百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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漆話「聖女降霊」

 綾小路武芸学舎に隣接する病院のある一室に、少女ーー夢神百合は死んだように眠っていた。

 眠りについてから十日、一向に目が覚める気配はなく、クロユリを取り戻さないと百合が死ぬかもしれない、と言う予測が段々と現実味を帯びていく。

 

 

 そんな眠っている百合のベットの脇に、結芽は居た。

 鬱陶しいほどある生命維持装置を、態々少しズラして作った場所にイスを置いて座っている。

 両親との件は吹っ切れたが、こっちはまだ済んでいない。

 だが、言う事はとうの昔に決まっていた。

 

 

 ゆっくりと息を吸って、彼女のーー百合の心に響くように言葉を紡いだ。

 

 

「ゆり。もう少しだけ待っててね、絶対に助けてみせるから。約束、破らせたりしないから。例え…私の命に代えてでも……!」

 

 

 その言葉は力強くて、重い。

 最後の一言に全てが詰まっていた。

 結芽にとっても、百合にとっても、お互いは生きる為の糧だ。

 お互いが居るから頑張れる。

 お互いが居るから生きていける。

 

 

 なら、もし片方が居なくなったら? 

 …勿論、関係は破綻する。

 いや、そもそもの時点で破綻している。

 お互いが居るから頑張れるなど、お互いが居るから生きていけるなど、普通ならありえない。

 

 

 世の本気で愛し合ってる恋人や夫婦たちの中にも、彼女たちのような関係は少なからず居るだろうが、片方が居なくなったら本気で『死ぬ(生きていけない)』と言う人間は、その中でも少数も良い所だ。

 それ程までに想いあっている、それ程までに依存しあっている。

 

 

 ……だからだろうか、結芽が百合の危機に気付いたのは。

 

 

「…じゃあ、稽古があるからそろそろ帰るね」

 

 

 そう言った直後、帰ろうとする体を結芽の第六感とも言える直感が止めた。

 百合が危険だと、脳に正体不明のナニカが語り掛けてくるような感覚。

 イスから立ち、静止した彼女は御刀に手を置いた。

 何時でも引き抜ける準備をしていた、何時でも斬りかかれる体制に入っていた。

 

 

 なのに敵は、堂々と病室の入口から現れた。

 適当な長さで腰に揃えられた漆黒の髪に、値踏みするような朱殷の瞳。

 どこか、百合と似た雰囲気を持つ女性だと結芽だけが感じ取った。

 その正体は薔薇だ、何故か珠鋼搭載型S装備を着ていないが……

 腰に固定された御刀は、天下五剣が一振り「三日月宗近」。

 

 

「…三日月宗近。…それ、何でおねーさんが持ってるの?」

 

「答える義理も義務もありません…が。条件を呑めば答えてもよろしいですよ?」

 

「どーせ、大人しくゆりを渡せって言うんでしょ? 嫌だよ。絶対に渡さない。もし、ゆりに触ったら……殺す」

 

 

 二本の御刀、宗三左文字と篭手切江を抜き、殺意と共に薔薇に向ける。

 薔薇も薔薇で、やれやれと言った様子ではあるが、口元が少し緩んだ。

 簡単には終わらないで欲しいと、暗に言ってるようだ。

 同時に写シを張ると……刹那、二人の距離は一気にゼロになり、御刀同士で斬り結ぶ。

 

 

 結芽の二刀を、薔薇は余裕がある笑みのまま受け止める。

 …珠鋼搭載型S装備を着けていなくても、彼女には結芽の御刀を受け切り、尚且つ押し返す余裕が有り、逆に結芽には斬り結んだ薔薇の御刀を押し退ける余裕すら無い。

 

 

 最初の一撃で、結芽は自分の実力と相手の実力の差を知った。

 強者には、実力差がハッキリと分かる。

 弱者には、実力差がハッキリと分からない。

 …結芽は前者だ。

 だからこそ、絶望の色に瞳が染まっていく。

 

 

 勝てない、勝てる訳が無い、百合を守れない。

 負の感情が濁流のように押し寄せるが、結芽は、百合を絶対に助けなければいけないと言う一心で、何とかそれを乗り切る。

 

 

「っ…!! あァ!!」

 

「ーーっ!?」

 

 

 結芽は八幡力を使って押し退けると見せかけて、逆に押し返させて御刀を振り下ろさせて隙を作った。

 その作った隙に合わせて左足を軸に右足で蹴りを叩き込んだ。

 薔薇にとっても蹴りは予想外だったらしく反応が遅れるが、冷静に対処し躱す。

 

 

 しかし、躱した所に結芽が追撃を掛ける。

 喉元を中心とした攻めの連撃で、相手を追い詰めていく。

 薙や突きを、一瞬の合間もなく繋げて余裕を削ろうとするが、薔薇は涼しい顔で受け流す。

 

 

 そして、結芽の連撃が遅れた瞬間、薔薇のカウンターが入る。

 八幡力を発動し、柄で右腕の御刀を落とし、先程の結芽と同じく蹴りで左腕の御刀も落とす。

 あまりにも短い時間で起きた出来事に、結芽は全く反応出来ず、薔薇がトドメに放った左フックで吹き飛ばされる。

 

 

「ぅう、ァああ」

 

 

 痛みが彼女を苦しませたが、数秒もしない内に意識が薄れていく。

 

 

(…ごめん……ごめんね…ゆり。…私…ゆりの事…助けるって……言ったのに………………)

 

 

 その想いが言葉にして外に出る事はなく、結芽の意識は深く闇に沈んだ。

 

 -----------

 

「全く、あなたも厄介な少女に好かれてくれますね。…さて、残念ですが、クロユリ様が完璧になる為に死んでください……私の可愛かった従姉妹(いもうと)よ」

 

 

 彼女がそう言って、御刀を振り下ろそうとした瞬間、突如胸から御刀が生えてきた。

 否、後ろから誰かに突かれたのだ。

 

 

「ありえません…気絶させた筈」

 

「だね〜。結芽ちゃん(この子)は気絶してるよ? 最も、宗三左文字の中に居た私は、気絶なんてしないけど」

 

 

 瞳が碧色ではなく、薄茶色に変わっている事から、薔薇は彼女が先程までのものとは違う事を確信する。

 結芽……ではなく聖は、突き刺した宗三左文字を抜いて迅移で下がった。

 しっかりと篭手切江の近くに…だ。

 

 

「私の可愛い娘に、手を出すの止めて欲しいんだよね〜」

 

「私にも、私なりの理由が有りますので、譲る事は出来ません」

 

「あっそ。まぁ、そんなの関係ないよ? …力づくで譲らせるから」

 

「…聖女とは思えぬ言動ですね。我を忘れているのでは?」

 

「そうかなぁ? 私は、昔からこんなんだったよ」

 

 

 ただ、会話をしているように見えるが、二人はジリジリと距離を詰めている。

 自分の間合いに届くように。

 けれど、その均衡していた状態を、一人の少女が崩した。

 病院の窓ガラスを壊しながらのダイナミックな突入をした少女の名は、衛藤可奈美。

 

 

「…聖さん、百合ちゃんも結芽ちゃんも大丈夫ですか?」

 

「察すが〜。視えてるんだ、私の事」

 

「一応。それで……二人は?」

 

「大丈夫だよ、二人共無事。結芽ちゃんは中で眠ってるけど」

 

「良かったぁ。…じゃあ、あの人を倒して色々聞きましょうか!」

 

 

 可奈美が意気込むが、薔薇にその気は無いらしく可奈美が壊した窓から飛び去って行く。

 意表を着いた逃げだった事に、可奈美はぼーっとそれを眺めるだけで終わってしまう。

 

 

「……すいません。やっちゃいました」

 

「…まぁ、大丈夫だよ。でも、一応もっと安全な場所に百合を移した方が良いかもね」

 

「ですね。…今から、相楽学長に掛け合います」

 

「私も行くよ。混乱させるけど、私が居た方が良いし。……それに、言わなきゃいけない事もあるし」

 

 

 百合を置いて行くのは心許ないが、予断は許されない。

 近くに居た警備の刀使に、巡回を止めて百合の近くで待機して貰うようお願いして、二人は学長室に向かった。

 ……そこで、聖は言わなければならない期限を提示した。

 

 -----------

 

「…二ヶ月が期限」

 

「そうだ。それまでには絶対にどうにかしなければならない」

 

 

 結月からの言葉を結芽は聞こうとするが、先程の戦闘が頭に残って全く耳に入ってこない。

 勝てるビジョンが見えない。

 どれだけ強くなっても勝てない、そう錯覚する程の強さだった。

 文字通り次元の違う強さ。

 

 

 その上にクロユリが居ると思うと……

 

 

(…どうすれば)

 

 

 どうすれば良いか分からない。

 稽古を積んで、実践を積んで、それでどうにかなるのか? 

 

 

 その日、少女の中に、誓が揺らぐような不安が芽生えてしまった。

 




 みにゆりつば「重い」

 生理、それは刀使である彼女たちにとっても、普通の人とさほど変わりなく待ち受ける成長の兆し。
 そして、その生理が今日、百合にも訪れた。


 御刀で写シを斬られる痛みとは、ベクトルの違う痛みに耐える事が出来ず、百合はベットに蹲っていた。


「ゆり? 何かして欲しいことある?」

「…お腹、温めたいから…カイロが欲しいかな」

「分かった。探して無かったら、買ってくるから少し待ってて」


 ガサゴソと机の引き出しを探っている音さえも、今のは百合には辛く感じるが、不思議とその音を出しているのが結芽だとあまり辛くは感じない。
 同年代でも生理が重い方だと言われる百合だが、そんな彼女が生理中を穏やかに過ごせるのは傍に結芽が居てくれるからだろう。


「あったよ〜。貼るカイロだから、辛いと思うけど服脱がすね?」

「うん。…お願い」


 気恥しさは確かにあるが、嬉しさが勝ってあまり照れることは無い。
 結芽も似たような理由なのか、気恥しさはあるが真剣な表情でお腹にカイロを貼り元に戻す。


「終わったよ。…あとはどうする?」

「…眠れるまで、傍に居て」

「任せて」


 支え合う。
 簡単に見えて難しい事を、二人はさも当然のように出来るほどの仲だった。

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 次回もお楽しみに!

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結芽の誕生日は……

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