茅場、転生するってよ。   作:ばっとうまる。

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プロローグ

 

 

「これは……」

 

 石畳、建物、行き交う人、そして空があるはずの場所を覆う黒い天井。紛れもなく、これは浮遊状アインクラッドの第一層主街区、始まりの街だ。ここから全てのプレイヤーは旅を始め、剣を取って戦い始める。

 行き交う全ての人間が初期装備。色とりどりのシャツに、同じ茶色い皮の軽装備。もはや懐かしさを通り越して、逆に新鮮に感じるほどだ。

 装備のデザイン、街を歩くNPCの細かい挙動からして、これはベータテストを終えて最終ブラッシュアップされて、正式リリースされたSAOだ。

 こうして美しい街並みを眺めているだけでも充分に時間は潰せるが、やはりラチがあかない。

 

「おっと……」

 

 一歩踏み出すが、違和感がある。体が思い通りに動かない。これは、フルダイブのアバターでよくあるハプニングだ。現実とは違う体格、本来の自分より身長が高かったり、はたまた小さかったり。たった数センチの違いで、体を動かすのは困難になってしまうのだ。このアバターは、どうやら現実の私よりも少し小柄だ。一般的な中学生ほどの体躯だろうか。これは慣れるのに骨が折れそうだ。ただ、性別選択を男にしているだけ幸いか。

 

「あぁ、こう見ると……やはり美しいな」

 

 思わず、囁くような声を出してしまった。

 天空に浮遊する巨大な城。子どもの頃、何度も夢で見た光景が、今や現実として目の前に広がっている。VRを現実としてしまっていいのか疑問が残る上に、私自身、未だに今の状況を夢なのではと疑っている節がある。しかし、このリアルな感触は、どうやら夢ではないらしいことを私に教えてくれる。

 私はこの城の全てを知っている。なぜなら、アインクラッドを創造したのは、茅場晶彦(わたし)なのだから。

 本来ならば、私はゲームマスター権限を持つアバター、ヒースクリフとしてログインしていたはずだ。いや、それ以前に、ゲームマスターとして町の中央の広場に全プレイヤーを集め、HPを失えば現実の命すら無に帰すという絶対的なルールを説明し、最後に仮の顔を剥がして正式サービスの開始を宣言するはずだった。

 それなのに、私はゲームマスターどころか、普通のプレイヤーとしてログインしてしまっている。デスゲームはSAOがリリースされた瞬間から始まっているが、それをアナウンスする存在が不在ということになる。私以外のプレイヤーが、ゲームオーバーイコール死という事実を知らないままにプレイすることになってしまう。それでは、私の目的は達成できない。

 

「っ!? 馬鹿な……!」

 

 そのとき、私の体を青白い光が包む。転移だ。タイミングは、他に可能性が無いほどに酷似している。ならば、まさか。

 

 光が消えると、そこは広場だった。前にも横にも後ろにも、何人ものプレイヤーが集まっている。全く同じ状況だ。これからも同じ出来事が起こるなら、次は……。

 空が赤く染まり、そしてけたたましいアラート音。半球状にプレイヤーを閉じ込めた。

 

 そして。

 

「まさか……」

 

 どろりとした、まるで血液のような赤黒い液体が宙から降り注ぐ。それは地面には落ちず、途中から形をなすように積もっていった。

 出来上がったものは、白い手袋をはめた巨大なローブ。フードの中に顔は無く、そこにはただ闇がある。人間が着ているのではなく、ローブだけが浮いているという奇妙な光景に、他のプレイヤーは目を丸くしていた。

 

「諸君、私の世界へようこそ」

 

 ローブはそう言った。それは、私が二年前に言った言葉だ。私が二年前に発した声だ。

 ここには、茅場晶彦が二人いる。ゲームマスターとしてSAOを支配する私と、ただのプレイヤーとしてどうすることもできない私だ。

 

 その衝撃を知る由も無いもう一人の私は、淡々と説明をしていく。ログアウト不可能は仕様であることと、HPがゼロになればナーヴギアから発せられる高出力マイクロウェーブで脳が焼かれ、死に至ること。すでに現実世界では私の声が広められ、忠告を無視した結果二百人余りが死亡していること。

 どれも、私が二年前に起こしたことだ。

 

 抑揚の無い自分の声。それを聞いて、どう感じたか。

 ゲームマスターという圧倒的有利にいたはずなのに、唐突にデスゲームの参加者として死の淵に立たされた恐怖だろうか。それも、無いと言えば嘘になる。私がヒースクリフを操っていたときは、HPがイエローゾーンに侵入することは無いように設定されていた。しかし、今は攻撃を受ければ受けた分だけHPは減る。もちろん、死ぬこともあるのだ。

 けれど、私が抱いた感情の大多数を占めるのは恐怖などではない。

 

 それは、憤り。

 この世界を作ったのは私だ。完成させたのは私だ。創造したのは私なのだ。過去の私だからと言って、それを我が物顔で見せびらかすさまを目の当たりにすると、どうも眉間に皺が寄る。

 SAOは茅場晶彦(わたし)のものだ。茅場晶彦(おまえ)のものではない。一刻も早く、奴の手からこの世界を取り上げなければならない。

 ならば、どうするか。ただの普通のプレイヤーとして私が奴から世界を奪うためには、できることは一つしかない。一分一秒でも早く、このゲームをクリアすることだ。それも、真正面からだ。

 ゲームをクリアした人物。よく覚えている。何せ、私にとってはついさっきのことだ。キリト君。君という存在のおかげで、私はとても充実した。充実してしまった。

 茅場晶彦、お前にはその感覚を知ってもらうわけには行かない。あれは私だけの経験だ。だから、君は圧倒的な屈辱を与えられてSAOを終えなければならない。

 システムを越えた力などではなく、ただの知識で。有象無象の一人に自分の作った全てを理解され、悉くを超越される。そんな屈辱を与える。

 

「最後に、私から諸君へのささやかな贈り物だ。受け取ってほしい」

 

 目の前にウィンドウが出現した。アイテムを入手したのだ。アイテム名は、やはり手鏡。

 私がこれから生きる体。生前の自分とは、当然似ても似つかない容姿をしているはず。ただの好奇心。ウィンドウをタップしてアイテムを実体化するという手間は、好奇心一つで無いも同然となる。

 

 意を決して手鏡を取った。再び体が青白く光り出して、数秒後。

 そこに映った顔は、三十余年の人生で最も、私に感動を教えてくれた。

 

「縁がある、と言うのかな」

 

 手鏡を投げ捨てる。地面に投げただけでは耐久力が無くならず、形を保ったままだ。

 

 ステータスを開いた。レベルは四。スキルスロットには、片手用直剣、投剣、索敵の三つがセットされている。

 脳裏に浮かぶのは、黒いコートをはためかせ、交差した二本の剣を背負う少年。

 プレイヤーネームの欄には、シンプルな名前が刻まれていた。

 

 Kirito。

 

 私の我儘に少しだけ付き合ってくれるかい。大丈夫、時間は取らせない。なに、君はたった二年でクリアしてみせたじゃないか。

 安心したまえ。

 

「私はもっと早く終わらせるさ」

 

創造主のプライドにかけて、ね。

 

 





はじめまして、ばっとうまる。でした。

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