百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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弐話「終焉の始まり」

 綾小路武芸学舎の生徒が利用する為に建てられた病院に、結芽を乗せたヘリは大急ぎで向かっていた。

 焦燥感が体中に駆け巡り、自然に体が震え出す。

 大丈夫だと必死に言い聞かせる行為は、大した効果を出してくれず、ヘリの中で『百合の死』と言う有り得てはならない恐怖に怯えながら、目的地への到着を待った。

 

 

 数時間による空の移動でも、結芽にとって気持ちを整理する時間にはまるで足りなかったようで、青を通り越して白い顔で待っていた結月の前に現れる。

 

 

 辺りは暗く、時刻が相当に遅い事を教えているが、二人には関係ないらしく、病院の中に入っていく。

 無言だった。

 屋上のヘリポートから降りるのに使ったエレベーターの中で、二人の間に会話はなく。

 静寂の中で、百合が眠る場所へと向かう。

 

 

 結月が声を掛ける場面は勿論あったが、結芽は反応できていなかった。

 数分もしない間に出てくる現実は、果たして目を逸らしていいのか、はたまたいけないのか? 

 それを考えるだけで精一杯だったのだ。

 

 

 やがて、百合が眠る病室の前へと着いてしまった。

 横開きのドアを開け、結月が中に入るように促す。

 鉛にでも変わったんじゃないかと思うほど重くなった足を、一歩づつ前に動かして中に入る。

 

 

 嗅ぎなれた匂いがした。

 病院特有の消毒液の匂いだ。

 ……そして、それ以上に、見慣れた物を見た。

 尋常ではない程に、ベットの周りに置かれた生命維持装置の数々。

 

 

 自分が一番弱っていた時期に取り付けられていた量より遥かに多い。

 それこそが、百合の状態の深刻さを物語っている。

 

 

「相楽学長? ……ゆりは? ゆりは今、どんな状態なの?」

 

「悪いが、説明は少し後だ。後から来る者たちも居るからな。出来るだけ最新の情報をやりたい」

 

「………………分かった」

 

 

 少しだけ結月は驚いていた。

 昔の結芽だったら間違いなく、暴れて容赦なく御刀を振るっただろうに。

 渋々と言った様子ではあるが、大人しく引き下がるなんて……

 

 

(…何時見ても、子供の成長は早いものだな)

 

 

「……沙耶香ちゃんは?」

 

「糸見か? 糸見なら、関係者以外立ち入り禁止の会議室で待機している」

 

「…どこにあるの?」

 

 

 百合からきたメールで、結芽は知っていた。

 任務に沙耶香と一緒に出ていたことを。

 彼女なら何があったのか知っているかもしれない。

 今すぐ情報が欲しいのだ。

 出来るだけ信頼のできる情報が。

 

 

 後から来る人物を待っていられるほど、結芽は冷静ではなかった。

 …そんな悠長な考えは生まれなかったのだ。

 一度病室を出て、結月の案内の元で沙耶香が居る会議室に向かう。

 一秒、一分でも長く傍に居たいが、あの病室に長く居ることは無理がある。

 一定の時間が過ぎたら追い出されるのが関の山だ。

 

 

 だったら、一秒、一分でも早く、今回の事件を解決するのが先だろう。

 事件を解決出来れば、ゆっくりとした時間が取れる。

 ……約束を破らせる訳にはいかない。

 

 

「ここが糸見の待機している部屋だ」

 

「ありがとう、相楽学長」

 

「…わかっていると思うが。あまり責めてやるなよ?」

 

「それぐらい分かってるよ〜! 私、もう子供じゃないもん!」

 

 

 いつも通り振る舞って、小悪魔のような笑みを零す。

 芝居は苦手だが、いつも通り振る舞うぐらいならどうってことない。

 隠世から百合が帰ってくるまでの四ヶ月間、こうやって振る舞っていた時もあったからだ。

 

 

 会議室の中に入ると、隅の方で沙耶香は体育座りをしていた。

 ドアを開けて入ってきた結芽を見るやいなや、申し訳なさそうな顔をして俯く。

 

 

「ごめんなさい。結芽。…私の所為で、百合が……」

 

「別に怒ってないよ。……いや、少しは怒ってるけど。それより、沙耶香ちゃんだけでも無事で良かったよ」

 

「……ごめん。……ごめんなさいっ!」

 

 

 自分の胸に飛び込み、泣きじゃくる沙耶香をあやしながら、結芽は話を聞いた。

 黒桜(こくさ)と言う、敵に当たる組織の情報や、何が起こったのかを……

 

 

 ざっくりとした説明だったが、分かったことがある。

 自分は今後、その組織と戦っていかなければいけないと言う事を。

 

 

 その日、終焉の戦争が始まった。

 

 -----------

 

「ーー、と言うのが今回の事件の今分かっている全容だ。…そして、今から話す事が、お前達が一番欲しい情報だろう」

 

「ゆりのこと…だよね?」

 

「そういう事だ」

 

 

 特別遊撃隊のメンバーに加えて、可奈美や姫和たち。

 それ以外にも、何かと縁がある調査隊のメンバーがようやく到着し、事件の全容が話された。

 

 

 最近この辺りで頻発している刀使失踪事件と荒魂の出現率低下の件で、百合と沙耶香が調査に来た事。

 先の件を起こしているのが黒桜だと薄らとだが分かっており、場所も大体特定していたことから、嵐山の山間部中腹を調べていた時に襲われた事を話した。

 

 

 そして、遂に結月は百合の状態を話始める。

 

 

「…ここに居る皆は知っていると思うが、今の百合は存在の半分が大荒魂クロユリで成り立っている。そして、今回の事件で、存在の半分である大荒魂クロユリが抜かれてしまった。本来なら、抜かれた時点で現世から消滅しても可笑しくなったが、何とか百合はギリギリの所で耐えていた。……私自身、やりたくない手ではあったが、延命措置としてノロを入れる事で、今は存在を補っている」

 

 

「その、もってどれくらいなんでしょうか?」

 

「良い質問だな、柳瀬。…研究者一同と、私の見解から言って少なくとも二週間は持つ……いや持たせる」

 

 

 覚悟の決まった結月の言葉が、昔の彼女を語る。

 決まった覚悟は何があっても貫き通す。

 鬼と呼ばれた彼女の強さが、今は顔を出していた。

 だが、結芽はそれを気にかける以上に、他の事を気にかけていた。

 

 

「相楽学長。クロユリはどうやって取り返せばいいの?」

 

「そっちについても、案は出ている。恐らくだが、百合から出たクロユリはタギツヒメたちのように既に実体化している筈だ。百合()が無くなったクロユリがどう言う行動をするか、皆目見当がつかない。もし、黒桜に上手く言いくるめられて、あちらに着いていたなら倒してでもノロとして回収しなければならない」

 

 

 続けて、結月はこう言った。

 

 

「クロユリの討伐方法は簡単だ。宗三左文字と篭手切江の力を百パーセント出せる刀使が、斬り祓えばいい」

 

 

 その一言に全員が固まった。

 確かに、やる事は簡単だ。

 いつもと変わらずに、ただ斬り祓えばいい。

 しかし、問題はそこじゃない。

 宗三左文字と篭手切江の力を百パーセント出せる刀使……そんなの一人しか居ない。

 

 

 夢神百合しか存在しない筈だ。

 代々受け継がれてきた御刀、それを他の血筋の人間が簡単に扱えるとは、誰も思えなかった。

 御刀が刀使を選ぶのに、そんな人間が都合良くーー

 

 

「何か勘違いしているようだが言っておくぞ。百合以外にも、宗三左文字と篭手切江の適性者はいる。しかも、クロユリと戦っても簡単には負けない刀使が……な」

 

 

 チラリと、結月は結芽の方を見やる。

 ……篭手切江は、確かに結芽を認めているが、宗三左文字まで認めているかなんて分からない。

 結芽は半信半疑ながらも、結月から御刀を受け取り抜刀した。

 

 

 次の瞬間、初めて御刀を持った時と同じく、眩い光が結芽を覆う。

 写シだ、写シが張られたのだ。

 認めた証拠として、御刀が半自動的に写シを張ったのだ。

 

 

「……嘘」

 

「嘘じゃない。嘘じゃないんだ結芽。……お前が、百合を助けろ。ジッとしてなんて、居られないだろ?」

 

 

 背中を押す師の言葉に、結芽は真剣な顔付きで頷いた。

 翌日から、ある人物によって二刀流に慣れるための特訓が始まる。

 その人物はーー英雄だった。




 みにゆりつば「夢」

 誰もが思うだろう、ずっと夢を見ていたい…と。
 少女ーー燕結芽もそうだった。
 刀使と言う特殊な人間ではあるが、常に命の危険がある戦場には慣れている。


 でも、それは隣に居る百合のお陰だ。
 一緒に居る日常はとても楽しくて、まるで夢でも見てるかのようなふわふわとした感覚がある。
 日常と言う夢を見ていたい。


 だけど、夢には終わりがある。
 そう、その日がちょうど今日だったのだ。
 色々な機会に繋がれる百合の隣にイスを置き、それに座る結芽は悲しそうに愛おしそうに彼女を見つめる。


 時折、手を握っては離して、温かさを確かめる。
 まだここに居ると言う確証が欲しくて、隣に居られていると言う証明が欲しくて、握っては離してを繰り返す。


 この温かさが無くなった時、現世から消えるのは一人じゃないことを、結芽は薄々分かっていた。


「私が死ぬのを百合が耐えられなかったみたいに。私も、百合が死ぬのは…耐えられないよ」


 何故なら、それほど大切な存在になってしまったから。
 親友以上、家族以上、恋人以上の絶対に居なくなってはならない存在になってしまったから。


 腰の固定器具を外し、ニッカリ青江を取ってそっと百合の手に握らせる。
 代わりに、結芽は百合の固定器具と御刀を借りた。


「それは私だよ。しっかり握っててね。それで、コッチはゆり。…私が絶対に離さない」


 そう言い終えると、百合が良くやるようにおでこに口付けをして去っていく。
 一瞬、顔が朗らかに微笑んだのは、きっと気の所為だろう。

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 次回もお楽しみに!

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結芽の誕生日は……

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