【完結】Zi de vis a celor morți   作:らく

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Zi de vis a celor morți
意訳:死者たちの白昼夢
全4話完結


1

 公海上のとあるポイント。周辺国の水域を巡ってのトラブルが絶えない地点。過去に近くで能天気(マーチ馬鹿)が騒いでいたこともあるそこに一隻の魚雷艇が浮かんでいた。

 なにかを待っているようで、船は凪いだ海で僅かに揺られている。甲板では船員二人が海へ向かって糸を垂らす。ただ手は竿へと伸びておらず、その行為が暇つぶし以上の意味を持たないことを物語っていた。

 ビーチチェアーを並べる二人の間には、タバコの吸殻を差しこまれた空き缶が転がっている。吸い終わった吸殻の数が糸を垂らしている時間の長さを静かに主張していた。

 いい加減に焦れてきた一人が声を上げ、短気な相方にしては保った方だと何となしにもう一人は感じていた。

 

「あとどれだきゃ待ちゃ良いんだよ! いい加減日干しに成っちまう!」

「落ち着けよ、レヴィ。怒鳴っても荷が来るわけじゃない」

「ああ、そうだな、ロック。お前は良いさ。天日に干されてそのなよっちい生白さが多少はマシになるだろうからな!」

「噛み付くなよ。俺に当ってもどうにもならないぞ」

 

 安酒場で管を巻く酔っ払いみたいに喚く女性、レヴィに噛み付かれた相手、ロックが適当に諌める。

 ビーチチェアーの上で手足を投げだしている様は、マーケットで欲しい物を強請る子供にも似ていた。だが実際はそんなに可愛いものではない。子供であれば泣きわめく程度だが、最悪このウルトラ短気は引き金へ指をかけかねない。もちろん矛先は仲間であるロックではなく、遅れている取引相手だろうが。

 二日酔い明けのようなうめき声を上げながら項垂れる姿にロックが苦笑を漏らせば、レヴィの眉根が持ち上がる。だがロックも手慣れたものだ。言葉通りに何もできないぞと肩を竦めて示して見せる。

 つまらないと舌打ちを一つするが、それで矛を収めるつもりは欠片もない。今度は無線の先に向かって牙をむいた。

 

「だぁーもう、くっそつまんねぇなぁ! おい! ダッチ、どうなってる!?」

「喚くな、聞こえてる。おしとやかに行こうぜ、レヴィ」

「はっ! なんだよ、ダッチ、面白い冗談だな。メイドのお仕着せでも着てティーポットでも用意しようってのか? お生憎と私が知ってるメイドでおしとやかな奴なんざいねーけどな」

 

 無線越しにため息が届く。だがそれはレヴィの物言いに頭を痛めているのではなく、ダッチ自身も待っていることに疲れを感じているゆえだ。その証拠にかなり気だるそうな音がため息には乗っていた。

 

「ベニー、やっこさんからは何か連絡はあったか?」

「無いね。だいぶ前に来た少々遅れるとの一報以外は何にもなしだ」

「チッ、舐めやがって。何が少々だ。生まれたてのガキがそのうち立ち上がるぞ」

「多少の遅延なら問題ないが今回は少々度が行き過ぎてる。迷惑料くらいは吹っかけるさ」

「時計も読めないようなガラス玉には鉛の目玉をくれてやりてーよ」

「頭ん中で穴あきチーズをこさえるのはかまわんが、今回のクライアントだ。苛ついたからって実際にぶち込むなよ」

 

 ダッチの言葉に「分かってるよ」とレヴィが短く吐き捨てる。喚いてみたが、分かっていた通り何も変わらない。糞面白くもねぇと胸中で悪態をつきながら新しい煙草を取り出そうとする。

 だが残念かな、取り出した箱はぺしゃんこ。つまりは空。ひっくり返しても塵一つ落ちてきやしない。吸ったのは自分で空にしたのも自分。けれどもそんな事は苛立っている猛獣には何も関係ない。力任せに握りつぶしてゴミへと変える。

 

「ロック」

「嫌だよ。俺だって最後の一本なんだから。船内のストックを取りに行けよ」

「最後の一本なんだからそっちが取りに行っても同じだろ」

 

 互いの流し目が空中で衝突する。レヴィとロック、お互いが無言で拳を上げる。軽く手先を振り、ジェスチャーだけでタイミングを計る。結果はチョキとパー、ロックの勝ちだ。

 補給の目途の付いたロックが、最後の一本を咥えて手をひらひらと振り見送りとした。レヴィも諦め永いため息とともに立ち上がった。

 かったるそうにだらだらとキャビンを目指すレヴィの背中を追いながら、ロックはいい加減にたらしっぱなしにしている竿もいったんあげるかと自らも腰を上げた。

 

 少ししてレヴィが甲板へと戻ってくる。手には煙草と酒。陽で僅かばかりに温まっていた身体の火照りを冷ますには丁度いい一品。

 一口含めば通り抜ける冷気が心地よかった。酔えるほどではないが感じる酒精にご機嫌だ。

 

「へい、ロック」

 

 レヴィが船首へ顔を出すとロックが網を海へと伸ばしている。魚でも釣れたのだろうかとレヴィは首を傾げた。

 餌もつけていないのに間抜けな魚もいたもんだ。忙しなく竿を動かすのが面倒で、馬鹿な魚が一匹でもかかれば暇も潰れるだろうと針だけ浸けていたが、本当にかかるとは少々驚きであった。

 声をかけても振りかえらないロックの背後に近づき、自分も間抜けの顔を拝んでやろうかと覗き込んで眉をひそめた。

 

「なんだぁ、そりゃ? また随分と食いでが無さそうなもんを釣ったな」

「食いでが無いのは当り前さ。なんてったって木箱なんだから食べる所なんてないに決まってるだろ」

 

 覗いた先には間の抜けた魚はおらず、代わりにそこそこの大きさの木箱が見えた。良く見かけるアタッシュケースよりかは幾分小さいだろうかとレヴィは遠目にそれを見分した。

 

「子供の駄賃にもなりゃしないな」

「さてな。けど暇つぶしには丁度いいだろ」

 

 しゃがんで網を伸ばすロックが、頭の上から覗き込むレヴィを自然と見上げながら言えば確かになとレヴィも納得した。

 わくわくはしないが刺激は刺激。やる事もなく甲板でくだを巻くよか百倍ましかと考え直す。

 

「ま、言われて見りゃ確かにそうか。んじゃ引き上げるか」

「オーライ、レヴィ」

 

 海へと伸びる網の柄をレヴィも掴むと一気に引き上げる。箱の隙間から水が流れ出ていく様子から、ぎっしりと中身が詰まっている訳ではなさそうだ。水を吸った木材特有の重量感に持ち手が僅かにしなる。

 光が反射する水面から出た事で釣果物がはっきり見えるようになり、レヴィが口笛を吹く。

 

「へぇ、ロックにしちゃマシな釣果じゃないか」

「はいはい、聞き流しておくよ」

「連れないねぇ、せっかくレベッカ姐さんが珍しく褒めてやってんのに」

 

 肩をすくめて嘯くレヴィを軽くあしらい、ロックが木箱を網から取り出して甲板の上に置いた。どれどれと二人が近づき木箱の見分を始める。

 

「ジュマンジ、で読み方はあってるのかな?」

「私にもそう読めるな」

「うーん、知らない単語だな」

「意味なんてないんだろ。トランプがトランプでルーレットがルーレットであるみたいに、これがジュマンジって名前なだけだろ」

「そんなものか」

「そんなもんだろ」

 

 表にジャングルの絵と、絵を横切るジュマンジの文字。文字の中心を通るように一本の線が引かれている。

 上下に開くよう作られているらしい、伸びる線の間に小さな隙間が空いていた。レヴィが愉快そうにジュマンジへと手を伸ばす。

 

「楽しそうだな、レヴィ」

「このクソ暇な時間がどうにかなるんなら季節外れのサンタにだって感謝するさ」

「それじゃあ良い子のレヴィちゃんが何を貰ったのか確かめ──ったいなぁ、小突くなよ」

「お前が私をガキ扱いするからだ」

「サンタの話をしたのはレヴィじゃないか」

 

 抗議の声を無視しながらレヴィがジュマンジを開ける。

 上蓋部分の内側にはそれぞれ文字が書いてあり、小さな箱とダイスを転がせるだけの広さの囲いがあった。

 木箱の底部分には、中心にこぶしくらいの大きさの黒いガラスのような物が嵌っている。そして四隅から最終的にそこへ繋がるようにうねり交差しながらマス目が伸びる。

 

「思った通りボードゲームだ」

「へぇ、良いな。モノポリーみたいなものかな」

 

 二人が二人して楽しげな声を上げた。魚を釣るよりか百倍マシな結果に気分も上々。

 説明書はもちろんついている訳はないが、どうにも製作者は親切らしい。上蓋部分の囲いの底に説明書きがしてあった。

 簡素だが最低限ではあるのだろう。そこにはこう書かれている。

 

  “ジュマンジ”

  “この世界の外へ出たい人のゲーム”

  “サイコロを振り、同じ目はダブルチャンス”

  “先に上がれば勝ち”

 

 と両開きの片方にはそのように記されている。そしてもう片方には注意事項が記してあった。

 

  “ゲームの注意”

  “ゲームは最後まですること”

  “ゲームが終わり”

  “ジュマンジ!と叫ぶ”

  “そうすれば全てが消えて元通り”

 

 左右にある小さな箱にはサイコロとプレイヤー用の動物をモチーフにした駒があった。

 カバ、トラ、トリ、ウマ。四つの駒は二つずつ白と黒に色分けされていた。

 手にずっしりと来る木の感触は何となく持ち心地が良い。弾丸を転がすように掌で遊ぶ。

 

「折角だから暇つぶしにやってみるか」

「良いけど、海に小物を落としても嫌だしキャビンへ行かないか」

「そうだな。負けそうになって盤をひっくり返されるのも嫌だしな」

「どちらかといえばひっくり返すのはレヴィだろ」

「敗けないのにひっくり返すかよ」

「言うじゃないか、レヴィ。賭けるか?」

「良いぜ、ロック。負けた方がバオの店で朝まで痛飲を全額な」

 

 レヴィが拳を出してチップを乗せれば、拳をぶつけてロックも了承をしめす。見た感じイベントカード的な物も見当たらない。

 唯のダイスを振って進むだけの双六では味気ないと暗黙の了解でゲーム性を高める。そうでもなければ無味乾燥なゲームなど誰もやりはしないだろう。

 所詮これも暇つぶしでしかないのだから。

 

「やっりぃ、仕事が終わればタダ酒だ」

「残念ながらそれは俺の話だよ」

 

 ロックの返答に強気にフンと鼻を鳴らしてレヴィが返す。負けず嫌いな両者らしく、穏やかを装った声色とは裏腹に瞳は本気の光を宿していた。

 パラソルとビーチチェアーを畳んで船室へと戻る。早速だとテーブルの前で向かい合いジュマンジを広げた。

 

「ほらロック、チキンだ」

 

 言葉と共にレヴィがトリの駒をロックへ放った。ちゃっかりと自分用のトラの駒を確保しているあたり実に抜け目ない。

 

「俺がチキン(びびり)だって言いたいのかよ」

「違うさ。お前のくそ度胸は知ってるよ、嫌って程な。私がただチキンを食べたい気分だったんだよ」

「へぇ、捕食者のつもりかよ。いいさ、精々空を見上げて飢えてろよ」

 

 互いが互いの言い分ににらみ合う。同時に手に持った駒をガツンとボードのスタート地点へと叩き付けた。

 その瞬間レヴィが何かを感じたのか、一瞬叩き付けた駒へ視線を落とす。

 

「どうしたレヴィ?」

「いや……なんでもない」

 

 いつだってはきはき物を言うレヴィにしては珍しく歯切れが悪い。レヴィの様子にロックがいぶかしがるも言葉を投げかける前にサイコロが一つ飛ぶ。

 

「先攻後攻を決めようぜ。出目がでかい方が先だ」

 

 レヴィが手に持ったサイコロを振ればロックも追うように手の中のサイコロを落とした。カランカランと音を立ててサイコロが転がる。

 レヴィが五でロックが二。「っしゃあ、幸先良いぜ」とガッツポーズを一つ。

 

「ま、これが日ごろの行いってやつさ、ロック」

「たしかに、サンタさんに玩具を貰うくらいの良い子ちゃんだからな」

「ロック、一つ言っておく。次にサンタの話をしたらケツにカバとウマの駒をぶち込むから」

「分かったよ、サンタの話はしない」

 

 ロックの返答に満足したのか、レヴィはボードの上のサイコロを二つ手に取った。

 手の中でゴロゴロと遊ばせたダイスを勢いよくボードの上へと放り投げる。

 サイコロが硬質な物に当る小気味いい音がキャビンへ響く。

 揺れる船体の影響か、サイコロは時折イレギュラーな転がり方をしながらもやがて静止した。

 

「二と六で八か。まずまずってところか──」

 

 レヴィが出目に従って駒を動かそうと手を伸ばして停止する。

 

「おい、レヴィ」

 

 ロックの驚愕に満ちた声が嫌にキャビンに響く。

 

「ふ、はは」

 

 脱力気味のレヴィの笑いが漏れた。二人の視線の先ではレヴィのトラの駒が独りでに動いているのだ。

 無論二人は指先一つ触れてはいないし、ボードゲームに仕込まれたギミックを動かすような仕掛けも見当たらない。

 だが駒は何かに導かれるようにスーッとサイコロが示した数字の分だけきっちりと先へと進む。

 その光景に、先ほど駒を置いた時に位置を修正するように、手の中の駒が僅かに動いたのは気の所為ではなかったのかとレヴィは瞠目していた。

 

「すげーな、ボトルメールかと思ったら携帯電話だったのかよ」

「いや、そんな事あるはずないだろ。海水につかってたんだぞ。仮に電子機器ならどうして壊れてないんだよ」

「そんなの私が知るか、ベニーに聞けよ」

 

 レヴィの返答に確かにと納得したが、それにしても不思議な話である事に変わりない。だが考え込む前に次の変化が起きてロックの思考が中断された。

 駒が止まると、中心に埋まっている黒いガラスに文字が浮かび始めたのだ。緑色で形作られた文章はどこかおどろおどろしい。

 

  “三日月が輝くと”

  “水溜はモンスーンに”

  “襲われる”

 

 正直それを見た二人としては何の話だというのが最初に浮かんだ思考である。

 だが何も起きる様子はない。文字はその後もさらに文字を浮かび上がらせて続きを語る事も無かった。

 一回休みや、数マス戻るとか何かしらが出るのではと思考の片隅で考えていた事は起こらない。

 

「なんというか」

「片手落ちだな」

 

 ロックの呟きにレヴィが続けた。声は落胆に染められている。結局の所、雰囲気はあるがゲーム性は無いとの最初の判断を覆すことが無かったからだ。

 これではせっかくの演出も機能ももったいないというのが本音だ。レヴィなど商品価値はあがりそうかともはや売り払うことを前提にジュマンジを見ている。

 期待感を高めるだけ高めておいてこれではあんまりだ。上げられた期待との落差の分だけ興が削がれた。

 

「所詮暇つぶしだしな。ロック、振れよ」

 

 暇つぶしは暇つぶしと割り切ってレヴィがサイコロを取ってロックへと渡す。ロックはサイコロを受け取りはしたがすぐには投げようとはしなかった。

 レヴィがいぶかしげに「ロック?」と呼びかければ意識がジュマンジからレヴィへと向く。

 

「いや、どういう原理なのか気になって」

 

 苦笑気味にロックが応えれば、レヴィはホワイトカラーめと冗談めかして茶化した。

 ロックもロックでベニーにでも後で見せてみるかと疑問を一度置いておくことにして、サイコロを握り直した。

 そしていざ振ろうとして。

 

「っうぉ!」

「な、なん!」

 

 キャビンが揺れた。否、船全体が揺れている。荒れた海に出た時のような揺れ具合に二人がつんのめった。

 何とか踏ん張り倒れ込むことは無かったが、いまだに揺れは続いている。

 先ほどまで外にいた二人は海が凪いでいたことも、雨雲が遠くに見えなかった事も知っている。

 だから何かしらのトラブルかと思い、すぐさま腰を上げて操舵室へと向かうことにした。

 当然ロックはその際、手に持ったサイコロを置いていくためにボードの中へ適当に落とす。

 本人にはサイコロを振ったつもりは無論ない。だから結果を見ることなくキャビンを出て行ったレヴィの後を追いかけた。

 だがゲームはそうは思わなかった。転がるサイコロが止まると示されたダイスの目に従い、トリの駒が先へと進んでいく。

 一マス、二マスと進み停止した。すなわち出目は一ゾロの二。

 先へと進めばマスへと止まる。マスへと止まればジュマンジはルール通りに暗示を行う。

 

  “波を裂き すすむもの”

  “渇きをうめる 血を求む”

 

 浮かんだ文字は徐々に輪郭を揺らがせて、誰にも知られること無く最後には消え去った。

 

 

 

「ダッチ、トラブルか!?」

「よく分かったなレヴィ、その通りだ」

「いきなり洗濯機へぶち込まれたんだ。これで分からないボンクラがいるならそいつは死体か不感症だよ」

 

 操舵室へと飛び込んだレヴィの声にダッチが応える。余裕のない声がどれだけ切羽詰っているかを教えるには十分すぎた。

 

「来る途中の音でまさかとは思っていたけど」

 

 レヴィのすぐ後に顔を出したロックが前方を見て自身の中の答えを推測から確信へと変えていた。

 

「何でこんなにいきなり海が荒れてんだよ」

「知らないねっ、俺がその答えを知りたいくらいさ」

 

 ダッチが船を走らせながらレヴィに答えを返すが原因は分からずじまいだ。

 それもそのはず、ダッチからしてもいきなりの大雨に大波だ。前兆なんてかけらもない。

 ロックも操舵室までの通路で船体を打つ雨の音から、予想はしていたがこれだけの大時化だとは思いもよらなかった。

 

「全く最悪だね。仕事相手に待ちぼうけはくらうわ、結局最後まで待てないわで大損だぜ」

「キャンセルするのか?」

「当り前だ、こんな所でとどまってみろ。今日の晩までには全員仲良く魚のディナーになってるぜ」

 

 ロックの問いかけにダッチが肯定を示す。確かにこのまま集合場所で待つのは正気の沙汰ではない。

 待ちぼうけを喰らって費やした時間的に、仕事を降りることへ多少の抵抗は感じるが、命には代えられない。

 どの方角が一番早く嵐を抜けられるかまるで分らない状況。ダッチは船を預かる者としての独断でロアナプラへと進路を向けていた。

 根源的な帰巣本能もあるが、一番近い陸地もどちらにせよ方角は同じ。ならば迷う必要は無かった。

 

「ダッチ……ダッチ、聞こえるかい? 」

「ベニーか。これ以上の悪いニュースは遠慮願いたいところだがどうした?」

 

 無線越しに別室にいるベニーの声が操舵室へと届いた。いつもの声色に真剣さが混じっていることから、何かしらのトラブルだと三人には解る。

 

「大きなものが船へ迫って来てる」

「こんな時にか? 何処の馬鹿だ」

「分からない。だけど多分船じゃない」

「オーケイ、ベニー・ボーイ。今は謎かけをしているほどゆとりはない。簡潔にいこうじゃないか」

「多分大型の生き物だ。海面近くを泳いでいるから機器が拾ったんだと思う」

「頼む、ベニー。イルカか何かだと言ってくれ」

「残念だよ、ダッチ。クジラか何かだと思う。この船の半分はあるんじゃないかな」

「レヴィ!」

「あいよ!」

 

 ベニーの返答を聞けば、すぐさまダッチがレヴィを呼ぶ。レヴィも分かっていると返事一つですぐさま操舵室を駆け出して行った。

 

「ダッチ、レヴィは?」

「シーシェパードの連中が顔を真っ赤にして怒りだすことの準備に行ったのさ」

 

 鴨撃ちならぬクジラ撃ちだとロックにもすぐに分かった。僅かな間逡巡して、自身もレヴィの後を追い部屋を出ていく。

 少なくとも操縦ではダッチが居れば事足りる。手伝うことは何もない。だから魚影を探す程度のことでも、何もしないよりかはマシだと判断して手伝いに出たのだ。

 

「レヴィ、状況は?」

 

 船後方の甲板へ上がるハッチの一つから上半身だけを出しながら、ロックが無線へと問い掛ける。すぐさま前方側のハッチにいるレヴィから返答がくる。

 

「何にも見えねぇ! 荒れた波と雨ばっかだ!」

「こっちも同じだ。ベニー、影はどっちから近づいている?」

「さっきは右舷側からだったけどロストした。多分潜水している」

「船に気付いてどっかへいったんじゃないか?」

「良いねぇ、希望的観測ってやつだ。だがな、ロック。希望的ってのがダメだ。そいつはいつだってそうあって欲しい願望で根拠なんざありゃしねぇ。そんなもの神頼みの祈りとなんら変わりはないんだよ」

 

 ダッチの言葉が言い切られると同時、船が大きく揺れた。

 今までの波とは違う大きな揺れ。そして響く硬質な衝突音。無線越しだが全員の驚愕の声が折り重なった。

 

「レヴィ、見つけた! 右舷後方!」

 

 身体を大きく揺さぶられながらもロックがぶつかった後に一瞬海上へと姿を現したそれを見た。

 

「チッ、見えねぇぞ! また潜りやがった!」

「勘弁してくれよ、僕としては夜を待たずにディナーになるのは遠慮したいところだね」

「誰だってそうさ。ディナーは皿の上に座るよりも皿の前に座りたいもんだ」

 

 危機的状況ながらも誰一人としてパニックを起こしていないのは慣れていると安心すべきか。はたまた死を恐れないネジの外れた死人どもだと嘆けばいいのか。

 だがそんなことを気にするような住民はロアナプラの何処をさがしたって見つからない。そういう住民しか住んでいない。そういう住民しか生き残れない。

 だからこそラグーンの面々も、誰もが危機感を持ちながらも恐慌していないのだ。

 

「後ろだ!」

「ロックがまた見つけたみたいだ!」

「最悪だ、映画の中から出てきやがった!」

「ロック、何を見た!?」

「ジョーズだよ! ジョーズが俺達を食おうとスクリーンから出てきやがった!」

 

 操縦しているダッチには前方しか見えない。だからこそロックが見たものを聞けば、分かるような分からない話が返ってきた。

 

「ロック、お前何を飲んだ!」

「残念だったな、ダッチ! ロックは何一つ吹かしちゃいないぜ、オオカミ少年も裸足で逃げ出すさ!」

「クソめ! 冗談じゃない、何だってわざわざ船を狙いやがる! しかもこの悪天候でだぞ!」

「さあ、理由なんてさっぱりだ! ただ分かるのはこの世に神はいねぇって事だけだ!」

 

 レヴィがどこかご機嫌に言葉を返しながら銃の用意を始めていた。ロックを拾った時にもガンシップ相手に使った事のある対物狙撃ライフル。

 二脚部分を甲板へ置き、狙いを定める。船を追いながら猛然と泳ぐ全長八mは優に超えそうな鮫が視界に入る。

 だが速度を出しながら荒れる海を走っているのだ。照準を合わせるなんていう繊細な作業など出来るはずがない。

 照準があった瞬間、またすぐにずれる。銃身を支える二脚はひっきりなしに甲板でドラムを奏でている。

 

「これじゃロデオだ、ダッチ!」

「的はデカいんだ! 泣き言は聞きたくない、レヴィ!」

 

 返事で無駄を知ったレヴィが舌打ちを吐き出す。だが苛立っても照準が安定する訳ではない。

 そして鮫も苛立ちを察したのか、さらに煽るためか再び荒れ狂う海中へと姿を消す。

 

「ファック、モグラたたきみてーにまた引っ込みやがった!」

「ベニー!」

「無理だよダッチ! 僕たちの商売相手は魚じゃないんだ、海中ソナーなんてあるもんか!」

「不味い不味い不味い!」

「どうした、ロック!?」

「船の下に影が──っ!!」

「ロック!」

 

 ロックの言葉にならない叫びとレヴィの咆哮が折り重なる。船の後方の船底を海中から付き上げられた衝撃で船体が跳ねたのだ。

 シーソーで打ち上げられる子供みたいにロックの身体がハッチから船外へと飛び出した。

 咄嗟にハッチの取っ手を掴んだから海へ投げ出されていないだけで鮫の餌になるのも時間の問題だった。

 次の体当たりを喰らったら間違いなく海へと消えてなくなるだろう。

 

「ダッチ、ロックが!」

「何があった!」

「あの馬鹿ヒモ無しバンジーしてやがる!」

「ベニー、行けるか!」

「オーケー、すぐに向かう」

 

 ダッチの素早い指示にベニーが間髪入れず肯定を返す。だがレヴィには分かってしまう。それでは遅いのだと。

 ぶつかった拍子に速度が落ちて離れた魚影が再び近づいてきているのだ。

 

「ダッチ、私が跳ぶ!」

「おいレヴィ!」

 

 ダッチが何かを言いかけるが、言い切られる前にレヴィがハッチから身を乗り出して思いきり踏み切った。

 ハッチ内の梯子に結んだロープのたわみが徐々になくなりながら伸びていく。

 

「ロック!」

 

 レヴィが叫ぶと同時に衝突音がして、再び船が大きく揺れた。衝撃に手を離したロックは、空中を近づいてくるレヴィに気が付き無我夢中で手を伸ばす。

 

「レヴィ!」

 

 空中でレヴィとロックの手が繋がると当時にロープが伸びきり、二人の身体が船に引かれた。

 その直後に、先ほどまで二人がいた場所目がけて水中から鮫が飛び出す。

 

「鮫釣りの餌なんて冗談じゃないぞ」

「文句言ってないでしっかり掴まれ! 釣餌じゃなくて撒き餌になるぞ!」

 

 レヴィの怒声にロックがロープへ腕を絡める。ギチギチと絞まって血流が止まり、腕が痛むが命が止まるよりよほどましだ。

 船と波、鮫の体当たりで二人の身体が甲板にぶつかっては宙を舞う。照準云々いうレベルではもはやない。

 室内を跳ねまわるスカッシュのボールと大差ない現状に限界も近い。ライフルもハッチの底。手元には愛用のソードカトラスだけ。

 

「どうするレヴィ!?」

「んなの私の台詞だ!」

 

 至近距離で怒鳴り合う。船をダッチに止めさせるのは論外。走っているからこそ鮫の体当たりも相対的に弱まっているのだ。

 止まっている所に横合いから来られたら波も合わさって最悪転覆しかねない。それが解っているからこそ誰一人として停止を提案しない。

 現状を打破するためにロックが思案を巡らせる。片手の空いているレヴィが苛立ち銃を撃つが、揺れによって明後日の方角へと弾丸が飛んでいく。

 

「なあ、レヴィ?」

「何だよ、ロック」

「一瞬あればお前ならあのデカブツの脳天をぶち抜けるか?」

「はっ、ったりめーよ! 私を誰だと思ってんだ、二挺拳銃(トゥーハンド)のレヴィ様だぞ! ほんの一瞬ありゃ十分だ!」

「信じるぞ、レヴィ。ダッチ、聞こえるか!」

 

 ロックが無線の向こうのダッチへ向かって叫ぶ。楽しげに笑うロックの姿にレヴィも獰猛に笑った。

 

「また声が聞こえて嬉しいぜ、ロック、どうした!?」

「合図をしたら船を跳ばしてくれ!」

「無茶言ってくれるぜ……」

「どっちにしろ殺らなきゃ殺られるだけだ!」

 

 ダッチのぼやきが聞こえてくるが無理と否定しなかった。ならばあとは信じるだけだ。

 いつもと同じ賭け。ならばあとは大きく賭けて大きく勝つ。それだけの話だ。

 

「レヴィ、俺達も跳ぶぞ」

「正気かロック?」

「釣餌上等じゃないか。精々美味そうにおどるだけだ」

 

 レヴィとロックが同時に甲板を踏み切った。二人の身体が宙を舞う。迫って来ていた鮫もすぐさまそれに気が付く。

 船側面の空中を浮かぶ二人目がけて跳びかからんと海中へと潜った。一瞬魚影が薄れて、また濃さを増し始める。

 

「ダッチ、跳ねろ!」

 

 もはや海面間近という刹那にロックが合図を叫ぶ。タイミングはどんぴしゃ。急加速して水きりした石みたいに船が波で跳ね、鮫が海面から飛び出した。

 僅かな間、完全に海から離れる。波から一時的に切り離された事で揺れが無くなる。

 船の挙動が直前で変わったことで鮫が狙った位置とロックたちの位置が僅かにずれる。鮫と船、両者が同時に重力に捕まった。

 目の前で一緒に落ちていく鮫をレヴィのカトラスが捉える。

 

「ホゥホゥホゥだ、クソッタレ!」

 

 引き金が引かれる。連続する炸裂音に押されて弾丸が放たれる。もはや空中で動く事もままならない鮫はただひたすらに鉛を喰らった。

 血が吹き出し、脳症をぶちまけ、肉を撒き散らす。全身からだらんと力が抜けて死んだことを物語っていた。

 

「ダッチ、左だ!」

 

 ロックの再度の指示にダッチが舵を切る。紐で身体を引かれた二人は海ではなく、甲板へと叩き付けられた。二人で手すりにつかまり、身体を支え合いながら立ち上がる。

 

「ヤー、ヘッドショットだぜ、ダッチ」

「流石だ、レヴィ。マーティン・ブロディも真っ青だな」

「ああ、短すぎて映画にもならねぇがな」

「僕としてはこういった物はフィルムの上だけで十分だよ」

「俺もべニーに同意するよ」

 

 一気に弛緩したやり取りが無線を賑わせる。レヴィとロックは、背後へと流れていく鮫の死体を一瞥して船内へと姿を消した。

 そして鮫の死体も姿を消した二人を追うように、姿を薄れさせて最後には消え去った。

 

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