マエリベリー・ハーンと賢者の石   作:ろぼと

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FILE.01:異端児ラフカディオ・ハーンの遺産(挿絵注意)

 

西暦1991年7月某日 午前

愛蘭土(アイルランド)都柏林(ダブリン)某所 『旧ハーン診療所』

 

 

 

 ダブリン都心、トリニティ・カレッジ通りの横道の奥で営まれている寂れた商店街。その裏手の細い路地に小さい襤褸アパートが建っていた。

 三階建ての、ここアイルランドでは珍しいマンサール屋根を構えたその建物の地上階には、板で打ち隠された古い看板が掲げられている。

 

 "HEARN'S CLINIC"

 

 十年ほど前に閉院した診療所で、今では代々受け継いできた医師の一族がたまに掃除に訪れるだけの無人の建物となっている。

 故に、そのアパートの前を通る近隣住民の目には僅かばかりの好奇の色が滲んでいた。

 珍しくあの家の窓が開いているぞ、と。

 

 

「ふぅ…」

 

 丸一年ぶりに外気に触れた『旧ハーン診療所』の三階奥。そこに一人の小柄な少女の姿があった。

 

 軽いウェーブに広がる柔らかなプラチナブロンド。紫水晶の瞳が引き立てるビスクドールのように整った容姿は、ラベンダー色の清楚なワンピースに着飾られ淡く浮かびあがっている。

 正午の陽光を受けキラキラと舞う埃の中に佇む華奢な姿は、まるで御伽噺の妖精のように幻想的で儚く美しい。

 

 少女──"メリー"と呼ばれ親しまれる彼女はこの旧診療所を有するハーン家の遺児だ。11歳の誕生日を迎える今日、メリーは留学先の日本から久々に地球の反対側にあるダブリンへ帰省していた。もっとも保護者の親戚夫妻から「掃除当番」を言い渡されなければ訪れる事もなかった面倒事である。

 

 

「……あら?」

 

 埃叩きで払った蜘蛛の巣から家主が逃亡する姿をぼーっと見つめるメリー。そんな彼女はふと、その蟲が疾走する天井の木目に妙な溝が刻まれている事に気付く。

 

(まさか、隠し扉……?)

 

 巧妙に隠されているが、ここに居るメリーは学業より趣味活動にお熱な大のオカルトマニアである。奇怪な逸話の多い先祖が残した築130年以上の古い診療所。そんな曰く付きの建物で発見した非日常の気配に飛びつかない彼女ではない。

 

 早速脚立を用意し、危うい手付きで隠し扉を解放するメリーの表情は満面の笑顔。

 

「けほっ、こほっ……凄い埃」

 

 そして雪崩のように落ちる灰煙のベールを潜った先で、少女は愛してやまない「神秘」の存在を目にしたのだった。

 

「あった……"結界"だわ……!」

 

 それは超常の力。メリーを平凡な日常から救い出し、そしてその人生を根底から狂わせた、彼女だけが持つ特異な才能である。

 

 

 そう。異端も異端。メリーは人でありながら、人ならざる力を与えられこの世に生を受けた。

 

 ──幻想の世界を認識し、そこへお邪魔する事ができる程度の能力。

 

 自身のオカルト活動において最も貢献華々しいその異能が、またしてもメリーを新たな夢の楽園へいざなった。

 

「わぁ……」

 

 平然と、苦も無く異界の境目をすり抜けた少女は、眼前に広がった光景に感嘆の声を零す。

 

 それはまさに絵本に出てくる魔法使いの工房であった。所狭しと整列する巨大な本棚。光る液体が入った無数の小瓶。見たことの無い生物の標本……

 多種多様な家具や道具が犇めく圧迫感を考慮しても、通常の住宅街ではありえない広さ。恐らく何らかの神秘の術で空間そのものを拡張しているのだろう。

 メリー独自の定義においては「結界」の枠組みに分類できるが、神仏や高位の妖怪魔物が創造する「異界」と呼ぶには憚られる、実に単純なものだ。

 

 だが、その等身大さが逆にメリーの興味を強く引いた。おそらくこれを作ったのは空間操作系の異能を持つ低位の妖怪か、もしくはそれこそ部屋の印象通りの民話に登場する魔法使い。

 

 つまり彼女と同じ───人間だ。

 

「……ッ、やっぱり」

 

 少女は本棚の前で一冊の分厚い不気味な皮表紙の本を取り、その題名に興奮する。

 

("THE DARK ARTS"……『闇の術』だなんていかにもね)

 

 言語は英語。挿絵は人体。人間の言葉を使い、人間の体を描いたものだ。

 堪らず表紙を捲り、中に紹介されていた未知の知識に没頭する。だがあまりに難解なそれはメリーの並外れた頭脳を以てしても解読には至らない。

 

 少なくとも、今は。

 

「ふふっ、ご先祖様からのステキな誕生日プレゼントってとこかしら」

 

 日本で暮らす親友に伝えたら狂喜乱舞しそうだ、とメリーは頬を緩める。貴重な夏季休暇を利用した数々の予定をこちらが棒に振ったせいで不貞腐れていたあの子だが、この隠し屋根裏部屋の事を伝えればたちまち機嫌も直るだろう。

 

 早速室内の写真を現像し、彼女にエアメールを送って自慢しなくては。メリーは悪友の寮部屋宛てに手紙を書こうと踵を返し───

 

「……ッ!?」

 

 ───突然耳に飛び込んできた大きな羽音に思わず飛び跳ねた。

 換気していたどれかの部屋の窓からハトでも入って来たのだろうか。慌てて屋根裏部屋の隠し扉から脚立で降り、屋内を見渡す。

 

 すると、ペンキの剥がれた古めかしい窓枠に、ずんぐりとした白い塊がふてぶてしく留まっていた。

 

「…フクロウ?」

 

 何故こんな都会の下町診療所に?

 メリーは突然部屋に舞い降りた大型鳥の存在感に後退り、続いてその嘴に咥えられた一通の手紙らしき物体に気付き硬化した。

 伝書バトならぬ、伝書フクロウである。

 

「招待…いえ、案内状?」

 

 戸惑いながら近付くと、フクロウが嘴を持ち上げ封筒を差し出してきた。鳥どころかサルすら超える高度な知性。不安と期待を胸中に渦巻かせながら、少女は古風な蝋封が施されたそれを凝視する。

 

 ダイヤ貼りの封筒に描かれていたのは中世・ルネサンス期に多用された盾章(エスカッシャン)らしき紋章。四つの区分にはそれぞれ獅子・蛇・穴熊・鷲の動物の絵図(チャージ)が彩られており、中央の内盾にはHのイニシャル。紋章記述には"DRACO DORMIENS NUNQUAM TITILLANDUS"とラテン語で何かの隠語が綴られている。

 

 そして上部スクロールに記されている、見慣れない固有名詞に少女は首を捻った。

 

("HOGWARTS"…? 紋章の様式的にはスコットランドの団体か組合のようだけど…)

 

 紋章学はファンタジー小説ファンの必修科目だが、スクロールを盾の上に描くものは確かあの国の固有の様式だったはずだ。ちょっとした雑学程度の認識で記憶の片隅に置いていたが、まさか役に立つ日が来ようとは。

 とは言え、自分にこのような無駄に格式張った封筒を貰うような社会的ステータスは無い。メリーは人より少しだけ優れた頭脳を持ち、歴史ある家系の一人っ子で、魔術工房らしき隠し屋根裏部屋がある閉院した診療所の管理を任された、人ならざる異能を持つ、普通の……いや、かなり珍しい11歳の女の子だ。

 

 強烈な不安を覚えた少女は震える手で蝋封を捲り、中に収められていた一枚の手紙を開く。

 

 そしてその奇妙な文面に自身の名を見つけた瞬間、唐突に診療所の玄関のブザーが鳴り響いた。

 

「ッひゃあっ!?」

 

 咄嗟に零れた悲鳴は開かれた窓から近隣へと木霊する。

 状況と言い、明らかに狙ってやったとしか思えない奇跡的なタイミング。あまりに怪しい訪問者ではあるが、掃除の途中で窓や扉を全開にしている現状で居留守を使い逃げることは不可能だ。

 

 恐る恐る、メリーはフクロウを避けながら隣の窓へ近付き、覚悟を決め、外から階下の玄関を覗いた。

 

 

「───初めまして。私、『ホグワーツ魔法魔術学校』で副校長を務めておりますミネルバ・マクゴナガルと申します」

 

 

 そこには、深緑色のローブと魔法使いのトンガリ帽子を被った老女が、厳格そうな表情でこちらを見上げていた。

 

 

 ───Miss マエリベリー・ハーンは御在宅でしょうか?

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1991年7月某日 午後

日本・京都府某大学 『秘封俱楽部』部室

 

 

 

「───と言うことがあったのよ」

 

「久々にウチの活動サボって実家帰ったと思ったらそんな面白そうな目にあってたのね、メリ-」

 

 

 モンスーンの季節が終わり、東アジアの灼熱の太陽光が降り注ぐ日本の京都盆地。

 山科にほど近いとある大学の一室に、エアコンの冷気を全身に浴びて寛ぐ二人の場違いに幼い少女たちがいた。

 

 ここは歴史ある大学サークル『秘封俱楽部』。稀有な力を持つ霊能者たちが自然と集まる、世にも奇妙なオカルト研究会だ。

 

 この会の参加資格は「能力者」である事のみ。メンバーは皆が10代前半、サークル顧問も弱冠18歳の天才物理学者が務めている。果たしてそんな未成年たちを教師や学生として迎え入れる大学の前衛的な制度が当の子供たちの才覚によって拓かれたものなのか、はたまた『秘封俱楽部』の名が持つ神秘の力が常識そのものに干渉している結果なのかは、サークル関係者たちの異能を知れば卵か雛かの話だと頷けるだろう。

 

 そんな関係者の一人──実家のダブリンから舞い戻った飛び級留学生の"メリー"ことマエリベリー・ハーンは、もう一人の部員である宇佐見蓮子(うさみれんこ)へ旧診療所で起きた事を報告していた。

 

「いや、ホントびっくりしたんだから。アパートの部屋を掃除してたら魔術書の書庫になってる隠し部屋見つけたり、凄いもふもふしたフクロウが家の中入ってきたり……」

 

「で、そのもふもふメール読んだ直後に謎のコスプレマダム襲来&魔法の世界にご案内、と……今回のは妙にメルヘンチックな神秘ね。いつも私を案内してくれる夢の世界は殺伐としてるのに、この差は何なのかしら」

 

「煩いわね。不満なら話してあげないわよ」

 

 辛辣な言いようのクセやけに目を輝かせている蓮子に呆れながらも、メリーは彼女と同じく興奮していた。

 

 蓮子の言う「夢の世界」とはメリーが時折見つける非現実の世界のことを指す。異界の境目を視認し、その中へ足を踏み入れることが出来る彼女は、何度も蓮子を連れて二人で異界巡りを楽しんでいた。

 それが今代の『秘封俱楽部』の基本的なサークル活動だ。

 

 だが此度メリーが体験した神秘はそれらとは根本から異なっていた。

 物理法則を無視した理解不能な現象。いつも目にする異界での出来事ではなく、日常の現実世界で、しかも自分と同じ人間が奇跡の術を使って見せた事実にメリーは衝撃を受けていた。

 

「杖を振るい、呪文を唱え、物を浮かせる……まるでディズニーか児童アニメの世界だわ」

 

「……二十世紀の作品に神秘が宿るなんて考えにくいけど、確かに"いかにも"な異能なのよね」

 

「ふふっ、そのマクゴナガルって人も見る目あるわね。だってメリーより魔女っ娘姿が似合う女の子なんていないもの、あははっ」

 

「あなたね……」

 

 無論、話を聞いた蓮子の驚きも大差ない。だが蓮子のはしゃぎ様はどこか、相棒のメリーと違って件の「魔女」に選ばれなかった寂しさの裏返しのようにも見えた。

 彼女の様子からメリーも察してはいたが、やはり蓮子の許に魔法学校の入学案内は来ていないようだった。

 

「私たちの世界にそんな力を教えてくれる学校があるなんて凄い発見よメリー! 私もイギリス留学しようかしら。素質が無くても少しくらいはおこぼれに肖れると思わない?」

 

「……えっ? ちょ、ちょっと待ってよ蓮子」

 

 一人で話をあらぬ方向に転がす蓮子をメリーは慌てて制止する。彼女は彼女で意外と常識的な判断ができる人間なのだ。

 

「いや、確かに魔法の話はしたけど、そもそも『魔法学校に行く』だなんて一言も言ってないわよ、私」

 

「……は?」

 

 呆けた顔で目をぱちくりさせる蓮子。

 

「いや何言ってんの、行きなさいよメリー」

 

「いや、いきなり『魔女になれ』と言われて『なります』とはならないでしょ。大学どうするのよ」

 

「いやなるでしょ。こんな貴重な機会を自分で捨てるとか貴方オカルト部員の自覚ある?」

 

「いやだから……」

 

 刹那的な親友の主張に対し、メリーはとにかく慎重だった。理由は複数ある。

 

「まず『ホグワーツ魔法魔術学校』は七年制。そして一度入学したらあっち側の人間と判断されて、全ての記憶を消去しない限り二度と戻れないみたいなの」

 

「へぇ、記憶消去だなんてまた凄くファニーな手段ね。まあ誰だって自分の神秘は秘密にしたいか」

 

 中々に凶悪な魔法なのだがあっさり存在を受け入れる蓮子。しかしメリーにとっては記憶消去など以ての外。そんなことをされては魔法学校に通う意味自体が消え、かといい隔絶された魔法社会で死ぬまで幽閉されるのも論外である。

 

 なにより──口にはしないものの──メリーの消極性の最たる理由は、この親友と過ごす秘封倶楽部の日常を気に入っているからだった。

 

「ふーん……つまり魔法に関する記憶を脳以外の場所にコッソリ保管すれば問題ないって事ね?」

 

「え?」

 

 そんなメリーのいじらしい本心を察してくれない蓮子は、やはり一人で良からぬ事を考えていた。

 

「筆記媒体は危ないけどデジタルデータならどうかしら。彼らが科学技術に明るかったら私たちはとっくの昔に支配されているはず。少なくとも神秘が入り込める余地のない電子空間ならこちらの土俵よ」

 

「……正気?」

 

「口封じに殺さない時点で向こうも穏便に済ませたいんでしょ。それに私達が本当に欲しいのは魔法の理論であって魔法そのものじゃない。日本は遠いし知識の再記憶だけならそう簡単に露呈しないと思うわ」

 

 能天気な親友の笑みにメリーは頭が痛くなる。

 

「……私には何で貴方がそんな楽観的になれるのか理解出来ないわ。今回のは私の夢の世界じゃなくて、れっきとした現実なのよ? 私についてくる気なら貴方だって無関係じゃいられない」

 

「そりゃ確かに危険かもしれないけど、そんなの今更でしょ? いつもやってる結界巡りだってとても安全とは言い難いし、異国の神秘を分析できるチャンスを多少のリスクで手放すのは惜しすぎるわ」

 

「結界巡りで遭遇する妖怪の危険と現実の人間を相手にする危険は全く違うでしょ。いつもみたいに私の力で夢の世界を観測してるのとは違うんだから。もし全部バレて魔法界から命を狙われたらどうするの? 一生怯えて暮らすの?」

 

 メリーは彼女がここまで魔法学校に拘る理由が分からなかった。異界を巡る度に強大化し続ける自分の異能とは異なり、蓮子の能力は非常に限定的だ。妖怪の恐るべき膂力からも、魔法使いの魔法からも身を守ることができないのに、何故彼女は自ら敵を作ろうとするのか。避けられる危険に自ら飛び込もうとしているのか。

 

 

「だって……最近の貴方、ちょっとおかしいもの」

 

「……え?」

 

 その疑問の答えは、蓮子だけが捉えていた、メリー自身の身に起きつつある異変にあった。

 

「気付いてる、メリー? 貴方、自分の異能で出来ることがとんでもなく大きく……恐ろしいものになってるって」

 

 それまでの期待に満ちた笑顔とは真逆。真剣で、神妙で、不安に呑まれた彼女らしくない表情に、メリーは言葉を失った。

 

「毎日のように夢で異界の妖怪たちと戯れて、少しずつ出来ることが増えて、この前なんてそのせいで怪我までして寝込んだのをもう忘れたの?」

 

「ッ……」

 

「突然ぼーっとしだしたと思ったらいきなり別人みたいな怖い口調でブツブツ独り言を始めるし。体どころか精神までおかしくなるなんて、私にとっては貴方を蝕むその力のほうが魔法界の追手なんかよりよっぽど恐ろしいわ……!」

 

 突き付けられた事実に固まるメリーを、蓮子が強い意思の籠った言葉で射抜く。

 

「今まで黙ってたけど、いい機会だから言っとくわ。私はね、メリーにその力をちゃんと制御出来るようになって欲しいの。他でもない、貴方の身のために」

 

 日に日に力を増す異能と、それにつられるように変わりゆく少女の人間性。その力と変化が齎しかねない、想像することすら恐ろしい悲劇。それが蓮子の、暗雲立ち込める未来に震える無力な少女の、長らく懐いてきた恐怖であった。

 

 故に、蓮子は大切な親友が遠く離れた故郷で出会った奇跡の秘儀に活路を見出した。

 

「メリーが抱えてる問題は私たちの世界の科学ではどうしようもないわ。でも魔法なら、貴方の身に起きてることを解明出来るかもしれない。異能を制御する術だって見つかるかもしれない。賭ける価値は十分あると思うの」

 

「蓮子…」

 

「私も出来ることは何でも試してみるつもりよ。魔法の素質が無くても、知識さえあれば理論を組み立てることくらいは出来るはず。今回の神秘はどこか、距離が近いような気がするの。私でも触れることが出来そうな、身近な神秘って感じで」

 

 常にメリーに手を引かれながら様々な結界へ足を踏み入れる彼女は、目の前の先導者と自分との間に大きな壁を感じていた。二人寄り添い夢幻に(まみ)える少女たちは、その実、異界の客人とその付き添いという全くの別物。決して対等な関係ではなかった。

 無論多少の不満はあれど、彼我の才能の差を認められる程度には蓮子の精神は年齢以上に成熟していた。劣等感に苛まれ大切な友情を棒に振るほど少女は愚かではなく、また事実メリーと共に楽しむ結界巡りは実に心躍る体験ばかりであった。

 それこそ、身に余るほどに。

 

 だからこそ、蓮子の言葉には確信があった。メリーが出会った「魔法」という体系化された神秘であれば、異能的な力に劣る自分でも何か相棒の助けになれる…と。

 蓮子の最大の長所は『天体に関する自身の異能』ではなく、その卓越した頭脳で物事を論理的に分析する力なのだから。

 

「だから、たとえメリーが魔法学校に通い出して、今みたいに二人でワイワイ遊ぶ時間が減っても──」

 

 そして一拍、躊躇うように俯いた蓮子は、ぽつりと小さく呟いた。

 

 

 ──貴方が力に呑まれて取返しの付かない"モノ"になるよりマシよ

 

 

 言い終わった少女が、長い溜息を吐いた。そんな親友の思い詰めた姿を直視出来ず、メリーは沈痛な想いで顔を伏せる。

 

 どれほどの時が流れただろう。永遠にも思える沈黙を破ったのは、やはり、いつも自分の手を引いてくれる親友の明るい声だった。

 

「……なぁんてね、大丈夫! 長期休暇もイギリスの一般校みたいに年に三回あるし、連絡も文通なら大丈夫なんでしょ? 試しに行くだけ行ってみなさい。確か一般人でも受けられる魔法関係の試験があるんだっけ? メリー危なっかしいし、その試験受けて私も一緒にイギリス住むわ!」

 

「蓮子…」

 

「最悪こっちが魔法の情報持ったままバックレるつもりなのがバレそうだと感じたら、素直に諦めればいいのよ。それにたとえ記憶を消されて在学期間の数年を無駄にしても、私たちは元から飛び級して大学生やってるんだから大したロスじゃないわ。長期の潜入捜査のお遊びみたいなものよ。スパイユニットみたいでドキドキするわね!」

 

 ふわり、と表情を緩めいつもの彼女に戻った蓮子。その顔には未知に胸を弾ませる年相応の笑顔が輝いている。

 

 ずるい。メリーは、今回もまた相棒に上手く絆されてしまった現実を渋々認め、せめてもの意地と唇を尖らせた。

 元より口で彼女に敵うはずもないが、ここまで言われてしまったら逃げることなど出来やしない。

 

 よって。

 

 

「……一年だけよ」

 

 

 人形のような美貌の西洋少女の唇から零れたのは、深いお手上げの溜息であった。

 

「試しに一年だけ通ってみる。可能な限り魔法学校で魔法の知識を学んで、その間に私の能力の制御に役立てそうなものが見つからなければ、記憶を消してもらって二人で日本に帰る。もちろんこのことは進級直前までホグワーツに秘密にするわ」

 

「おおっ、メリー!」

 

 相棒の歓声に気を良くしながら、メリーは最低限の譲れない条件を突きつける。

 これから行おうとしていることは、悟られれば社会一つを敵に回す大罪だ。互いに身の安全の保証が出来ない以上、せめて避けられる危険くらいは避けておくべきだろう。

 

「まずは一つ……これは向こうにバレないことが前提になるけど、私があっちで調べたことは全部暗号化した手紙に載せて毎日そっちに送るから、蓮子はその保管と隠蔽を徹底して」

 

「ええ、もちろん! こっちでも色々考えとくわね」

 

「二つ目……絶対に、知識も無いうちから焦って一人で魔法の研究に手を出さないで」

 

「はいはい、わかってるわよ」

 

「あと三つ目だけど、マクゴナガル先生に聞いた"W.O.M.B.A.T."とかいう一般人向けの試験の受験はしばらく待って。こっちで調べて安全を確認してからにします」

 

「お、おう……」

 

「それと私達のイギリスでの拠点についてだけど──」

 

 矢継ぎ早に飛ぶ少女の注意。幾つも釘を刺される蓮子の顔に冷や汗が伝う。だが彼女の頬は赤く、居ても立っても居られないのが丸わかりだ。

 そのウキウキ姿に呆れながら、メリーは再度大きな溜息を吐く。もっとも、胸中に沸き立つ感動を誤魔化しきれていない分、メリー自身も蓮子と同じ穴の狢。

 

 故に、神秘を夢見る女の子が最後に選んだのは、やはりお互いが最も欲した答えであった。

 

「約束できるなら、行くわ──」

 

 

H O G W A R T S

School of Witchcraft and Wizardry

 

 

 そして長い、されど心地よい沈黙の末、どちらともなく二人の少女は笑い合った。

 

「ふふっ…期待してるわ、秘封俱楽部所属ハーン諜報員。コードネームは"Dr.LATENCY"でいいかしら?」

 

「私の恥ずかしいペンネームも遂に国際化するのね……全く感慨深くないけど」

 

 

 

 かくして、かつて英国魔法界に混沌の嵐を巻き起こした『異端児ハーン』の末裔は、古代魔法の牙城へ舞い戻る───

 

 

 

 

 

 

 

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