教室の概要を話し始めた。

 

 

「やる内容はシンプルだ。お前が一品メニューを決めて先んじて私に報告。報告後は私の方で食材やら道具、場所を用意する。募集人数は四十名で、お前にもう一人サポートが付く。サポートはお前が自由に選んで構わん。最後に言っておくが男女関係なく募集するので、言い寄られても手はだすなよ?」

 

「分かってますよ。…本当に私がサポートに付く人物を選んで良いんですよね?」

 

「ん? ああ。出来るなら料理がそれなりに出来る奴の方が良いと思うが、お前の任務にだからなお前が決めろ。これに作る品物を書いて提出してくれ、後は頼んだぞ」

 

 

 そう言うと、紗南は通常業務に戻って行った。

 一人残された百合は、ため息を吐きながらも指令室を出る。

 まばらに人が居る廊下を歩きながら、頭の中でサポートに付く人物を選出していく。

 

 

(無難なのは舞衣先輩とか、智恵先輩だけど…)

 

(確か二人は今は自分たちの学園じゃないか?)

 

(そうなんだよね…真希先輩達に頼むのも申し訳ないしなぁ…)

 

(居るじゃない。頼んでもそこまで罪悪感を感じないで、かつ暇な人間が…)

 

 

 頭に思い浮かんだのは小悪魔のような表情をした結芽だった。

 確かに、彼女なら百合も罪悪感なく頼めるし、結芽も結芽で暇を潰せて万々歳となる可能性は高いが……

 残念なことに、結芽の料理スキルはお世辞にも高いとは言えない。

 この前なんて、ホットケーキを作ってくると言って部屋を出て行った結芽が、半泣きで真っ黒焦げになったホットケーキを持ってきたのは記憶に新しい。

 

 

 躊躇する要因は幾つもあったが、結芽と二人の方が百合自身安心出来るので、頼むことを決めた。

 

 

(よし! そうと決まれば早速部屋に…)

 

 

 百合が大きく部屋への一歩を踏み出した瞬間、火災報知器がけたたましく鳴り響いた。

 次いで、アナウンスが流れ始める。

 

 

『給湯室で火災が発生。給湯室で火災が発生。近くに居る職員は至急避難してください』

 

 

 大きく一歩踏み出した足を方向転換し、百合は急いで給湯室に向かう。

 本当に火災が起きたなら、近くに居る職員の避難を誘導しなければいけないし、もし違うのなら……

 

 

 走って一分もしない間に給湯室前に到着したが、一向に煙臭さを感じない。

 大変嫌な予感がしたので、ゆっくりと部屋の扉を開けた。

 そこにはーー

 

 

「あわわわ!! ど、どうしよ…。こんなの真希おねーさんやゆりなんかにバレたら…」

 

 

 慌てながら今後の動きを模索する結芽の姿が…。

 良く良く見ると、フライパンから煙が上がっておりそれの所為で火災報知器が鳴ったのだと確信した。

 …百合は料理教室への不安が増えたがやるしかない。

 刀使への風当たりをどうにかするためにも、どうにかこうにか成功させなければいけないのだ。

 

 

 だが、その前に……

 

 

「結~芽~?」

 

「ひっ!? ゆ、ゆり! …あ、あのね、これは違うのちょっとした事故で…」

 

「私との約束覚えてる?」

 

「……一人で料理はしない。誰かに付いてもらうこと」

 

「よろしい。ちゃんと覚えていながら、この状況は何?」

 

「そ、それは…」

 

 

 言い淀む結芽。

 百合はジワジワと吐息が当たる程の距離まで近付いた。

 そうして、両手で結芽の頬を抑えて顔の位置を固定する。

 

 

「私の目を見て、正直に答えて。本当の事言ってくれたら、一緒に謝りに行ってあげる」

 

「…誰にも言わない?」

 

「言わないよ」

 

「その…えっと…」

 

 

 指先を遊ばせて少し頬を朱に染めながら、結芽は消え入るような声で言った。

 

 

「ホットケーキ」

 

「ホットケーキがどうしたの?」

 

「…作れるようになりたくて」

 

「どうして? 私が何時でも作って上げるのに」

 

「わ…私が、ゆりに作って上げたかったの! だから、皆にバレないように一人で練習しようと思って…」

 

 

「ズキュン!」と音を立てながら、百合のハートが射抜かれた。

 驚きのあまり、頬を両手で固定するのも忘れて、使われなくなった手で顔を隠すように覆った。

 ドキドキと高鳴る心臓は爆発寸前の爆弾のようで、今にも感情が溢れ出しそうだ。

 今すぐにでも抱き着いて、結芽を体で感じたいと言う感情を必死に抑える。

 

 

 数分の時を経て、何とか理性を取り戻した百合はこう言った。

 

 

「結芽…。私と一緒にお料理教室やろっか?」

 

「…………え?」

 

 

 間の抜けた声が給湯室に響く中、外では職員たちが大慌てで避難していた。

 

 -----------

 

 一週間という月日を経て、料理教室は開かれた。

 作るのは……肉じゃが。

 至ってシンプルだが、奥深く作るのも案外難しい。

 結芽を誘ってからの一週間、空いてる時間の全てを使って練習したが、作れるようになったのは最終日だ。

 

 

 だが、作れるようになっただけで上々の結果と言えよう。

 酷い時は手から包丁がすっぽ抜けて、見に来ていた真希の髪が数本宙に散った。

 …あれは忘れられない事件である。

 

 

「本日は料理教室にお越しいただきありがとうございます。今回は私、夢神百合とサポートに燕結芽が付きますので、安心して調理を行ってください」

 

「よろしくね~」

 

『よろしくお願いしまーす!』

 

 

 基本的には女子が多いが、男性もチラホラ見える。

 年齢層も十代後半殆どで、今回参加する最年長の人物でも二十代前半程度だ。

 百合は前にあるホワイトボードを使い、丁寧に料理の工程を説明し、調理の開始を促した。

 各テーブルで調理が始まると、楽しそうな声が響いてくる。

 

 

 掴みは好感触。

 後は、しっかりと完成までこぎつけるかが肝となる。

 百合と結芽は順繰りとテーブルを回りながら、アドバイスをしたり注意をしたりして、誘導していく。

 

 

 しかし、どこにでも遅れる人は出るもので、少しだけ他と遅れているテーブルがあった。

 百合はすぐさまそこに向かい、どうしたのか聞いた。

 何せ、そのテーブルに居た少女たちは包丁を持ったままで、食材を切ろうとしていなかったからだ。

 

 

「そ、その。私達全員、全然料理なんてした事なくて包丁も数得られるくらいしか触ったことないんです…」

 

「任せて下さい。しっかりレクチャーしますから」

 

 

 百合は少女の手にそっと自分の手を重ねてトントンと、心地好い音を立てながら食材を素早く切っていく。

 そのテーブルに居た少女たち全員にそれを行い、何とか食材は切り終わったが、何故か件の少女たちからうっとりとした視線で見られている。

 

 

「あ、あの? どうしましたか?」

 

「い、いえ?! 何でもないです」

 

 

 百合がどうしたのかと聞いた瞬間、少女たちは一瞬で顔が青ざめてブンブンと首を横に振りながら誤魔化した。

 ……少女たちの視線の先に居たのは……勿論結芽だった。

 般若も素足で逃げ出すような恐ろしい形相で、少女たちを見ていた。

 百合が去ったのを確認し、ゆっくりとそのテーブルに近付く。

 

 

 そして、すれ違いざまにこう言った。

 

 

「次、私のゆりに色目使ったら殺す…」

 

『ひゃ、ひゃい!!』

 

 

 心臓を凍てつかせるほどの、冷たい声だったと後に少女たちは語った。

 

 

 その後は、何とか無事に料理教室を終わらせることに成功した。

 作った肉じゃがが失敗したテーブルは一つもなく、皆それぞれが笑顔で帰って行った。

 

 -----------

 

 その日の夜。

 

 

「ゆり?」

 

「何? どうかしたの?」

 

「今日の料理教室でさ、女の子たちに包丁の使い方教えてたよね?」

 

「? それがどうしたの?」

 

「あれ、やるの辞めて。ゆりが触っていいのは私が認めた人の体だけなんだから!」

 

 

 突然意味不明なことを言う結芽に対し、百合は呆然としながらもコクリと頷いた。

 それを見た結芽は、急に機嫌が良くなったのか鼻歌交じりにスマホを弄り出した。

 

 

(…偶に、結芽が何言ってるか分からないんだよね)

 

(……はぁ、百合には一生分からないわよ)

 

(えっ? それってどういう事? ねぇ、ねぇってば!)

 

 

 ……夢神百合は鈍感である。




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