俺の兄貴は赤井秀一という悪党に殺されました   作:善吉

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第1話

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The game

 

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皮肉なことに、俺が死の淵から這い上がり自由を得たのは、慕っていたアニキの死と引き換えだった。

 

 かけがえのない、この世でただ一人の家族。

 

 年の離れた兄弟。よく俺ら兄弟を知っている人からすると、似ていない兄弟だったと。そりゃあ、そうだ。正確にはどうしようもないクソ親父の無責任な種だけが俺らを遺伝子的に結んでいた。つまり異母兄弟。それでもアニキはアニキであったし、間違いなく俺はアニキの弟だった。

 

 アニキはしきりに「お前はお袋さんの血の方が強くてよかったな」と俺の容姿を褒めてくれたけど、少ない共通点である下がった目尻とか、耳の形とか、アニキを彷彿とさせるようなパーツの方がよっぽど価値があった。俺にとってはアニキが一番で、誰よりも格好良い男なのだ。

 

 そして、アニキは兄であり、母であり、父であった。

 

 アニキが中学を卒業し、夜間学校に通い始めたあたり。ロクでもない親元の暴力と理不尽から逃げるように、まだ小学生であった俺の手を引いて夜中に飛び出し、ふたりで暮らし始めたのだ。今思えば、随分と思い切ったことをしたものだと思う。金もなく、給食の残飯や学校の備品をこそこそと持ち帰るくらいには生活にゆとりはなかったのに、アニキといれば幸せだった。

 

 けれど、幸せは続かない。神様なんて信じたことはないが、やっぱり世の中は不平等で理不尽だらけであった。きっと神様のお気に入りは、生まれた時からキラキラとした毎日や将来を約束されているのだろう。俺らみたいな取りこぼされた人種には、気まぐれに不幸や災厄を振りかけて困っている姿をほくそ笑んでいるのだ。だって、生まれたときから人は不平等だ。もしかしたら、お気に入りの分の不運を、俺らが余計に負担して天秤の均衡を保っているのかもしれない。

 

 ようやく安寧を手に入れた矢先だったのに。アニキと、ふたり。ようやく二人暮らしも落ち着いた頃、俺は病に倒れたのである。せっかくアニキが用意してくれた誰かのお古らしい中学の学ランは、結局入学式くらいいしか袖を通すことはなかった。

 

 健康に生きるためには多額の金が必要だけど、俺らにはそんな大金を手にする手立てもない。完全に治すには莫大な金と適合した臓器が必要とかで、そんなものを用意することは出来るはずない。おしまいか。まあ、しょうがないか。来世に期待しよう。アニキを一人残してしまうのは申し訳ないけど、これ以上お荷物になるのは嫌だった。何もできないばかりか、迷惑をかけてしまう自分が嫌いだった。冷めた心ですべてを諦めた俺は一人前にベッドの上で反抗期を迎えたが、それでもアニキは諦めなかった。俺がなんとかする、と。

 

 ひどいこともたくさん言った。たくさん傷つけた。けれどもアニキは俺のために時間をたくさん使った。俺のために、生きてくれた。「考えたくはねえが、俺が死んだ時にはお前に、俺のをやるからな」「いらねーよ」いらないよ。アニキがいないんじゃ生きてたって、意味がないんだから。アニキの死に顔なんて、絶対見たくない。アニキに置いていかれるなんて、考えたくない。

 もしも、もしも叶うのならばふたりで生きるんだよ。声に出せない言葉は、アニキの顔面に投げられた、使い心地のよくない薄っぺらな病院の枕に込められた。たぶん、伝わっている。だって、アニキは笑っていたから。そしてあの大きな手のひらで俺の頭を撫でた。「大丈夫、俺が何とかする」っていつもの言葉と一緒に。

 

 それなのに、それなのに。アニキに置いていかれちゃった。

 

 途絶えた連絡を待ち続けて、数週間。破損車両、残された大量の血液、ヘッドレスト付近の1ミリに満たない血痕。閉ざされた病室には、恐ろしい言葉が溢れかえった。なに、それ。そんなの知らない。真っ白な病棟に突然現れた、警察を名乗る知らない人からの尋問まがいの質問。数枚の写真とともに説明される状況。そこから導きだされた、アニキの最期。

 

「残念だが、きみのお兄さんの生存は限りなく低い」

 

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 それからの日々は、生きているのに死んでいるみたいだった。静かな真っ白な空間は、命が刻々と削られていくのを待つだけの地獄だった。

 

 神なんて、クソくらえ。アニキに看取られながら死ぬことだけが、俺の夢だったのに。それすらも、許されないというのか。残された、大切な者でさえも奪うというのか。あとは、一人で、死ねってことか。

 

 俺だって馬鹿じゃない。たとえどんなに信じられなくても、突きつけられたものを頭から否定することなどしない。わざわざ俺みたいなクソガキ一人に警察が時間を割いて、騙す理由もない。なによりも、アニキが俺を捨てて行方をくらますことが、ありえないのだ。だって、そうじゃないと、俺は。

 

「良いお兄さんだったのに、残念ね。心配ね。これからどうするの?そういえば、ご家族は?」黙れよ。アンタ、何もしらねえくせに、うぜえよ。初めて乱暴に吐いた言葉は説得力が無かったようで、白衣のババアはあらあら、と何もかもをわかったように眉を下げて無言で背中をさすった。病気持ちの死にかけのやせっぽっちの言葉は、あまりにも滑稽だったらしい。

 

 アニキが俺を見捨てるはずはない。絶対に。だけど、それでも、もしもどこかで生きていてくれれば、それでも良かった。状況は絶望的ではあったが、俺にとってアニキはすごい人だから、生きている可能性を心の奥底でほんの僅か信じていたのだ。

 でも、アニキを失った俺は生きる理由も手段もない。病院のベッドだってタダではないのだ。このままではいずれ追い出され、衰弱し死ぬのだろう。でも、もう、なんでもいい。何もかもがどうでもよくなり、無気力にただ己の死期だけを待っていた。

 

 しかし、突然のことだった。無理やり命を吹き込まれた。起きろ、と乱暴に頭を叩かれたようだった。突然振り込まれた大金。態度を一変させた病院の職員。白衣を着た胡散臭いドクター、と名乗る男。

 

 本人の意思など関係なしに、俺は死の淵から這い上がり、自由を得た。アニキの死と引き換えに、俺は臓器と金を得たのである。そのとき、確信をした。ああ、アニキは本当に死んでしまったのだと。

 

 さて、金も、健康な臓器も手に入れたはいいが、心は死んでいる。何もかも、どうでもよかったのに、アニキについてちらつかされたら、食いつくほかなかった。

 自分は何もかもを知っている、というドクター(そもそも本当に病院の人間かどうかも微妙だ)に蹴り出されて行った、リハビリを終え、退院する時。ようやっと、にやけ顔のその人が口を開いたのだ。

 

 今まで、当然のようにアニキのものを埋め込まれていたと思っていたが、この欠けた身体を治すために埋め込まれたのはどこの誰とも知らない臓器だと。まあ、そうか。そういうことも、あるだろう。だけど、ちょっとまて。アニキのは、どこにある?俺のアニキは、どこにいった?混乱する俺をみて、目の前のそいつはニンマリと笑った。

 

「ハハ、本当はねえ、報告義務があるんだけど、必死になっているアイツを見るのが滑稽でさあ…。属しているけど、そんなに愛着あるわけでもないしね。私の行動理由なんて、楽しいか、そうでないかくらいなんだよ。働き方は人それぞれだし?こわいよね、どこに胡散臭いやつが紛れ込んでいるのか分かったものじゃない」

 

「……」

 

「ねずみなんて、どこにでもいるものさ」

 

「そう……」

 

 何を話しているのかもわからないけど、適当に相槌を打てば満足したようだった。この人の口数が多いのは、今に始まったことではない。普通の人とは、別の時空に生きる人みたいだった。ドクターは愉快気に、病室の明るい色調のチェストを叩いた。手の甲で、コツコツコツ、と。まるでノックするみたいに。

 

「まー、君もお兄さんに感謝しなよ。これで俺はおっきな借りを返したからね。あー気持ち悪かった。借りたものはすぐに返さないと、落ち着かなくてさあ」

 

「…アニキは、どうなったの」

 

 目の前の人はゆっくりと口を開く。至極、楽しそうに。愉快そうに。

 

「早かれ、遅かれ知るだろう。知らない方が幸せだろうけど、君にとっての幸せと世間一般の幸せは違うだろうしね。

兄思いの君には酷なことかもしれないが、覚悟して聞けよ、少年」

 

「君の兄、楠田陸道は拳銃自殺に追い込まれた。挙句、もう一度、殺されたのさ」

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