【完結】Zi de vis a celor morți 作:らく
ロアナプラの一角にある建物の二階。ラグーン商会の事務所で三人の男女が項垂れていた。
夜明け前のバーを覗けば見ることの出来る光景がそこにはあった。だが酒で酔っている者はこの中には一人としていない。
全員が全員、疲労で項垂れている。鮫を仕留めた後も嵐からすぐに抜けられたわけではない。
揺れる船体に何度もケツを蹴り上げられ、体力と三半規管をものの見事に削られたのだ。
特にべニーとロックは相当堪えていた。嵐を抜けた後に、罵詈雑言を背後に向けて叫んでいたほどだ。
「ったく、そろいもそろって嘆かわしいな」
「あー……ダッチか。おかえり」
「僕もロックも君ほどタフじゃないんだよ」
「で、あちらさんはどうなった?」
レヴィはダッチが事務所へ入って来た事に気が付くと伏せていた身体を起こす。だれてはいたがレヴィも荒事専門だ。楽な姿勢をしていた以上の意味は無かったのだろう。
だがダッチとレヴィの二人と対比するように、ベニーとロックは街中に転がっている死体と大差なかった。違いがあるとすれば口を利くか利かないか。その程度の些細な物。
「仕事は立ち消えだ」
クライアントと話をつけてきたダッチが腰を落ち着けながら結果を告げる。案の定な結果に誰もが異論をはさまない。普段であればそこで話は終わり。だが、今日はまだ少し続きがあったみたいだ。
「クライアントが言うには海の上のお相手さんが連絡に出ないようだ」
「もしかしてそれって?」
「どうにもそうらしい」
「なるほど。ダッチの判断は正しかったみたいだね。そうでなければ永遠に待ちぼうけをくらっていたわけだ」
荷を受け取る相手が魚たちのディナーになったと全員が正しく理解していた。
ロックとレヴィはなまじ、大口を開けていた鮫を見た分、他の二人よりげんなり加減は強い。
「今回は収穫なし。いや、それどころかへこんだ船体の修理費と燃料費で赤字か」
「その通りだ。全く最低の仕事だったぜ」
ダッチの返答に全員がため息を返す。ちょっとした静寂が数秒ほど続く。
「あっ」
レヴィが唐突に声を出した。ダッチが僅かに反応を見せて天井を見上げていた顔をレヴィへと向ける。
「どうした? これ以上の厄介ごとは御免だぞ。何かあるなら明日にしてくれ」
「そんな大事じゃないさ、ダッチ。拾い物だよ。強いて言うなら仕事の唯一の成果物さ」
レヴィがそう言って、事務所の床に放り投げられていたジュマンジをテーブルの上に置く。
「何だこりゃ?」
「つまらねーゲームさ、なあロック?」
ロックもようやくそこで身体を起こして伸びを一つ。ぱきぱきと音を鳴らしながらも視線をジュマンジへと向けた。
いきなりのトラブルで忘れていたがそういえばこんなゲームをやっていたなと思い出したのだ。
「正直鮫の印象が強すぎて忘れていたよ」
呑気なロックの反応にレヴィも思い当たる節があるのか肩をすくめる。
ゲームという単語に反応したのかベニーもいそいそと身体を起こしてジュマンジを眺めていた。
「へぇ、見た目はいいじゃないか。木彫りの感じがマイナーな雰囲気を出していていいね」
「二束三文にもなりゃしなさそうだがな」
「チッチッチ、甘いぜダッチ」
芝居がかった仕草でレヴィが指を振った。両開きの蓋を開けて、残りの使われていない駒を二つ取り出す。ウマとカバの駒だ。
取り出した駒をスタート地点に置くのではなく、マス目の描いてある盤上で適当に離す。すると盤上を転がった駒は、導かれるようにそれぞれのスタート地点へと吸い寄せられていく。
明らかに可笑しい挙動に二人が目を開いた。
「磁石かなにかか?」
「さあ? でもたぶんそうじゃないか」
「あっ、そうかも。これ凄い固いぞ。少なくとも僕じゃ外せそうにないな」
ベニーがウマの駒を動かそうと力を入れるがビクともしていない。
「ゴールっぽい所までいかないと外れないのかもな」
「でもこれ外すのもそうだけど、前後左右どちらにも動かないぞ」
力を込めているベニーを見てダッチが推測を零せば、ベニーはやはりそれを否定した。
動かないんじゃゲームにもならないなと、ベニーは興味を失ったのかソファへと背中を預けた。
「ところがどっこい、ここからが面白いんだ」
言葉と共にレヴィがサイコロを振る。ダッチとベニーがいぶかしげにその様子を見ているが特に何かを言うわけではなかった。
盤上を転がっていたサイコロが静止する。しかし、レヴィとロックが見たように駒は動かなかった。
「おい、レヴィ。担ぐならもう少しましな内容にしろ」
「そうだよ、レヴィ。疲れているのは分かるから今日はもう休むといいよ」
「はぁ!? おい、待てよ、ダッチ。私は担いじゃいねぇよ。なあ、ロック。それとベニー、酔っ払いみたいな扱いはやめろ」
二人の優しい声色にレヴィが憤慨をみせる。思い通りに動かない駒にも苛立つが、二人の反応の方がよっぽどか腹に据えかねる。
ロックもレヴィが正しいことを知っている為、助け船を出すかとサイコロへ手を伸ばす。
そこではたと気が付く。自分の駒が進んでいるのだ。二マス分だが確かに進んでいた。
サイコロを振った記憶は無かったが、船で揺られてずれたのだろうかと深くは気にしない。
「船でぶつかって壊れたかな?」
ロックがそう言いながらも一応とサイコロを振る。レヴィと噛み付かれていた二人も音に気が付いて、ほんのわずかに注意がジュマンジへと注がれた。
からんころんとサイコロが転がる。転がるサイコロにロックは過去を思い出した。日本へ帰った時に出会った夜の少女を。
人ってね、サイコロと同じだって
あるフランス人が言ってるんです
自分でね、自分を投げるんです
自分で決めた方向に
それができるから人は自由なんだって
みんな境遇は違ってて……
でも、どんな小さな選択でも
自分を投げ込むことだけはできるんです
偶然とか成り行きなんかじゃなく
自分で選んだその結果ですよね
自慰的な感傷だとロックは浮かび上がってきた記憶を再び沈める。サイコロが止まった。出だ目は二と三で合計五。
進んでいたマス目と合わせれば七マス分。レヴィにはまだ敗けてはいるが、一マス程度なら誤差の範囲だ。目の合計が確定すると、先ほどのレヴィの時と異なり駒が進み始めた。
「へぇ」
「どういった原理だい?」
「さぁ?」
ダッチが興味深げに感嘆を漏らし、案の定ベニーは喰いついた。
レヴィは先ほど動かなかった事が不満なのかふて腐れた顔で頬杖をついている。
けれども確かに謎だ。ロックの時は反応して、レヴィには反応しなかった。
やはりぶつけて壊れて反応が鈍くなっているのだろうか。
ロックがそんなことを考えていると駒が停止する。そして一度見た時と同じようにガラスに文字が浮かび上がった。
“竹より速く伸び”
“あなたの後を追う”
短い何かを匂わせる文章。そういえば一度目はなんと出たのだったかと、思い出そうとしたロックの思考が二人の声に遮られる。
「こいつは面白いな。原理はさっぱりだが燃料代くらいにはなりそうだ」
「ほら見た事か」
「へそを曲げるなよ、レヴィ」
「うーん……でもこれだけだとするならゲーム性は無さそうだね。折角ここまで頑張ったんだから惜しいな」
ベニーの評価に確かにと全員が同意した。見世物としては面白いが、ボードゲームとしては未完成もいいところであった。
ティーカップだけ立派でも中身が水なら価値はお察しだ。物好きも探せばいるだろうが、さすがにそこまで労力を割く気にはなれない。
普通に売り払っても二束三文よりはマシ程度の値段しかつかないだろう。
「どうやって判別しているんだろうね、出目とかもさ」
ベニーが興味深げにサイコロを手に取って自分も振る。転がったサイコロが示す目は二と四の六。
合計に合わせてウマの駒が先へと進む。目の数だけ進めば停止して、やはり文字が浮かび上がった。
“助けの手が必要かい?”
“おれたちには手が八本ある”
浮かび上がる文字を見ながらベニーは実に興味深いと瞳を輝かせていた。そんな折、ふとレヴィはある事に気が付いた。
「おい、何か聞こえないか?」
「何だ、どこかで銃声でもしたか? いつもどおりさ」
「違うよ、ダッチ。もっと嫌な音だ」
しっと口元に指を持ってきて静かにと促す。レヴィの指示に全員が口を塞いで耳を澄ませた。
すると聞こえる。通りから聞こえてくる雑踏とは別にギシギシと軋む音が耳に付いた。
「一体いつから周りの部屋が売春窟になったんだ」
「それにしては喘ぎ声が聞こえないぜ」
ダッチのつまらない冗談をレヴィが揶揄する。ダッチとしても自覚はあったのか「そうだな」と短くつぶやいて肩をすくめた。
いつも通りのやり取りを二人がしている間も異音は止むことはない。それどころか徐々に大きくなっていっている。
「なんだか嫌な予感がしてきたのは俺だけか?」
「奇遇だな、ダッチ。私もだよ」
荒事担当の二人は何かを感じたのか、いつでも愛銃を抜き放てるよう意識を切り替えていた。
ロックとベニーもさすがにそれで不味いと感じたのか周囲を警戒するように視線を走らせる。
だが音がするだけで何も変化は見つからない。
「ベニー!」
「──うぉお!」
レヴィが名前を叫ぶと同時に銃を引き抜く。銃口の先はベニー、ではなくその僅か頭上。
ベニーが頭を伏せるのが早いか、レヴィが引き金を引くのが早いか。僅かな時間に銃声が轟く。
「おいおい冗談だろ」
「冗談なもんか、目の前にあるんだから」
ロックも事態に追いついたのか二人の視線の先を追う。そこには成人男性の頭の大きさ程もある蜘蛛の死体が転がっていた。
体液を撒き散らせ、足をぴくぴくと痙攣させている姿が作り物ではないことを教えてくれていた。
「どこかの港で危険生物でもひっかけて来たってのか」
「それならここじゃなくてドックで繁殖しているはずだろ」
ベニーが伏せていた頭を上げながら顔をしかめる。だがそれで終わりではなかった。カサカサというもの音が急激に増えたのだ。
発生源は天上。四人が一斉に見上げるとそこには多数の蜘蛛がいた。無論、どれもが先ほどの死骸と同じサイズ。
「ファック! クレームもんだぞ!! 何処からわきやがった!」
「良いから撃てレヴィ! こんなもんに噛まれたらたまらねぇぞ!」
断続的に銃声が響く。
「うわぁ!」
「ロック!」
だがそこにロックの悲鳴が割り込む。咄嗟に手の空いているベニーがロックを見やれば、床板の隙間から植物のつるが伸びていた。
しかし普通の植物でないと一目でわかる。まず蔓が親指ほどある上に、今なお成長しながらロックの足を絡め取っているのだ。
「ダッチ、レヴィ!!」
ベニーが叫ぶと同時に、蔓がロックの身体を凄まじい力で引き始めた。部屋の壁側に向かって床板を蔓が割りながら進んでいく。
床を割り、壁を裂きながら蔓が現れた。壁から延びる蔓はロックの足に結びついている。
ベニーがロックの腕を掴みながら踏ん張るがずるずると壁に近づいていく。壁まであと一メートルまで来ると壁に亀裂が入り始めた。
「おいおいおい、ベニー頼む! もっと強く引いてくれ、この際肩が抜けたってかまわない!」
「これが僕の精一杯だよロック! 君の肩より僕の肩の方が先に抜けそうだ!」
「踏ん張れ、ロック! あと少しだ!」
訳のわからない状況の中、それでも全員が状況を打破しようと声を出し合う。
けれども状況は好転しない。壁の亀裂が割れ目へと代わり、壁の向こうから巨大な植物のつぼみが現れた。
四枚の花弁を大きく開き、毒々しいまでに鮮やかな黄色の花を咲かせた。
「鮫の次は食人植物かよ!!」
ロックが悲鳴をあげた。足先から延びる蔓の先は、黄色の花を咲かせる植物の中心へ繋がっているからだ。
吸い込まれた時の結末なんて子供にだって簡単に連想できる。黄色の花の表面が妙に肉々しいのがまた一段と気味の悪さを助長していた。
ロックが絡まれていない片足と、ベニーが踏ん張ってもなお少しずつ植物がロックを引き寄せていく。
「レヴィ、ダッチ! 頼む早くこの気持ち悪い植物を撃ってくれ!!」
「ダッチ!」
「任せるぞ、レヴィ!」
ダッチがレヴィに蜘蛛の処理を任せて、植物の処理にまわってきた。
蜘蛛と違って根を生やした植物は良い的だ。一発目で蔓が引きちぎられ、二発目で花弁に穴が空いて、三、四と増えていくほどに傷を増やしていった。
意思が存在しているのか不明だが、ある程度の弾を打ち込まれた花は花弁を閉じて蕾の形をとると壁の向こうへと引き下がっていく。
「た、助かったぁ……ありがとう、ダッチ。死ぬかと思った」
「生きてるってのは良いもんだ、死ぬ思いができるからな」
「今は笑えないな」
「だろうな」
背後の銃声も収まった事から蜘蛛狩りも終わったことが推測できる。
「一体全体なんだってんだ。事務所がめちゃくちゃだぜ。請求先は一体どこにすりゃいいってんだ」
「賃貸元だろ」
「それで何て請求する気だい? 顔程の蜘蛛と人食い植物が出たから修理費の請求と駆除業者でも呼ぶつもりかな」
「こんな化け物染みた生き物の駆除なんてスーパーマンの仕事だろ」
「そりゃいいな。悪党がヒーロー様に泣きつくわけだ」
「はっ、傑作だぜ。そんなことするくらいなら私は銃を置いて神に祈ってやるよ」
「ここの教会じゃ銃を渡されて自分で駆除しろで終わりさ」
「だったら最初からこいつをぶっぱなしゃ済む話だ」
レヴィが弾倉を変えながら吐き捨てる。ダッチも空になった薬莢をリボルバーから捨てて弾丸を込めている。
「何だってんだよ、エルム街の悪夢でも始まったのか」
「そいつのがよっぽどかましさ。夢の中で殺人鬼を見つけて殺しゃしまいだからな」
「だな。薬でハイになっている訳でもねぇし。論理的な説明が欲しい所だが……」
「無理だろうね。僕達に出来ることは今目の前で起きていることを、起きていることとして認識して対処する事だけだろうさ」
「クソッタレな現実だな。泣いちゃいそうだぜ」
「泣くのは構わないが、そろそろ本格的にまずそうだ」
まるで普段通りの応酬をしている間も部屋の壁を伝うように植物の蔓が伸びていた。最初に聞こえた嫌な音は植物が壁の中を育っている音だったのだ。今も床板が所々割れ、蔓がうねっている。
蜘蛛はもう死体だけだが、植物が問題だ。蔓を見れば先ほどロックを丸のみしようとした植物と別種だと分かる。
けれども違うからといってそれが安堵の材料になるかは別の話だ。もっと厄介な植物である可能性もある。
例えばいまレヴィの背後で花開こうとしている紫色の花なんてそうだ。
「レヴィ、後ろだ!」
ロックの叫びと共にレヴィが反転する。疑う余地など欠片も存在しない。その程度には信用も信頼もしているからだ。
閉じられた花弁が一瞬で開く。撃たれてから銃弾を回避するような馬鹿げた身体能力を持つレヴィの瞳が花を捉える。
開かれた花の奥から棘が射出される。
「遅せぇ!!」
棘を紙一重で交わしながらレヴィが弾丸を放つ。茎を断ち、花の中心に風穴を開ける。
それだけで花は機能を失って、床を無残に転がる。だが終わらない。尽きはしない。
一個目の破壊が合図だったかのように床板を裂きながら次々と植物が生えてくる。
そのどれもが先ほどの花と同じく、紫色の花が蕾から覗いていた。
「一端ずらかるぞ! 走れ!」
ダッチの宣言と共に一斉にラグーン商会の面々が行動を開始した。
花開く前の蕾をレヴィとダッチが撃ち落としながら、ロックとベニーが走り出す。
「ああ、やっぱりそうだよね」
「ベニーもか」
ロックとベニーは二人して出口に一直線には向かわず、机の上で今だ広げられているジュマンジを回収し始める。
レヴィが横目で二人を確認すると小さく舌打ちをし、怒声を発する。
「ホワイトカラー's! 速く出ろ! 鞭の代わりに鉛が欲しいならそう言え、ケツを引っぱたいてやる!」
怒声に殴りつけられた二人が出口に向かって全力で走り出す。ロックがジュマンジを抱え、ベニーが扉を開けようと手をかける。
だが扉は一向に開かない。軋みはするし、ノブは回る。ヤケクソ気味に体当たりすれば僅かに隙間が開いた。
「扉の向こうも蔓が張っていて開かない!」
「退きな、ベニーボーイ!」
ダッチが声を駆けながら全力で扉に向かって走り出す。ぶつかる瞬間、身体を曲げてショルダータックルをぶちかます。
ミチミチと蔓の千切れる音がし、僅かな拮抗の後に扉がダッチに吹き飛ばされた。廊下に飛び出したダッチの視界には、通路中に張り巡らされている植物の蔓が映り込む。
「まずいぞ、建物中に根を張ってやがる!」
部屋から逃げ出した三人がさらに悪い知らせに表情をしかめる。不幸中の幸いがあるとすれば、攻撃性の高い植物がまだ芽生えていないことだろうか。
それも苦難に見舞われている四人からすれば気休め程度の話でしかないが。バラライカから逃げた後に
いまだに伸び続ける蔓は隙あらば絡みつこうとしてくる。止まっていてはロックの二の枚になると全員が走り出す。
細い蔓に巻かれては、太く成長する前に引きちぎりながら進む。太い蔓に絡まれれば、ダッチかレヴィが銃弾を叩き込む。
廊下を駆け抜け、裏扉から外へと飛び出す。まだ屋外までは浸食していないのか、植物は見当たらなかった。
「車に乗れ、まずは腰を押し付ける場所まで向かいたい」
「何処にする?」
「あー、ドックでもいいけど……」
「冗談じゃない。ここみたいになったら俺はストを起こすぞ」
「雇用主がストとか笑えもしないぜ」
「当り前だ。事ここに至っては笑い事じゃないぞ」
ダッチのサングラス越しの瞳はどこまでも本気だった。ならば一先ずの第一候補は決まったようなものだ。
そう。イエローフラッグだ。