安定の深夜テンションです。
「そんな訳ないっ!!」
夕焼けに満ちた公園。妹の綾瀬小園の声が響きわたった。
「私は…!その…。だから…」
夕焼けに照らされてか、顔を真っ赤にしながら言葉に詰まる小園。
私はただそれを見上げていた。
妹に否定された気になって、ただ放心していた。
「今のお姉ちゃんが大好きだから…!変わってほしくなんてないの!子供っぽいお姉ちゃんがいて、それを面倒見る私がいて、心配性なお母さんがいてっ、無口なお父さんがいてっ!」
最初こそ恥ずかしそうのもぞもぞしていた小園は、今や吹っ切れたかのようにハキハキと言葉を発する。
「それがいつもの綾瀬家でしょ!?それが私は大好きなの!それが私は幸せなの!だから変わってほしくなんか…ないの」
そこまで言われて、ようやく小園の気持ちがわかった。
そっか、小園はただ我儘なだけなんだ。
それを思うと嬉しくて、切なくて、小園の顔を見ることが出来なかった。
「っ…!私は…っ」
そんな私を見て、なにを勘違いしたか、小園は目に涙を溜めて走り去っていく。
ちがう、ちがうの小園。私はあなたに失望したわけじゃないの。
「待って!」
あっという間に私の声が届かないほど遠くに走り去って行ってしまった小園の背中は、やけに小さく見える。
声では待ってと言ったものの、私はそこから動かなかった。
きっとそれも、私が子供で頑固ものだから。
心の内で自分の非を認めず、小園を責めている気持ちがあるから。
結局私も、わがままには変わりない。
「ただいま…」
何ができるわけでもなく、ただ小園の背中を寂しく見送った後、しばらく経ってから私は家に帰ってきた。
時計の針はもうとっくに8時を過ぎていて、きっと両親は心配している。
小園も心配してくれてるかな…?
「おかえり、綾音」
顔を上げると、玄関にパパが立っているのに気づいた。
会社から帰ったばかりなのだろう。まだスーツのままだ。
もしかしてずっと玄関で帰りを待っていたのだろうか。
だとしたら悪いことしちゃったな…。
「ごめんねパパ、心配かけちゃった…?」
パパは頑張り屋で、いつも朝早くから仕事に行く。その代わり残業は少ない。
それはパパが家族と一緒にいる時間を増やすために、そんな会社についたらしい。
そのせいか、パパはいつも疲れていて、帰ってからはソファに寝っ転がってテレビを観るというのがうちの日常になっている。
そんなパパが玄関でずっと私の帰りを待っていてくれたんだ。
胸が罪悪感でいっぱいになる。
「もう綾音も小園も大きいんだ。僕は心配ないんだけどね」
そんな私の気持ちを読み取ってか、パパは笑顔でそう返してくれる。
少し心が楽になる。
でも、心配ないのになんで玄関で待ってくれてたんだろう?
「でもママは別だ」
「あ…」
そうだ、ママは極度の心配性だった。
そういえばいつも聞こえてくる料理の音も、匂いもない。
きっとママは外まで私を探しに行っている。
そしてパパは、私たちが帰って来た場合、確認するためにずっと玄関で待っててくれたんだ。
「ま、待って!ということは小園は…」
「帰ってきてないよ」
私のせいだ。私のせいでまた皆んなに迷惑かけてる。
私が余計なことしなければ、こんな事にはならなかった。
私のせいでまた…。
「…………」
「綾音、取り敢えず家に入ろう」
黙っている私の肩に、優しく上着をかけてくれる。
私はトボトボ歩きながらリビングへ向かう。
リビングに入り、ふと台所を見ると、作りかけの料理が置いてある。
まだ切っている途中であろう玉ねぎに、煮込んでいる途中であろうシチュー。
きっと料理を放棄してまでママは私たちを探しに行ってくれているんだ。
「ママは8時を過ぎて、『これはおかしい』って言って飛び出して行っちゃったんだ。鍋の火も付けっ放しでね。全く、おかしいのはママの方だよ」
冗談めかして笑いながらパパが台所の奥から出てくる。
その手にはココアを持っていた。
「小園は…」
静かに音をたてながら、私の前にココアが置かれる。
小園が心配になってパパに尋ねると、パパはにっこり笑う。
「大丈夫。絶対にママと一緒に帰ってくるから」
どこに根拠があるんだ。なんでそんなことが分かるんだ。
不思議とそんな言葉は浮かんでこなかった。
「うん…」
ココアを一口含んで、コクリと小さく首を縦に振る。
そこからは無言が続いた。
時計の秒針が動く音がハッキリと聞こえる程に静寂に包まれた空間は、気不味くもなく、かといって明るくもなく、なんとも言えない雰囲気を醸し出していた。
しばらく経つとパパは自分の分のコーヒーを入れ、私の向かいの椅子に座った。
コーヒーを飲んで、コップを置いて、ココアを飲んで、コップを置いて。
しばらくその音だけが続いた。
静寂が訪れ、何分か経った頃。その静寂を破ったのは私だった。
「パパは…心配じゃないの?」
心配そうな表情を全く見せないパパのことが気になって、つい聞いてしまう。
パパは小園が心配じゃないのだろうか。
「全く心配してないって言ったら嘘になるよ。でも、僕はそれ以上にママを信頼しているんだ」
「ママを…?」
「うん。ママはね、とっても頑張り屋さんだから」
そう言って話を始めたパパの顔は、いつにも増して穏やかだった。
いつも優しくて、紳士的で、穏やかなパパだけど、ママの話をする時はそれ以上に穏やか、というより嬉しそうな顔をしている。
「掃除や炊事などの家事。綾音達の学校のこと。家族サービスにお金の管理。僕が出来ないことはいつもママが補ってくれるんだ」
「うん。ママ、いつも頑張ってる」
毎日毎日お弁当を作って、お掃除して、お料理して。
家に帰ると、いつも忙しそうなママがお家の中をせかせかと走り回っている。
それでも私たちの不安を煽らないように笑顔を絶やさないママは、本当に頑張っていると思う。
「でも本当はね、ママは強い人じゃないんだ。昔から体力はないし、泣き虫だし、わがままだし」
「あのママが!?」
そんなママだからこそ、パパの口から出た、本来のママのイメージとはかけ離れたイメージに驚愕する。
「うん、少なくとも知り合ったばかりの中学生の時はそうだったよ」
「信じられない…」
いつも頼もしいママが泣いている姿を想像する。
しかしその想像はなかなか膨らまず、はっきりと想像することができない。
本当にママのそんな時代があったのだろうか…?
「そう、信じられない。あのママが今は立派にお母さんをやっているんだ。…つまり彼女はね、、
『成長』したんだ」
パパの口から出た言葉が、やけに私の胸に刺さる。
成長、成長。なんだろう、意味は知っているはずなのに、あまり馴染まないこの言葉。
でも馴染まないはずなのに、今一番しっくりするこの言葉。
「体力がなかったママが、毎日膨大な量の家事をこなしている。泣き虫だったママが、泣き言一つ言わずに毎日家を守ってくれている。本当に強くなったよ…」
パパはしみじみと遠くを眺めながら言う。
そっか、よく考えればすぐにわかることだった。
ママはママである以前に、一人の人間であり、一人の女性なんだ。
ママだってプリキュアが好きで、おままごとが好きな時代だってあったはずだ。
そしてそれはいずれ忘れ去り、どんどんと移り変わっていく。
こうして今の強いママが作られたんだ。
「パパは…ママが変わって寂しくなかった?」
でもそれを、小園は求めていない。
小園は今が幸せで、今が大好きだから。それだから何も変わってほしくないんだ。
私が変わろうとしているのを、小園はよく思っていない。
「変わって…?あぁ、なるほど」
一瞬察したような素振りを見せた後、パパは言葉を続ける。
「寂しくないって言ったら嘘かな。ちょっぴり情けなかったママを支えるのが、あの時の僕の仕事だったからね」
やっぱりそうなんだ…。
分かってた。私だって、小園がグレちゃったり、引きこもっちゃったりしたら寂しい。
結局私も同じだ。それなのに、自分だけ何食わぬ顔で変化を求めて…私はいいご身分だ。
「…でも、ママは何も変わってなかったよ」
「ふぇ…?」
私が俯いていると、すかさずパパが口を開いた。
何も変わってないなんて、そんなはずない。事実弱かったママは強く『変わった』。
「どんなに強くなろうと、おっとりで、心配性で、マイペースなママは今も健全でしょ?」
そんな私の考えもお見通しだという風に喋る。
よく少年漫画である、根は変わっていないという奴だ。
「でもでも、もう泣き虫なママはいないんだよ?」
そう、それでももうその時のママはいない。そして戻ってこない。
その時に過ごしたその空間、雰囲気、ルール。全てが変わって、もう戻ってこない。
パパはそれが寂しくないのだろうか。嫌じゃなかったのだろうか。
「うん、それが『成長』なんだ。弱い自分から強い自分へグレードアップすること。それは絶対に誰もが通る道かつ、大切な事なんだ。さっきも言ったけど、ちょっぴり寂しいけれどね」
パパもやっぱり寂しいとは思ったんだ。
それでもパパは、ママの成長が何より嬉しかった。
だから変化を受け入れられたパパがいて、成長出来たママがいる。
「そして、強く、たくましく成長したママを僕は尊敬して、何より信頼している。だから絶対ママは小園を連れて帰ってくる、その確信が持てるんだ」
そんな風に語るパパを見て、私も自然と口元がほころぶ。
「そっか…うん、私もママの事信頼してる」
パパがママに強い信頼を置いているのを見て、理解した。
うちのパパとママは結婚20年目にして熱々だと。
そして話は何も解決していないけれど、私の気持ちはすっかり落ち着いたみたいだ。
ココアを飲んだら私も探しに行ってみようかな…?
そんなことを考えて、ようやく落ち着いた様子の私を見て、パパは嬉しそうに頷く。
「うん、なら大丈夫」
「ありがと、パパ」
そんなパパに感謝を伝える。
今日はだいぶ元気付けられちゃったなぁ…。
仕事で疲れているだろうに。明日も仕事だろうに。
いっぱい迷惑かけちゃった。
せめて、今私に出来ることをしないと…!
「私、探しに行ってくる」
ココアを飲み干して、椅子から立ち上がる。
これ以上ママに迷惑かける訳にはいかないからねっ!
決心して肩にかかっている上着を取ると、パパはイジワルそうな顔で口を開く。
「ふぅ…そういえばママに綾音が帰って来たこと連絡してなかったんだった。もしかしたらもう小園を見つけていて、必死に綾音のことを探し回っているかも…?」
え…?じゃあママは、もう家に帰っている私を必死に探してるかもしれないってこと…?
「わー!わー!早く連絡したげてよ!」
「冗談だよ。もう連絡は終わってる。そろそろ家につく頃じゃないかな?」
爽やかに笑いながらいうパパを軽く睨む。
もう、最近パパまで私にイジワルするんだから。
調べてみたら、どうやら私というキャラはいじられキャラというらしい。
なんだか納得いかない…。
そんな気を込めて睨む私を横目で見ながら、パパは携帯を確認する。
すると、パパの表情がだんだん明るいものになっていく。
「いや、もうついてたか。さすがママだ、仕事が早い」
「え…?」
今の今まで私をいじっていたパパは、微笑みながら私の後ろを指差している。
そこにはどこの誰よりも見知った顔があって、どこの誰よりも安心できる人がいた。
中学校のセーラー服に身を包み、小柄だけどツリ目で少し気の強そうな女の子。
「…お姉ちゃん」
頰を膨らませ、ジト目でこちらを睨んでいる。
目元は赤くなっていて、影で泣いていたのが伺える。
「小園…」
そう、そこには私の最愛の妹が立っていた。
とあるアニメの家族をモデルにしました。
あの家族大好きなんですよ。