結芽の話でもあるようですが、この物語に取り入れることは恐らくありません。
※このお話は本編に全く関係ないわではありませんが、多大なるネタバレの宝庫となっています。それと
祭殿の少し手前。
そこを通らなければ、祭殿に入れない。
そんな場所で、百合は腰を下ろして待機していた。
先日の任務の後、結芽が舞草の拠点を襲撃したが、全員を捕らえることは出来ず、半分成功で半分失敗という結果に終わった。
そして今日、舞草の刀使が
迎撃要員として、親衛隊の面々が各場所に配置され戦っている。
百合は仲間の強さを信じていたが、それ以上に相手の強さも分かっていた。
だからこそ、紫はこの場所に百合を配置したのだ。
結芽よりも強く、紫と同等の刀使。
しかし、当の本人はスマホに入った写真を見つめている。
まだ、桜が綺麗だった季節に撮った一枚。
結芽が「お花見をしたい!」と、言った事を皮切りに百合が音頭を取って、紫を含めた親衛隊のメンバー全員で夜桜を見た。
あの時の桜がとても綺麗だったことを、彼女は今でも覚えている。
「もう一度みたい」、そう思えるも程のものであった。
でも、百合がもう一度桜を見ることはないだろう。
「見たかったな〜、みんなでもう一回だけ…」
(あなたが戦うことを止めれば、あと数年は持つわよ)
「……それは出来ない。だって
(…忠告はしたわよ。あなたも馬鹿ね、病気の再発を抑えるだけなら、平均寿命まで生きることも可能だったかもしれないのに)
内側から直接語りかけてくる彼女? の言葉は真実だ。
病気の再発を抑えるだけだったら、百合はあと数十年単位で生きることが出来た。
夢神流剣術は、人体構造の理解も鍛錬の一環に入っている。
人体の構造を深く理解すれば、どこまで負荷を掛けたら壊れるか、どこまでなら負荷をを掛けても壊れないか。
体の柔軟性から強硬性、関節の動きや筋肉の動き。
あらゆる人体の構造を理解すれば、人間に眠っている潜在能力を引き出すことが出来る。
百合が引き出せるのは精々、六割程度。
奥伝は結芽のニッカリ青江がないと使えない。
聖から、「簡単に使えるようにすると、それに縋ってしまうからダメ!」と、言われたからだ。
…この様に、様々な理由があり百合は刀使として、戦えば戦うほど体を酷使していく。
これが原因となり、病気の再発を抑えるだけでは足りず、体の補修にも中の彼女? が力を回しているため、完全には直せていない。
今の百合に精密検査をさせ、ある程度の医者に結果を見せたら白目を剥くだろう。
彼女の体はボロボロだ。
何で生きてるのかが不思議なくらいに、内側から崩れ始めている。
先日の任務での気絶や吐血も、それによるものであり限界が訪れている証拠。
それでも、百合は戦うことを止めない。
止められない、壊されたくないものがあるから。
「ようやく来ましたか。何となくお二人が来ると思ってました」
「夢神…!」
「百合ちゃん。私たち、どうしても戦わなきゃいけないのかな?」
「はい、戦わなければいけません。私たちは戦うことでしか分かり合えない。貴方達には成さなければいけない使命があって、私には守りたいものがある。どちらも譲れないものがあるのなら、戦うしかないでしょう」
二本の御刀を抜き、構える。
可奈美と姫和も、御刀を構えて睨み合う。
どちらも動かぬまま時間が経過し、先にしかけたのは…百合だった。
「ふっ!」
強さで言えば、可奈美>姫和だ。
それを踏まえて、百合は可奈美を倒してから姫和を倒すことを決めた。
迅移ではなく、八幡力で脚力を強化し近付き、そのまま八幡力を腕の方に回して両手の御刀を振り下ろす。
可奈美は
攻撃を躱された百合に、姫和が右薙に御刀を振り抜くが、彼女はありえない反応速度で肘と膝を使い挟んで御刀受け止める。
受け止めたあとは、受け止めた脚とは逆の脚で、もう一度八幡力で強化し、蹴りをかます。
姫和はそれをモロにくらい吹き飛び、木に体を打ち付ける。
幸い、百合から御刀抜き取ったため致命傷にはならなかったが、写シがなかったら確実に骨の一本や二本は持っていかれていただろう。
倒れている姫和を他所に、百合と可奈美は剣戟を続ける。
お互い一歩も引かぬ攻防。
御刀の持ち手を不規則に変えて、変則的な攻撃を行う百合に対して、可奈美は愚直に百合の攻撃を受け止め、カウンターを狙った。
勿論、百合に可奈美の作戦が分からない訳もなく、カウンターは悉く失敗。
姫和が復帰するまでの一分から二分の間で、合計して二回は写シを剥がされている。
「可奈美! 済まない。…まだいけるか?」
「…まだいけるけど、
「いい加減、諦めたらどうですか? 貴方達では私には勝てません」
百合の言葉は驕りでもなんでもない、残酷な現実だ。
実力差があり過ぎる。
可奈美も姫和も一筋縄ではいかない相手だと思っていたが、ここまでとは。
為す術がない、完全な詰みまでもう少し。
勝利の女神が微笑んだのは、百合ではなく可奈美と姫和だった。
「終わりにしましょう!!」
「ーっ!? 可奈美っ!」
「分かったよ!」
連携に持ち込んで、数の力で押そうとした瞬間。
百合の視界がぐにゃりと歪んだ。
先日の気絶した時と同じく、頭に鈍い痛みが襲った。
そして、
「おぼっ、こぼっ、おふぇっ」
口から致死量を越える血を吐き出した。
いや、口からだけではない。
目から、鼻から、耳から、体中の穴から出血している。
唐突過ぎる出来事に、敵であることを忘れて可奈美と姫和が駆け寄った。
だが、駆け寄る前に百合はうつ伏せに倒れ込んだ。
倒れ込んだ百合の体制を仰向きに変えて、顔を見やる。
血は一瞬で出し切ったのか、もう出ていないが、親衛隊の服は紅い鮮血で濡れていた。
可奈美は持っていたハンカチで顔全体の血を拭き取る。
それのお陰か、百合はゆっくりと目を開けた。
「衛藤…可奈美? 何故、私を…助けたん…です…か? 私は…敵…なのに」
口に詰まった血の所為なのか、上手く喋れていない。
恐らく、それ以外にも理由があるのだろう。
「そんなの決まってるじゃん! 百合ちゃんは敵かもしれないけど、目の前で困っている人が助ける。そんなの当たり前だよ!」
「…可奈美の言う通りだな。今のお前を見て戦おうとは思わないし、戦いたいとも思わない」
百合は、今目の前に居る二人に、母である聖の姿が重なった。
似ていない筈なのに、その心の在り方がとても綺麗だった。
けれど、彼女たちにも時間はない。
「早く…行って…くだ…さい」
「でも!」
「可奈美…もうコイツは助からない。だったら、コイツの言うことを聞いてやった方が良い」
「………そう、だね。じゃあね、百合ちゃん」
そう言って、可奈美と姫和は祭殿に向かって行った。
彼女たちを見送った後、百合は空を見上げていた。
目は殆ど見えていないのに、星の輝きだけはいつまでも消えていない。
「最期に伝えられたらよかったのに」、そんな思いは誰かが聞き止めることは無く、百合の少女は静かに息を引き取った。
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結芽は途中で拾った真希や寿々花、夜見を連れて百合が居るであろう場所に向かった。
だが、そこにあったのは冷たくなった百合の遺体だけだった。
紅い鮮血で地面を染めて、制服も紅く染まっている。
「ゆり!」
一番に駆け寄った結芽を視界に入れつつ、真希は脈を測り、呼吸の確認をした。
けれど、脈はなく、呼吸もしていない。
体が冷たいことも相まって、百合が確実に死んでいることが分かった。
「真希さん! 百合は?!」
「獅童さん…」
「真希おねーさん! ゆりは! ゆりはどうなったの?!」
「…脈もないし、呼吸もしていない。遅かった! 百合はもう、死んでしまった」
あまりにも重すぎる真実が、親衛隊全員の心にのしかかった。
外傷が無いことから、敵に殺され訳ではないということが分かる。
結芽は未だに信じられないのか、ブツブツ何か呟いている。
そして、思いついたかのように顔を上げて声を張り上げた。
「夜見おねーさん! 予備のアンプルがあるんでしょ! ゆりに打って!」
「結芽! 何でそれを!」
「……あるにはありますが、打った所で…」
夜見の言わんとしていることは分かっている。
結芽はそれでも、もう一度ゆりに会いたいのだ。
自分に、家族の温かさを教えてくれたお姉ちゃんに。
「それでも! それでも良い! ゆりに会えるだったらなんだっていい!」
「それは、止めた方がいい。暴走した時、貴方達では止められない」
「う…そ……」
「バカな…確かな脈や呼吸は無かった!」
「一体、どういうことなんですの…?!」
結芽の言葉を否定したのは、死んでいた筈の百合だった。
…違う、これは百合ではない。
結芽は直感的にそれが分かった。
確かに声も、喋り方も何処か似ているがなにかが違う。
「あなた、誰? ゆりじゃないでしょ! ゆりはどこ!」
「夢神百合は死んだ。私はあの子の最期の言葉を伝えにきたに過ぎない。名前はあるけど、言う必要は無いわ」
そう言うと、百合ではないナニカは起き上がり、首に着けていたネックレスを外し、結芽の首に着けた。
「うん、よく似合っている。……さて、今からあの子の最期の言葉を言う。一字一句聞き逃さないように」
ゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。
結芽たちも、全てが分かるわけではないにしろ、百合が遺した最期の言葉を聞き逃さいなように、耳をすませる。
「まずは、親衛隊の皆さんに。真希先輩、寿々花先輩、夜見先輩。今までありがとうございました。沢山のことを皆さんに教わり、私は立派な刀使になれたと思います。どうか、結芽のことをよろしくお願いします」
「…言われなくても」
「そうですね…目を離したりしませんわ」
「…結芽さんが、面倒事を起こさないように見張っておきます」
感謝の言葉と、託す言葉を聞き。
三者三葉の答えを返す。
今度は、結芽に向き直り言葉を伝える。
「結芽、お父さんをお願い。貴方も苦しいと思うけど、私たちの家族だから。それと…」
「それと…?」
言葉を詰まらせているのか、わざとなのか。
そんなの分かるわけがない。
だけど、ここからの言葉が、百合が伝えたかったものなのではないかと、感じた。
「私に出会ってくれてありがとう。お姉ちゃんは
「……………」
言葉が出なかった。
流れ込んでくる温かい愛情が、嬉しくて、切なくて。
痛くて、苦しくて、それなのにどうしようもなく満たされる。
そんな言葉だった。
「…そろそろお別れね。結芽、私が言いたいこと分かるよね」
「うん」
淡く碧色に光る両目から、涙か出ているように見えたのは気の所為なのか。
否、きっと気の所為ではない。
だから、結芽は笑顔でニッカリ青江を抜いた。
「ありがとう、
「そっか…」
ゆっくりと、ニッカリ青江の切っ先を百合の心臓に突き立てた。
肉を絶つ生々しい感触が手に残る。
刺されているはずなのに、最期まで笑顔だった百合の顔が脳裏に焼き付く。
最期の彼女は百合だったのか?
それとも百合ではないナニカだったのか?
斬った結芽さえも分からない。
ただ一つわかることは、彼女は最期まで自分の幸せを願ってくれたこと。
ただそれだけだった。
百合の遺体に近付き、ポケットのスマホを取る。
そこに付けてあるイチゴ大福ネコのストラップは、結芽がスマホに付けているストラップと色違いのお揃いだ。
そのストラップをスマホから取り外し、自分のスマホに取り付ける。
二個もある所為で、大分持ち辛いが知ったことではない。
「これさ、ゆりと色違いのお揃いで買ったんだ。それ以外もさ、本当はマニキュアとか服とか、お揃いのやつ買ってさ一緒に遊びに行くの夢だっだんだ。もっと早く、我儘言えば良かったな。それだったらもっと一緒に……う゛っあ゛〜あ゛〜!」
夢があった。
本当に些細なもので、もっとちゃんとお姉ちゃんと呼びたかった。
何をかけ間違えてしまったのだろう。
もう少しなにか出来たんじゃないか?
そんな思いが頭に過ぎるが、意味のない事だとなんとなん分かった。
過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。
だったら、幸せに生きようじゃないか。
燕は百合の少女の死を乗り越えた。
世界は残酷で、この世界で百合の少女が救われることはないだろう。
その世界は本当のハッピーエンドなのだろう。
次回もお楽しみに!
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