マエリベリー・ハーンと賢者の石   作:ろぼと

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感想でご指摘いただき数年越しに認識した驚くべき真実

宇佐見”かおるこ”ではなく”すみれこ”だったのか…(驚愕




あ、華扇さん腕と角復活おめ。かわいい!





FILE.08:魔女見習いのクリスマス(挿絵注意)

西暦1991年11月1日 深夜

???

 

 

 

「…随分久しぶりね、ここも」

 

 

 ぼんやりとした目を擦り、お気に入りの深紫のドレスの裾を正し立ち上がる。

 

 眼前に広がる底なしの深淵。幼い女の子は今、どこか既視感を覚える漆黒の暗闇の中にいた。目覚める前の最後の記憶は、図書室で黒ずくめの教師から逃げ帰り【催眠呪文】で就寝した瞬間だったはず。

 

 つまり現在の自分がいる場所は、いつもの“夢の世界”だ。

 

 そこで少女は頭を振る。

 否、「いつもの」と形容するのは早計か。最近の彼女が日本で見ていた“夢”は、決まって複数の異界を同時に旅するものであった。幾つもの異なる場所、世界を一度に観測出来る理由は定かではない。だが、まるで分身や分霊のように多数の自分が存在し、多数の神秘を同じ夜に楽しめるこの新たな能力を、メリーは僅かに躊躇いつつも愛用していた。

 しかし今回の“夢の世界”は一つ、この何も見えない奈落だけだ。それも、あの隠し屋根裏部屋の境界をくぐり、深緑のローブの老魔女と出会った日以来の、実に四カ月ぶりの異界の旅となる。魔法界での忙しない神秘との触れ合いのせいで今まで気にする余裕はなかったが、意識すれば珍しく長い「休息期間」であったことがわかる。かつては毎晩のように旅立っていたことを考えると、驚きを通り越し些か不安になるほどに。

 

  Lumos(ルーモス)(光よ)】……あら、ここでもちゃんと使えるのね」

 

 視界を確保しようと唱えた杖無し呪文は、ホグワーツと寸分違わぬ効果で現れた。直前にあれほど激しい魔法戦に巻き込まれておきながら不可解なまでに落ち着いている今の自分に困惑しつつ、少女は灯りを掲げ果てしない闇の中を彷徨い始める。

 

(変な世界。地面まで真っ暗だし、【光球呪文】も結局自分の姿を照らすだけみたい)

 

 普通の童女なら震えて動けなくなるほど不気味な場所へ一人迷い込んでいる彼女の胸中に、恐怖という感情は欠片もない。あるのは久々に飛ばされた新たな“夢の世界”への好奇心と  あの絶体絶命の危機を逃れられた“奇跡”への純粋な疑問についてであった。

 

(それしても、あれは一体…)

 

 少女の異能には本人さえもわからないことが山ほどある。むしろ理解し、活用出来ている力のほうが少ないと言えるだろう。だからこそ能力の特異性を客観的に見続けてきた親友が惧れ、多少の危険を承知で彼女に魔法を学びに行くよう説得したのだ。それが異能を制御する力になると信じて。

 もし先ほどの“奇跡”が自身の新たに開花した異能の力であるならば、可能な限りその詳細を把握しなければならない。魔法を学び出す以前、少女は自身の能力を己の便利で奇妙なアイデンティティ程度にしか考えて来なかったが、あの海馬に焼き付いた光景に抱いたのは安堵でも興味でもない。

 あれこそが蓮子に言われて初めて気付いた自分の力への疑問、不審、そして最後の一つ。

 

 自分と言う存在が根底から変わってしまうかのような、根源的な歓喜(きょうふ)であったのだから。

 

「…ッ」

 

 俯く幼い女の子は戸惑いながら自身の小さな両手を見つめる。とても人間のものとは思えない、不気味なまでに整った白磁の繊手だ。その美に言い知れぬ悪寒を感じ、少女は思わず目を閉じ自分の身体を意識内から排除してしまう。

 

 するとぐらり、と彼女の中で何かが揺らいだ幻覚の後、希薄だった感情が乾いた心の奥底から泉の如く湧き始めた。それは先ほどの精神の平穏を大きく掻き混ぜる忌むべき氾濫であると同時に、何故か「決して失ってはならない」と固い強迫観念を覚える不快な湧水であった。

 だが満ち溢れた泉に心が浸った瞬間、少女は負の感情の濁流に翻弄されながらもどこか心地よい満足感を得る。まるでその乱れた様こそが、己の本来あるべき姿であることを、己自身が妄信しているかのように。

 

 その正体は  人の心。

 

(どうして私はこんな大切なものを、さっきまで…)

 

 全てはあの絶体絶命の状況が引き金となった、能力の異常が原因だ。圧し潰されそうな不安に急かされ、戦く彼女は必死に脳裏の記憶を引き摺り出した。

 

 思い返すだけでも恐ろしい。極度の緊張で視界が暗転する中、漆黒の深淵に浮かんだ蠢く無数の赤い珠と、その一つ一つから発せられた、背筋が凍るような“視線”。

 あれは一体なんだったのか。

 

 だが記憶の深層へ潜り込んでも、図書室で男の呪文から逃れた瞬間の感触が思い出せない。無我夢中な心理が引き起こした偶然故か、はたまた本能が二度と使わせまいと拒否しているからか。いずれにせよ、今の自分では触れることの叶わない超常のナニカであることだけが、少女に理解出来た全てであった。

 

 微かな、されど強烈な印象と、起きた結果のみが残った例の“奇跡”は結局何一つ判明することなく、少女は無意識にその小さな種子を自分の魂の奥底へと埋め込んだ。

 

 

  芽吹かせるには、未だ邪魔が多すぎる

 

「え? どうしたの、マエリベ  っえ、な、何かまた美人に磨きが……っていうか、雰囲気変わった? 貴女お化粧なんかしてたっけ…」

 

「…ぁえ?」

 

 

 闇の中にぼんやりと佇む少女の耳に、誰かの声が届く。

 

 はた我に返り、顔を上げた先にいたのは、制服に着替えたルームメイトのハンナ・アボットであった。そのままぼーっと周囲を見渡すと、黄色と黒のキルトカーテンが印象的な穴倉の寝室が目に入る。

 

「あ…」

 

 見慣れたホグワーツ、ハッフルパフ女子寮第13号室。

 

 

 どうやら此度の、マエリベリー・ハーンの“夢の世界”は短い旅で終わってしまったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1991年11月1日 午前

英吉利・蘇格蘭某所 『ホグワーツ魔法魔術学校』南塔“99教室”

 

 

 

  それでは皆さん! 杖の光を“反対呪文”で消しましょう  Nox(ノックス)(闇よ)】!」

 

 

 あの『閲覧禁止の棚』侵入作戦を何とか無事に成功させた翌朝。メリーはいつも通りの平静を装いながらルームメイトたちと朝食を食べ終え、毎度恒例のカルガモの母親気分で同級生たちを一限目の授業、“呪文学”の教室へと案内していた。

 

 久々のグリフィンドールとの合同授業となった講義では、教師のフィリウス・フリットウィックが基本的な【発光呪文】を用い”反対呪文”について紹介している。

 相変わらずグレンジャーは完璧に予習済み  かと思いきや、どこか心ここにあらずと言った具合に呆けている。その隣を見ればポッターとウィーズリーも同様。三人揃ってどうしたのかと気になるところではあるが、グレンジャーはともかく、あの赤点二人はこれ以上授業を聞き逃すと不味いのではなかろうか。メリーはそんな視線をグリフィンドール三人組に送りつつ、【Lumos(ルーモス)(光よ)】と呪文を唱え、【Nox(ノックス)(闇よ)】と続けて光球を消失させる。

 

「おおーっ、素晴らしい! 皆さんごらんなさい、Miss ハーンの見事な“反対呪文”です!」

 

 教師の賛辞を受けたメリーは、昨夜の校則違反の後ろめたさから優等生の演技に力を入れる。いつも合同授業ではグレンジャーに席を譲っているが、彼女が不調であればこちらが手を挙げても悪目立ちすることはないだろう。

 そっと杖を教室の扉へ向け、二つの相反する呪文を唱える。一年生の“反対呪文”の授業であれば、いずれこちらも習うことになるのだから不自然な点はない。

 

「【Alohomora(アロホモーラ)(開け)】……【Colloportus(コロポータス)(扉よくっつけ)】  こちらも“反対呪文”同士だと教科書で学びましたわ、フリットウィック先生」

 

「こ、これはっ! まさか後期の授業で習う呪文とその“反対呪文”まで完璧に覚えてらっしゃるとは」

 

 知らない呪文の登場に教室が騒ぎ出し、特にハッフルパフ生たちの瞳が輝いている。彼らの期待を受けたのか、フリットウィックが満面の笑みで宣言した。

 

「完璧な予習と呪文。実に見事で、授業内容にも広がりを与えてくれる模範的な態度です!   ハッフルパフに5点!」

 

 わあっ!と歓声が上がり、同寮の生徒たちの好意的な視線が少女に集中する。

 グレンジャーの活躍で隠れてしまっているが、メリーは時折このように優れた魔力や知識を授業中に披露し、数多くの寮杯点を稼いでいた。また一年生の大半が「道に迷い授業に遅刻する」と馬鹿にされるハッフルパフ生たちの道案内を行い、減点を回避させるなど、彼女の寮への貢献は実点以上に大きいものである。

 少女は周囲の確固たる信頼を再確認し、小さく胸を撫で下ろす。このように年相応の優等生を演じ続ければ教師陣に疑われる心配はないだろう。新しくしたシャンプーのユーカリの香りを纏いながら、メリーは先ほどの大講堂での一幕に思いを馳せた。

 

 

 

 

  昨夜、トロール事件の背後で何者かが我が校の図書室へ忍び込んだ』

 

 朝食時。

 【閉心術】で感情を制御し、平時と変わらない時間に大講堂へ入ったメリーを迎えたのは、そんなスネイプの苛立たしげな言葉であった。

 

『怖いわね、トロールに続いて侵入者だなんて。図書館の闇の魔導書が欲しかったのかしら』

 

『【姿くらまし術】が封じられてるホグワーツから突然いなくなったのはハウスエルフの仕業じゃないの? “デスイーター”の残党に仕えてるものも多いでしょうし』

 

『トロール事件も同じ犯人の仕業かもしれないな。絶対安全なホグワーツの防衛はハリボテだったのか…?』

 

 名門ホグワーツに侵入し、しかも教師の追手を出し抜き忽然と姿を消した使い手。その正体を巡って噂好きの英国子女たちが思い思いに己の推理を語り出す。芳しい発酵バターの香りに包まれながら、メリーは何も知らない怯える無垢な女の子を淡々と演じていた。

 無論、誰もが意気揚々と探偵ごっこに精を出せるほど恐れ知らずではない。恐怖に震えるルームメイトたちに配慮してか、メーガン・ジョーンズがさりげなく別の話題を引き出した。

 

『それよりマエリベリー! 昨日のあれ、いきなりなんて酷いわよ!』

 

『あ……ごめんなさい。監督生の足音が聞こえた気がしたから実力行使で眠らせたの』

 

 一足早く席に着いた同室の彼女が責めているのは、やはり昨夜メリーが仕掛けた【催眠の呪文】のこと。既に想定済みの少女は冷静に、準備しておいた言い訳で謝罪する。ジョーンズも頬を膨らませてはいるが呪文による寝付きはそれなりに良かったらしく、残る不満も些細なものであった。

 

『ならついでに朝も起こしてくれればいいのに。寝心地が良くてつい寝坊しちゃったわ』

 

『メーガンのお寝坊さんはいつものことでしょ。私はちゃんと起きれたわよ』

 

『これから眠れないときはマエリベリーに魔法をかけて貰おうかしら。最近物騒だし』

 

 近くに座るルームメイトたちも次々と会話に参加する。この反応を見る限り、昨夜の外出は気付かれていないようだ。メリーは懸念事項の一つが減ったことにひとまず安堵した。

 

 その後、しばらく横目で壇上の教師陣を窺ってみたが、こちらへ向けられる意味深な視線は一切なかった。恐れていた校長の様子も、食事を楽しみつつ時折何かを考え込むような素振りをすること以外、特に不自然なものは見られない。

 ただ昨夜図書室で争ったスネイプが隣のクィレルを睨み付けているのは、彼が賊の関係者だと状況証拠的に勘違いしているからだろうか。図らずも校則違反の責任の一端を彼に押し付けてしまったメリーは、己の悪事のスケープゴートと化したクィレルへの申し訳なさで胸が痛かった。

 とは言え、夜間外出が悟られる寸前であったメリーにとってはこれ以上ない幸運である。少女は己の無事を確信し、表向きは何も変わらないいつもの日常に溶け込んでいった。

 

 

 

 

  それにしてもホグワーツの防衛って意外と隙だらけなんだな。ハウスエルフの【姿現し】を封じられないなら、今回みたいに悪い主人に仕えるアイツらに好き勝手されちゃうじゃないか」

 

 朝食の舌が蕩けるクロワッサンの味まで回想しつつあったメリーは、ふと隣のウィーズリーの親しげな声に“呪文学”の講義室へと意識を引き戻される。彼の話し相手は親友のポッターに加え、何かといがみ合うことの多かったグレンジャー。何か三人の関係に進歩があったのだろうか、と少女は少しだけ気になった。

 

「魔女の賊だってスネイプは考えてるみたいだけど、アイツの言うことが正しいなんてありえないよ。僕は信じないね」

 

「本で読んだわ。ハウスエルフは優れた魔力を持ってて、だからトロールを地下牢へ呼び込めたのかも。でもあれが全部図書室の監視を減らす策略だったとしたら、正直狡猾過ぎて怖いわ…」

 

「なぁに、トロールなんてまた僕たちでやっつければいいのさ! だからハウスエルフはハーマイオニーに任せるよ」

 

「…大きさと筋力以外全部格上じゃない!」

 

 なるほど、とメリーは得心する。

 大講堂に流れていた幾つかの噂の一つにグリフィンドール寮の寮杯点が大きく加算されていた理由に関するものがあったが、おそらくそれはこの三人が巻き込まれ、その健闘を称えたものだったのだろう。スネイプとクィレルが人目を避け図書室へ行く余裕があったのも、足手まといの子供たちが場を引っ掻き回し、二人への他の教師陣の関心が薄れたからかもしれない。

 

  そっ、そうだ、聞いてよMiss ハーン! 僕たち三人で昨日のトロールを倒したんだ!」

 

「…え?」

 

 勝手に立てた憶測に沿い密かに彼らへ理不尽な怒りを向けていると、張本人のポッターが赤い顔で例の一件を自慢してきた。内心をおくびにも出さず、メリーは上品に手を口に当て驚きの表情を張り付けた。

 

「まあ、そんなことが。ホグワーツ教師のクィレル先生も苦戦するほどの強敵ですのに、三人とも勇敢なのね」

 

「僕が一番凄かったぜ! 『Wingardium Leviosa(ウィンガーディア・レヴィオーサ)(浮遊せよ)!』ってトロールの棍棒を奪って、思いっきり頭にぶつけて気絶させたんだ!」

 

「な! ぼ、僕だってアイツの頭に乗って強烈な一撃を噛ましてやったんだ! あの暴れよう、まるでドラゴンを宥めてる気分だったよ!」

 

「はぁ……貴方たち、美人の前だからって大げさに話し過ぎよ。マエリベリーが呆れてるわ」

 

 気になる異性にいいところを見せたい心理は老若男女に差は在らず。身振り手振りで自身の英雄譚を披露する少年たちに彼らの望む感嘆の表情を見せると、多数の誇張に紛れ事の顛末の全てを教えてくれた。

 

「Mr. ウィーズリーは代々グリフィンドールに選ばれる勇敢な一族とお聞きしてますし、Mr. ポッターもお噂はかねがね。お二人とも素晴らしい英雄精神ね。頼もしい騎士たちに守られるMiss グレンジャーも、同じ女として少し嫉妬してしまいますわ」

 

 情報提供に感謝と皮肉を込めメリーが歯が浮くような称賛の言葉を口にすると、驚くほど簡単に三人の心は一つになった。

 

「…ッ! じゃ、じゃあもしMiss ハーンが危険な目にあったら絶対駆けつけて見せるよ! だ、だからその、期待してて!」

 

「まっ、まぁグリフィンドール生としてはこれくらい出来ないとね! でもマクゴナガルたちが来る前に倒せたのは、ちょっと嬉しかった…かな? あはは」

 

「ちょっと、私だって守られるだけじゃないわ! 今度は私が二人もマエリベリーも守ってあげるんだから!」

 

 あまりの効きの良さに内心驚きつつ、これではまるで人を誑かす悪女だとメリーは己を恥じた。精神年齢以上に心が純粋なポッターたちの好意は、いつも少女の罪悪感を膨れ上がらせる。他人のことを考える余裕などないと言うのに、メリーはもう少しだけ、なれることならこの子たちに素直になりたいと思ってしまった。

 残念ながら、魔法や魔法界の情報を現世へ盗み出している時点で悪であることに変わりはないが。

 

 

「ねぇ、マエリベリーは昨日の事件の犯人は誰だと思う? 私はハウスエルフの仕業だと確信してるわ。だって彼らの魔法でしかホグワーツで【姿くらまし術】は使えないもの!」

 

「…そうかもしれないわね、人間の魔法使いで校内の転移移動が出来るのは校長先生くらいの術師でないといけませんし。……何事にも例外はあるけれど、ね」

 

「マエリベリーも僕やハーマイオニーみたいにスネイプに嫌がらせされてるんでしょ? そうだ、もしかしたらアイツが自分で闇の魔法書を欲しがって、自分の悪事を誤魔化そうと『賊が出た!』なんて嘘をついてるかもしれない!」

 

「バカね、ハリー。教師なんだから私たちと違って闇の魔法書なんていつでも読めるに決まってるじゃない」

 

「…でもMr. ポッターのおっしゃることも一理あるわ。それにたとえ嘘ではなくても、見間違いや勘違いだってありうるし、物事は一人の主張ではなく多角的に見つめないと真実には近付けないものよ。あまり真っ向から人の意見を否定するのは良くありませんわ」

 

「あ…ありがとう、Miss ハーン…っ!」

 

「…マエリベリー、なんか貴女今日いつもと雰囲気違わない…?」

 

「そうかしら……気のせいではなくて? Miss グレンジャー」

 

「そ、そう?」

 

 

 奇しくも同じ夜に別の事件の当事者となっていた四人は、張り詰めた緊張を解すように他愛もない会話に花を咲かす。共に強敵との戦いを乗り越え新たな関係へと至ったグリフィンドール三人組。そんな彼らの一歩外に控えるメリーは自身に取って十分な友情を甘受しつつ、付かず離れずの丁度良い距離感を維持し続ける。

 英雄少年は一年生にしてクィディッチ寮代表選手に選ばれ、寮監に新型箒を贈与されるなど学校から依怙贔屓されてはいたが、その人間関係にまで目を光らせる教師は見当たらず、メリーもポッターら三人組と触れ合うことに少しずつ抵抗を捨てていった。

 

 進展は実家の闇の魔術書の解読課題にもあった。ハロウィーン以後も何度か『閲覧禁止の棚』へ忍び込むことに成功したメリーは目ぼしい闇の魔法書を手当たり次第に読み漁り、逐一ダブリンの相棒へ得た情報を転送。着々と己の知識と魔力を高めていった。

 

 亀の歩みながら、メリーの異能制御魔法開発計画はホグワーツ入学以後、確実に前進していた。

 

 

 そして月日は流れ、待ちに待った二週間の大型休暇の初日  12月24日がやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1991年12月24日 深夜

愛蘭土(アイルランド)都柏林(ダブリン)某所 『旧ハーン診療所』

 

 

 

 凍える雨が街頭の灯りに煌めくクリスマスイブのダブリン。散歩する恋人たちの姿も疎らなリフィ川の川岸を、濡れる鴉羽色のローブを翻し走る一人の小柄な姿があった。美しいイルミネーションに見向きもせず、ただひたすら目的地を目指すその可憐な少女の頬には、真冬の外気でも奪えない高揚熱の朱が差している。

 神秘の学び舎より故郷へと戻った魔女見習い、マエリベリー・ハーンだ。

 

 彼女が通うホグワーツ魔法魔術学校はイギリスのパブリックスクールと同じ休暇制度を設けている。その三つの長期休暇の内の一つ、クリスマス休暇を利用し実家のダブリンへ飛行機で舞い戻ったメリーは、転びそうなほどの早足で拠点の『旧ハーン診療所』へ向かっていた。

 

 理由は言わずもがな。ようやく辿り着いたあの先祖の隠し屋根裏部屋の階段上で、変わらぬ笑顔を浮かべこちらを歓迎している、モノトーンスタイルの幼い日本人女性の存在だ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「どーもー、お疲れさん。筆の遅いメリーが毎日のように手紙を寄越すなんて、そんなに私と離ればなれで寂しか  ったぁ!? 殴った! こいつ脚立登りながらグーパンしやがったわよ!?」

 

「駅の9³/₄番ホームとポッター君の件、忘れたとは言わせないわよ。あと私は蓮子が寄こした手紙を普通に返してやっただけですー。寂しがり屋はどっちよ、バーカ」

 

「うぐぅ……ってちょっと、前者はともかく後者のは身に覚えが無いんだけど」

 

「安心して、ただの逆恨みだから」

 

「なんて酷い!」

 

 わざわざ地球を半周してまでメリーの計画に協力してくれているこの相棒の名は、宇佐見(うさみ)蓮子(れんこ)。以前は彼女と同じ大学で超統一物理学を専攻していた天才11歳児で、現在はここ『ハーン魔術工房』で闇の魔導書の解読を行っている魔法研究家である。最近になってようやく目ぼしい情報が手に入ったとの手紙を寄越しており、その成果はメリーも大いに期待するところ。

 

「いたた……にしてもメリー、しばらく見ないうちにまーた美人になったわね! これはもう学年中の男子の性の目覚めに貢献してるんじゃないかしら、爛れてるぅ~」

 

「爛れてないわよ、失礼ね。…でも私ってそんなに変わった? ルームメイトの子たちやグレンジャーさんにも言われたけど全く自覚が無くて」

 

「そりゃもう、いつものキラキラオーラが絶好調よ。……てかこうしてると人と話すことの重要性がよくわかるわ。二か月間一歩も外出ずにまるで本物の魔女になった気分だったけど、ちゃんと口動かし慣れてないと顔の筋肉が攣って痛い…」

 

 そう頬をムニムニ揉む蓮子の姿に、メリーははたと事情に気付き胸を痛める。

 元々蓮子がこのような隠者の真似事をしている理由は、メリーが「組み分けの儀式」で脳内を覗かれたことが原因である。“考える帽子”の口から彼女たちの魔法界逃亡計画が露呈する危険を考慮し、ここダブリンの実家へ学校の監視が飛んだときに備えるべく、少女は協力者の蓮子に外出自粛を頼んでいた。

 

「……そうよね。ごめんなさい、無理させて。ずっと引きこもってて辛かったわよね…」

 

「…ん? あっ、ええ、そうね。それはもう、とーっても苦痛だったわよ? 主観的ブレーンを魔力の力で客観的ブレーンへ具現化するプロセスについての考察で発狂しかけたり、科学的に魔法を解明しようと試しに新たな素粒子『魔素子』についての仮説を練ってたら物理学と神秘の巨大過ぎる隔たりに圧倒されたり、英国魔法界の治癒呪文を道教的視点で紐解いたアヤシイ研究書にメリーのご先祖様のズレっぷりを実感したり、魔法のトイレから侵入してくる深き者どもを撃退するハリウッド的な夢を見たり、ハウスエルフたちがくれる手が止まらない魔法のかかったケーキのせいで魔法工房の一角をヨガジムに改装しなきゃいけなかったり、もう苦痛過ぎて一日8時間しか寝れない大変な日々だったわ」

 

「なんで私このアホに謝ったのかしら」

 

 しかしどうやら今の蓮子を見る限り心配は杞憂であったらしい。不自由な環境を全力で楽しんでいるたくましい相棒の様子に呆れるメリー。

 実際、現在は組み分けの儀式での一件が杞憂で終わり外出を自粛する必要性が下がったため、好きに出歩いて貰っても構わないのだが。

 

 

「…んで、私はこの100坪の神秘の図書室生活を謳歌してたけど、メリーの進捗はいかが?」

 

 しばらくぶりのじゃれ合いに満足したのか、一拍置いた蓮子が主題を持ち出した。切り替えの早さに少しだけ置いてけぼりにされた気分になりながらも、メリーは意識して気を引き締める。

 

「こっちは手紙に書いた以上のことはないけど、ホントに魔法界の魔法は位相の異なる“あの世”でも通用する神秘だったわ。いつもは彷徨うことしか出来なかったのに、一番最近お邪魔したあそこでは習った魔法が使えたもの」

 

 彼女がまず報告したのはハロウィーンの夜に訪れた、あの奈落の底のような“夢の世界”についてであった。

 

 メリーは異能力者として、この世の真理について、ある自論を持っている。

 簡潔に纏めると  人間は人それぞれが微妙に異なる世界に生きており、言語や物理法則などの共通する理を“橋”または“船”として介することで、自他が住むそれぞれの世界の境界を河のように越えて触れ合っている  と言う大胆な発想だ。蓮子には「まるでウチのサークル顧問の物理学教授が語る薄膜世界(メンブレーンワールド)みたい」と感心されたが、メリーにとってはいつもの日常を己の常識で解釈しただけのことである。

 そして自身の異能は、その“橋”を使わずに異界を渡り、“船”を使わずに向こう側の世界を見回る能力である、とメリーは考えていた。

 

 あの“夢の世界”では魔法界と同様、魔法を使うことが出来た。少女はこの事実を踏まえ、「魔法界の魔法は神秘蔓延る異界へ繋がる“橋”の一つである」という仮説を立てた。メリーの協力無しでは異界の観測が出来ない一般視点を持つ蓮子も「興味深い」と褒めてくれた自論である。

 

 もっとも、蓮子の最大の関心は証明が困難なメリー説ではなく、メリーが魔法の存在を知覚してから“夢の世界”への強制転移現象が激減したことについてであったが。

 

「ふーん、じゃあホントにホグワーツでもほとんど“夢”を見なくなったんだ。メリーの有り余る魔力に魔法っていう指向性が出来たからリソースがそちらに流れたのかしらね。…おおっ、一歩前進したんじゃない? 『メリーの異能は魔力ベースである』って説は中々正鵠を射ってる気がするわ」

 

「…『異能は魔力を使う』ってのはちょっと早計じゃない? 魔法と違って、異能を使って疲れたことなんかないんだけど」

 

 噛み合わない熱意の方向性に拗ねながら、メリーは仕方なく  最初に「絶対に異能の制御に役立つはずだから」と前置きし  もう一つのほうの重要事項について蓮子に訊ねた。

 精神とは物質世界を超越した形而上の自分。精神に作用し形而下の世界に影響を齎すその呪文は、まさしく異界の境界を超える力だと少女には思えたからである。

 

「そういえばあの【盾の呪文】の禁術指定応用についてここの魔法書から何かわかった? 【悪魔の護り】ってやつ」

 

「確か『術者への忠誠の有無で相手を燃やし尽くす効果を発揮する攻勢防膜呪文』…だっけ? それ今ここで使える? 一度見ときたいわ」

 

 あっけらかんと危険な呪文を使うように要請する蓮子にメリーは目を瞬かせる。

 

「え、別にいいけど……蓮子って私に忠誠誓ってるの? まだ【清掃呪文】に自信ないから、もし貴女の質量全てが灰になっちゃったら掃除が大変なんだけど」

 

「部屋の掃除より私の命の心配して? まあ忠誠かどうかは知らないけど協力ならちゃんと誓ってるし、それにメリーが私を害するワケないじゃん」

 

「…ご親任頂き光栄ですわ。じゃあ、はい」

 

 照れ隠し故か、少女はワザとらしく恐縮しつつ無造作に自分の周囲に件の魔法を展開した。杖も呪文も使わない、恐らく、この高度な闇の呪文が開発されて以来の快挙だが、リクエストした張本人は術者が起こした現象そのものに夢中であった。

 何せこの呪文は普通の人間ならその平穏な生涯で決して見ることの無いであろう、黒い焔の円陣を生み出すのだから。

 

「うわ、何これこっわ! ガッチガチの闇魔法じゃん! ちょ、ちょっとメリーそれ使ったまま部屋の真ん中行って悪そうに笑ってみてよ! もう完全に人間の美少女に化けた凶悪な化物にしか見えな  って、熱っ!? 熱い! なんか熱いわよ!? 私燃えてない!? ねぇ!」

 

「あら、発動後も術者の意思で威力の強弱を調整出来るのね。新発見へのご協力ありがと、蓮子。はいお礼、【Vulnera Sanentur(ヴァルネラ・サネントゥール)(傷よ、癒えよ)】」

 

 極限まで弱めた威力をうっかり少しだけ引き上げてしまったメリーは、相棒の望み通りの悪そうな笑顔を浮かべ、端の焦げた蓮子の衣類と髪を直す高位の【治癒修復呪文】を唱えた。

 

「あちち……信頼を裏切られた気分だわ  って、ん? お、無くなってたブラウスの裾のボタンも直ってる。では働きに免じて先ほどの狼藉は不問といたしましょう」

 

「禁術書の書架にあった治癒呪文だから効果は抜群でしょ? 次回も安心して灰になっていいわよ」

 

「全く安心出来ないんだけど…」

 

 親友との久々の再会で興奮しているのだろうか。どうも自重のタガが外れているように思えたメリーは、白い目を向けてくる蓮子へ謝罪し己を戒める。

 幸い相棒は全く気にしていないらしく、平然と元の話題を会話に引き戻してくれた。

 

「で、残念だけどメリーが言ってたホグワーツの禁書『FOR THE GREATER GOOD』以外では、ここの魔導書にさっきの呪文は載ってなかったわ。そもそもこの本の筆者のイケオジ、第二次世界大戦の比較的最近の魔法使いじゃない。あの100歳越えのガンダルフ校長より四半世紀年上のメリーのご先祖様が知ってたら逆におかしいわよ。異能の力でタイムトラベル出来る私たちじゃあるまいし」

 

「それはそうだけど……でも基礎理論くらいはどっかにあるでしょ? 魔法使いたちが現世人の物理じゃなくて魔力の理に準じた技術を魔法として使ってるのは理解出来るけど、他人の特定の思考や感情に応じて効果を表すものまであるなんて、元精神学部生としては理屈が気になってしょうがなくて」

 

 もっとも、こちらも進展の無いハズレの課題であったらしい。危険を冒して手に入れた貴重な情報を活かせていない現状に、メリーは溜息を吐く。

 

 

 だが続いて蓮子が何気なく口にした言葉は、少女の頭を一瞬で真っ白にするほどの衝撃であった。

 

「多分私たち、考え方が違うんじゃない? 私は、魔法界の魔法は『主観的メンブレーンを触媒に、魔力を用いて客観的メンブレーンへ仮称“魔法メンブレーン”の現象を移送させる秘儀』だって考えてるわ」

 

「…えっ?」

 

「だから喜怒哀楽みたいな感情の共通言語、つまり貴女の言う『自他の個人世界を繋げる“橋”』を持つ同じ人間や知的生命体相手なら、その“橋”を介して相手の精神にも他の魔法同様影響を与えることが出来るってこと。理屈さえわかってしまえばメリーならさっきの【悪魔の護り】なんかより遥かにヤバい結界呪文を作れ  

 

「えっ、ちょ、ちょっと待って蓮子!」

 

  って、何よいきなり。大声出しちゃって」

 

 平然と流れた先ほどの聞き捨てならない発言を反芻し、ようやくその意味を理解したメリーは慌てて相棒の高説にストップをかけた。

 

「いや、今凄くさらっと言ったけど、それってつまり蓮子は魔法界の魔法が私の異能みたいに、特定の神秘の異界から物や現象を現世に持ち帰る力だって考えてるってこと…?」

 

「流石にメリーの規格外の力とは……例えるなら化学の基礎になった錬金術と、現世では廃れた練丹術くらい発展性に差があるけど、確かに共通はしてるわね。まあ、すごーく簡単に言うと、魔法界の魔法の本質はネットのLAN(Local Area Network)に似た原理を基にした神秘技術、ってことになるんじゃないかしら? あと、その“特定の神秘の異界”も歴代の魔法使いたちの想像力、つまり主観的メンブレーンが合体した、マザーメンブレーンみたいなものだと思う。だから魔法使いたちは新しい呪文を開発出来るし、それを他人が習得することも出来る…って感じの持説です、はい」

 

 まるで路上の石ころを拾うような気楽な声で、魔法の真理に深く切り込んだ自論を語る相棒。そんな彼女にメリーはただ唖然と溜息を吐くことしか出来ない。

 

「……流石自称“プランク超えの天才”、頭のデカさのみなら学部随一だっただけのことはあるわね」

 

「え、やだ私ってそんなに顔大きい?」

 

「いや頭」

 

 少女は異能の制御方法に大きく関わって来る魔法の基礎理論を組み立てた蓮子を称賛する。

 もしこの理論が真実であれば、少女の異能制御の研究は大きく前進する。残る謎は異能そのものの原理の解明と、異能を制御する魔法の開発の二つ。後は後者さえ実現出来ればこのスパイ活動は終わりとなり、また蓮子と一緒に暮らせるようになるのだ。魔法界への情が少ない今なら心理的喪失は少なく済み、傷付く人間も最小限。最高の結末である。

 

 だが、成した偉業に反し、意外にも当の提唱者は浮かれる魔女見習いほど楽観的ではなかった。

 

「別に少し考えれば誰だって思い付くことよ、魔法とメリーの異能に共通性があるのは貴女の空間転移系の呪文の才能で一目瞭然だったじゃない。まあ理論なんて立証出来なければただの落書きだから、それが出来る唯一の観測者の貴女がその目で例の仮称“魔法メンブレーン”の存在を確認してくれるまでこの説は妄想止まりだけど」

 

「…そう卑下することもないと思うけど」

 

「でも実際そうなのよ? メリーには肝心の魔法の開発って言う最難関問題があるし、分身でもしてくれない限り理論立証なんて馬鹿みたい長時拘束されるコトやってる暇はないでしょうね。設備『メリー』の使用許可が下りず延々と申請書を書き続ける日常の繰り返しでズルズル時間ばかりが過ぎ  

 

「誰が『設備メリー』よ、失礼ね。研究所の観測機器じゃないんだから」

 

「ごめんなさい、ちょっとトラウマ思い出しちゃって…」

 

 どうやら蓮子は当時の心の傷が今の状況と被り、結果悲観的になっているらしい。メリー自身もゼミで似た経験があることに気付き、故に現状が決して明るくはないことに合点が行った。

 

 しばらく気まずい空気が流れ、先に調子を取り戻した蓮子が溜息と共に肩を竦めた。

 

「まあ私だって自分の人生があるんだから、目的の達成が期待出来ない神秘にここまで没頭したりしないわよ。時間は有限だもの、もし魔法界に可能性を感じられなければすぐに京都へ帰ってたわ。貴女は何も心配せずにホグワーツで子供たちと一緒に魔法を学びなさい」

 

「…私をおいて、先に帰ったりしないでよ?」

 

 不穏なことを言う蓮子に、メリーは不安からつい縋るように尋ねてしまう。

 そんな彼女のいじらしい発言にニヤリと目尻と口角をくっ付けた蓮子が、好機と言わんばかりに相棒をからかい始めた。

 

「当たり前じゃない。こんな面白  ステキな異能持ってる子、おいて帰ったら人生9割くらい損しちゃうわ、もったいない」

 

「私は異能の付属物ですか。…ねぇ、前々から気になってたんだけど、私たちホントに友達よね? いつもいつも『メリー』ばっかりで今まで一度もちゃんと名前で呼ばれたことないんだけど、私の本名覚えてくれてるわよね?」

 

「それこそ当り前よ。“パトリシア・メアリベル・ヘルン”でしょ、よろしくね」

 

「『パトリシア』って誰よ!?」

 

 憤慨するメリーに腹がよじれるほど大笑いし、気が済んだ蓮子は目元の涙を拭きながら、言いそびれていたことを優しく口にした。

 

 

「ふふっ、冗談よ。…………お帰りなさい  マエリベリー」

 

「…ッ、バカっ!」

 

 

 離ればなれとなり、早二月。

 常に一緒であった『秘封俱楽部』の二人の再会は、失った時間を取り戻すかのように騒がしく、そして温かいものであった。

 

 

 

 

 

  ただいま、蓮子」

 

 

 

 

 

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