最近、投稿が遅れ気味でごめんなさい!
研究所での稽古が始まってから三日。
刻一刻と過ぎ去って行く時間に焦り、結芽は一心不乱に御刀を振り続けた。
だが、幾ら一心不乱に御刀を振ろうと、技術が向上する訳では無い。
睡眠時間すら削って稽古に望む所為で、一回の稽古の中で最低でも一度は気絶している。
本来なら稽古を休ませるべきである呼吹は、飄々とした態度で稽古を続ける。
決して他人事のように関心がない、なんてことはなく、ただひたすらに面倒臭さを感じたからだ。
今のアイツにどうこう言うのは、絶対に面倒な事になる……と悟っていたから。
だから、稽古は続ける。
休ませる気など毛頭ない。
彼女が自分の口から言わない限り。
「呼吹おねーさん! もう一回!」
「はいはい。付き合ってやるから少し待ってろよ」
そこまで自分を傷つけて助けられた側は、果たして喜べるのだろうか?
傷ついてまで助けた事を喜ぶのか?
傷ついてまで助けた事に怒るのか?
誰にも分からない……が。
(アタシだったら……そんなの真っ平だ)
荒魂ちゃんと遊ぶのを邪魔されるのも嫌だし、傷ついてまで助けられたいとは思わない。
彼女たちはーー調査隊は、少女にとってそれ程大事なものだから。
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三日目の稽古が終わったあと、今日も黒桜の調査が失敗に終わったことを知った。
しょうがない事だ…そう割り切れない自分がいる事にーー結芽は薄々気付いている。
しかし、問題はそれだけじゃない。
何故、何度も調査されているのに拠点を移動しようとしないのか?
呼吹の「その答えじゃ、半分も点数はやれねぇな」、と言う一言。
自分の答えに、何か間違いがあったのだろうか?
もし、それがあった場合、どこが間違いだったのか?
二つの疑問が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
終わりのない問いじゃないのに、答えは出てこない。
けれど、あの日の寿々花の言葉で結芽には分かったことがある。
「逃げてばかりじゃ、ダメだよね……」
現実から目を背けたい。
今すぐにでも、幻想の世界に溺れたい。
だが、背けていたら、想像できないほどの後悔をすることになる。
向き合わなければならない、問題が疑問と同じく二つある。
百合の事と……避け続けていた両親の事。
怖い、向き合うことが怖い。
そう思う心を、必死に押さえつけて一歩踏み出す。
大切な人の死を直視するのが怖い、大切だった人たちにまた拒絶されるのが怖い。
……だが、だからこそ向き合わなければならない。
面と向かって言わなければならない。
大切な人に誓を、大切だった人たちに報告を。
誓、それは絶対に助けると言う誓。
報告、それは自分が幸せになれた事の報告。
傷付くと言う事は、悲しむと言う事は、辛いと言う事は、苦しいと言う事は、その人の事が大切だと言う証明だ。
自分の中で、大きい存在だと言う証拠だ。
「……パパ…ママ……」
大切だった人たちに報告をしてから、大切な人に誓を立てる。
やる事は決まった。
頼れる人を頼って、使えるものは使って、目的を果たす。
向かい合うと言う目的を。
その為には先ず……
「おねーさんたちの所に……!」
指令室に向かって走り出す。
両親の場所を探してもらい、会いに行く。
単純な事だが難しい。
自分を捨てた人に会いに行く、それを許可してくれるかなど分からない。
しかし、やらなければならない。
燕の短い旅が始まろうとしていた。
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京都嵐山にある黒桜本部。
そこは現代技術の粋が詰め込まれた研究施設であり、隠れ家。
各国屈指の天才研究者や、才ある刀使が多く集っている。
それを取仕切る存在が薔薇。
彼女はいつも通り、漆黒の髪を揺らしながら本部を歩き回る。
研究の進み具合を観察したり、刀使の稽古を見たり、時たま書類を書いたり。
優雅な振る舞いを、黒桜の者たちに見せる為だ。
上に立つ者は常に気を張るべき、薔薇はそう思っていた。
しばし、そうやって本部を巡回すると、ある部屋の前で立ち止まる。
何の変哲もない、木製のドアだ。
…いや、周りの部屋を見れば分かるが、明らかに浮いている。
「ここだけ木製のドアなのは、流石に露骨ですよね…。建て替えでも申請しておきますか」
薔薇が言う通り、その部屋だけが木製のドアなのだ。
他の部屋は、全てが重そうな金属製のドア。
建て替えの検討をしつつ、彼女は部屋の中に入る。
中には、玉座とキングサイズのベットが一つ、置かれている。
一体何の部屋なのか?
誰もが疑問に思うだろうが、そんな疑問はすぐに何処かに吹き飛ぶ。
突如現れる、彼女のお陰で。
燃え盛る炎を彷彿とさせる、緋色の輝きを放つ左目。
迸る雷を彷彿とさせる、碧色の輝きを放つ右目。
病的なまでに白い肌と、それを一部隠すように着られている、白と黒とオレンジで構成された制服のようなもの。
彼女の顔や身体付きは、驚く程に荒魂化した夢神百合と同じだった。
……名前は、言わなくても分かるだろう。
そう、彼女こそが……大荒魂クロユリだ。
「クロユリ様、お加減いかがですか?」
「悪くないですね。体はしっかりと保てている。作戦実行段階には及びませんが、悪くない状態です」
「そうですか。なら良かった。…作戦の実行は何時頃に?」
「話を聞く限り、ノロの改良は良好。あとは、ノロで作れる強化型大荒魂を量産体制に移し、各地に散布させる手筈まで考えると……約二ヶ月後でしょうか」
「お話に聞く、夢神百合の存在が消滅する時期ですか?」
クロユリから貰った情報は、流せる分だけ共有している。
なので、最大の驚異である夢神百合の消滅と同時期にやるのは丁度いい。
消滅しかけで焦っている時期に、大規模な同時多発的災厄は相当のダメージだ。
「そうです。ですが、油断してはなりません。人間とは、追い詰められた時、何をするのか分からない生き物ですから」
「なら、危険の芽は詰んでおくべきでは?」
「百合の事ですか? ……そうですね、それはあなたがたに任せます。少しでも、作戦の成功率上げたいならするべきでしょう」
「了解しました」
「…それと、作戦実行の一週間前に奇襲を仕掛けます。次いでに、愚かな人類に作戦実行日も伝えます」
「なるほど…。恐怖で動揺した市民を邪魔に使うと?」
恐ろしい程に頭が回る。
演算能力の賜物か、彼女の作戦はテキトーなようで的を射てる。
全てが計算づくだと錯覚させるような、そんな気がしてならない。
薔薇はつくづく思う、彼女を引き込むことに成功して良かったと。
「ええ。…愚かな人類を
どこか小悪魔チックな笑みで、彼女は言った。
薔薇も釣られて笑う。
その日、二人の狂ったような笑い声が本部に響いた。
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だだっ広い真っ白な世界で、少女は御刀を振るう。
愚直に、誠実に、振るい続ける。
眠り始めて五日、聖と喋る時以外はずっと、彼女は御刀を振り続けていた。
精神世界なのだから、彼女が望めば何でも手に入るのに、何かを望むことはしなかった。
欲しいものは、
だから、この世界で望むことは何もない。
強いて言えば対戦相手くらいだが、それも聖がやってくれるので、本当に何も望むものはないのだ。
「真面目だね。そう言うところは、龍雅君に似たのかなぁ」
「そう? 別に、こんなの普通だよ」
否、全く持って普通ではない。
普通なら、五日間もこんな何も無い世界に居たら気が可笑しくなり始める。
だが、彼女にその予兆は見られない。
望めば何でも手に入る世界で何も望まない。
この時点で普通ではないのだ。
「結芽ちゃん、頑張ってるよ。今の所、中型には苦戦してないし、大型も大丈夫じゃないかな? ……流石に大荒魂クラスになるとどうにもならないと思うけど」
「クロユリには?」
「絶対無理。
「……お母さんはどうしてそう思うの?」
あの結芽の事だ。
二ヶ月もあれば、クロユリを倒すレベルまで成長しても可笑しくない。
まして、自分を追い込みに追い込んで稽古をしているのに、届かないなんてありえない。
何か訳がある。
百合は少ない会話から、しっかりと問題に気付いていた。
「今のクロユリは、私たちが知ってるクロユリじゃないの」
「…具体的には?」
「私たちの知ってるクロユリを、仮にクロユリAとする。知らない方はクロユリB。クロユリAは、私たちの中で約百年存在していた。そこまで長く存在していると、意識はちゃんとした形で確立されていく。今回の件で、少なくなっていた穢れが増えに増えて、刈り取られたと同時に新しい意識が生まれた」
「それが、クロユリBって事?」
「そっ。クロユリAの方が意識として確立されてるけど、あとから生まれたクロユリBの方が荒魂として優勢だった。……ここで問題、一つの存在に意識は二つ必要ですか?」
「…必要な場合もあるけど、基本的には必要ない…筈」
一つの存在に、二つの意識は意味が無い事が多い。
確かに、二つある事で利便性は生まれるかもしれないが、そんなことは稀だ。
意識同士がぶつかり合う方が多いに決まっている。
なら、自ずと聖の説明の続きが分かってくる。
「荒魂として優勢だったクロユリBはクロユリAの意識を完全に消そうとした。勿論、着いてった燕ちゃんの意識もね。でも、約百年の時間を懸けて確立された意識を、生まれて間もないひよっ子が完璧に消せる訳が無い。だから、クロユリBはクロユリAを利用することにしたの」
「……もしかして?!」
「百合の思ってる事は、多分正解よ。クロユリBはクロユリAの記憶を自分にコピーした。だから、彼女は荒魂化したあなたと同じ容姿を持ち、同じ剣術を使う」
「待ってよ! じゃあ、御刀は?」
「恐らく、赤羽刀とノロを利用して、宗三左文字と篭手切江の贋作を作ったんでしょうね」
不可能だ、そう言いたい百合だが、完全に否定する事は出来ない。
何故なら、今のクロユリは禍神に近い状態だからだ。
見立てが間違ってなければ、黒桜の本部内にあったノロを使って穢れの濃度を上げ、最終決戦時のタキヅヒメと同等以上になっている。
「お母さん、結芽に指導を……」
「ダメ。あの子にはまだ教えられない」
「……昔の私と、同じだから?」
「良く分かってるじゃない。あんな状態の結芽ちゃんに夢神流を教えたら、どう転んでも死ぬわ。娘の想い人を殺すなんて……したくないもの」
「気付くまで、待つの?」
「残り一週間になってもダメだったら、その時はまた考えるわ」
朗らかに笑う聖に焦りは見えない。
娘の死を恐れているが、それ以上に娘の想い人を信頼していた。
彼女ならきっと気付くだろう…と。
百合も百合で、クスリと笑った。
自分は気付くことが出来た……いや気付かせてもらった。
なら、結芽も大丈夫だ。
今の結芽には、頼れる人がいっぱい居る。
それに、約束がある。
一生懸けて彼女を楽しませる、と言う約束があるのだ。
約束を破らせる筈がない。
破らせてなんて、くれないだろう。
斬っても切れない縁を結んだ。
どれだけ解けそうになったとしても、解けない縁を結んだ。
死が二人を分かつことがあろうとも、けして解けはしないし、切れはしない。
同じ想いで繋がった縁は……絶対に。
次回もお楽しみに!
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