私は変化を求めない。
特に人間は環境の変化に大きな不安と、大きな期待を寄せるというのが普通だが、私にとっての変化とはただ困惑を呼ぶ障害だ。所謂さっき言った不安の要素の方が強く感じるから、私にとっての変化とは厄介なものでしかない。
「お姉ちゃん、入るよ〜?」
「へ?あっ、ちょっと待って!」
いつもと変わらぬ静かな夜。お風呂から上がった私は、受験の為の過去問を貸してもらおうと姉の部屋を訪ねた。
姉の部屋の中から聞こえてくるのは焦ったような姉の声と、ドタバタと騒がしい音。
これもいつも通り。さっき食べた夕食もいつものお母さんの料理の味で、仕事から帰ってきてお疲れの様子のお父さんがリビングに横たわっているのも、うち、『綾瀬家』のいつも通りだ。
ただそんな私でも唯一変わってほしいと願うものがある。
それは姉の存在だ。
いや、誤解してほしくないから説明しておくと、別に姉が嫌いなわけじゃない。
むしろ総武高校という割と難しめな学校に入学し、運動も勉強もそつなくこなせる姉に尊敬の念を抱いている。
しかし姉を見ていると常々人間というものの不完全さを思い知る。
やはり福沢諭吉の学問のすゝめは間違っていなかったんだと。
「もう入るよ〜」
「う、うん」
姉の部屋のドアノブに手をかけ、扉を開ける。
するとすぐ姉の姿が確認できる。ピンク色のいかにも可愛らしい絨毯の上に疲れたように座っている。
そしてその服装は、淡いピンク色のフリルのついた可愛らしいパジャマ。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
私のせいで疲れさせちゃった訳だし、一応謝っておく。
「え?な、なんのことかなぁ…?」
む、あくまでシラを切るつもりか。
それならば仕方がない、最終手段だ。
どうせまたクローゼットの中に突っ込んだのだろうから。
「ちょっと待って…!」
姉がなんか言っているが、構わずクローゼットを開ける。
するとそこには…
「あぁ…」
案の定。プリキュアの変身グッズやフィギュア。
今一度クローゼットを見渡すと、色々な女児向けアニメのグッズが置いてあることが伺える。
きっと今の今までこのグッズでなりきり遊びをしてたのだろう。
そう、これが姉である『綾瀬 綾音』の趣味だ。
そして私が唯一変わって欲しいと思う原因。
断っておくと、別に人の趣味にケチをつけるつもりはない。
一人で遊ぶ分には全然構わないし、同じ趣味の人と盛り上がるのも全然構わない。
ただ姉はその域を超えている。趣味というより、感性から子供なのだ。
この部屋を見れば分かる。
もう17歳といういい歳をしているのに、家具やカーテン、絨毯などはピンク色のメルヘンで可愛らしい仕様。
好きな食べ物はオムライスやエビフライ、ハンバーグなど。
キラキラしたものが好きで、未だに幼い頃にハッピーセットか何かで買った、宝石を模したラメの入ったプラスチックが付いているカチューシャを大事そうに持っている。
そしてパジャマは前述した通り、上下一体型のフリフリやリボンのついたもの。
部屋や服などからうかがえるこの小学生感。これが私を困らせるのだ。
一度そのことで姉と喧嘩したことがあるものの、好みや趣味は人それぞれなので、その時は勿論私が折れた。
ただそれ以来姉も気を使っているのか、私の前で堂々とごっこ遊びやおままごとなどをする事はなくなった。
いや、悪いとは思ってるよ?
でも私の気持ちも考えてほしい。
こんな姉だ。私服ももちろん小学生で、基本ピンク色で、フリルやリボンが付いているものが多い。
そんな姉と一緒にいるところを同級生に見られた時のあの目!多分私は一生忘れられないよ…。
だからせめて人前ではそういった好みを抑えてほしいといってから、意識はしているそうだ。
「ごめんね『小園』」
う、別にお姉ちゃんは何もやってないんだから、謝る必要なんてないのにさ。
これだからお姉ちゃんはズルい。すごい罪悪感を感じちゃう。
「別に怒ってないってば。ただ私の前では隠す必要が無いって言いいたいの」
確かに抑えてほしいとは言ったけど、家族の前まで隠す必要はない。
そういう極端なところも、お姉ちゃんっぽくて小学生っぽいんだけど。
「でも私って普通じゃないんでしょ?今までずっと普通だって思ってたから…」
「あー、もう!家族の前ではいいの!そんなに気にされると罪悪感で潰されそうだよ!」
主に私のせいで体育座りでしょんぼりしている姉を慰めながら、私、『綾瀬 小園』の1日は終わった。
〜〜〜
紅茶の香る部室。
放課後いつも通りに奉仕部に行き、いつも通りに雪ノ下に罵倒をもらい、いつも通りに由比ヶ浜に宥められるという工程を終え、今日も静かな時間がやってきた。
たまに由比ヶ浜が携帯を睨みながら唸ってみたり、宿題を睨みながら唸ってみたり、俺を睨みながら唸ってみたりと、少し騒々しいが、基本会話をしない俺と雪ノ下がいる時点で、部室には静寂が訪れている。
というか何故俺は由比ヶ浜に睨まれてるんだ…。
「ヒッキーキモい!」
そんなことを考えていると、丁度由比ヶ浜に話しかけられる。
いや、話しかけられるというか、ただの罵倒だったんですが…。
最近由比ヶ浜にキモいって言われないなぁって思ったら、ここに来て言われたよ。なに?焦らしプレイなのん?
「突然なんだよ…」
「変質者がニヤニヤしながらライトノベルを読んでいるのだもの、由比ヶ浜さんの殺意も仕方がないわ」
ふと顔を上げると雪ノ下までも俺を不愉快そうに見つめていた。
それに殺意って、俺そんなもん向けられてたの?
あんな膨れ面しておいて、由比ヶ浜結衣…恐ろしい子…!
それに今日は残念ながら、ライトノベルを読んでいない。
「これはラノベじゃねぇ。小説版プリキュアだ」
ツッコミどころを間違えている気がするが、まぁいいか。
「え?ヒッキーまだプリキュア見てるの?」
「由比ヶ浜さん、そこより男性がプリキュアを見ていることにツッコむべきではないかしら?」
「ばっかお前、今は大きなお友達もプリキュアを見る時代なんだよ。いや、随分前からか?」
「なるほど、変質者の集まりと言うわけね。通報するわ」
やめてさしあげろ。俺を含め大きなお友達が悲鳴をあげてる。
とにかくプリキュアは小説でも最高という訳だ。あぁ〜心がキュアキュアするんじゃ〜。
「そんなことよりゆきのん。最近依頼少なくない?」
突然由比ヶ浜がそんなことを言う。確かにここ最近は全くと言っていいほど依頼がない。
これまでは大きな依頼はないものの、小さな依頼を含めると結構あった。
ただ最近はそれもパタリと止んだ。奉仕部自体の知名度がないのもあるのだろうが、まず奉仕部とかいう得体の知れない部活に依頼する奴なんて物好きしかいないだろう。戸塚は例外でな?
それに俺的には楽でいいしな。
「えぇ、そうね。けどそれはこの学校の悩みがない証拠。つまりいい傾向なのよ」
そうそう、だから由比ヶ浜も黙って勉強しとけ。この前のテスト赤点ギリギリだったそうだし。
雪ノ下の答えを聞いて、少し納得行かなそうに由比ヶ浜は携帯に目を移す。
よし、俺はプリキュアの続きを…………
「失礼しまぁす…」
由比ヶ浜のフラグ回収はやっ…。
ノックと同時に控えめに入ってきた少女は、部室を見回した後、緊張しがちに歩を進めてくる。
それも仕方ないだろう。学年一の美少女であり、学年一の頭脳の持ち主の雪ノ下雪乃に、
クラス内カースト一位の、男子人気が高い由比ヶ浜結衣が揃っていれば、それも頷ける。
え、俺?それは察しろ…。
そして奉仕部サイドは、由比ヶ浜は久し振りの依頼に目を輝かせていて、雪ノ下は何を言うでも無く依頼者と思われる少女を見つめている。
かく言う俺は、きっとものすごい面倒臭そうな顔をしているだろう。
このまま依頼者が来ないで解散って言ういつもの流れを期待したんだけどなぁ…。
「依頼かしら?」
雪ノ下がしっかりと少女を見つめながら言う。
「は、はいっ!」
おいおい雪ノ下。そんな凄んでやるな。依頼者ガチガチじゃねぇか。
「大丈夫だよ!ゆきのん一見こわいけど、ほんとはすっごい優しいから!」
「ゆ、由比ヶ浜さん!余計なこと言わないで頂戴」
雪ノ下が焦ったように由比ヶ浜を手で静止させる。
「…ふふ、うん。ありがとう由比ヶ浜さん」
由比ヶ浜の一言でだいぶ依頼者の緊張はほぐれたらしい。
さすが由比ヶ浜って感じだな。さすゆいだ。こうやって人の気を抜かすのが得意な由比ヶ浜は多分ハニートラップとか向いてんだろうなぁ。
「んんっ、それで、なんの依頼かしら?」
下らない事を考えていると雪ノ下が咳払いをして、依頼内容を尋ねる。
にしても面倒くさい依頼だったらやだなー。早く帰って小町のご飯食ってゲームしたいんだよ。
下らないことの後にまた下らない事を考えていると、依頼者が口を開く。
「あの、実は相談に乗ってもらいたくて…」
と思ったら、なんだただの相談か。それなら早く終わる事間違いなしだ。
大体の人間が相談をしてきた時に求めてくる答えは決まっている。
相談をしてくる彼ら彼女らは、アドバイスが欲しいんじゃない。ただ共感や同情が欲しいだけだ。
だから彼ら彼女らは決まった答えを求めに相談をしてくる。
つまり、相談者に都合のいい事言って合わせていれば、いずれ勝手にスッキリして帰ってくれる。
ソースは俺の奉仕部での経験。相談という依頼は奉仕部としては少なくない。
そのどれもが大体勉強や人間関係についてだが、これまで相談の依頼をしてきた大半の人間が前述した通りの行動をしただけで満足そうに帰って行く。
「相談だけかしら?」
雪ノ下もそれをわかってのことなのか、もう一度聞き返す。
この調子なら今回も早く帰れそうだな…。
「はい。多分解決できないと思うので」
っておいバカ、やめろ!フラグ回収がさっきから早すぎんだよ…!
悪気なく言ったであろうその依頼者の言葉。
きっと雪ノ下には挑発に聞こえたであろうその言葉に、ピクッと反応を見せる。
雪ノ下雪乃。こいつは俺がこれまで見たどの人間よりも負けず嫌いだ。
そんな彼女は、今の言葉を『あなたごときには解決できないので〜』なんて言う安っぽい挑発に受け取ったに違いない。
「何ですって…?」
ほら、始まったよ。
あーあ、俺のゲームが…俺の小町が…。
「あなたの依頼、相談に乗るだけでなく解決して見せるわ。奉仕部として」
ドンっとない胸を張って雪ノ下は宣言して見せる。
由比ヶ浜は未だ目を輝かせているし、俺に拒否権はないし。これは長くなりそうだ…。
「えっと、多分難しいと思うんだけど…」
「あら、やってみないと分からないわ。それで、解決するにあたって、相談内容を教えて欲しいのだけれど」
これはゾーンに入ってますね。雪ノ下ゾーンに完璧に入ってますね。
もう目が赤く血走ってるもん。少年漫画とかのあれだもん。なに?雪ノ下は写輪眼でももってんの?
「それじゃあ……あ、私2年の『綾瀬綾音』っていいます。ごめんなさい、自己紹介遅れちゃって」
思い出したように依頼者改め綾瀬が自己紹介をする。
綾瀬綾音…どっかで見たことあると思ったらこいつあれだ。文化祭の実行委員にいた奴だ。
最初から最後まで真面目に仕事してくれて、だいぶ助かったのが記憶に強く残ってる。
周りからも仕事頼まれてたのに、俺の仕事手伝ってくれた時は天使か何かと勘違いした気がする。
「いえ、構わないわ。私は雪ノ下雪乃よ」
「私は由比ヶ浜結衣っ!よろしくねあやや!」
それぞれ自己紹介を進めていく。
そして由比ヶ浜の奴、また変なあだ名つけてやがる。
ただ綾瀬よ、お前はあたりを引いたな。俺なんてヒッキーだぞ?まるで引きこもりじゃねぇか。
半分間違ってないけど。
「あ、あやや?とにかくよろしくお願いします!…それでえっと…」
「比企谷八幡だ」
綾瀬からの視線に逃げるように、そっぽを向きながら自己紹介する。
さっきは雪ノ下と由比ヶ浜を美少女と称したが、この綾瀬も相当の美少女だ。
染めている様子はないが、少し茶髪っぽい髪色の長めのショートボブカット。
顔つきは少し幼さを感じる童顔で、目の大きさがそれを際立てている。
全体的に清楚な印象な…………いや、これ以上は変態っぽいからやめておこう。
とにかくそんな美少女に見つめられれば、健全な男子高生は照れてしまうってのが世の常だ。
「あぁ、比企谷くん。文化祭の時がんばってたよね!助かっちゃった」
「ッ〜!?」
危ねぇ、思わず吹き出しそうになった。
基本的に奉仕部で文化祭の話題を出すのはなんとなくタブーとなっている。
そこに驚いたのもあるが、俺なんかを覚えていること。そして文化祭で悪い噂ばかり流れている俺への感謝の言葉。そのどれもに驚いてしまった。
「あ、いや。綾瀬も助かった。だいぶ仕事回されてたみたいだったしな」
「ううん。あれくらいなら全然だよ」
文化祭の時も思ったが、まるで絵に描いたようないい人だな。
周りからも頼りにされそうなお姉さんタイプの大人な人だな、この人。
「むぅ…それで!あややの依頼ってなに?」
謎に頰を膨らませる由比ヶ浜が無理やり話を進める。
「あ、うん。その…ちょっと恥ずかしいんだけど…」
「うんうん!」
「その…………」
「私の子供っぽいところを治したくて…」
夕焼けに照らされてなのか、頬を赤く染めながら彼女の口から出て来た言葉は、彼女に似つかわしくない依頼だった。
そろそろ執筆する小説一個に縛らないとマズイ。
あ、受験終わりました(近況報告)