百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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参話「存在と時」

「バランスの取り方が甘いっ! そんな隙を作っていては、簡単に写シを剥がされて殺されるぞ!!」

 

「っ!? うぅぅ……」

 

 

 綾小路武芸学舎の剣道場にて、結芽は元英雄……折神紫から二刀流の基礎を教わっていた。

 元々、一刀流だった彼女にとって二刀流は未知の事ばかり。

 幾ら百合の動きを近くで見ていたからと言って、その程度でマスター出来るほど甘くはない。

 

 

 一月中旬の朝、寒さは体を強ばらせ、呼吸で肺さえ凍る。

 そんな中であるにも関わらず、御刀を握る手は一切震えていない。

 いや、結芽の天才としてのプライドが手の震えを許していないのだ。

 既に三時間以上休み無しで稽古を続けている。

 

 

 体力も限界が見え始めるが、結芽は全く持って辞めようとは思っていなかった。

 もっと追い詰めなければ勝てない。

 もっと追い詰めなければ助けられない。

 もっと追い詰めなければ……失ってしまう。

 

 

(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!! あんなに苦しいのは……もう嫌だ!)

 

 

 彼女か居なかった四ヶ月間、死にたくて死にたくて仕方がなかった。

 隠し続けていたが、またこうして『百合の死』に直面して思い出す。

 寒さと体力の限界で震える足にムチを打つ。

 手だけは震えさせまいと虚勢を張りながら、御刀を支えに立ち上がる。

 

 

「もう……一本!!」

 

「良い目だ」

 

 

 紫はそう一言呟いて、御刀を構え直す。

 その日、結芽と紫の稽古は約六時間休み無しで続いた。

 

 -----------

 

 だだっ広い真っ白な世界が、百合の目には映っていた。

 どことなく感じる懐かしい感覚から、ここが何処かは何となく分かる。

 

 

「夢……それか、精神世界?」

 

「良い回答! 花丸を上げてしんぜよう」

 

 

 冗談混じりの話し方をしながら、どこからともなく聖が現れる。

 いつもとよろしく、緩く温かい空気を纏い、長い髪を揺らしていた。

 朗らかな笑顔は余裕の証なのか、滅多な事がない限り崩れることは無い。

 

 

「…お母さん。どうしてここに? クロユリが抜けれちゃったんだから、ここには……」

 

「念の為、色々と細工しておいたんだ。クロユリの中には今、燕ちゃんとの魂しかないよ。私の魂は、宗三左文字と百合の中に半々で移しておいたの」

 

 

 もしかして、こうなる事を知っていたのか? 

 そんな疑問が浮かぶが、すぐにかぶりを振って疑問を吹き飛ばす。

 

 

(気付いてたら、真っ先に私に言ってくれる筈。本当に、保険としてやっていた事なんだ)

 

 

 落ち着いた様子で、百合は今までのことを整理していく。

 恐らくだが、今の聖は質問すればホイホイと返してくれる。

 直感が百合にそう告げていた。

 だからこそ、記憶を遡り色々と整理していく。

 

 

 そこで、二つの疑問が生まれた。

 一つは、『外の世界』のこと。

 もう一つは、『残りの時間』のこと。

 

 

「…二つ聞きたいことがあるの。聞いてもいいかな?」

 

「良いよ! なんでも聞きなさいっ!」

 

「外の世界はどうなってるの? ……あと、私の残り時間は?」

 

「…外はまだ何も起きてないは、今の所はね。百合の残り時間は……そうね。結月先輩の延命措置があっても限界はーー」

 

 -----------

 

「結芽の方はどうだい?」

 

「疲れて眠ってるだけですわ。少し時間が経てば起きるかと」

 

「あまり、無茶をして欲しくないですが…彼女は言っても聞かないでしょう」

 

「だけどよぉ、アイツの稽古ヤバかったぞ。常人なら死ぬレベルだ」

 

「私も……少し見てたけど、凄く厳しい稽古だった」

 

「ねねぇ〜」

 

 

 薫や沙耶香の言葉に身震いするように、ねねが鳴いた。

 特別遊撃隊のメンバー以外は、百合の病室を行ったり来たりしている。

 落ち着かない者は多い。

 あの呼吹さえも、苛立って殺気を放っている。

 他の集まったメンバーも、関わりが深かった者はあまり調子が良さそうには見えない。

 

 

 持って、持たせて二週間と言う結月の言葉。

 それが彼女たちを苦しめている。

 明確な訳では無いが、死は着実に百合に迫っているのだ。

 この事実を知って、落ち着いていろと言う方が無理な話。

 

 

「結芽が一番泣きたいだろうに…。クソっ! ボクたちは泣かせてやることすら出来てないっ!!」

 

「真希さん…」

 

「………………」

 

「それを言われたら…何も言えねぇわな」

 

「……うん」

 

 

 真希の悲痛な言葉が、待機場所である会議室に響く。

 重苦しい雰囲気の中、誰もその場を変えることは出来なかった。

 無情にも……時だけが過ぎていく。

 

 

 初めて、その場に居る全員が思った。

 夢神百合と言う少女の存在の大きさを。

 良い意味でも、悪い意味でも、空気を変えることが出来たのは彼女が居たことが大きい。

 

 

 失いかけて初めて、色々なことに気付いた。

 空白の四ヶ月間の方が、まだマシだった。

 

 -----------

 

「二ヶ月……」

 

「そっ。どんなに頑張っても持って二ヶ月」

 

 

 軽く言っているように見えるが、目は笑っていない。

 真剣に考えを纏めているように見える。

 

 

「百合、あなたの今の体ーーううん、存在の半分は荒魂だって事…覚えてる?」

 

「勿論。それが一体」

 

「存在の半分、それは体もーー魂も半分は荒魂だって事。もし、それがいきなり半分無くなったら? どうなると思う?」

 

「……存在が保てなくなる?」

 

「そういう事」

 

 

 体だけではなく、魂も半分は荒魂。

 それが今の夢神百合だった。

 だが、もし半分である大荒魂クロユリが居なくなったら? 

 存在は不完全な状態になり……消滅する。

 居たと言う証明さえ残せぬまま、消滅してしまう。

 

 

「私は、何も出来ないんだよね?」

 

「そうね、信じて待つしかない。…でも、あなたは心の底から信じている筈よ。自分を助けてくれる家族のーー仲間の存在を」

 

「…うん。みんななら、きっと助けてくれる」

 

 

 根拠なんてない。

 だけど信じている。

 無条件に信じている。

 理由は、家族だからーー仲間だから、そんなもので十分だ。




 みにゆりつば「背伸び」

「んっ」


 結芽は最近思うようになった。
 少し背伸びをしないと届かない唇がもどかしいと。
 柔らかい唇の感触に酔いしれながら、ぼんやりと思う。


「どうしたの? 結芽? ……キス、変だった?」

「ううん、違うの。そうじゃなくて……背伸び」

「背伸び? ……あぁ。ごめんね、気付いてあげられなくて。今度からーー」

「合わせなくていいよ」


 百合の言葉を遮るように、結芽は言葉を吐き出す。
 もどかしい、もどかしいが、百合に合わせられるのは少し嫌だった。
 それにーー


(…背伸びするの、嫌じゃないから)


 照れたのか、顔を逸らす結芽を百合はクスリと笑って見つめる。
 思ってる事なんて、手に取るように分かる。
 結芽はわかり易いから。


「……ゆり?」

「もう一回したい。…ダメ?」

「しょうがないなぁ…」


 少しだけ背伸びして、まだ湿っている唇を近付ける。
 乾燥する季節だと言うのに、その日、彼女たちの唇が乾くことはなかった。

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 次回もお楽しみに!

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結芽の誕生日は……

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