「バランスの取り方が甘いっ! そんな隙を作っていては、簡単に写シを剥がされて殺されるぞ!!」
「っ!? うぅぅ……」
綾小路武芸学舎の剣道場にて、結芽は元英雄……折神紫から二刀流の基礎を教わっていた。
元々、一刀流だった彼女にとって二刀流は未知の事ばかり。
幾ら百合の動きを近くで見ていたからと言って、その程度でマスター出来るほど甘くはない。
一月中旬の朝、寒さは体を強ばらせ、呼吸で肺さえ凍る。
そんな中であるにも関わらず、御刀を握る手は一切震えていない。
いや、結芽の天才としてのプライドが手の震えを許していないのだ。
既に三時間以上休み無しで稽古を続けている。
体力も限界が見え始めるが、結芽は全く持って辞めようとは思っていなかった。
もっと追い詰めなければ勝てない。
もっと追い詰めなければ助けられない。
もっと追い詰めなければ……失ってしまう。
(嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ!! あんなに苦しいのは……もう嫌だ!)
彼女か居なかった四ヶ月間、死にたくて死にたくて仕方がなかった。
隠し続けていたが、またこうして『百合の死』に直面して思い出す。
寒さと体力の限界で震える足にムチを打つ。
手だけは震えさせまいと虚勢を張りながら、御刀を支えに立ち上がる。
「もう……一本!!」
「良い目だ」
紫はそう一言呟いて、御刀を構え直す。
その日、結芽と紫の稽古は約六時間休み無しで続いた。
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だだっ広い真っ白な世界が、百合の目には映っていた。
どことなく感じる懐かしい感覚から、ここが何処かは何となく分かる。
「夢……それか、精神世界?」
「良い回答! 花丸を上げてしんぜよう」
冗談混じりの話し方をしながら、どこからともなく聖が現れる。
いつもとよろしく、緩く温かい空気を纏い、長い髪を揺らしていた。
朗らかな笑顔は余裕の証なのか、滅多な事がない限り崩れることは無い。
「…お母さん。どうしてここに? クロユリが抜けれちゃったんだから、ここには……」
「念の為、色々と細工しておいたんだ。クロユリの中には今、燕ちゃんとの魂しかないよ。私の魂は、宗三左文字と百合の中に半々で移しておいたの」
もしかして、こうなる事を知っていたのか?
そんな疑問が浮かぶが、すぐにかぶりを振って疑問を吹き飛ばす。
(気付いてたら、真っ先に私に言ってくれる筈。本当に、保険としてやっていた事なんだ)
落ち着いた様子で、百合は今までのことを整理していく。
恐らくだが、今の聖は質問すればホイホイと返してくれる。
直感が百合にそう告げていた。
だからこそ、記憶を遡り色々と整理していく。
そこで、二つの疑問が生まれた。
一つは、『外の世界』のこと。
もう一つは、『残りの時間』のこと。
「…二つ聞きたいことがあるの。聞いてもいいかな?」
「良いよ! なんでも聞きなさいっ!」
「外の世界はどうなってるの? ……あと、私の残り時間は?」
「…外はまだ何も起きてないは、今の所はね。百合の残り時間は……そうね。結月先輩の延命措置があっても限界はーー」
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「結芽の方はどうだい?」
「疲れて眠ってるだけですわ。少し時間が経てば起きるかと」
「あまり、無茶をして欲しくないですが…彼女は言っても聞かないでしょう」
「だけどよぉ、アイツの稽古ヤバかったぞ。常人なら死ぬレベルだ」
「私も……少し見てたけど、凄く厳しい稽古だった」
「ねねぇ〜」
薫や沙耶香の言葉に身震いするように、ねねが鳴いた。
特別遊撃隊のメンバー以外は、百合の病室を行ったり来たりしている。
落ち着かない者は多い。
あの呼吹さえも、苛立って殺気を放っている。
他の集まったメンバーも、関わりが深かった者はあまり調子が良さそうには見えない。
持って、持たせて二週間と言う結月の言葉。
それが彼女たちを苦しめている。
明確な訳では無いが、死は着実に百合に迫っているのだ。
この事実を知って、落ち着いていろと言う方が無理な話。
「結芽が一番泣きたいだろうに…。クソっ! ボクたちは泣かせてやることすら出来てないっ!!」
「真希さん…」
「………………」
「それを言われたら…何も言えねぇわな」
「……うん」
真希の悲痛な言葉が、待機場所である会議室に響く。
重苦しい雰囲気の中、誰もその場を変えることは出来なかった。
無情にも……時だけが過ぎていく。
初めて、その場に居る全員が思った。
夢神百合と言う少女の存在の大きさを。
良い意味でも、悪い意味でも、空気を変えることが出来たのは彼女が居たことが大きい。
失いかけて初めて、色々なことに気付いた。
空白の四ヶ月間の方が、まだマシだった。
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「二ヶ月……」
「そっ。どんなに頑張っても持って二ヶ月」
軽く言っているように見えるが、目は笑っていない。
真剣に考えを纏めているように見える。
「百合、あなたの今の体ーーううん、存在の半分は荒魂だって事…覚えてる?」
「勿論。それが一体」
「存在の半分、それは体もーー魂も半分は荒魂だって事。もし、それがいきなり半分無くなったら? どうなると思う?」
「……存在が保てなくなる?」
「そういう事」
体だけではなく、魂も半分は荒魂。
それが今の夢神百合だった。
だが、もし半分である大荒魂クロユリが居なくなったら?
存在は不完全な状態になり……消滅する。
居たと言う証明さえ残せぬまま、消滅してしまう。
「私は、何も出来ないんだよね?」
「そうね、信じて待つしかない。…でも、あなたは心の底から信じている筈よ。自分を助けてくれる家族のーー仲間の存在を」
「…うん。みんななら、きっと助けてくれる」
根拠なんてない。
だけど信じている。
無条件に信じている。
理由は、家族だからーー仲間だから、そんなもので十分だ。
みにゆりつば「背伸び」
「んっ」
結芽は最近思うようになった。
少し背伸びをしないと届かない唇がもどかしいと。
柔らかい唇の感触に酔いしれながら、ぼんやりと思う。
「どうしたの? 結芽? ……キス、変だった?」
「ううん、違うの。そうじゃなくて……背伸び」
「背伸び? ……あぁ。ごめんね、気付いてあげられなくて。今度からーー」
「合わせなくていいよ」
百合の言葉を遮るように、結芽は言葉を吐き出す。
もどかしい、もどかしいが、百合に合わせられるのは少し嫌だった。
それにーー
(…背伸びするの、嫌じゃないから)
照れたのか、顔を逸らす結芽を百合はクスリと笑って見つめる。
思ってる事なんて、手に取るように分かる。
結芽はわかり易いから。
「……ゆり?」
「もう一回したい。…ダメ?」
「しょうがないなぁ…」
少しだけ背伸びして、まだ湿っている唇を近付ける。
乾燥する季節だと言うのに、その日、彼女たちの唇が乾くことはなかった。
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次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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