だってシリアス書くの苦手だし。(違うそこじゃない
騒がしい教室。教室の隅では女子生徒たちが大声で笑いあっていて、これからカラオケになだれ込むつもりだそうだ。
そして教室の中央には男子生徒たち。ここにいてたまに聞こえてくる内容は、ゲームやアニメ、漫画の話。
校庭からは運動部の掛け声が聞こえてきて、本当にいつもどおりの放課後だ。
「ねーねー、小園ちゃん!カラオケ行かない?」
さっきまで教室の隅で笑いあっていた女子生徒の一人が私、綾瀬小園に話しかけてくる。
クラスで結構目立つ方の彼女は、いつもクラスの中心にいる。
顔も可愛ければ、性格も人懐っこくて明るい。誰しもに好かれるような子だ。
かくいう私もこの子のことは嫌いじゃない。だって普通にいい子だし。
でも残念ながら今日は用事がある。
いつも仲良くしてもらっているのに悪い気もするが、今日は断らせてもらおう。
「ごめん!今日友達と帰る約束してるの!」
「あー!全然全然!また今度行こうよ、その友達も一緒にね!」
私が手を合わせて謝ると、なぜか彼女の方が申し訳なさそうに言う。
やはりいい子だ。無理強いする事もなく、あっさり理解してくれた。
そんな彼女を見るとさらに申し訳なくなって、ちょっと居心地が悪い。
「ごめんね、また誘ってね「綾瀬ってやついる〜?」
念を押してもう一度彼女に謝ろうとしたら、教室の外から私を呼ぶ声が聞こえてくる。
「えっと、私だけど?」
その生徒は隣のクラスの男子生徒だった。
あまり、というか全然喋ったことのない彼がなんのようだろうか。
「いや俺の後輩がさ、体育館裏にきてくれって言っててさぁ〜」
なんだかチャラそうな喋り方の隣のクラスの男子生徒は、体を揺らしながら喋る。
ってこれってまさか…。
「え?告白?」「キャー!」「綾瀬モテモテじゃん!」
やはりか…。さっきカラオケに誘ってくれた彼女もキラキラした目でこちらを見ている。
恋愛話が好きな年頃だ。クラス中はもう告白の話に興味が向いていて、教室の隅で笑いあっていた女子生徒も、中央でゲームの話をしていた男子生徒も、みんな目線は私の方へ向いた。
どうしよ、友達と帰る約束してるんだけどな…。
「お、俺とっ、付き合ってください!」
やっぱりか…。
場所は変わって体育館の裏。案の定一年下の後輩に告白された。
自慢じゃないが、正直普通に比べて私は告白される事が多い。
しかし、告白は全て断っている。
どんなにイケメンが告白してきても、もちろんお断りだ。
今回の後輩君も結構イケメンの部類だ。
サッカー部に入っているらしく、肌は褐色で、目鼻立ちも整っている。
きっとクラスではモテモテなのがうかがえる。
「まず聞くけど、なんで私なの?」
それがなんで私に告白するのかなー…。
もっといい人いっぱいいるでしょう?君の周りには特に。
年上好きなのかもしれないけど、それなら私よりあの子に告白してくれればいいのに。私をカラオケに誘ってくれたあの子に。
だって可愛いし優しいし明るいし、ダメなところないよ?
「そっ、その。サッカーの練習場からテニスコートが見えて、それで初めて見たときこう…ビビッと!」
確かに私はテニス部だから、テニスコートにいる。
でもつまりそれって一目惚れってこと?う〜ん…。
「ごめんなさいっ」
やっぱりダメかな。希望が高すぎるとかじゃなくて、今は彼氏とかそういうの欲しくない。
私は今が一番平和で、今が一番楽しくて、今が一番幸せだと思っているから、あんまり変化したくない。
「そ、そんなぁ〜…。俺の何がダメなんすか」
絶望した表情で後輩君が聞いてくる。
「う〜ん…。ダメとかじゃないんだけどさ」
彼自体がダメなわけじゃない。私の好みとはちょっと違うけど、普通にイケメンだし、雰囲気はいい子そうだ。
でもやっぱり今が一番幸せだから、その環境を変化させるようなことはしたくない。
私はいつも通りが好きだから。だってそっちの方が安心するでしょ?
「それじゃあ…!」
さっきの絶望した顔とは一変。少しの希望が後輩君の顔に映る。
でもごめんなさいね。まだそういうのは早いかなって。
「ダメでもないけどよくもないから。どうでもいい感じ」
さらっと言った悪気のないその言葉。
その言葉を後輩君が聞いた途端、空気が凍りつく。
まるで時間が停止しているような錯覚に陥る静けさ。
主に後輩君は微動だにしない。
「うわぁぁぁああああん!!!」
あ、もしかしてやっちゃった?
〜〜〜
後輩君に酷い振り方をしてしまった後、急いで私は校門へ向かう。
約束にだいぶ遅れてしまった。怒っているかな?
いや、彼女はそんなことで怒らない人だ。きっと笑って許してくれる。
でも約束をしておいて遅れるだなんて、悪いことをしたのは確かだ。
「あ!小園ちゃん!」
少し遠くに見える校門に、手を振っている女子生徒が一人。
その周りにはもう他の生徒の気配はなく、部活動をやっている生徒以外はもう全員帰ったようだ。
「ごめん!ほんっとごめん!」
今日何度目かの謝罪をする。
ダメだなぁ〜、私。いろんな人に迷惑かけちゃった。
「いいのいいの。事情は知ってるから!告白されたんだって?モテモテですな〜」
二ヒヒと笑う彼女。彼女はこの手の話が大好物だ。
それにしてももう告白のことを知っているのね。違うクラスなのに。
やっぱり女子中学生の情報網は恐ろしい。
「茶化さないでよっ、私だって良い迷惑なんだから!」
なんとなく恥ずかしくなってそっぽを向く。
「相変わらず素直じゃないな〜、小園ちゃんは。誰かさんにそっくり」
ジト目で言う彼女。
「とにかくっ、ごめんね?待たせちゃって」
「もう、その話は終わったはずだよ。『小町』は全然気にしてないのですっ!」
八重歯を覗かせながら笑う彼女、『比企谷小町』ちゃん。
少しふざけたように体を揺らしながら言う小町ちゃんに合わせて、彼女のチャームポイントであるアホ毛がゆらゆら揺れる。
小町ちゃんは三年生に上がってから仲良くなった子だ。
それまではお互いに存在こそは知っていたけど、同じクラスになったこともなく、そこまで話はしたことがなかった。
それが何故今仲良くなったのかと言えば、少し長くなる割に、つまらない話なので、割愛させてもらう。
とにかく愛想の良い小町ちゃんは、みんなの人気者だ。
私のような人にも、誰にでも明るく笑顔で話しかけてくれる。
そしてその小柄な体に、可愛らしい顔つきは男子人気も高く、誰からも好かれているといっても過言ではない。
「それで、急に一緒に帰りたいってどしたの?」
校門から離れ、歩きながら小町ちゃんが話しかけてくる。
そう、今日小町ちゃんと一緒に帰る約束をしたのは他でもない私だ。
なにかと兄弟のことで相談しあう小町ちゃんに、話しておきたいことがあったのだ。
「最近お姉ちゃんがね。どういう心境の変化なのか、おかしくなっちゃってて」
それは姉のことだ。最近の姉は奇行を繰り返している。
急に服を買いに行ったり、料理をしたり、コーヒーを飲んだり。
結局小学生のような服に目移りをしたり、ムニエルを焦がしたり、砂糖とミルクを大量に入れてたりと、なんだか残念な感じに終わってはいるが、奇行は奇行だ。
それを伝えると、小町ちゃんは少しクスッとした後に、口を開く。
「良いことじゃないの?お姉さんも大人になろうとしてるんだよ」
確かにそうかもしれない。私の周りにもよく居る。
格好つけてコーヒーを飲んでみたり、ファッション誌を買ってみたり、楽器始めてみたり。
所謂世間じゃ中二病なんて言われている、背伸びしたいお年頃。
中学生じゃ珍しくないことだ。
そっか、お姉ちゃんは今それが来たんだ。
私にもそう言う時期があった。
いつしかプリキュアを恥ずかしい物だと認識するようになって、恋愛漫画ばっかり見たり。
お母さんに内緒でこっそり化粧してみたり。
大人に憧れて目一杯背伸びする時期が私にもあった。
「確かに言われてみれば…」
お姉ちゃんは今、大人になろうと必死に背伸びしている。
高校二年生にもなって、今更その時期が来たという事実に、姉らしさが垣間見えて少し呆れるが、姉も少しは大人になれたという事だろうか。いや、なろうとしているが正しいのかな?
でも…
「なんだろ、それって嫌だな」
今の言葉を、私はどんな顔で言ったのだろうか。
隣にいる小町ちゃんも、私のことを怪訝そうに見ている。
そっか、小町ちゃんには分からないか。
お姉ちゃんが変わるということは、今の環境も変わるという事。
私はそれがとてつもなく嫌だ。
だって私は────
「お姉ちゃん…?」
あの後、なんだか少し気まずくなって、しばらく小町ちゃんと無言で並んで歩いた。
私の一言で、空気を気まずくしてしまった。
また後で謝らなきゃな…。
そんなこんなで小町ちゃんと別れて、そろそろ家に着くというところ。
公園のブランコに乗っているお姉ちゃんを見つけた。
夕日に照らされる公園の中。
別段漕ぐわけでもなく、風に身を任せて揺れるブランコに乗っているだけの姉は、下を向いていつにも増して暗い雰囲気だった。
「お姉ちゃん!」
一瞬、私の中で悪い想像がよぎる。
暴漢にでもあったのだろうか。なにかを盗まれたのだろうか。いじめでも受けたのだろうか。
いてもたってもいられず、お姉ちゃんに駆け寄る。
「あ、小園…」
顔を上げて私を見上げるお姉ちゃんの顔は、酷く憂鬱そうなものだった。
「お、お姉ちゃん!なにがあったの!?犯罪に巻き込まれたの!?」
その顔を見てさらに焦りが膨れ上がる。
いつも子供のように無邪気で、怒られて泣き喚いて落ち込んでも、次の日にはけろっとしているお姉ちゃんだ。
こんな顔をしているのは初めてだった。
「お、落ち着いて小園!そんなんじゃないからぁ!」
かくいうお姉ちゃんも焦った様子で私を宥める。
なんだ…。犯罪に巻き込まれたとかじゃないんだ。
「もう、紛らわしい事しないでよ!お姉ちゃんのバカっ!」
安堵感から、ついお姉ちゃんに暴言を吐いてしまう。
本当はこんな事言いたくないのに…。自分の不器用さにため息が出る。
「ご、ごめんね小園。また迷惑かけちゃった…?」
私の言葉を聞いて、泣きそうになるお姉ちゃん。
あ〜!私のバカバカバカ!!なんとか訂正しないと…。
「うん、相当ねっ!」
「うぅ…」
私のバカァ〜!
またお姉ちゃん落ち込んじゃったじゃない!
なにいい笑顔で言ってんの私は!?
「…それで、なにがあったの?」
取り敢えず私に話の軌道修正は無理そうだから、本題を尋ねる。
「あの…ね」
お姉ちゃんは未だに暗い面持ちで話し始める。
そこでお姉ちゃんが語った事。それは私を歪ませるのに十分なものだった。
お姉ちゃんが私たち家族のために大人になろうとしていたこと。
いつのまにか自分自身が大人に憧れていたこと。
しかし変化の先にあるものを見失ってしまったこと。
そして、それら全てを否定されたこと。
「私、難しいことわかんないっ!変わるがどうとか!そういうのぜんぜんわかんない!ただ皆みたいに大人っぽくなりたくて、お友達がいっぱい欲しいだけなのにっ、なのに…」
ここまで錯乱しているお姉ちゃんは珍しくて、つい後ずさってしまう。
しかし、お姉ちゃんそこまで錯乱する理由が見つからなかった。
それがつい気になって、聞き出そうとしてしまう。
「なのに…?」
これが引き金とも知らずに。
「家族皆んなが私に愛想尽かすって…!」
カラスが鳴く。もうそんな時間だった。
お姉ちゃんは怖いんだ。変化した先にいるのが、本当の自分なのかが。
そしてそんな自分を、私たちが否定せずに受け入れてくれるのかを。
やっぱりお姉ちゃんは子供だ。
こんなことで泣きじゃくって、落ち込んでいる。
私たち家族がそんな事で否定する?そんな訳ない。
そんなこと、あるわけないじゃない!
「じゃあ、変わらなくていいんじゃない?」
え…?
「え…?」
…………あれ?私今なんて言ったんだっけ?
あぁ、そっか。私は最低だ。
ぐるぐると黒い感情が私の中を渦巻く。
子供で無知なお姉ちゃんを利用して、私は今環境の変化を防ごうとしている。
お姉ちゃんは変わらなくていいと。変わる必要がないと。
そうやって変化を斬り捨てようとしている。
「小園も…おんなじこというの?」
お姉ちゃんの目は、腐っていると形容できるほど濁っていた。
「小園は…私のこと嫌いなの!?」
「嫌いな訳ないっ!!」
そんな訳ない。
お姉ちゃんが変わるということは、今の環境が変わるということ。
私はそれがとてつもなく嫌だ。
だって私は──
──だって私は『今の』お姉ちゃんが大好きだから。
今回小園ちゃんが結構暴れましたが、許してあげてください。
彼女の変化を求めない性格故のものなんです。