これからも、私の作品を読んでもらえると嬉しいです!
「北海道の旭川市?」
「はい。正確には、北海道旭川市東旭川町です。…そこに、結芽さんの御両親が居ます」
真希や寿々花たちに頼って両親の捜索を始めてもらってからまだ一日。
たった一日で、結芽の両親は見つかった。
指令室に居る職員の顔を見れば、どれだけ頑張ってくれていたかが一目で分かる。
黒桜の件で寝不足により顔色が悪かったのが、更に酷くなっているのだ。
デスクの周りにはエナジードリンクや栄養剤の空き容器が転がっている。
結芽は目頭が熱くなり、少しだけ顔を俯けて小さくお礼を言った。
「………ありがとう」
職員はその言葉が貰えるだけで充分だったのか、皆薄く微笑んで通常業務に戻る。
夜見は結芽に一通りの説明をし、すぐに北海道に立つことを伝えた。
二人は百合の残り少ない時間の内に決着を付ける為に、一分一秒を無駄にすることは出来なかった。
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その日の夕暮れ頃に、二人は北海道旭川市東旭川町に降り立った。
空港からバスに揺られること四十分弱、ようやく着いたのだ。
結芽は辺り一面の雪景色に驚きながらも、寒さでかじかむ手を自分の吐息で温める。
遠征で何度か訪れた事はあったが、真冬のこの時期に訪れたのは初めてだ。
だからこそ、北海道の寒さを舐めていたと後悔している。
自分の隣にいる夜見は女子力ガン無視の完全防寒スタイル。
登山用の靴にウインドブレーカーを上下で着込み、更にその上にベンチコートを羽織っている。
勿論、手袋も二重で付ける程の完全防寒スタイルだ。
対する結芽は、イチゴ大福ネコがプリントされた可愛らしいダッフルコートを羽織り、同じくイチゴ大福ネコがプリントされた手袋とネックウォーマーを付けている。
女子力ーーもとい少女力高めな防寒装備は、完全には寒さをなくすことが出来ず、ブルブルと震えながら雪道を歩く。
因みに、下の靴は普通のスニーカーだったり……
「も〜う! なんでこんなに寒いの〜!!」
「あまり叫ぶと、余計に体力を使って寒くなりますよ」
「ぐぬぬぬ……! …それで、夜見おねーさん。パパとママの家まで、あとどのくらいなの?」
「そうですね。……今の位置から大凡で計算すると、あと五から六分と言った所でしょうか」
手袋を付けている為、スマホではなく地図を使いながら場所を確認する。
そんな夜見の行動を、結芽は嫌いな物を押し付けられた子供のような表情で見つめていた。
幼い頃から剣術漬けだった人生で、勉強に割いた時間などたかが知れている。
ふと、「隣の芝生は青い」、そう百合が言っていた言葉を思い出して苦笑する。
「どうかしましたか?」
「ううん。なーんにも」
「…? そうですか、なら先を急ぎましょう」
防寒対策の所為で御刀が抜きにくい今、荒魂が出現したら面倒臭いことこの上ない。
諸々の面倒事が起きる前に、夜見は今回の件を片付けようとしていた。
真っ白な雪景色を見ながら歩くこと五分。
一軒の小さな家が見えてきた。
北海道特有の家の造りである平らな屋根『無落雪屋根』にこれまた驚きつつ、結芽は歩を進める。
家の前に着くと、表札に「燕」と書いてある事が分かった。
自慢ではないが、彼女は自分の苗字が珍しい方だと思っている。
…加えて、この近くにある家は、また五分ほど歩かないと見えてこない。
住所的には、この家で間違いはない筈だ。
寒さの所為ではない震えが、結芽を襲う。
拒絶、それは今まさに追い詰められつつある彼女の心に、簡単には治らないヒビをいれる事と同義だ。
先程まで軽やかに踏み出せていた一歩が、中々踏み出せない。
そんな時、彼女の頭を、そっと夜見が撫でた。
優しい手つきで、温かい気持ちの篭った撫で方だった。
「…私に出来る事は少ないですが、出来る範囲の事はやるつもりです」
「夜見おねーさん…………行こっか」
報告するだけだ。
自分が幸せになれたと、報告するだけだ。
インターホンを押してから数秒、重そうな玄関のドアがゆっくりと開かれた。
出てきたのは結芽の母、燕
腰まで流したままの結芽と同じ桜色の髪に、驚きの色を含んだ紺色の瞳。
「…………結芽…なの?」
「…久しぶり、ママ」
数年の空白が開いた母娘は、こうして再開した。
方や捨てた側、方や捨てられた側。
驚きの顔と苦笑気味の顔。
凡そ母娘の再開には似合わぬ空気が、そこに出来上がっていた。
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中に上げてもらった二人は、玄関で防寒着を脱ぐよう言われ居間に通された。
居間には、嬉しいとも悲しいとも取れる曖昧な感情を、表情で表している父、燕
少しボサつきが見える黒い髪に、結芽と同じく碧色の瞳。
突然の再開に困惑しているのは明らかだ。
無言のまま二人は座布団に座り、冬芽が来るのを待つ。
床暖房とエアコンのお陰で寒さは全く持って感じず、少し暑いくらいだ。
待つ事数分、解人にとっては地獄のような数分が過ぎた時、彼女はお盆にお茶を持ってやって来た。
「ごめんなさいね、ジュースはないの。…これはお茶菓子よ、自由に食べてちょうだい」
「…ありがとうございます。冬芽さん」
「良いのよこれくらい。この程度じゃ、罪滅ぼしにもならないわ」
「…何をしに来たんだ、結芽? …私たちに復讐をしに来たのか? だったら、早く済ませてくれると助かる。…
解人の「もう疲れた」には、色々な意味が含まれているように結芽は感じた。
娘を捨てた罪悪感、娘を助けられなかった無力感、娘を道具のように使っていた後悔。
それに押し潰されそうになりながら生きてきた空白の時間だった。
間が空いた、結芽は言葉の重さに何も言う事が出来ず固まっている。
だが、夜見は違った。
「もう疲れた…ですか。それに、早く済ませてくれると助かる…ですか。良くそんな言葉言えましたねっ!!」
彼女は自分の御刀である水神切兼光の切っ先を解人と冬芽に向ける。
親衛隊として長くの時を過ごした結芽でさえ、初めて見る怒りの表情と初めて聞く怒声だった。
(ゆりみたい…)
自分の為に怒ってくれているその姿が、
追い詰められた結芽の心が、少しづつ癒されていく。
こうやって、温かい感情に包まれる感覚は病みつきになりそうだと、彼女は思った。
「夜見おねーさん。止めて」
「ですがっ!」
「良いの。私は、大丈夫だから」
きっと百合もこうやって怒ってくれたんだろうなぁ、そんな事を思いながら、結芽は言葉を続けた。
「何で捨てたの? 何で何も言ってくれなかったの? …色々聞きたいことがあるけど、でも今日はそれを聞くために来たんじゃないの」
「じゃあ……何の為に?」
「報告だよ、報告。…あれから、元気になって幸せになったって。自分の口で言いたかった。パパとママにもう一度会いたくて、戻ってきて欲しくて、ノロの力で生き延びだ私は…強くなるためにーー強くある為に戦ってた」
でも、違うのだ。
結局、変わらず弱いままで、強くなんてなれてなかった。
けれど、百合が教えてくれた。
ありのままで良いと、強さなんて関係ないと。
そのままでも、私が傍に居ると。
約束もした。
破らせてはいけない約束で、破らせたくない約束だ。
「私さ、あの子が隣に居るだけで良かったんだ。みんなが傍に居るだけで良かったんだ。パパとママだけが大切だった私は、とっくのとうに死んじゃったの」
「そう…か」
「…結芽。私たちはね、結芽が幸せならそれで良いの」
まだ、言いたい事はあるが、取り敢えず言っておきたいことは大体言った。
あとは、邪魔者を斬るだけだ。
先程から感じていた気配を頼りに、結芽は立ち上がり一歩踏み出す。
両腰に固定された御刀を抜き、写シを張る。
「パパ、ママ。…産んでくれてありがとね、愛してくれて…ありがとね」
その二つだけは、きっと不変の事実だから。
言わなくてはいけないと、直感的に思った。
玄関のドアを開くと、三人の冥加刀使が居た。
…資料で見た珠鋼搭載型S装備を装着している事から、黒桜の一員だと言う事が分かる。
「パパとママには手を出させない。…先に負けたい人から来なよ? まぁ、誰が来ても同じだけどさぁ」
挑発は簡単に成功し、正面右側に居た一人が迅移で突撃してくる。
ただの振り下ろしにしか見えないが、第五段階の八幡力を使用している可能性がある以上、受けるのは得策ではない。
結芽は見切りで躱すと、カウンター気味の薙ぎ払いで写シを剥がす。
予想通り、八幡力を使っていたらしい。
珠鋼搭載型のS装備は、第五段階の金剛身と八幡力を使えるが、二つを同時に使う事が出来ないのだ。
このカラクリさえ分かっていれば、カウンター主体の攻撃で写シを簡単に剥がす事が出来る。
…だが、一度見られてしまったら、二度目は簡単には通用しない。
自動で金剛身と八幡力を発動されるのは厄介極まりない。
結芽は百合が良くやっていた、二本でやる独特な射の構えで相手の首元を狙う。
迅移を使い、近くに居た正面の敵との間合いを詰める。
間合いを詰められることが分かっていたのか、敵である冥加刀使は構えを受けの姿勢に移す。
我流にも見える結芽の連撃が冥加刀使を襲った。
切り上げから始まり、振り下ろし、薙ぎ払い、袈裟斬りからの逆袈裟。
無茶苦茶にも見える攻撃は、相手の動揺を誘い八幡力を使った攻撃が結芽に降り掛かる。
しかし、追い詰める所まで考えていた彼女は、難なくその一撃を避け、逆にほぼ同時に相手の体に一撃を叩き込んだ。
残された冥加刀使はしきりに辺りをキョロキョロと見渡している。
救援を待っているのか、はたまた仲間が倒された事に焦りを感じているのか?
そんな事はどうでもいい、百合を傷付けて、両親に危害を加えようとした時点で、彼女たちは結芽の逆鱗に触れたのだ。
「…これで、終わり」
結芽が迅移を使って迫ろうとした瞬間、敵である冥加刀使が突然倒れた。
一応警戒しながら近付くと、気絶している事が分かった。
(…怖くて気絶したって事はない筈。なら、何で……)
彼女たちが装着しているS装備に、何かしらの欠陥があった?
降って湧く疑問に答えがすぐ出る筈もないので、結芽はため息を吐きながら家に戻って行く。
その日、結芽の中で一つの区切りが着いた。
みにゆりつば「キセキノハナ」
桜前線に異常無し。
テレビでのそんは報道を見た結芽は、百合にこう持ちかけた。
「ねぇねぇ、ゆり〜!」
「…桜見に行こうって言うんでしょ? ダメだよ。つい二日前に見に行ったばっかりじゃん」
ぐぅの根も出ない正論で論破されかけた結芽だが、一つある事を思い出した。
それは先日の事。
せっせこ任務に励んでいた結芽が帰ってきた時、一人で百合がパソコンを使って何かしていたのだ。
他所様には見せられないような緩んだ顔をしていたので、結芽は声を掛けた。
「なーにしてるの、ゆり?」
「ひゃっ!? ゆ、結芽?! どどど、どうしてここに?」
「だってここ、私たちの部屋だし」
「で、でも、今日はもう少し帰りが遅いって…」
「えー。私、帰るの早くなったって連絡したよ? メールで」
急いで百合はスマホを確認する。
そこには、「早めに帰れそう!」と一言書かれたメールが送られてきていた。
緊急事態を悟った百合は、目にも止まらぬ早さでパソコンをシャットダウンしようとしたがーー
バシッと、結芽がその手を掴んだ。
力では勝ってるはずなのに、百合は結芽に強く出られるとあまり押していけないタチだった。
「へぇ〜。日記かぁ…なになに。ふむふむ……へぇーん……ほうほう……。あ〜あ、良い事知っちゃったなぁ」
「ゆ、結芽っ! こ、この事は秘密に……」
「じゃーあ。私の言う事、一回何でも聞いてね?」
「聞く聞く!」
…という事があったのだ。
因みに、日記の内容はプライパシーの侵害に当たるので、お見せすることは出来ないとか……
「てな訳で! 行こ!」
「……はぁ。分かったよ」
渋々と言った百合を連れ出して、結芽はいつも桜を見ている場所に向かった。
花見の季節はまだ終わっておらず、ポツポツと花見客が居るのが分かる。
二人は適当な所にレジャーシートを敷いて、ゆっくりと座った。
風によって流されていく桜の花弁を見ながら、ただただぼーっとするだけ。
それだけなのに、二人はどこか懐かしい顔だった。
一時間ほどが経った頃、百合はふと桜の木の下に一本の花があるのを見つけた。
ただの花だったら、そこまで驚きはしなかっただろうが…それは普通の花ではなかったのだ。
百合の花、本来は夏に咲く筈の花が、そこ咲いていた。
まるで桜の木に寄り添うように、そこに一輪だけ咲いていた。
何故か、百合は無性に応援したくなって、声小さくエールを送ったのち近くまで近付いて写真を撮った。
奇跡の花と言っても過言ではない一輪だ。
近くに居る結芽に早く教えたくて、彼女はとてとてと結芽の下に戻る。
世界は不条理で残酷だが、奇跡は有るんだと。
その花が証明してるようだった。
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結芽の両親の心境は、私の勝手な解釈やオリジナルの設定です。
気に入らないと思った方はすいません。
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次回もお楽しみに!
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結芽の誕生日は……
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