見慣れた研究所兼病院の一室から、二人の少女は天国かと見紛うような桜散る外を見る。
ただひたすらに、桜舞う景色を眺める。
あの事件から、早くも一週間が経った。
事態はまだまだ収束とはいかないが、次第に落ち着きを取り戻し、元の軌道に戻って行く事だろう。
百合と結芽は、ある人にとっては忙しく、ある人にとってはゆっくり流れる時から外れた場所で、二人揃って窓の外に目をやる。
互いに何も言わずとも、互いが何をしたいか分かっていた。
だけど、それは難しい事だとも二人は分かっていた。
「桜…早くしないと散っちゃうね」
「だね〜、今年こそは…って思ったんだけど」
外を見やっていた顔を向け合い、苦笑する。
病室内は真っ白な清潔感漂う場所で、どこか味気ない。
春風吹くような良い花見日より、百合は朝の天気予報でそんな事が言われていたのを思い出す。
(見に行きたい、二人でーーいいや、みんなで)
思い立ったが吉日、そう言わんばかりに、百合は渡そうと思っていたものを渡し、外に出る事を決めた。
やる事をやる前に、彼女は急いで各所連絡網に一報を入れる。
誤差はありながらも、ポツリポツリと返信は返ってきて、ニマニマしながらそれを見ていると、面白くなさそうな声が百合の耳に響いた。
「…私より、メールを見る方が大事なの?」
「う〜ん、どっちも大事だよ」
「…濁した」
「あはは〜!」
から笑いをして、持ってきていた紙袋からある物を取り出す。
起きてから一週間、存在の半分が無くなり消え掛かっていたとは思えない程のスピードで回復した百合は、誕生日に渡す筈だったある物ーーマフラーを今日の朝ようやく完成させた。
薄ピンク色の病院服を羽織る結芽の首元に、かけるようにマフラーを巻く。
結芽の桜色の髪に合うような紺色のマフラーは、どこか百合の存在を感じさせる。
「これは……?」
「誕生日プレゼント。…ちょっと渡す時期がズレちゃったけど、渡さないより良いでしょ?」
「……ありがと」
「プレゼントはまだあるよ。…車椅子に乗って、外に行こー!!」
百合はそう言うと、結芽の事をお姫様抱っこでベットから持ち上げる。
戦いを知る少女とは思えない程にか細い体を、壊さないように優しく…優しく包み込み、病室を出て車椅子がある場所まで連れて行く。
病室を出た途端、白衣を着た研究者に止められたが、百合が笑顔のゴリ押しで跳ね除けてズンズンと歩いて行った。
百合の少女は、時々暴君だった。
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想い人が乗る車椅子を押しながら百合は歩く。
何度目かの桜並木を、二人は歩く。
散った桜の花が、地面に敷かれカーペットのようになっているのがまた美しい。
無言で桜に見惚れながら、百合は目的の場所まで歩く。
結芽は桜に見惚れながらも、何処に行くかも知らされずに連れ出された驚きで、キョロキョロと辺りを見渡していた。
クスクスと、笑った百合にも気付いてすらいない所を見ると、本気で驚いてるらしい。
そっと、彼女の頭を、百合は撫でた。
大丈夫だと言うように、温かい手の平で彼女の頭を撫でた。
歩く事数分、いつかの日、親衛隊で桜を見たあの場所に辿り着いた。
そこにはーー
「…嘘」
「嘘じゃないよ…本当だよ」
「…なんで、みんながーー」
みんなが居た。
百合と結芽が絆を紡いだ全ての人が居た。
きっと、誰もが彼女たちに助けられた人で、誰もが彼女たちを助けた人だった。
そんな人たちが、みんなそこに居た。
メールをして病院を出てから、まだ三十分程。
なのに、全員が揃っていた。
まるで、狙ったかのように。
「結芽ちゃーん、百合ちゃーん! 久しぶりー!」
「二人とも、元気そうで何よりだ」
「可奈美おねーさんに、真希おねーさん…どうして?」
「こんな事になるだろうと思ってね。事前に準備は整えてたんだよ。今年の桜は今年しか見れない…だろ?」
「うんうん! 料理とかは少し味気ないかもだけど、いーっぱい用意したしお菓子もあるよ!」
可奈美と真希、二人を皮切りに多くの人が百合と結芽に詰め寄った。
代わる代わる挨拶や他愛のない話をしては去って行く。
中にはたった一言の挨拶をして、仕事に戻る人も居た。
……本当にただ一言を言う為だけに来た人もいたのだ。
でも、多くの人は残って、ゆるりゆるりと散っていく桜を眺めて和気あいあいと笑っていた。
騒がしい、そう思うくらいに楽しげて、その騒がしさが二人はどうにも嫌いになれない。
二人は迷う事無く、元親衛隊が集まっている場所に向かった。
真希が居た、寿々花が居た、夜見が居た、紫が居た。
みんながみんな、そこに居た。
「……久しいな、二人とも」
「紫様も来てくれたんだ…」
「執務が幾分か早く済んでな。遅くなる所が間に合った」
「……嘘ですね。昨日から殆ど寝ずに作業されてたの、私知ってますよ。大方、今日の分の執務を先取りしてやっていたんでしょう?」
「どうだか」
あくまでもシラを切るように、紫は笑った。
真希たち三人は堪えるように笑いを零し、結芽に至っては大爆笑である。
この間には上司と部下の関係があって、でもどこか家族のようや温かい関係があって。
みんながみんな、そんなぬるま湯に浸かっている。
心安らぐぬるま湯に浸かっている。
昔以上に喋った。
二ヶ月と言う、埋めきれない隙間をーー溝を埋めるように喋った。
辛かったこと、悲しかったこと、苦しかったことーーでもでも最後は、嬉しかったこと。
喋って、喋って、喋り尽くす頃には、カラスが鳴くような時間になっていた。
まだまだ遊びたくて、それでも時間は待ってくれなくて、お開きになるのは必然で、少し悲しい気持ちになりながらも、二人は夕陽が隠れ月が輝く夜道を歩く。
夜桜を見ながら、思い馳せるように、呟いた。
「久方の
光のどけき
春の日に
しづこころなく
花の散るらむ」
「…何それ? 短歌…だよね?」
「百人一首に載ってるやつだよ。紀友則作の歌。訳は…覚えてないけど、桜の美しさをいつまでも眺めていたいからこその、散ることに対しての嘆きの感情を表した歌…だったかな」
「どうして…、今そんなのを歌ったの?」
「そのままだよ、こんなに綺麗なのになんで早く散っちゃうのかなーって」
百合の言葉に、結芽は呆気らかんと返した。
「永遠なんてものがないから、綺麗だって思うんじゃないかな…? ずっと桜が咲いてたら、それは綺麗だけど……つまらないよ」
「そっか…それもそうだね」
「まっ、私たちの絆は永遠だけどねぇ〜!」
「…ふふっ、勿論!」
マフラーが巻いてある首に優しく抱きつき、二人は少し止まって空を見上げた。
美しく舞い散る桜。
それを見ながら、二人は同じタイミングで言い合った。
『来年も、再来年も、ずっと先も、私と桜を見てくれますか?』
一言一句違わず、同じ言葉を同じタイミングで。
百合と結芽は笑った。
考えてる事が同じなのが嬉しくて可笑しくて、揃って笑った。
そして、また同じタイミングで返した。
『はい、喜んで』
きっと、とても遠い道程だった。
すれ違って、ぶつかり合って、結ばれて、離れ離れになって、また結ばれて。
辛くて、苦しくて、悲しくて、怖くて、でも最後は笑って話せるくらいに愛おしい時間だった。
幾千、幾万、幾億の中から二人は出会って、友達になって、親友になって恋人になって、家族になって。
少しづつ関係を変化させてここまで来た。
今なら、お互いに気恥しさなんてなく、ハッキリと言える。
『
ハッピーエンドかなんて分からなくて。
バットエンドではないことは分かっていて、トゥルーエンドじゃないことも確かで。
じゃあ、なんなんだと言われたら、彼女たちは答えられない。
大事なものを全部落とさないなんて無理だった。
少し落としてしまった…けど、それを差し引いても有り余るくらいの幸せがあるから。
ハッピーエンド…なのだろう。
止まっていた足を、百合は動かし、結芽は命を預ける。
花咲くような笑顔で、病室への道を進む。
好きだと言い合って、大好きだと言い合って、愛してると言い合って、進んで行く。
二人がもし人生で最期に言い残す言葉が有るとしたら、それはきっとこうだ。
『私たちは色々な選択を間違えたかもしれない。けど、最後に取る手だけは間違えなかった』
救われなかった世界の分だけ、彼女たちは幸せを過ごすだろう。
救われなかった世界の分だけ、彼女たちは不幸を忘れるだろう。
百合の少女は、燕が生きる未来を作った。
燕は守った、百合の少女が笑う未来を。
これは、きっとそう言う物語だ。
ゆりつば、ここに完結。
特別に次回一話だけアフターエピソードがあります。
最終話と言ったな、あれは嘘だ。
でも、本編的には完結です。
伏線回収をほっぽり投げてご都合主義エンドな感じはありますが、許してくださいなんでもしますから(なんでもするとは言ってない)。
一応、最後なので一言。
この作品を最後まで読んでくれた読者の皆さん、本当にありがとうございます。
ちょっとは昔より成長できた作品になったと思います。
それも、皆さんが読んで応援して下さったからです。
本当に、本当にありがとうございました。
リクエスト箱→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=234630&uid=234829
結芽の誕生日は……
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