百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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 みにゆりつばはお休みです。
 最近、投稿が遅れ気味でごめんなさい!


伍話「小さな旅路の一歩と、解けないし切れない縁」

 研究所での稽古が始まってから三日。

 刻一刻と過ぎ去って行く時間に焦り、結芽は一心不乱に御刀を振り続けた。

 だが、幾ら一心不乱に御刀を振ろうと、技術が向上する訳では無い。

 睡眠時間すら削って稽古に望む所為で、一回の稽古の中で最低でも一度は気絶している。

 

 

 本来なら稽古を休ませるべきである呼吹は、飄々とした態度で稽古を続ける。

 決して他人事のように関心がない、なんてことはなく、ただひたすらに面倒臭さを感じたからだ。

 今のアイツにどうこう言うのは、絶対に面倒な事になる……と悟っていたから。

 

 

 だから、稽古は続ける。

 休ませる気など毛頭ない。

 彼女が自分の口から言わない限り。

 

 

「呼吹おねーさん! もう一回!」

 

「はいはい。付き合ってやるから少し待ってろよ」

 

 

 そこまで自分を傷つけて助けられた側は、果たして喜べるのだろうか? 

 傷ついてまで助けた事を喜ぶのか? 

 傷ついてまで助けた事に怒るのか? 

 誰にも分からない……が。

 

 

(アタシだったら……そんなの真っ平だ)

 

 

 荒魂ちゃんと遊ぶのを邪魔されるのも嫌だし、傷ついてまで助けられたいとは思わない。

 彼女たちはーー調査隊は、少女にとってそれ程大事なものだから。

 

 -----------

 

 三日目の稽古が終わったあと、今日も黒桜の調査が失敗に終わったことを知った。

 しょうがない事だ…そう割り切れない自分がいる事にーー結芽は薄々気付いている。

 

 

 しかし、問題はそれだけじゃない。

 何故、何度も調査されているのに拠点を移動しようとしないのか? 

 呼吹の「その答えじゃ、半分も点数はやれねぇな」、と言う一言。

 自分の答えに、何か間違いがあったのだろうか? 

 もし、それがあった場合、どこが間違いだったのか? 

 

 

 二つの疑問が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。

 終わりのない問いじゃないのに、答えは出てこない。

 けれど、あの日の寿々花の言葉で結芽には分かったことがある。

 

 

「逃げてばかりじゃ、ダメだよね……」

 

 

 現実から目を背けたい。

 今すぐにでも、幻想の世界に溺れたい。

 だが、背けていたら、想像できないほどの後悔をすることになる。

 

 

 向き合わなければならない、問題が疑問と同じく二つある。

 百合の事と……避け続けていた両親の事。

 怖い、向き合うことが怖い。

 そう思う心を、必死に押さえつけて一歩踏み出す。

 

 

 大切な人の死を直視するのが怖い、大切だった人たちにまた拒絶されるのが怖い。

 ……だが、だからこそ向き合わなければならない。

 面と向かって言わなければならない。

 

 

 大切な人に誓を、大切だった人たちに報告を。

 誓、それは絶対に助けると言う誓。

 報告、それは自分が幸せになれた事の報告。

 

 

 傷付くと言う事は、悲しむと言う事は、辛いと言う事は、苦しいと言う事は、その人の事が大切だと言う証明だ。

 自分の中で、大きい存在だと言う証拠だ。

 

 

「……パパ…ママ……」

 

 

 大切だった人たちに報告をしてから、大切な人に誓を立てる。

 やる事は決まった。

 頼れる人を頼って、使えるものは使って、目的を果たす。

 向かい合うと言う目的を。

 その為には先ず……

 

 

「おねーさんたちの所に……!」

 

 

 指令室に向かって走り出す。

 両親の場所を探してもらい、会いに行く。

 単純な事だが難しい。

 自分を捨てた人に会いに行く、それを許可してくれるかなど分からない。

 

 

 しかし、やらなければならない。

 

 

 燕の短い旅が始まろうとしていた。

 

 -----------

 

 京都嵐山にある黒桜本部。

 そこは現代技術の粋が詰め込まれた研究施設であり、隠れ家。

 各国屈指の天才研究者や、才ある刀使が多く集っている。

 それを取仕切る存在が薔薇。

 

 

 彼女はいつも通り、漆黒の髪を揺らしながら本部を歩き回る。

 研究の進み具合を観察したり、刀使の稽古を見たり、時たま書類を書いたり。

 優雅な振る舞いを、黒桜の者たちに見せる為だ。

 上に立つ者は常に気を張るべき、薔薇はそう思っていた。

 

 

 しばし、そうやって本部を巡回すると、ある部屋の前で立ち止まる。

 何の変哲もない、木製のドアだ。

 …いや、周りの部屋を見れば分かるが、明らかに浮いている。

 

 

「ここだけ木製のドアなのは、流石に露骨ですよね…。建て替えでも申請しておきますか」

 

 

 薔薇が言う通り、その部屋だけが木製のドアなのだ。

 他の部屋は、全てが重そうな金属製のドア。

 建て替えの検討をしつつ、彼女は部屋の中に入る。

 

 

 中には、玉座とキングサイズのベットが一つ、置かれている。

 一体何の部屋なのか? 

 誰もが疑問に思うだろうが、そんな疑問はすぐに何処かに吹き飛ぶ。

 

 

 突如現れる、彼女のお陰で。

 燃え盛る炎を彷彿とさせる、緋色の輝きを放つ左目。

 迸る雷を彷彿とさせる、碧色の輝きを放つ右目。

 病的なまでに白い肌と、それを一部隠すように着られている、白と黒とオレンジで構成された制服のようなもの。

 

 

 彼女の顔や身体付きは、驚く程に荒魂化した夢神百合と同じだった。

 ……名前は、言わなくても分かるだろう。

 そう、彼女こそが……大荒魂クロユリだ。

 

 

「クロユリ様、お加減いかがですか?」

 

「悪くないですね。体はしっかりと保てている。作戦実行段階には及びませんが、悪くない状態です」

 

「そうですか。なら良かった。…作戦の実行は何時頃に?」

 

「話を聞く限り、ノロの改良は良好。あとは、ノロで作れる強化型大荒魂を量産体制に移し、各地に散布させる手筈まで考えると……約二ヶ月後でしょうか」

 

「お話に聞く、夢神百合の存在が消滅する時期ですか?」

 

 

 クロユリから貰った情報は、流せる分だけ共有している。

 なので、最大の驚異である夢神百合の消滅と同時期にやるのは丁度いい。

 消滅しかけで焦っている時期に、大規模な同時多発的災厄は相当のダメージだ。

 

 

「そうです。ですが、油断してはなりません。人間とは、追い詰められた時、何をするのか分からない生き物ですから」

 

「なら、危険の芽は詰んでおくべきでは?」

 

「百合の事ですか? ……そうですね、それはあなたがたに任せます。少しでも、作戦の成功率上げたいならするべきでしょう」

 

「了解しました」

 

「…それと、作戦実行の一週間前に奇襲を仕掛けます。次いでに、愚かな人類に作戦実行日も伝えます」

 

「なるほど…。恐怖で動揺した市民を邪魔に使うと?」

 

 

 恐ろしい程に頭が回る。

 演算能力の賜物か、彼女の作戦はテキトーなようで的を射てる。

 全てが計算づくだと錯覚させるような、そんな気がしてならない。

 薔薇はつくづく思う、彼女を引き込むことに成功して良かったと。

 

 

「ええ。…愚かな人類を荒魂(私たち)と融合させることで昇華させる。良かったですね、あともう少しの辛抱であなたたちの願いは叶う」

 

 

 どこか小悪魔チックな笑みで、彼女は言った。

 薔薇も釣られて笑う。

 その日、二人の狂ったような笑い声が本部に響いた。

 

 -----------

 

 だだっ広い真っ白な世界で、少女は御刀を振るう。

 愚直に、誠実に、振るい続ける。

 眠り始めて五日、聖と喋る時以外はずっと、彼女は御刀を振り続けていた。

 

 

 精神世界なのだから、彼女が望めば何でも手に入るのに、何かを望むことはしなかった。

 欲しいものは、現実(あっち)に全てある。

 だから、この世界で望むことは何もない。

 

 

 強いて言えば対戦相手くらいだが、それも聖がやってくれるので、本当に何も望むものはないのだ。

 

 

「真面目だね。そう言うところは、龍雅君に似たのかなぁ」

 

「そう? 別に、こんなの普通だよ」

 

 

 否、全く持って普通ではない。

 普通なら、五日間もこんな何も無い世界に居たら気が可笑しくなり始める。

 だが、彼女にその予兆は見られない。

 望めば何でも手に入る世界で何も望まない。

 

 

 この時点で普通ではないのだ。

 

 

「結芽ちゃん、頑張ってるよ。今の所、中型には苦戦してないし、大型も大丈夫じゃないかな? ……流石に大荒魂クラスになるとどうにもならないと思うけど」

 

「クロユリには?」

 

「絶対無理。()()クロユリには勝てない。どれほど自分を追い込んで強くなろうとしても、勝てないよ」

 

「……お母さんはどうしてそう思うの?」

 

 

 あの結芽の事だ。

 二ヶ月もあれば、クロユリを倒すレベルまで成長しても可笑しくない。

 まして、自分を追い込みに追い込んで稽古をしているのに、届かないなんてありえない。

 何か訳がある。

 

 

 百合は少ない会話から、しっかりと問題に気付いていた。

 

 

「今のクロユリは、私たちが知ってるクロユリじゃないの」

 

「…具体的には?」

 

「私たちの知ってるクロユリを、仮にクロユリAとする。知らない方はクロユリB。クロユリAは、私たちの中で約百年存在していた。そこまで長く存在していると、意識はちゃんとした形で確立されていく。今回の件で、少なくなっていた穢れが増えに増えて、刈り取られたと同時に新しい意識が生まれた」

 

「それが、クロユリBって事?」

 

「そっ。クロユリAの方が意識として確立されてるけど、あとから生まれたクロユリBの方が荒魂として優勢だった。……ここで問題、一つの存在に意識は二つ必要ですか?」

 

「…必要な場合もあるけど、基本的には必要ない…筈」

 

 

 一つの存在に、二つの意識は意味が無い事が多い。

 確かに、二つある事で利便性は生まれるかもしれないが、そんなことは稀だ。

 意識同士がぶつかり合う方が多いに決まっている。

 なら、自ずと聖の説明の続きが分かってくる。

 

 

「荒魂として優勢だったクロユリBはクロユリAの意識を完全に消そうとした。勿論、着いてった燕ちゃんの意識もね。でも、約百年の時間を懸けて確立された意識を、生まれて間もないひよっ子が完璧に消せる訳が無い。だから、クロユリBはクロユリAを利用することにしたの」

 

「……もしかして?!」

 

「百合の思ってる事は、多分正解よ。クロユリBはクロユリAの記憶を自分にコピーした。だから、彼女は荒魂化したあなたと同じ容姿を持ち、同じ剣術を使う」

 

「待ってよ! じゃあ、御刀は?」

 

「恐らく、赤羽刀とノロを利用して、宗三左文字と篭手切江の贋作を作ったんでしょうね」

 

 

 不可能だ、そう言いたい百合だが、完全に否定する事は出来ない。

 何故なら、今のクロユリは禍神に近い状態だからだ。

 見立てが間違ってなければ、黒桜の本部内にあったノロを使って穢れの濃度を上げ、最終決戦時のタキヅヒメと同等以上になっている。

 

 

「お母さん、結芽に指導を……」

 

「ダメ。あの子にはまだ教えられない」

 

「……昔の私と、同じだから?」

 

「良く分かってるじゃない。あんな状態の結芽ちゃんに夢神流を教えたら、どう転んでも死ぬわ。娘の想い人を殺すなんて……したくないもの」

 

「気付くまで、待つの?」

 

「残り一週間になってもダメだったら、その時はまた考えるわ」

 

 

 朗らかに笑う聖に焦りは見えない。

 娘の死を恐れているが、それ以上に娘の想い人を信頼していた。

 彼女ならきっと気付くだろう…と。

 

 

 百合も百合で、クスリと笑った。

 自分は気付くことが出来た……いや気付かせてもらった。

 なら、結芽も大丈夫だ。

 今の結芽には、頼れる人がいっぱい居る。

 

 

 それに、約束がある。

 一生懸けて彼女を楽しませる、と言う約束があるのだ。

 約束を破らせる筈がない。

 破らせてなんて、くれないだろう。

 

 

 斬っても切れない縁を結んだ。

 どれだけ解けそうになったとしても、解けない縁を結んだ。

 

 

 死が二人を分かつことがあろうとも、けして解けはしないし、切れはしない。

 同じ想いで繋がった縁は……絶対に。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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結芽の誕生日は……

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