百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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肆話「尊いものはなにか?」

 気だるさの残った重たい体を無理矢理に持ち上げて、少女はーー結芽は目を覚ました。

 まだ完全に意識が覚醒したわけじゃないのか、目を擦りながら辺りを見たわす。

 清潔感のある真っ白い部屋に、ポツンと置かれたベットで寝ている自分。

 ここが病室であることは、結芽もなんとなく理解した。

 

 

 だが、そこで疑問が生まれる。

 何時から寝ていたのか? 

 どうしてベットの上に居るのか? 

 

 

 途切れた記憶を思い出そうとした時に、彼女の寝ていた部屋のドアが開かれる。

 気だるそうな顔をして、頭にねねを乗せた薫が、トコトコと歩いてベットに近付く。

 起きていることはもう分かっていたのか、テキトーな椅子をかっぱらってきている。

 

 

「よう。調子はどうだ?」

 

「大丈夫。眠いくらいで、元気だよ」

 

 

 嘘だ。

 体は稽古の所為でボロボロ、疲れが完全に抜けきっていないのか、思考も薄ぼんやりとしている。

 だけど、心配をかける訳にはいかない。

 ただでさえ、今はみんな辛い時なのに、自分の都合を押し付けられない。

 仲間だからこそ、結芽はそう思った。

 

 

「ならいい。手短に、事情を説明するぞ。お前の事だが、昨日の稽古が終わったあと気絶して、半日近く寝てた。今は朝の七時過ぎくらいだな」

 

「そっか……私、そんなに」

 

「他の奴等は、ある五人を除いて一度刀剣類管理局本部に戻った。除かれた五人は、黒桜の調査に向かってる。因みに、メンバーは獅童真希、此花寿々花、可奈美、ヒヨヨン、沙耶香だ」

 

 

 妥当なメンバーだと、結芽は思った。

 薫が続けて、珠鋼搭載型のS装備について話したからだ。

 五段階の八幡力と金剛身が使用出来る。

 並の刀使が使っただけでも厄介な代物なのに、着けているのは冥加刀使。

 厄介なんて話では済まない。

 

 

 相当な実力者でもなければ、一撃を当てることすら叶わないだろう。

 結芽がそうやって真剣に考えていると、またふと疑問が生まれる。

 この説明をするのは薫じゃなくても良かったのではないか? 

 そんな疑問だ。

 薫は腐っても特別遊撃隊の隊長。

 常日頃から忙殺される程の任務を負わされている筈だ。

 

 

 なのに、何故彼女なのか? 

 答えは、すぐに彼女の口から出てきた。

 

 

「俺が残った理由?」

 

「うん。説明するだけだったら、他の人でもーー」

 

「俺が隊長だからだよ。部下の面倒を見るのは俺の役目だからな。……それに、気持ちの整理は関係が深い人が居たらやりにくいだろ?」

 

 

 面倒くせぇが口癖の彼女も、どこまで行っても刀使だ。

 仲間を慮る心はしっかりとあり、社会的交流が多い故に気遣いも出来る。

 人情に厚いのが、益子の刀使なのだ。

 

 

「……ありがとね、薫おねーさん」

 

「言っただろ。隊長だからだよ。それ以上の意味もそれ以下の意味もねぇよ」

 

 

 ぶっきらぼうに言い放つ薫だが、顔を逸らしている時点で照れているのはバレバレだ。

 カッコつけすぎ、そう言ってやりたかったが、優しさが酷く温かくて、全く言う気にはなれなかった。

 …そのまま、薫が顔を逸らしたまま話を続ける。

 

 

「…俺たちも、一度本部に戻る。戻ったら、お前の稽古は七之里呼吹が引き継ぐ。折神紫も復帰して間もないからな、連続で付き合える余裕はないんだとよ。…まぁ、あっちに着いたら研究棟ーー研究所の方に行け。何時もアイツが居る場所で稽古だとさ」

 

「呼吹おねーさんも…二刀使いだから?」

 

「そんなとこだろうな。お前と御刀に違いはあるが、基礎を教えて貰うのには悪くない。実力もない訳じゃないしな」

 

 

 そう言うと、薫は結芽にベットから出るよう促し、外に出ていった。

 強くならなければならない、そんな焦燥感が薫が居なくなると同時に湧いてきた。

 今の実力じゃ勝てない、それが分かってるからこその…焦りだった。

 

 -----------

 

 太陽が頂点に登りきる少し前、結芽は研究所のある場所に顔を出す。

 そこに既に、三人の見知った顔が居た。

 一人は、薫が言っていた呼吹と、同じ研究チームに所属していた(ばん)つぐみ、そして薫の相棒(バディ)でもあり、最近は研究所に度々顔を見せているエレン。

 

 

「遅かったじゃねぇか。待ちくたびれたぞ。こっちは荒魂ちゃんと遊ぶ時間を削ってたんだぞ?」

 

「まぁまぁ、紫様に何時もより多く荒魂を使っていいと許可が貰えたんですから、御の字じゃないですか」

 

「デスネ。稽古と研究を同時並行でできるなんて、一石二鳥デース!」

 

 

 面倒臭そうな呼吹と、それを宥めるつぐみ、最後に場の雰囲気を明るくしようと声高く言うエレン。

 ミスマッチに見える三人だが、悪くない噛み合い方をしているのは傍目でも分かった。

 

 

「…取り敢えず、稽古始めるぞ。やることは簡単だ。出てくる荒魂ちゃんと遊びながらアタシの攻撃を受け続ける。大型の荒魂は出てこないけど、中型は出てくるからな、気ぃ張ってねぇと死ぬぞ」

 

「オペレーターとして、私も参加しますので危険になったら言いますよ」

 

「もしもの時は私も行きますので安心してくだサイ」

 

「…ありがと。それじゃあ、よろしくお願いします!」

 

 

 挨拶をしたあとは、呼吹と共に荒魂が放たれる実験場所に入って行く。

 ここからは無法地帯もいいところだ。

 正面のゲートから来る荒魂を処理しながら、隣に居る荒魂ジャンキーの相手をする。

 対人戦は好まない彼女ではあるが、実力はピカ1だ。

 

 

 未だに、素人に毛が生えた程度にしか二刀流が出来ていない結芽にとって、厳しい相手であり、厳しい稽古である。

 だが、実戦形式の方が能力の向上が良い事も分かっている。

 だから……

 

 

(…落ち着いて、良く聞いて良く見る)

 

 

 視覚と聴覚以外の感覚も研ぎ澄まし、敵を見据える。

 

 

「…荒魂ちゃんが出てきたなーー行くぞっ!」

 

「づぅ!?」

 

 

 呼吹は宣言通り、結芽に向かって御刀を振るう。

 二人とも写シは張っているが、剥がされた瞬間、運が悪ければ死ぬ。

 緊迫感のある稽古は、一時間以上続いた。

 

 

 荒魂を斬り祓っては、呼吹の攻撃を受けて、また斬る。

 同じ行動を繰り返しているだけなのに、圧倒的な恐怖が結芽を襲った。

 本来の彼女なら感じない筈の恐怖だ。

 慣れない二刀流に加え、数十は居る荒魂と全力の呼吹。

 

 

 刀使本来の死と隣り合わせの戦いがそこにあった。

 まだ抜けきっていない疲れの所為で、結芽が倒れたのを合図に稽古は一時中断された。

 

 

 ソファに寝っ転がる結芽と、それをつまらないと言わんばかりの視線で見つめるが呼吹。

 つぐみは何を言うこともなく、先程の稽古で得た戦闘データを整理している。

 そして、エレンはーー

 

 

「ゆめゆめは、命を懸けても守りたいものってありマスカ?」

 

「…あるけど……。それが?」

 

「それは何デスカ?」

 

「ゆり…それにおねーさんたち」

 

「良い答えデスネ。じゃあ、何故そこまでして守りたいんですか?」

 

 

 いきなりの質問ではあったが、結芽は迷う事なく答える。

 まるで、それ以外の答えなど無いと言わんばかりに。

 

 

「私は…ゆりやおねーさんたちに助けられてーー守られてきたから…だから助けたいし守りたい。…だから、ゆりの事は命を懸けてでも助ける。ゆりがそうして私の命を繋いでくれたから。この命は、ゆりのために全部使う」

 

「愛…デスネ。美しい心デス。…ですけどーー」

 

「その答えじゃ、半分も点数はやれねぇな」

 

 

 けっ、と吐き出すように呼吹が口にした。

 嫌なものを見た時に人がする顔そのものだ。

 苦虫を噛み潰したような、そんな顔をしている。

 

 

「…何で?」

 

「最初の回答事態は間違ってない。けど、理由は違う。それだけだ……。さて、喋れるんだから休憩は十分だな。ほら、稽古の続きだ」

 

 

 完全な答えは言わずに、呼吹は実験場所に入って行く。

 結芽も後を追うように入ったが、結局、稽古が終わっても呼吹もエレンも答えは言わなかった。

 

 -----------

 

 稽古終了後、時刻は夜の九時を回っていたが、結芽は一人は自室でスマホを弄っていた。

 写真のアルバムを眺めて、過去の思い出に浸る自慰行為の延長戦にあるような事を行っている。

 意味の無い事だ、だがしなければ彼女自身が持たない。

 

 

 足りない穴を、代替品で埋め代える。

 本当に、只の自慰行為だ。

 慰めにしかならない、他人から見たら無為の行為。

 それでも、止める気にはなれなかった。

 

 

 ドアが開かれるまでは……

 

 

「結芽? 居る?」

 

「沙耶香ちゃん? 任務はどうしたの?」

 

 

 黒桜の調査に向かった筈だ。

 少なくとも、結芽は今日明日で帰ってくるとは思っていなかったのだが……

 

 

「ごめん。任務失敗しちゃった」

 

「どうして? 何かあったの?」

 

「最初は順調だった。上手く進めてると思ってた…けど。敵の数が段々多くなって、捌ききれなくなって、それで……」

 

「…そっか。お疲れ様。疲れてお腹も減ったでしょ? ご飯食べに行こうよ、おねーさんたちも誘ってさ」

 

 

 気軽い口調で、彼女は言った。

 怒ってないと、ちゃんと理解してもらう為に。

 だが、それは逆効果だったようで、沙耶香は病院の時と同じく泣き付かれてしまって。

 困ったなぁ、と口にしながらも、結芽はそっと頭を撫でて背中を摩った。

 

 

 数分もしないで泣き終わった沙耶香の手を繋ぎ、真希たちが居るであろう指令室に向かう。

 何時ものようにノックをしないなんてことは無く、丁寧にノックをする結芽に沙耶香は目を見開いて驚く。

 そんな沙耶香の顔を見てしまった結芽は、失礼だなぁと思いながらも中に入った。

 

 

「おねーさんたち〜、居る〜?」

 

「結芽か……。済まない、黒桜の件はーー」

 

「失敗しちゃったんでしょ? 知ってるよ、沙耶香ちゃんから聞いたし。…怒ってないよ、おねーさんたちが強いのは私知ってるもん。相手がちょっと卑怯だっだけ。ちゃんとした勝負だったらおねーさんたちは負けたりなんかしないし」

 

 

 小悪魔のような笑みはなりを潜め、朗らかな微笑んでそう言った。

 そう、まるで、百合のように。

 

 

「…結芽。百合の真似はおよしなさい。貴方が、百合になることは出来ませんわ。辛いのも、苦しいのも、分かっている仲間に、それは侮辱と変わりません」

 

「………………」

 

 

 結芽は、何も言わなかった。

 何も言うことが出来なかった。

 寿々花の言葉に、何も返すことが出来なかった。

 弱々しくよろけるように、寿々花の胸元に飛び込む。

 泣き顔を誰にも見せまいと、必死になる子供のように、抱き着いて泣きじゃくった。

 

 

 虚勢は長く続かない。

 誰しも何時かは壊れてしまう、崩れてしまう。

 仮面が永遠に剥がれない、なんてことは起こりえないのだ。

 ……絶対に。

 

 

 泣きじゃくった結芽は精神的疲弊から、少しうとうととし始めて眠ってしまった。

 寿々花は、近くに居たエレンに言葉を投げかけた。

 結芽が来るまでしていた質問の続きだ。

 

 

「それで、どんな事を話したんですの?」

 

「簡単なことデスヨ。命を懸けて守りたいものはあるか? そんな質問…問い掛けデス。答えは良いものデシタ。ですが、理由は良いものではありまセン」

 

「大方、ゆりや私たちの事を言ってくれたのでしょう。理由は…そうですわね。助けられたから、百合のために自分の命を使いたい…とでも言ったのでしょうか?」

 

「正解です。ハナハナは感が良いデスネ?」

 

「淑女の嗜みの一つですわ」

 

 

 おどけるように言う寿々花と、こちらも道化師のようにクスクスと笑って話すエレン。

 巫山戯ているようで、全く巫山戯てないのがこの二人だ。

 

 

「自己犠牲は尊いものデス。ですが、それで助けられた側が喜ぶかと言われたら違いマス。…仮に、マキマキが命を懸けてもハナハナを守ると言ってくれマシタ。ハナハナは嬉しいですか?」

 

「…嬉しくは思いますが、ただ守られるだけなのは嫌ですわ」

 

「強い人はそうデス。ですけど、弱い人は嬉しいだけで終わってしまいマス。……そして、命を懸けて守る、それが実行された時、ハナハナはどう思いマスカ? 大切な人が居なくなった世界で、笑う事が出来マスカ?」

 

「……無理ですわね。後追いをしないように自分を保つので、きっと精一杯です」

 

 

 大切な人が居なくなった世界で、笑えるか? 

 世の中のあらゆる人が問い掛けられるもので、それにはいと言えた人間はーー答えられた人間はいない。

 

 

「そうなんデス。大切な人はそれぞれ、家族、仲間、恋人、親友。色々居ますが、その人が消えた世界で、心の底から笑える人は数えられるほどしか居まセン。もしかしたら居ないかもしれませんネ。人は不完全デス。だからこそ、大切な人の本当の価値を、傍に居るだけじゃ分かりまセン。居なくなって、失って、失いかけて、初めて気付くんデス。その人にどれだけ支えられてきたか、有難い存在だったか、自分の中で大きな存在だったかヲ」

 

「君は研究職志望だった気がするけど、意外だね。そう言う、心理学や宗教的な分野もやっているのかい?」

 

 

 人間の不完全性を説く言葉は、まるでそう言う分野に傾倒しているような感覚だ。

 真希の言葉に、エレンはイタズラっ子のような笑みで答える。

 

 

「マキマキは知らないかもしれませんが、案外研究者は神様を信じてたりするんデスヨ? 現に、荒魂や御刀にも神性が宿っていマスシネ。存外、私たちの近くに神様は居るものデス」

 

 

 言いたい事を言い終えたエレンは、指令室から出て行くように体の方向を変えて歩き出す。

 そして、思い出したように、振り返ってこう言った。

 

 

「ゆめゆめには、自分で気付いて欲しいと伝えて下さいネ。何せ、最終的にはゆりりんも自分で気付きましたカラ。自己犠牲を望まない人が居て、自己犠牲の所為で傷つく人が居ることヲ」

 

 

 彼女の言葉は、その場に居た全員の心に響くものだった。

 




 みにゆりつば「三姉妹?」

 ある夜の話。


「一緒に寝たい?」

「うん。最近一緒に寝てれないし、偶には良いかなーって」


 百合が結芽のお願い事を断るなんて、天地がひっくり返ってもありえない訳で難なく了承の返事をした百合だったが……
 何かを思い出したようにこう言った。


「ごめん。今日は二人きりは無理かもよ?」

「? どうして? 今日は誰も泊まりに来る予定なんて……」


 結芽が言葉を続けようとした時、コンコンとドアがノックさせる音が聞こえた。
 既に寝巻きに着替えていた百合が、ドアまで迎えに行き、来たであろう人物を中に通す。
 入って来たのは……


「沙耶香ちゃん?」

「ごめん、結芽。さっき、怖い映画見ちゃって……」

「一緒に見ようって誘った私が悪いから、怖くなったら来ていいって言ったんだ。……ごめんね?」


 バツの悪そうな顔で謝る百合に対し、結芽は呆れたような顔でブツブツと文句を言う。
 だが、沙耶香の参加を拒む事はせず、三人で百合のベットに入る。
 結芽、百合、沙耶香の順で入ることで百合を挟む形にする。
 こうすれば、百合の隣を争う必要もない。


 我ながら画期的な方法だとニコニコする結芽だが、唯一問題があった。
 それは……広さだ。


「キツキツ。結芽、もう少しそっちに行けない?」

「こっちだってキツキツだよ〜!」

「ああ、もう。騒がないの。大人しく寝るよ」


 百合はそう言うと、リモコンで電気を消して瞼を閉じる。
 他の二人も、倣うように瞼を閉じた。
 最初の方は瞼を閉じていながらもじゃれ付き合っていたが、段々と睡魔に負けて眠りに落ちていく。
 外側の二人が百合に抱き着く形で寝る姿は、まさに天使の三姉妹のようだ。


 翌日。
 起きて来ない三人を起こしに、薫が百合たちの部屋に向かっていた。


「おーいお前らー。朝だぞ〜」


 気の抜ける緩い声で語り掛けるが、答える者はいない。
 仕方ないと割り切り、薫はドアを開けて中に入った。
 そこには……


「三姉妹って言ってもバレないくらいだな……。天使のような寝顔とはまさにこの事か……」


 一人納得するように、薫はスマホで写真を取り始める。
 その後、ファンクラブで写真が高値で取引されたのは言うまでもない。

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 次回もお楽しみに!

 誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!

 感想もお待ちしております!

結芽の誕生日は……

  • X年後のイチャラブ
  • 過去のイチャラブ

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