俺の兄貴は赤井秀一という悪党に殺されました   作:善吉

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第9話

兄貴が所属していた組織とやらは、やはりとんでもない場所だった。

やったことなんて、ない。は理由にならない。一歩間違えれば、死のみ。巷のブラック企業ですら裸足で逃げ出したくなるだろう。そのせいもあってか、金払いは弾んでいる。もちろん完全歩合制であるけど。

 

俺もキールも、無事に仕事を成功させた。

極度の緊張と、体調も良好ではない中でやり遂げたのだ。施設内を実際に動いていたキールよりも、ただ車内に残ってオペレーションをしていた俺の方が疲労困憊で、汗もびっしょりかいていたのだから情けない。

 

キールはあの施設内で誰とも会うことなく、データとサンプルを入手した。用意していた物騒な武器の出番もなく。車に戻ってきたキールとともに、もと来た山道を戻っている途中もずっとモニターはつなげたままにして、様子をうかがっていたが、研究所サイドの人間は内部の異常に気付いた様子もなく、間抜けにも大あくびをして、うつらうつらと舟をこいでいた。せいぜい朝になって慌てふためけばいい。

 

県を越えたあたりで、キールに顔色の悪さを指摘されてひとまずサービスエリアで休憩をはさんだ。過度なストレスからか嘔吐してしまい、結局帰路はキールに運転してもらったことは、出来れば組織側には知られたくないことだった。弱さは、悪だから。といっても、キールはそうぺらぺらと吹聴するようなタイプではない。

 

「…正直、無事にこの仕事が終わるとは思わなかったわ。普通なら、研究所側の人間をじっくりと時間をかけて観察して、行動パターンを洗ってから取り組むような任務だもの。人数だって、本来はもう少し用意すべきだったのよ。けど、組織はそれを許さなかった。私たちに時間なんて与えてくれなかったわ」

 

「はい」

 

「あなたはよくやったわ。まだ組織に入って間もないと聞いているけど、1年くらいなら生き残れそうね。せいぜい、身の丈を弁えて自分の出来ること、出来ないことの区別をしなさい。まだ若いのに、こんなところに来ちゃって…無駄死にだけは、やめなさいよ」

 

「…やさしいですね。キールって」

 

「やめて。違うわ。この組織は人間の入れ替わりが激しいから、少しでも使えそうな人材のキープをしておきたいだけよ」

 

平坦な音と突き放すような言葉ではあるが、組織の中にいる構成員ではめずらしく心配してくれるような物言いだった。

もともと、面倒見の良いタイプなのだろう。俺が手洗い場で嘔吐したこともすぐに察知して、水分を取るようにスポーツドリンクを飲ませてきたし、特徴的な釣り目は体調を気遣うように俺を観察していた。

 

「……寝ていても、いいわよ」

 

「いえ、キールに運転をさせておいてそんなこと…」

 

「そういう気遣いこそが迷惑よ。さっさと眠って、早く治しなさい」

 

この会話を最後に、記憶はふつりと消えている。組織の人間、しかもネームドの前で居眠りだなんて、愚の骨頂だ。でも、キールからは悪い気配はしないし、組織内での俺には大した価値もなければ、命を狙われるような理由はない…とこの時のことを思い出すたびに、言い訳のような言葉ばかりが浮かんでくる。誰に言うわけではないけれど。

 

だからこそ、この後に続いたキールの言葉は聞き取れなかった。

 

「―――あなたが選んだいばらの道は、きっと辛くて、苦しいモノだろうから」

 

:::::

 

「楠田くん、おつかれさま。お店もだいぶ落ち着いたし、まかないを食べておいで」

 

「はい!ありがとうございます。行ってきますね。たのしみだなあ…」

 

「今日は楠田くんの好きなカツ丼だよ」

 

「やった、シェフのカツ丼おいしくて大好きです。もちろん、カツ丼以外もですけどね」

 

黒服の仕事のときの制服に似てはいるけれど、違う。今日は真っ黒な蝶ネクタイを襟元に着けて、イタリアンレストランの店内でくるくると接客をしていた。

 

キールと2人での製薬会社へもぐりこんで、データとサンプルを盗み出す仕事をこなしてから、少しずつだけれど俺の立場もそこそこ認められてきたらしいようで、組織からの連絡も増えた。

組織から与えられる仕事は本当に千差万別で、いかにも、な仕事を与えられることばかりではなく、ただ指定された場所で数時間待機しているだけとか、何に使用するのかもわからない精密機械の組み立ても任されることもあった。

 

そんななかで、待ちに待った相手からの、バーボンからのメールが届いたのだ。

『米花周辺、30人規模の貸し切りパーティーが出来る駐車場付きのレストランを見つけ、バイトとして潜り込め』と。

 

そうして俺はアルバイターとして、イタリアンの小綺麗なお店のホールとして働くようになったのだ。派手な金が動くこともない、個人経営のお店は店長の人柄も良いし、ほかのアルバイトのメンバーも親切な人ばかり。素人レベルではあるが、従業員の過去を洗ってみても、あの組織に縁のありそうな人はいなかった。うーん。意味不明である。

 

バーボンはとりわけ俺に興味がないようで、そばにいるどころか、初めて会ってからは直接会うことすら許されなかった。そりゃあ訳の分からない組織の人間から好意を打ち明けられたら、俺だって距離を置きたくもなる。でも、俺が選んだのはバーボンだ。

だから、今はまだその他大勢の中のひとりでいても良い。まさか本当に恋仲になりたいわけではないのだから、存在の認知さえしてくれればよかった。出来れば、強烈に記憶に残ってくれれば。

 

「楠田くーん、休憩中にごめんね。ちょっといいかな?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「今ね、30人規模の貸し切りパーティーをしたいっていう予約が入ったんだけど、人手が足りなくて困っちゃってね…。だから、楠田くんのお友達とかで、飲食のホール経験している子、最悪未経験でもいいから…その日だけ来れそうな子とかいないかなあ?」

 

「ああ、…いますよ。これから、本人に連絡を取ってみますね」

 

ピースはカチリとハマった。褒めてくれるかな。お気に召してくれるかな。

スマートフォンを取り出して、メールアプリを起動させる。もちろん、送信先はバーボンだった。

 

::::

 

バーボン。表立った場所では「安室透」。

ここにきて、ようやく俺は今までの活動で楠田姓を名乗ってきたことに、頭を抱えてしまった。こんな犯罪の温床の組織にいて、本名とは馬鹿だ。でも、慣れない名前をよばれて反応できないよりはよっぽどマシだし、兄貴も楠田の姓で活動を続けてきたらしいので前向きに考えよう。

 

さて、気を取り直して。俺が調べることができたバーボンのことをいくつか挙げよう。

組織内では『探り屋バーボン』の通り名があるように、情報を取ってくる任務を多く行っているらしい。組織の中で知り合ったゴロツキからはあんな優男、どうせマクラで情報を取ってきているに決まっている、弱っちい奴だ、と主観マシマシのアリガタイ情報をもらったけど、俺は彼の評価を地獄のような人という認識から変えるつもりはなかった。

 

そして、バーボンはずいぶんな自信家。そして、俺以上の嘘つき。あと、演出家だ。

自分の見せ方を熟知していて、それは有象無象のどうでも良い構成員に安売りするようなものではなく、使いどころもきちんと見極めているから効果は抜群。ネーム持ちの例にもれず、もちろんの秘密主義で組織に入る前の過去はもちろんまだわからない。

 

なぜ、こんなわかりきったことを脳裏で整理しているかというと、クールダウンだ。暴力なんて遠い世界であったレストランで起きた惨状に少しばかり動転していたからである。

 

「誰か別人の髪を仕込み、俺に罪を着せるつもりだったかもしれねーしよ!」

 

「あ、いや…。僕にそんなスパイのような真似は…」

 

バーボンは一体どこまで計算をしていたのだろう。

結婚式の前夜祭で、多くの人が新郎新婦になる二人の門出を祝って和気あいあいとしたパーティーが開かれていたというのに、新婦が黒焦げの遺体になってしまったのだ。まるで、どこかの誰かと同じように。

 

先日、バーボンの思惑を汲み取って、臨時バイトの話を持ち掛ければ「よくできました」とまるで犬を褒めるような言葉を向けられたたまではよかった。気分も良かったし。店長に渡していた履歴書もこっそり複製したのは、本人にはバレているだろうけど。

結局目的は明かされないままだったけど、久しぶりの対面をし、店長にも紹介をして無事採用。だというのに、こんな事件が起こってしまったのだ。

 

呼ばれた警察の中に、高木刑事がいたのは不幸中の災厄だけど、あの人も仕事のようで簡単な挨拶と、「久しぶり、ここでバイトしていたんだね」の一言で終わった。妙に気を使われるかと身構えてしまったけれど、高木刑事は兄貴の2度目の死は知らないのだ。

 

俺は疑われる要素もない。だから安心して、店長と一緒に遠巻きに眺めていればいいのだけど、胃の中はぐるぐる、ぐつぐつと渦巻いている。吐き気までせりあがってきた。我ながらこんなにか細かっただろうか。あーあ、もしもここまでバーボンが計算していたら最悪だ。最低だ。笑えて来る。そもそも、バーボンはどこまで俺のことを知っているんだろう。

 

とにかく、不調は無視。こんなこと、よくある。まるでパフォーマンスのように立ち回る探偵と刑事、そして新婦の愛人として疑われているバーボンに視線を戻して、ぼんやり見守っていた。彼はこの状況をどうするんだろう。あは、バーボンが本当にあの新婦を殺したくて、手を下すのならもっと上手にやるだろう。こんなに人間の目のある場ではやらないさ、という妙な信頼から、観客の気分で状況を楽観視していたのだけれど。

 

「ねえ、お兄さん。なんで笑っているの?」

 

「え?」

 

「むしろ、なんだか楽しんでいる…?」

 

背後からかけられた声に振り返れば、コドモが一人。

お祝いの日のお呼ばれだからだろうか。やけにかしこまった格好で、赤い蝶ネクタイまでした、眼鏡をかけた利発そうなコドモが不思議そうに立っていた。まだ幼いのに、端正な顔立ちをしていて肌艶も健康的。栄養がきちんと行き届き、周囲への関心が強いコドモ。俺と兄貴にはなかったものを、たくさん持っている。

たしか、毛利小五郎さんという探偵の連れだったと思う。こんな事件が起きたのにもかかわらず、ちょろちょろと探偵のまねごとをしているのは、毛利さんの影響なんだろうか。

 

「そんなことないよ。楽しいなんてこと、ぜったに、そんなことない。こんな死に方、最悪だなあって思ってたところだよ。坊や」

 

「……そうだね」

 

「車の中で、たった一人きり。炎は熱くて、誰も助けてくれない。身体が焦げていくんだよ。同じように生きていたのに、まるでモノみたいに。自殺だろうと、他殺だろうと、許されることではないよね…。痛くて、苦しくて…本当に、許せない…可哀想…」

 

「うん…」

 

うっかり感情的になってしまった。コドモをみれば、表情を曇らせて、黙り込んでしまっていた。小さい子にヒトの生死についての生々しい言葉は、まだ早い発言だったかったかもしれない。

今まで小さな子の相手などしたことはなかったが、とりあえず俺の発言で元気がなくなってしまったことは確かなので、慰めなくては。しゃがんで、子供らしいまあるい頭の上に手をのせる。

 

「大丈夫。きっと、刑事さんが解決してくれるよ。そしたら、悪いヤツはしなきゃならない償いをするだろうし、ね。亡くなった加門初音さんは、こんなに多くの知り合いが、結婚を祝いに集まってくれるような人だから…大丈夫。もしも、今すぐに犯人が見つからなくても、協力してくれる人はたくさんいるよ。それに優秀な探偵さんだって、ついているからね」

 

「うん、そうだね。小五郎のおじさんが、すぐに解決してくれる」

 

まるでコドモは自分に言い聞かせるようにぽつりと言葉をこぼすと、頭をなでる俺の手からするりと逃げていなくなってしまった。なんだったんだろ、彼は。

俺が言いたかったのは、バーボンがこの場にいて探偵役として推理まがいなこと(もしかしたら、ただ自分に降りかかった火の粉を払うだけかもしれないけど)をしているから、どんな形であれ決着はつくだろうという楽観的な考えだったのだけど。まあ、あのコドモは自分の家の毛利小五郎を信じているのだろう。

 

「彼女に探偵として雇われていた僕を、愛人だと勘違いしたあなたが…そこからくる嫉妬心から殺意が芽生え…彼女がこの店に来るまで、戻ってくるのを駐車場で待ち伏せ、車に押し込んで焼殺したと考えざるを得ませんね…」

 

バーボンの探偵パフォーマンスも絶好調のようで、状況証拠的にもうまいことこの場は収まりそうだった。彼の発言は自信にあふれていて、妙な説得力があるから、その場にいる刑事たちも従うように、聞き入っている。

 

それにしても、物騒な世の中だ。だれが結婚式の前日に新郎に殺されると想像しただろうか。

 

「楠田くん…なんだかすごいことになっちゃったね」

 

「はい…。これであの新郎が犯人だったら、そんがいばいしょーを請求しましょうよ店長。損失ですよ、損失」

 

「こらこら抑えて…まだ一応そうと決まったわけではないし、人が亡くなっているからね。でもこれからのお店が心配だなあ…」

 

店長と二人で、まるでドラマみたいだったねえ、とありきたりな感想を述べながら、さて犯人も捕まったことだし、お店の片づけをはじめようと動こうとしたときに、空気が変わった。

 

「いいのか?伴場!本当に…『この店から出ちまってもいいのか?』って聞いてんだ!!」

 

「しゃーねえだろ?こーなったら警察で無実なのをわかってもらうしか…」

 

「そうか…だったらお前は…犯人じゃねえよ!!」

 

毛利さんのこの一言から、事件の絡まりあった人間の思惑と真実はするりとほどけて、残ったのは悲しい事実だけだった。新郎新婦は生き別れの血のつながった双子だった、というのだから招かれた客たちも悲劇に涙を流し、悲しい道を選んでしまった新婦の初音さんの死を悼んだ。

 

警察からの事情聴取は、店長に任せて俺と臨時バイトの安室透くんは、予定よりも早くお店を出ることになった。

 

「おや…組織内でも、仕事となれば人間の心を捨てている、とまで言われている君ですら、加門初音の自殺は衝撃的でしたか。まあ、僕もさすがに驚いてしまいましたよ。追い詰められた人間は何をするかわからないから、恐ろしいですよね」

 

「…あなたが仕組んだわけではないんだ?」

 

「はは、依頼でのやり取りで、彼女の繊細さから危うい人だとは思っていましたが、死を願っていたわけではありませんよ。僕は探り屋であって、自殺させ屋ではない」

 

自殺させ屋。暴力の世界にはいろんな職業があるらしい。どうやらこの調子だと、俺への嫌がらせのために兄貴と同じような死を辿らせたわけではないようだった。ただの偶然。確かに、推理中もとくにこちらの様子をうかがうこともなかった。俺はちょっぴり自意識過剰になっていたようだ。

 

「バーボンはこわいからね。でも、そんなところも魅力的だと思うよ。俺は好きだな。どう?愛人さんもいなくなったみたいだし、これからは本命一本に絞らない?」

 

「ええ、そうですね。俄然興味が沸いた人物も現れたところですし、早めに行動をしなくては。楠田、ご苦労。こうなってしまった以上、このイタリアンレストランに居続ける必要はない。今週中には辞めろ。次の指示は、また連絡する」

 

簡単にいなされてしまった。そうして俺は、惜しまれながらも早々にイタリアンのホールバイトをやめることになる。

 

実はもう黒服の仕事もたまに顔を出す程度なので、ようやく本来の目的に時間を使うことが出来るようになるだろう。

複製したバーボンの履歴書も洗わなければならないし、たくさんのデートを重ねて、仲良くなったジョディがこの前べろべろに酔っぱらった時に漏らしていた『シューイチ』という名前の人物についても調べなくてはならないのだ。

 

バーボンからの指示は珍しく、早々に来た。さて、次はどんな意味不明な無茶ぶりを振られるだろうとメールボックスを開く。

 

『米花町。毛利探偵事務所が入っている雑居ビル1階。喫茶ポアロ。バイト』

 

送られてきた単語の羅列に頭を抱えてしまった。どんな馬鹿にだって、要求されていることはわかる。忙しいと聞いていたが、雑すぎ。無理やり期待されているんだろう、と前向きに思考を持っていく。今度は喫茶店か。

 

そして俺はイタリアンレストランをやめた2日後、喫茶ポアロの店員として働くことになる。主に、同時期に入った安室透さんの、突然バイトを休んだときの穴埋め要因…もとい、ピンチヒッターとして、である。

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