マエリベリー・ハーンと賢者の石   作:ろぼと

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FILE.11:“禁じられた森”(挿絵注意)

西暦1992年4月末 夕暮

英吉利・蘇格蘭某所 『ホグワーツ魔法魔術学校』図書室

 

 

 

 二週間に亘る復活祭の休暇も終わり、春のホグワーツは学年末試験の準備一色となった。特に五年生と七年生が行う統一試験は将来の就職に大きく影響することから生徒たちの目も血走っている。

 そんな殺伐とした上級生が占領する図書室禁書書架『上級防衛術の棚』付近の読書机に、場違いなまでに幼い少年少女たちが座っていた。言わずと知れた穴熊寮の聖女マエリベリー・ハーンと、英雄ハリー・ポッター率いる愉快なグリフィンドールの仲間たちである。

 

 危険な闇の魔法書を囲みながら冷や汗を垂らす彼ら彼女らの目的は、宿敵スリザリン寮監セブルス・スネイプ教授から究極の魔法物質“賢者の石”を守ることだ。

 

  『許されざる呪文』……こ、こんな恐ろしいものをあいつは使ってくるの?」

 

「…やはりスネイプ先生に対抗するには、こう言った禁術の知識が必要ね。危うく無知で命を落とすところでしたわ」

 

『…ッ』

 

 獅子寮三人組の紅一点グレンジャーの言葉をメリーが緊張した声で追従し、残りのポッターとウィーズリー男子陣が“闇の魔術”の恐ろしさに唾を呑む。その顔に最早以前のような楽観はない。彼らは自分たちが相対しようと意気込む相手が、埒外の恐怖であることを認めざるを得なかった。

 

 ポッターら幼い一年生が今、本来不適切である“闇の魔術”の載る書物に目を通すことが許されている理由は、この禁書を持ち出した少女マエリベリーの人脈にある。『閲覧禁止の棚』の一つである『上級防衛術の棚』の管理者は代々“闇の魔術に対する防衛術”の教授職に就く教師が兼任し、彼女は現教授クィリナス・クィレルとたまたま親しかった。そんな少女の名義を借りることで、一同は眼前に開かれた禁術書“THE BLACK CODEX”を閲覧出来ていた。

 

 

 さて、あたかも正義の英雄ハリー・ポッターの要望で危険な“闇の魔術”に関する書籍を仕方なく借りているかのように見えるメリーだが、実のところ、これは計算高い彼女が斯くあるべく仕向けた錯覚である。

 真実は真逆。メリーにとってこの集まりの裏の目的は、『“賢者の石”防衛活動』を自分が“闇の魔術”へ傾倒していると疑われた際の大義名分として利用すること。自身の物騒な図書貸し出し履歴をどうにか誤魔化したかったメリーにとって、ポッターたちの活動は渡りに船であったと言える。

 

「それにしても本当に助かったよ、Miss ハーン。 君がいなければ、僕はまたあの『閲覧禁止の棚』に忍び込まなくちゃいけなかった」

 

「…何事も協力すれば自分の限界以上のことが出来るもの、お互い力を合わせて行きましょう。賢者の石を悪しき者の手に渡してはいけませんわ」

 

「その通り…! ダンブルドアがボケてる以上、石を守れるのは僕たちだけさ!」

 

「ホント、先生たちが当てにならなくて困っちゃうわ」

 

 改めて士気を高める三人組の輪の中に混じるメリーだが、その心に友人たちのような正義感など皆無。

 

 先日ダブリンが本拠『秘封俱楽部』での話し合いで、メリーは想定される“闇の帝王”復活に備え正義と悪の両陣営と同時に繋がりをもつ必要性を認めた。彼女がこの活動に関わった表の目的は、正義陣営  ハリー・ポッターとの関係強化。つまりヴォルデモートの脅威に備え、名高い戦力“生き残った男の子”の庇護下に入るためという、完全なる独善的思考に基づく行動であった。

 

 それは確かに騎士道精神溢れるグリフィンドール三人組から見れば不純な動機になるだろう。だが彼らとの共闘に向ける少女の熱意は決して偽物ではなかった。

 

(大丈夫。ちゃんと人としてこの子たちを大切に思ってるから…)

 

 まるで誰かに、あるいは自分自身に言い訳するように、メリーは脳裏でそう呟く。明確な目的をもって魔法学校にやって来た彼女が利  異能制御魔法の開発  を優先するのは必然であるが、これは本来、あくまで本当の望みを得るための手段に過ぎない。

 

 メリーは言葉を感情で飾り立てる。手段と目的を取り違え、究極命題である己の「人」を捨ててしまったら本末転倒なのだから。

 

 

  あのさ、ところで話変わるんだけど……Miss ハーンってドラゴンに関する法律とか詳しくないかな?」

 

「あっ! そうだよ、その話もあったんだ! 聞いてくれよマエリベリー、実は  

 

 互いの覚悟を確認し終えた一同。その中で、あまりよくない方向へ思考が傾きつつあったメリーは、放り込まれた新たな問題にこれ幸いと意識を向ける。

 

 そのウィーズリーが語った話は、人間性が廃れつつあるメリーの心を潤す、大変興味深いものであった。

 

  つまりハグリッド先生が購入したドラゴンの卵の処分をどうするべきかで悩んでいる、ということかしら?」

 

「処分じゃないよ! ハグリッドがあんなに大切にしてるから、何とかしてあげたいんだ」

 

「…なるほど」

 

 ファンタジーの代名詞たるドラゴン。異能を制御出来た暁には魔法生物の生態研究にも手を伸ばしてみたいと密かに夢抱いていた『秘封俱楽部』の二人にとって、これは是非とも活かしたい機会である。

 それがポッターとの仲を深められるのであれば一石二鳥。

 

 少しして4人は目当ての書籍を机に集め、ドラゴンの研究や法律について調べ始めた。

 

  やっぱりドラゴンの卵を持つのも売るのも違法なんだわ。あの能天気なハグリッドが怪しむほどだし、例の商人は余程胡散臭いヤツだったのね」

 

「…確かにこの本を読む限り真っ当な手段で手に入れたものだとは考え難いわ」

 

「そう! 絶対そいつ悪いヤツよ! さっさと見つけて返すべきなのに、ハグリッドも接待のお酒なんかで簡単に騙されちゃって…!」

 

 親しい森番の不甲斐なさに憤慨する熱血優等生少女。グレンジャーの言葉を聞き、メリーは少しだけこの一連の出来事に関して気になることがあった。

 

「…ねぇ、ハーマイオニー。ハグリッド先生の服装を見る限り、そんな危険で高価な卵を買い取れる方のようには思えないのだけど、その商人と先生の取引はどのようなものだったかわかるかしら」

 

「え? いいえ、お金じゃないそうよ。確かハグリッドが飼ってる珍しい猛獣の飼い馴らし方について教えて欲しかったみたいで、その対価に卵をくれたそう  って、えっ…?」

 

 うわぁ、とメリーは一気に噴出した話のきな臭さに軽い眩暈を覚えた。そんな彼女の反応から同じ結論に至った三人組も顔を青くしている。

 ドラゴンの卵を入手出来る広い人脈の持ち主すら持て余す希少生物、それもハグリッドが飼育する猛獣について、少年少女は一つだけ心当たりがあった。

 

 “賢者の石”の番犬である三頭犬、ケルベロス。

 

 

「ま、不味いよ…! あの卵を売ったヤツって、絶対にスネイプだ!」

 

「フラッフィーを宥めてあの隠し扉を通り抜ける方法を聞き出したんだわ! なんて狡猾な…!」

 

「早めに気付けてよかったよ! ありがとうMiss ハーン、僕たちこのことをハグリッドに教えてくる!」

 

 足早にドタバタと図書室を飛び出すグリフィンドール三人組。以前のようにまた一人残されたメリーは、静かに此度のドラゴン問題についての情報を整理する。

 

 違法な卵。怪しい商談。そしてその対価にハグリッドの猛獣に関する飼育方法。そこに先月のスネイプとクィレルの密談の内容を加えれば、ポッターたちの言う通り全てが一つの線で繋がってしまう。

 

(あのプライド高い二人がハグリッド先生にお酒で接待するとか想像出来ないんだけど……まあ上位のデスイーターのスネイプ先生、もしくはヴォルデモートの悪霊に脅されて渋々クィレル先生が従ったと考えるのが妥当かしら)

 

 仮にこの考察が正しければ、既に用済みとなったハグリッドの側は  身の危険という意味では  比較的安全だ。口封じをするつもりなら既に彼は殺されているか記憶を弄られているはずであり、またダイアゴン横丁で感じたあの巨人先生の為人は「面倒見が良い善人」。ポッターに特別な思い入れがある贔屓教師の一人なら、有事の際には身を挺して英雄少年とその親友たちを守ってくれるだろう。

 

 急を要するためひとまず解散したが、クィレルやスネイプと鉢合わせする危険がないのなら、頃合いを見てあの子たちにハグリッドを紹介してもらいたい。ドラゴンとの出会いが惜しいメリーはささやかな楽しみを夢想し、ポッターに借りさせられたことになっている残された禁書“THE BLACK CODEX”の残りを読み進めた。

 

 

 

 そしてその数日後。

 

 

「マエリベリー、どうしよう  ノーベルタがマルフォイにみつかっちゃった…」

 

 

 うかうかしているうちに全てが終わっていたどころか、新たな厄介ごとを引き連れて戻ってきたと知ったメリーの心は、虚しさと呆れでいっぱいであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1992年5月25日 夜

英吉利・蘇格蘭某所 『ホグワーツ魔法魔術学校』ハッフルパフ寮談話室

 

 

 

 試験を控えた前週。今までの遅れを取り戻すかのように加速する授業の進行は若く未熟な頭脳を置き去りに、多くの子供たちが頭を抱えながら日夜詰め込み業務に追われていた。

 

 だが、今年のハッフルパフ寮に例年恒例の悲壮感は見当たらない。特にかねてより定期的に勉強会を開き、互いの弱点を克服してきた一年生の表情は、ある意味不謹慎なまでに明るかった。

 

  ねぇねぇ、みんな! さっき廊下で聞いたんだけど、バカやったハリーたちの罰って今夜らしいわよ」

 

 談話室の一角に陣取る二十人ほどの一年生。彼らの面倒を見ていた勉強会の主催者メリーの下に、用事で遅れたルームメイトのハンナ・アボットが現れた。ちょうど休憩を挟もうとしていた一団に滑り込んだ彼女は以前から気になっていた疑問を口にする。

 

「夜間外出の減点らしいけど、三人合わせて150点は流石に厳しすぎると思わない? もしかしたらスリザリンで広がってるあの噂が正しかったりするのかしら」

 

「噂って何?」

 

「あれよ、ハリーたちがドラゴンを匿ってたって話」

 

『ドラゴン!?』

 

 あまりに突拍子もない話に場が素っ頓狂な合唱を上げる。ポッターの規格外っぷりは周知の事実ながら、まさか校内で危険度XXXXXの化物と密かに戯れていたとは誰一人として想像すら及ばなかった。

 

「相変わらずふざけたヤツだよ、我が魔法界の英雄殿は。そしてそんな犯罪者を退学にさせないホグワーツはもっとふざけてるけどね」

 

「ドラゴンなんて解き放ったら最悪死人が出るじゃない…! 学校を何だと思ってるのよ、あいつら!」

 

 ザカリアス・スミスとスーザン・ボーンズの正論に、我が強く喧しいグリフィンドールが気に食わない一部のハッフルパフ生が口々に賛同する。

 

「でもドラゴンと触れ合えるだなんて羨ましいわね。叶うことなら私も間近で見てみたかったわ」

 

「僕も生で見たことはないな。そう思うと惜しかったかも」

 

 もっとも談話室のほとんどは見慣れた有名人より珍しい魔法生物のほうに関心を寄せている。最強の名を欲しいままにしている怪獣は、やはり子供たちに大人気。

 

「流石にドラゴンは校長先生が許さないかと。…それより減点はともかく、危険な“禁じられた森”での懲罰は少しやりすぎじゃないでしょうか。ハリーが無事だといいんですけど…」

 

 そんな中、話に一歩踏み込もうとする一人の少年がいた。ポッター信奉者の秀才お坊ちゃま、ジャスティン・フィンチ=フレッチリー。

 至ってマトモな人格者である彼は憧れの人が置かれた現状を酷く憂慮していた。以前メリーが見た“禁じられた森”では多くの危険な魔法生物が跳梁跋扈しており、認識阻害の魔法が使えない子供たちが対策なしに生き残れる環境ではなかった。そんなフレッチリーの心配は、メリー自身も抱いていたところ。

 

(助けに行きたいのはわかるけど、実際に行く意味があるのは彼じゃなくて……私、よね)

 

 彼がグレンジャー同様如何に優秀であろうと、所詮はただの子供。規格外のメリーのように特殊な異能を持たないフレッチリーが一人ポッターの助けに森へ向かっても、無駄に命を危うくするだけだ。

 心配から今にも現場に急行しそうな彼の身を案じ、メリーは強引に話を終わらせる。

 

「はいはい、おしゃべりもそこまで。時間も迫ってますしそろそろ休憩はおしまいにしましょう。わからないところがあったら私かMr. フレッチリーへお願いね」

 

『はーい!』

 

 和気藹々とした空気を損なうことなく勉強会は再開され、メリーは他の勉強中の生徒たちの質問に丁寧に答えていく。

 

 劣等生寮などと見下されることの多いハッフルパフだが、実はその認識は大きな間違い。本来ここに集まる子供たちは温厚で協調性が高く、忍耐強い者たちばかり。明確な目的意識を持つ優秀な人物に率いられたときの彼ら彼女らはその長所を存分に発揮し、見間違えるような優等生へと変身する。メリーのカルガモ教室行進や勉強会の恩恵を存分に受けたことで、今年の寮杯発表では大講堂の穴熊黄黒旗の下に目を見張る数字が刻まれていることだろう。

 そして、それはメリー自身の評価にもつながっている。

 

(校舎から離れたポッター君は先生方の監視から外れてるはずだし、クィレル先生の最近の悪変化を考えると……もしものために今夜は私が代わりに護衛したほうがいいでしょうね)

 

 忍び込み用の呪文も上達しており、仮に見つかりそうになった場合も今ならこれまでの信頼で相手の気のせいだと押し切れる。

 当初の予定通り、教師陣に警戒されることなく主席が確保出来る立ち位置に付けた少女は、ひとまず安堵し張り詰めていた警戒心を弱めることにした。

 

 

 

 

 深夜。

 寝静まったハッフルパフ男子寮08号室に一つ、動く人影があった。寝返りを繰り返すその寝間着姿の少年は、一本の杖を大事そうに握り締めている。

 

 少年  ジャスティンは迷っていた。

 非魔法族である彼は、魔法族の英雄であるハリー・ポッターに強い憧れを抱いている。同い年の男の子が世界を救う偉業を成したのだ、意識しないほうがおかしい。憧れの神秘の社会に単身飛び込んだ少年は、英雄でありながら自分と同じ世界で生き、自分の偉業をひけらかさない彼のことが好ましく、いつか友達になりたいと願っていた。そして共通の友人であるハーンを通じ、その気持ちは日々増し続けている。

 

 ジャスティンの迷いは一つ、そんな憧れの人物の危険を静観するべきか否かである。

 

 勉強は得意でも魔法の才は平凡な彼は、自分一人の行動に状況を変える力などないことくらいわかっている。ハーンのように上級生が習う呪文にまで手を出せる天才ならいざ知れず、家庭環境の面で他の生徒たちに後れを取っているマグル出身の一年生が出しゃばっても足手まといになるだけだ、と。

 

 だが、果たしてそれでいいのだろうか。ジャスティンは強く臍を噛む。もし自分がハリーなら、おそらく迷うことなく友の助けになろうと相手の下へ駆けつけるはずだ。

 

 では、それを成す原動力は何か。自分とハリー、両者の違いは何だというのか。

 

 魔法の腕ではない。自分は“変身術”、“呪文学”共に彼より上の成績を収めている。

 育ちの違いでもない。自分が通っていた名門小学校でも、平気で校則を破る問題児は少なからずいた。

 

 おそらく、自分と彼の違いは“勇気”なのだ。細かい屁理屈で己の行動を縛ることなく、大切な誰かのために後先考えずに突き進む勇気。たとえ蛮勇と嘲笑われようと、その行動こそがハリーをハリー足らしめている理由なのだろう。

 

 彼のようになりたい。

 こんなことを考えるのは馬鹿げている。それでもジャスティンは、人を助けようとする意志を持ちながら、それを自分の保身や平穏のために捨て去るのは格好悪いと思った。ならば、あとは足を踏み出すだけだ。

 

 長い葛藤の闇を抜け、少年は静かにベッドを降りる。ルームメイトたちを起こさぬよう、抜き足差し足で部屋の扉まで近付いた。ドアノブを捻る手が微かに震えている。しかし幼いジャスティンの胸に燃える小さな勇気は、それを回すに十分な力であった。

 忍び歩きで男子寮から談話室への扉をくぐると、もう後には引けない。これまでの自分の模範的生徒としての人生に後ろ髪を引かれながら、少年は深呼吸と共にドアを解放した。

 

 そこでジャスティンは、思わず目を疑うものを見る。

 

 

  Mr. フレッチリー…?」

 

 

 天窓から差し込む月光に照らされたハッフルパフ寮談話室。その女子寮の扉の前に、童話のお姫様のような純白のナイトガウンを纏った妖精が佇んでいた。

 

 新雪の如き白い肌を青褪めさせ、信じられないものを見たような顔をする超が付くほどの優等生。ハッフルパフの才媛と呼ばれる学年全生徒の憧れ  マエリベリー・ハーンがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1992年5月26日 深夜

英吉利・蘇格蘭某所 『ホグワーツ魔法魔術学校』禁じられた森

 

 

 

  あ、あの……本当に入るおつもりなの?」

 

「う……M、Miss ハーンこそ、怖いならついて来なくてもいいんですよ…? ぼ、僕は一人でもハリーを助けに行きますっ!」

 

 

 深夜の“禁じられた森”を二人の小さな影が音もなく突き進む。その片割れ、メリーにとってはいつもの夜間外出だが、今夜はここに場違いなお邪魔虫がいた。

 少女の同僚、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーである。

 

 例のドラゴンの卵を隠蔽しようとした罪、そして門限破りの校則違反が運悪く他寮生に見つかり、それぞれ50点の減点と危険な“禁じられた森”の夜間調査懲罰を強制されたグリフィンドール三人組。メリーは対ヴォルデモート戦力として大きな価値がある英雄少年を陰ながら護衛すべく、毎度の如くルームメイトたちが寝静まった隙に外出しようとしていた。そこで同じことを考え、談話室でばったり出会ってしまったのがこのフレッチリーであった。

 

(中々寝てくれないハンナたちに時間が取られたせいで焦ったのが不味かった。まさか談話室で誰かに遭遇するなんて、最初から自分に【目くらまし術】をかけておくんだった…)

 

 堂々とした校則違反の現場を見られたメリーは即座にはしたない寝間着姿から魔法で着替え、フレッチリーへの弁明に全神経を集中させた。幸い根っからの優等生である彼はこちら以上に自分自身の校則違反を気にしており、人の事情に構っていられる心理状態ではなかった。そこを巧に付き、あたかもこれが初めての悪戯的試みであるかのように振舞い、信じ込ませることに成功。おかげで少年は一切疑うことなく、か弱い見た目の女の子を守る勇敢な騎士の如くこうして気丈に“禁じられた森”を行軍している。

 

  そ、それにしてもまさかMiss ハーンがこれほど友達想いだったとは意外でした。今までお話してて何となく距離を感じてたので、貴女の新たな美徳を知る切っ掛けになったハリーに感謝したいくらいですよ」

 

 暗い森を歩く相方を心配しているのだろうか。少年の明るい気遣いにメリーは気持ちを入れ替え言葉で返す。

 

「…さて、ホントは最初から平然と夜に出歩く悪い女の子だったのかもしれないわよ? 優等生だと思っていたMr. フレッチリーも、実は裏ではあんなことやこんなことを…? ふふっ」

 

「勘弁してください……もし今日の僕の行動が両親に知られたら、これから助けに行こうとしてるハリー以上の懲罰が待ってるんですから…」

 

「私も先生に怒られるのは避けたいので、これで一蓮托生ね。お互い問題児デビュー同士、仲良くしましょう?」

 

「…何故でしょう、状況は同じなのに僕だけ一方的に立場が低くなってる気が…」

 

 軽口を叩き合い、暗闇で互いを励ます少年少女。時折悪路で紳士的に手を差し伸べられるなど、人生初の淑女扱いに戸惑いながら、メリーはフレッチリーの背後で不安に耐える無力な少女の演技を続けていた。 

 

 

 そして森の奥へと進むことしばらく。

 

  ッ、隠れて…! 誰かこっちに走って来るわ」

 

 密かに唱えていた【人間感知の呪文】の効果範囲に反応があり、メリーは前を歩くフレッチリーの腕を引き木陰に引きずり込んだ。目を白黒させる少年に目線で接近者の位置を伝え、二人でその正体を視界に収める。

 

 絶叫しながら疾走する例の感知反応は、少々意外な知り合いのものだった。

 

「あれは……スリザリン生のMr. マルフォイ?」

 

「あんなに将来が心配になる頭皮の持ち主は彼以外に居ませんよ。ミイラ取りがミイラになって一緒に罰則を受けたそうですが、確かにあの見事な逃げっぷりは気になりますね」

 

「何かあったのかしら…」

 

「…これは急いだほうがいいかもしれません。行きましょう、Miss ハーン!」

 

「え、ええ…!」

 

 演技中のメリーは派手に動かず陰の支援に徹し、必然的にフレッチリーの指示に従う形で先の渦中に飛び込むこととなる。そして【静穏呪文】で互いの足音を誤魔化しながら走りぬいた先で、少年少女は眼前に現れた光景に驚愕した。

 

 

 腰が抜け這いながら後退るハリー・ポッターに、両腕を広げる闇色の人影が今にも襲い掛からんとする危機的瞬間に。

 

 

『!?』

 

 初めて目にする明確な死の危険に圧倒され、幼いフレッチリーは息も出来ない。そしてメリーもまた、目の前の黒いローブの人物から漂う  最早馴染みとなった  巨大な穢れの気配に思わず硬化してしまった。

 

(ッあの邪気…! やっぱり全ては私たちの予想通りの  

 

 相棒の蓮子と共に想定していた最悪なシナリオ通りの展開からメリーの反応が僅かに遅れる。その隙に謎の人影は背後の木の幹まで追い詰められたポッターへ、自身の短い杖を翳していた。

 

 不味い。

 

 ショックから立ち直ったメリーは全ての雑念を即座に放棄し、【盾の呪文】を両者の間に展開しようと無意識に己の異能に働きかける。だが運良くその特別な魔法が発動する直前、彼女の魔法的感知に新たな反応が引っかかった。

 

「ッ、ハリー! 逃げてくだ  

 

「待ってMr. フレッチリー、あそこを…!」

 

「…!」

 

 我に返り悲鳴のような叫び声を上げようとしたフレッチリーを制止。メリーは飛び出しそうになっていた彼を無理やり押し倒し、藪の中に伏せる。

 すると【感知呪文】の反応通り、一人、否一頭の異形の怪物が木々の隙間から飛び出し、ローブの人影へ突進した。恐るべき威力の蹄は、鈍い音を立てながら相手を遠くへ蹴り飛ばす。怯んだ謎の人影は反撃しようと杖を光らせるが、異形はすかさず見事な立馬姿勢(クールベット)で威嚇。数合の魔法と肉体武器による牽制が続き、人影が分が悪いと悟ったのか静かに後退る。そしてそのまま闇に溶け込むように逃げて行った。

 

 危機が去った後。異形の怪物は座り込むポッターへ近付き、何やら言葉を交わし始める。すると恐る恐る少年が異形の背に跨ぎ乗り、両者は疾風の如く魔の森の奥へ消えて行った。

 

 

  な、何だったんですかあれ…?」

 

 一部始終を唖然と見つめていたフレッチリーが隣の相方へ震える声で尋ねる。以前、かの異形を同じ“禁じられた森”で目撃していたメリーは確信を持ちつつ、それを隠しながら一般常識として知られる知識のみを披露した。

 

「…人の上半身に馬の身体、おそらく“ケンタウロス”と呼ばれる種族だわ」

 

「ッ、ケンタウロス! あれがあの星座のモデルの…!」

 

「本の知識ではあまり人間に好意的な種族ではないと書かれていたけれど、英雄と称えられるMr. ポッターは特別なのかしら」

 

 助太刀はともかく、馬のように背に人を乗せることを酷く嫌悪する彼らが自身の誇りを捨てるなど尋常ではない。やはりあの額傷の眼鏡少年は人間以外の種族にとっても救世主であったのだろう。「魔法界の英雄」の本質を見た気がしたメリーは素直に感心していた。

 

 が、横で喧しく騒ぐフレッチリーの興奮にその熱も冷める。

 

「…すごい。すごいです…! やっぱりハリーはヒーローなんですよ! ケンタウロスの背に乗って森の闇を切り裂くあの姿! ああ、かっこいい……僕もあんな男になりたい…」

 

 なるほど、この気持ちが女の子が同年代の異性を「男の子だなぁ」と呆れて形容するときに抱くものか。そう新たな気付きを得たメリーは愉快な友人の姿にクスクスと笑みを零し、茶化すように一言だけ注意した。

 

「…羨望も結構ですが、出来れば知性まで憧れるのは勘弁してくださる?」

 

「それは両親に殺されかねないので謙虚に自重します」

 

「賢明ですわ」

 

 ポッターに助太刀するという目的自体は果たせなかったが、英雄の新たな伝説に立ち会えた事実はフレッチリーの徒労感を拭い去って余りある程の幸せだったらしい。一時的に例の黒いローブの襲撃者の存在が頭から抜け落ちているのはご愛敬と言うものだろう。

 

 だが場を和ます相槌の笑顔に隠されたメリーの関心は、当然、その襲撃者の正体にこそあった。

 

(本格的に動き出したと見るべきかしら…)

 

 少女は予想が現実になったことを認め、今一度覚悟を改める。

 

 目敏い彼女は、ポッターが襲われた場の端に横たわる一頭の大型動物の死骸を捉えていた。白い馬のような、されどケンタウロスとは大きく異なる神秘の魔法生物。あの頭部から突き出るランスのような一角は、現世では純潔の象徴にして、その血肉は永遠の命を与えると伝わる神聖な獣  ユニコーンの特徴だ。

 

 いつまでもポッターの幻影に首ったけなフレッチリーを放置し、メリーは獣の死骸に近付いて死因を確認する。魔法的な死ではなく、わざわざ物理的に傷付けられた上での失血死だ。ポッターの腕力では到底実行不可能な殺し方。ならば犯人は現場にいたもう一人。

 メリーの優れた推理力が当時の状況を脳裏で録画のように再現し、一つまた一つと謎を解き明かす。

 

(癒しや不死性に関する逸話を幾つも持つユニコーンの血液、か……それでもあの悪霊が復活するには至らなかったみたいだけど)

 

 先ほどの戦闘で感じた邪気の微妙な力の変化から察するに、やはり本命は“賢者の石”なのだろう。少女は冷静に相手の次なる行動を予測する。

 

 ハロウィーンのトロール騒ぎ。週末のクィディッチ試合。

 例の謎の人影  クィレルが動いていたのはいずれも他の教師陣の監視が薄くなったときであった。今回の一件も、このユニコーンに用があったと考えれば彼の行動の辻褄は合う。ポッターとの遭遇は偶然か、もしくは懲罰の林間調査で学校の庇護から外れたところを狙ったのだろう。あのケンタウロスが来なければ彼は殺されていたのだと思うと、おそらくは計画的なものか。

 いずれにせよ、教師であるクィレルがホグワーツの監視体制を熟知していることは確かだ。

 

(…なら次にあの二人が動きそうな日は  

 

 クィレル、そしてその上位者と思しきスネイプが双方共に“賢者の石”の確保に動ける機会は残り僅か。一つはグリフィンドールとレイブンクローによる今年度最後のクィディッチ寮対抗戦、5月27日。次に学年末試験準備日の6月2日。だが前者は全ての教師がホグワーツ城を離れるわけではなく、また後者も教師である以上目の前に迫る期日を無視出来ず、自由な時間は少ない。

 

 故に最も可能性が高いのは、残された最後の機会。

 

 

 

   学年末試験後の一斉採点、6月4日である。

 

 

 

 

 

 

 近代最強の闇魔法使い、“闇の帝王”の信奉者。

 邪法魔術の宣道者、“異端児ハーン”の末裔。

 

 時代を超え、かつて魔法界を混沌の坩堝へ変貌させた二人の巨悪の先兵が、古代魔法の牙城の最奥にて相まみえる。

 

 未だ名も無き異界の主より宿命づけられた厄日は、刻一刻と迫っていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 




次話、『賢者の石』編最終話

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