俺の兄貴は赤井秀一という悪党に殺されました   作:善吉

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第6話

 

Jody≪Jody.XXXX@Zmail.com≫

To:kusuda

 

Hello!メールありがとう!

 

私も先週のゲームセンターでの対決、とってもexcitingで楽しかったわ。XD

あなたが話していた新宿のVRもぜひ行きましょうね。

 

先日話した、知り合いの警察関係者の件についての連絡もするわね。

先方は事件解決に繋がるかもしれないから、あなたと話したいと快諾してくれたわ。

今週末の金曜日に、新宿東口の改札近くで待ち合わせしたいそうよ。

彼はとても親切よ。きっとあなたも気に入ると思うわ。

詳しいことは二人で決めてね。連絡先は([email protected])です。(ちゃんと本人からの了承は取っています)

 

あなたの幸運を願っています。:)

 

::::

 

金曜日の新宿、しかも東口だなんて待ち合わせ場所としては最悪だ。

仕事終わりのビジネスマンから、これから遊びに行くのであろう派手な格好をした女の子たち、ずいぶん年の離れたカップルに団体観光客のチャイニーズ。歩くスピードも、進む方向もみんなばらばらでごちゃごちゃで、飛び交う言語もバラバラ。みんな人と人の隙間を縫うように歩き、ぶつからないのだから、器用だ。

地下特有の閉塞感は、これから起こるであろうやりとりを考えれば、より一層重たく息苦しく感じるばかりである。

 

あんな嘘っぱちの言葉が、本当にジョディさんを動かすとは思わなかった。メールのやり取りを数回。警察関係者だというその人は俺に会ってくれるという。

彼女の知り合いは相当暇人なのだろうか。それともよっぽどの馬鹿なのか。警察関係者っていったいどこまでの範囲なのだろう。親戚や家族が警察でさ~、なんて人が現れたら時間の無駄すぎる。

 

嘘なんだから、ひき逃げ事件のことなどどうでもいいのだ。自分で蒔いた種ではあるが、ホンモノの警察関係者ならば嘘もすぐにバレてしまうだろう。それなのに、なぜ俺がここにいるのかというと、ひとえに「警察関係者」という肩書に惹かれたからだ。実は、知り合い…というには一方的に避けている刑事もいるがその人には頼りたくなかった。人が良すぎて、苦手だから。とにかく、釣れる魚の大きさはまだわからない。兄貴の手掛かりになるのならば、どんなことでもしてやる。

 

嘘をつくのはもう慣れてしまった。自分が何者かなんて、自分が決めるのだ。安っぽい偽善なんて腹の足しにもならない。

適当な理由を並べたあとに(ジョディさんにどうしても近づきたかったからとか)、親密になって、来葉峠の事件について聞けばいいのだ。どんな人が来たとしても、くさっても警察関係者。そこからの人脈をたどればよい。

 

 

さて、これから来るのは、どんな奴だろうか。

仕事終わりに来るとのことなので、スーツとのこと。本人曰く目立つような特徴もないらしいので、会うのも一苦労しそうだ。ジョディさんの紹介ということもあって、特に用心もせずに来たけれどあんまりにもヤバそうなやつだったら逃げよう。木を隠すのならなんとやら。幸い吐いて捨てるほどの人間が集っている。

 

電話番号くらい教えてもらえばよかった、と後悔してももう遅い。今どき珍しく、やり取りはすべてメールなのだ。俺が送信した『到着しました。今着ている服装は黒のセーターに、カーキーのブルゾン。パンツはチェック柄です。クラッチバッグを持っています』と、待ち合わせ場所から送った内容の返信はまだ来ない。

 

時計を見れば(そういえばこれも貰い物だ)待ち合わせ時間まではまだ余裕がある。雑踏は変わらずごちゃごちゃで、眺めるだけで目が回りそうだったのでぼんやりと人々の群れに目線を向けることを放棄して、持ち歩いている文庫を片手で広げる。そうして、スマートホンの確認も忘れて読みふけてどれくらいの時間がたっただろうか。目の前の視界に、スーツ姿の誰かが向かい合うように現れた。

 

顔をあげれば、スーツ姿の男性が一人。何度か見た、正義感の強そうな顔。あ、やばい。思わず逃げ出しそうになったが、相手の方が早かった。

 

「あ!たのむから、逃げないでくれよ!」

 

「うわっ…!げえッ」

 

金曜日の新宿をなめていた。先ほどよりも格段に人口密度が上がっている。この場で突然駆け出したところで、人が邪魔になりそう早く進めないだろう。

とっさにその人から逃げ出そうと駆けだそうとすれば、先手必勝とばかりに腕をつかまれてしまった。

 

「お、おまわりさ…」

 

「わーっ!僕がそのおまわりさんじゃないか!久しぶりだね、楠田くん」

 

「……腕、放してください」

 

「あっごめん。大丈夫かい」

 

「別に……」

 

別に、大げさなことではない。掴まれたといっても、こちらを気遣うような力具合で逆にイラついてしまった。

ひき逃げ事件を追っているだなんてジョディさんへ嘘をついたことも、きっとバレている。最悪だ。しかも、今まで勝手に音信不通にしていた俺を怒るばかりか、その人は心配そうな目で見てくる。やめろ、そんな目で俺をみるな。むしろこの場で殴られた方がましと思えるくらいに、その人の真っすぐさは慣れないものなんだ。

 

黒髪黒目で精悍な顔立ち。いつものようにブラウン系の色味をしたスーツを纏っていて、その体系はほっそりとしているけれど、決して頼りないわけではない。締まっているのだろう。刑事なのだから。

 

「待たせちゃってごめんね。いろいろ話さなければならないことがたくさんあるね。ジョディ先生から話をされたときに、まさかとは思ったけど、ここにきて確信が持てたよ。さあ、場所を変えようか」

 

「うんと高くて、おいしいお肉が食べられるところなら付き合います」

 

「ごめん、給料日はまだ先だから…あ、クーポン持っているから牛角にしようか」

 

「まあ、それで手を打ちます…」

 

俺には、苦手な人がいる。

その人は担当刑事だったからというだけで、なんども俺に電話を寄越してきた。しかも、事件のための情報収集というよりは、被害者の家族として気遣うように、俺のいまの状況まで聞こうとしてくるのだ。

気にかけてもらうことに理解ができず、電話も無視ばかりしてしまった。わからないものは、不気味だ。優しくしてもらっているのだと思うのだけど、この人に優しくしてもらう理由もない。

 

人が好さそうな顔をして、俺に親切にする。そして、音信不通にしても、嘘をついても、俺に対して怒ることはない。

 

高木渉刑事のことが、俺は苦手だ。

 

::::

 

「…別に、アルコール飲んでもらっても構わないですよ」

 

「いや、今日はやめておくよ。気を使ってくれてありがとうね」

 

そういって笑う姿はやっぱりむかつく。この人は俺を殴ったり、蹴ったり、暴力に訴えた行動をしたことなど、もちろんないけれどどうしても腹の虫がおさまらないのだ。べつに、腹が減っているとかではなくて。

 

金曜の夜の活気あふれた店内とは打って変わって、このテーブルだけはやけに静かだった。一番初めに運ばれたタンからにじみ出た油が滴って落ちればワントーン高い音と主に白い煙も上がる。ジュウジュウ、と肉の焼ける音だけで何とか間を持たせているけれど、どうしようか。本能ばかりはしかたなくて、胃を刺激する脂の匂いに反応してしまう。くう、と腹がなってしなったけど、たぶんバレていない。

 

「ええと…あらためて…久しぶりだね、楠田くん。元気にしていたかい?」

 

「…別に、変わらないです」

 

ああ、自分でもガキっぽくてダサいと思ってしまうのだが、この人の前だとどうしてもそっけない態度をとってしまう。

 

「責めるわけではないんだ。でも、ずっと連絡がとれなかったから心配だったよ。まさか、ジョディさん経由で再会できるとは思わなかった」

 

「俺も、いろいろあるんで…」

 

「うん。そうだよね。もちろん、君の事情も承知している。一人で働いて、生計を立てているのも偉いと思うよ。でも、そうだな…嘘をつくのはよくないよ」

 

まるで子供の失敗をたしなめるような調子の言葉だった。ジョディさんにひき逃げの犯人を追っていると嘘をついたことも、メールのやり取りでぺろりと吐いた嘘も、とっくに気が付いているのだろう。

高木刑事は鍋奉行よろしく焼肉奉行なのか、並べられたお肉の焼き具合を確認しながら順番にひっくり返していく。どうせ生焼けだろうが胃袋も気が付かないからへーき、という考えは甘いらしい。肝炎になってしまうからしっかり焼かないと、と注意されてしまった。甲斐甲斐しく、焼けた肉から俺の取り皿に並べられる。

 

「ひき逃げ犯を追っているだなんて、嘘をついた理由もわかるよ。本当はお兄さんのことを、調べたかったんだろう」

 

並べられたカルビから滴った脂が燃焼材になったのか、ボゥ、と勢いよく火柱が立った。高木さんがウーロン茶から氷を取り出し網の上で転がしても、火柱は変わりなく燃え続けている。

 

「だったら、いいじゃないですか。兄貴のことを知られたくなかった。立派な理由です。あ、これ、もう食べられますか」

 

「まだちょっと赤いからダメだよ。こっちならいいよ。…すまない。君に早くお兄さんの行方を知らせることができたら、こんなことしなくても済むのに」

 

高木刑事が用意した氷1つでは到底火柱は収まらない。見かねて、俺のウーロン茶が入ったグラスからも氷を取り出し、無理やり沈下させる。折角のカルビは焼かれすぎたみたいで、ところどころ真っ黒に焦げてしまっていた。

 

俺だって肉の世話くらい、出来るように成長した。気を取り直して、ネギ塩カルビを並べる。黒焦げの目立つ網の上で、肉は脂が浮き出て艶めいている。

 

「高木さんの前で言う言葉でもないですけど、もうあきらめがついたんで、気にしないでください。兄貴の生存も、警察の捜査にも」

 

「……だから、君は危ないことをしようとしているのか?」

 

「…あ、ネギが」

 

高木刑事の真似をして、肉をひっくり返せばカルビに載っていたネギはあっけなく網の隙間をくぐりジュウ、と落ちてしまった。いずれ炭になってしまうのだろう。

 

「君は、何をしようとしているんだ」

 

「……。高木刑事。お肉、焼けましたよ。冷めないうちに、どうぞ。ほかに何を注文しますか」

 

「一人で抱え込まないでくれ。僕だって、ほかの刑事だって、ジョディさんだって、君の周りには君のことを心配している人はたくさんいるよ。君はまだ、周りに人に頼っても…」

 

「うるさい」

 

「楠田くん…」

 

「うるさい、うるさいんですよ。折角の焼肉もまずくなります。その話はしたくない。あなたのそれは善意から、そんな言葉が出るんでしょうけど、迷惑です」

 

「……」

 

「あなたと、俺は違う。生きてきた環境も、取り巻く周囲も。同じにしないでください。あなたの善意は、俺にとっては――」

 

俺にとっては、なんだ?高木刑事の言葉ひとつひとつにが心を揺さぶり、真っすぐ刺さるのはひどく居心地が悪かった。それに対してグツグツと、体中の血液が脳天にあつまり沸騰しそうになったが、続く言葉が音として紡がれる前にサア、と血の気が引いたのが自分でもわかった。あまりにも考えなし過ぎたから。

 

高木刑事の目が嫌だった。まっすぐと俺のことを射抜くその瞳は、正義感にあふれていた。自分をよく見せたいとか、世間体とか、自分に酔った瞳ではないのだ。目の前の俺に対して、誠実でありたい。力になりたい、という意思が伝わってくるのだから。

言葉の節からも本当に心から心配し、だからこそ真剣に俺の行いを問いただしていることが伝わってくる。似ても、似つかないけれど、俺に元気を与えるように病室に通い詰めた兄貴を、思い出した。だから、嫌だった。

 

「…何でもないです。ジョディさんを通して、呼び出してすみません。でも、高木さんだって人が悪いですよ。最初から、わかってたら…」

 

「最初からわかっていたら、君は来なかっただろう?電話も、いつも無視されちゃったからね。僕のことを苦手にしているのはわかってたから、強引に進めちゃったね。これは僕が悪いと思う。偽るようなことをして、ごめんね。でも、どうしても君に会いたかった」

 

知らない人が聞いたらまるで告白でもされているような言葉を、高木刑事はなんということもなくさらりと口に出した。もちろん、彼が真剣なのはわかっている。だから、俺にはダメだった。

 

「あは、なんだか熱烈な告白みたいですね」

 

「こっ…!?」

 

「あなたにそんな気がないことくらい、わかってますよ。ねえ、高木刑事。ほんとうに、大丈夫なんです。もう一人暮らしも始めて数か月たってだいぶ慣れましたし、極まれにですけど自炊だってします。職場の人はいい人ばっかりで、この前なんてスキーに誘われちゃいました。結局、いかなかったですけど。それに、友人…みたいな人も出来ました。働いて、自分のお金で必要なものを買って。それに、俺みたいな人、多くはないでしょうけど、世の中にたくさんいますよ」

 

「そうだね、本当に君は頑張った」

 

「ジョディさんに嘘ついて近づこうとしてごめんなさい。でも、もう…やめます。飽きちゃいました。疲れるし。自分で調べるのも限界があって、八方ふさがりだったんです。新聞も毎日読んでたんですよ。えらいでしょ。だから警察関係者の紹介だって、ダメ元だったんですけど、どうしてもつながりが欲しくて。でも、高木刑事じゃなあ。あなたなら、回りくどいことしなくても捜査に進展があれば教えてくれそうだし」

 

「……」

 

「あと、ジョディさんに嘘ついたのは自分から謝っておきます。出来れば嫌われたくないので、高木刑事からは言っちゃだめですよ。こういうのは、自分でけじめつけないと。あんな綺麗な人、たぶん、俺みたいなガキは眼中にないでしょうけど…」

 

「え、それって」

 

「秘密です。…すみません。俺、すごい高木刑事にひどい態度ばっかりとっちゃって。兄貴への手掛かりがなくて、焦って周りが見えていなかったんです。そうですよね、あなたの言う通りもう少し大人を頼ればよかった」

 

「うん、」

 

「本当にごめんなさい。心配してくれてありがとうございます。目が覚めました。もう、こういうことはやめようと思います。」

 

「楠田くん…!僕も焦ってしまった。本当にごめんよ。僕、高木渉はいつでも力になるから、何かあったらまた連絡してくれ。電話が苦手だったら、メールでもいいしね」

 

「もう、高木さんは謝らなくていいんですよ。仕切り直しましょう。あ、網も替えちゃいましょうか。まだまだ食べれますよね?せっかくの焼肉なんで、食べまくりましょう」

 

:::::

 

高木刑事は謝らなくても、いいのだ。

だって、嘘なのだから。

 

もう駄目だった。こんな、おわりも見えないような途方もないものを追いかけることは不毛だろう。でも、この怒りが、やり場のない強い怒りこそが今の俺を生かしているのだ。自殺に追い込まれて、もう一度殺されたという兄貴の思いはどうなってしまう。きっと、兄貴は俺のことを待っているのだ。俺が、敵を討つことも望んでいるだろう。それを取り上げるなんてこと、しないでくれ。

 

真っすぐ向けられた、善良な人間の気遣いはやはり居心地が悪かった。煮えたぎる怒りには不要のものだから。

 

その後は、食べ放題のラストオーダーギリギリまでひたすら焼肉を食べ続けた。お店を出るころには、高木刑事もだいぶリラックスした様子で嬉しそうに匂い消しのガムを渡してきた。ガムを噛みながら、たわいもない会話をしてホームで別れて、今日のミッションはおしまい。あの人、満足そうにしていたな。多分、お腹が満たされたとかじゃなくて、俺があの人の思い通りに諦めたから肩の荷も下りたんだろうな。

 

口にのこる、たいしておいしくもないガムを包み紙に吐き捨てて、電話を掛ける。

相手は、先輩だ。

 

「こんばんは、夜分にすみません。え、夜分じゃないって?たしかに昼夜逆転している先輩にはまだ朝くらいですもんね…あは。はい。そうです。その件です。あのお話、お受けしようと思って。お金がたくさん必要なんですよ。まあ、理由なんて大したものじゃないんで、そういうことにしておいてください。はい…。だから、野菜の手押し…ちょっと危ない裏のお仕事に俺も一枚かませてください」

 

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