【完結】Zi de vis a celor morți   作:落着

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「何だって象撃ち銃(大口径銃)を欲しがるんだい? こっちとしても金を払って買ってくれるんだから文句はないさ。けどねぇ、レヴィ。お宅の色男は随分と気前が良かった。鉄道より航空機を欲しているみたいにさ。交渉する時間さえもったいないと言わんばかり。何か厄介ごとでもおきているんだろう?」

 

 教会へたどり着いた時、外で待っていたエダの第一声がこれだった。さすがにイエローフラッグでの二の舞をここでも起こす気はなかった。だからこそ、さっさと目的の物を受け取って離れる為、エダへ商品を持って外で待っていてほしいとロックは伝えていたのだ。

 だがそれで素直に「はいそうですか」と話が終わるほど人の良い人種がこの街に住まうはずがない。トラブルの匂いを嗅ぎつけられないド低能は、三日と経たずに本物の死体へと早変わり。それが悪徳の街(ロアナプラ)という土地だ。

 無論、エダは旧知の仲(腐れ縁)であるレヴィを助けたいわけでも、色男(ロック)の印象を良くしたいわけでもない。一枚噛むか、頭を低くして過ぎ去るのを待つべきか。見極める為に情報が欲しいのだ。

 銃声につられて顔を出すようでは命が両手の指程あっても足りない。出した瞬間に弾け飛んでも何一つおかしくない。

 

「回ってきた話を聞けば、なんでも街中でサファリパークをおっぱじめようってバカがいるらしいじゃない。ワシントン条約もトイレのちり紙だと言わんばかりに大量にいるって聞いたけどねぇ」

 

 随分と耳が早いと全員が感じたが、口に出す愚を犯す馬鹿はいない。その程度の耳目が無くてはこの街で武器商人など出来ない。だからこそ耳の優秀さを称賛しても、耳が有る事に疑問の余地はない。

 

「知ってんなら話が早い。手持ちのこれ(カトラス)じゃお話にならないデカブツがいるから買いに来たんだよ」

「全員で雁首揃えてねぇ。これから象狩りでもしてパーティでも開くつもりってかい?」

「バオの店で一杯ひっかけてる時にカウンターをぶち破って来たんだよ。子供の使いに全員で顔出してんのはそいつが理由さ。ここに来るまでも随分と追いかけられたから、護身用ってやつだから勘ぐるんじゃないよ、エダ」

「なんだい、偉くつれないじゃないか、レヴィ。痛い腹でもあるのかね」

「何もないのにまさぐられてるから不愉快なんだよ」

 

 サングラス越しにレヴィとエダがにらみ合う。だが折れる気が無いと察したエダは矛先を変えることにした。

 

「色男?」

「俺に聞いても答えは同じさ。レヴィと一緒にいたんだ。それ以上もそれ以下も無いよ、エダ」

「ベニー」

「僕もと言わせてもらおうかな」

「ダッチ」

「悪いが話せることはこれ以上ない。先約があるんだ、不躾な買取ですまないがもう行かせてもらうぞ」

 

 ダッチが物の入ったケースをトランクへ積み込むと、各々が車へ乗り込む。その様子にエダはやはり確信を強める。今回のトラブルに何かしら関わりがあると。

 車のエンジンが鳴り始めると、いよいよもって時間がない。カードを切れても一枚がせいぜいだろう。だからこそ今それを切る。

 

「ラグーンの事務所がジャングルまで飛んで行っちまった事とも何にも関係ないのかい?」

 

 全員が全員、ピクリとも表情を変えなかった。だがそれが答えだ。意図的なポーカーフェイス。かぶった仮面が隠したいことがあると雄弁に物語っている。

 口端を釣り上げたエダに全員がやられた事に気が付く。腐れ縁ゆえだろう、レヴィがいち早く車外のエダへと忠告をした。

 

「よく聞いておきな。こいつは私のなけなしの親切心ってやつさ。正直な話、私らもはっきりと分かっている訳でも、理解している訳でもない。でも一つだけ言えるのは、今回だけは頭を突っ込むべきではないってこと。関わらないで済むなら、ハリケーンが過ぎ去るまで納屋にでも籠っておきな、エダ」

「あのレヴィが親切心と来たか。こいつは良いねぇ、そこらのコメディよかよっぽどか笑えるさね」

「おお、そうかい。だったらもう勝手にしな。もしおっちんじまったら事務所の肥料にしてやるよ」

「アンタの糞で育てた植物はずいぶん立派だって聞いたよ」

「チッ! ベニー、さっさとだしな。これ以上ここに用はないよ」

 

 レヴィの催促にとうとう車が動き出す。「なんだよ、なんだよ、レヴィ。連れないじゃないか、友達だろぉー!」とエダが叫ぶが、ついぞ車が止まる事も、レヴィが振り返る事もない。

 

 

 

 

「まさか無法地帯にまだ上があったなんて僕は驚きだね」

 

 車を転がしながら船のドックを目指していると不意にベニーが感嘆の声を上げた。感心できない事だと分かっているが、どうしても車の窓越しに外を見れば、テレビ画面の向こうを覗いている気分になってしまうのは否めない。

 どこかから湧いた動物たちが我が物顔で街を暴れ回り、街に巣食う悪党どもが銃を片手に肉を積み上げていく。中には間抜けにも逆に挽肉へとつぶされる奴らもいる。街並みは現代だが、獣と生き死にを争う様はどこか原始的にも見えた。

 悪党どもが最低限守る取り決めもない、まさに無法地帯(原始時代)。逃げ惑う一般人を間に悪党に警察──銃を持つ文明人(野蛮人)──と、人を殺せる武器(肉体)を持つ獣が大立ち回りをしている。

 

「これで最後までやって元通りにならなきゃ全員で首括りものだぞ」

「それよか、これが元通りってのは一体全体どうなるわけだ? 出てきた物がきれいさっぱり消えて元に戻りましたじゃ、手品師も廃業もんの総スカンだよ」

「分かっていることはゴールするまで分からないって事だけか」

「全くもって嫌になりやがる話だぜ。そろそろ景気の良い話を聞きたいとこだが…………まあ、そうだろうな」

 

 誰一人返答を返さないことが答えだ。そして悪いこととは重なるもの。気を張っている全員が気付く。エンジンの振動以外の揺れを。

 

行進曲(マーチ)が聞こえてきやがった」

 

 毒づくレヴィに、全員が声にはしなかったが同意していた。速度を維持しながら、いつでも逃げられるようにベニーが神経を張り詰めさせる。

 地鳴りは今なお続き、獣の存在を示す。十字路が再び近づく。

 

「直進はダメだ! スクラップ置き場になってやがる!」

 

 ダッチが叫ぶ通り、進行先には数多の廃車が煙を上げて通りを塞いでいた。そして左は別の理由で進めない。獣の鳴き声が聞こえてくるからだ。

 声高々に歌い上がる獣声が、通行止めを教えてくれる。こうなればもはや選択肢はない。ベニーは車を右へと走らせる。

 けれどもどうにもここがベニーの愛車の終着点だったらしい。曲がった先には地面を埋める緑の軍勢。急制動も間に合わず、車体が小さな密林へと突撃していく。

 背の高い植物を踏み倒し、地面を這う蔓をひき潰す。だがそれにも限界があった。数メートルも進めば車輪に蔓や千切れた破片が絡みつき、最後にはエンジンが唸るだけとなる。

 どうにか抜けでようと、ベニーがアクセルをベタ踏みするが、もはや無駄な抵抗。そしてその間にも植物が成長して車を飲み込もうと魔の手を伸ばす。

 

「さっさと出るぞ、終いにゃプレゼントみたいに梱包されちまう!」

 

 見切りをつけた指示に全員がすぐさま従う。車のドアを蹴り開けて車外へと脱出する。蔓に巻かれないようすぐさま車から離れる。

 全員が適度に散ったタイミング。その瞬間を逃さず、さらなる襲撃者が再び顔を出す。

 連続する銃声。レヴィとダッチが、それぞれ手近にいたロックとベニーの襟首を掴んで物陰に隠れる。

 だが身を隠したレヴィがすぐさま違和感に気がつく。銃弾の着弾点がズレている。

 

「ダッチ、ベ──」

 

 レヴィの忠告が飛び出す直前、今度は獣達が植物の向こうから姿を現した。

 引き離された。通りの向こう側にいるダッチとベニーを獣の隙間から確認し、レヴィが心中で毒づく。

 もともと弾丸は四人を狙っていない。二組を別々の路地へと誘導することを目的としていた。

 合流は難しい。銃声から襲撃者が家屋の上にいると判断できる。通りの獣をどうにかする手段は先程暴力教会で手に入れたが、この段階に来てはそれも無意味。

 獣を処理しながら合流しようとすれば、通りのど真ん中で下手くそなダンスをする羽目になるのは目に見えている。とてもじゃないが創作ダンスをする気にはなれない。

 合流するには襲撃者が邪魔。そして襲撃者はレヴィ達側の建物の屋上にいるらしい。面倒ごとはさっさと黙らせるのが吉だとレヴィは自らの中で方針を固めた。

 

「ダッチ、ベニー! ドックで集合だ! 私たちはこのトリガーハッピーを黙らせてから向かう!」

「オーライだ、レヴィ! こっちも闘牛士(マタドール)をしないといけないら──」

 

 直後にダッチの悪態とショットガンの銃声が折り重なる。どうにもダッチ達の方には、リオのカーニバルもびっくりするほどの熱烈なラブコールがあったらしい。

 大きな物音が徐々に離れていくことで、すでにダッチ達が移動を再開したことを示していた。不幸中の幸いはジュマンジがロックの手の中にあることか。手番的にも考えれば確かにそうだが、特急の厄種だからか素直には喜べない。

 

「ロック、上へ行くぞ。頭上を取られたままなのは分が悪い」

「了解だ。それで俺はどうする?」

「離れた時に片割れが来ると手が足りない。私の後に着いてきな」

 

 片割れ。それが意味するところをロックは正確に察している。小さく一息。自身の中の気持ちを再び定める。

 

 

 

 

「チャールズ・ホイットマンみてーにバカスカ撃ちやがって」

 

 屋上へ出るとすぐさま打ち合いが始まった。ここには片割れ、双子の兄はいないらしい。

 楽しげに笑う双子の姉の声のみが聞こえてくる。遮蔽物の少ない屋上でロックとレヴィは身を隠しながら再装填のタイミングを待つ。

 けれどもこうも一方的に撃たれれば悪態の一つも吐きたくなるのが人の性だ。

 レヴィの悪態が聞こえたのか双子の姉がクスクスとまた小さな笑いを零す。

 

ハイド&シーク(かくれんぼ)ではつまらないわ。ねぇ、ガンマンのお姉さん」

「それじゃあ遊びを変えようか、鴨撃ちなんてのはどうだい、クソガキ!」

 

 弾丸の切れ目。待ちに待った息切れに、レヴィが跳び出す。だが相手も然る者。伊達に戦争狂(ウォーモンガー)のバラライカ相手に喧嘩を売って街から生きて脱出していない。

 最終的には命を落としたが、それでも側近の軍人崩れ相手に逃げ延びたのだ。ロアナプラのそこいらで吹き溜まっている雑魚とは役者が違う。

 

「とても素敵なお誘いね。当然鴨は」

「鴨は」

「「お前だよ(アナタよね)」」

 

 レヴィの斜線から逃れながら装弾を終える。互いの射線が重なる。一発目が空中でぶつかり弾かれあう。後続の弾は互いに当たる事無く周囲の建材を破砕していく。

 だが自動小銃相手では、二挺拳銃でも速射では分が悪い。レヴィは再び近くの物陰へと身をひそめた。だが連続して放たれる弾丸は、削岩機のように銃身の先の景色を削り取っていく。

 

「死人が元気にはしゃぎ過ぎだ。土のベットへさっさと帰りな、チキータ」

「死人だなんてひどいわ。私達は永遠に死なない(ネバー・ダイ)。ずっと円環(リング)で踊り続けるのよ」

 

 クスクスと楽しげな笑いが開かれた空へと落ちていく。どうにもこの建物は周辺の物と比べても背が高いらしい。遠くを見れば海も見えた。

 ロックは視界に映る景色に背中を押される。

 

「また君は血だまりに沈むのか!」

「ロック、やめろ!」

 

 ロックの叫びが響く。ロックに対して思う事があるのか、銃弾は飛び出さない。

 レヴィの静止の声を無視し、なおもロックは続ける。

 

「君は空の美しさを知ったはずだ! 灰色の壁なんてここにはない! 目の前には海だって広がっている! 赤と灰色だけじゃない!」

「……お兄さんはやっぱり優しくて良い人だわ。でも少しだけ狡くなっているわね」

 

 狡くなった。ロックをそう評しながらも少女に落胆の色は欠片もない。むしろ変化を喜んでいるように、楽しげに笑っていた。

 

「私の注意を逸らしてお姉さんを助けようとしている。分かるわ、だってお兄さんはちゃんと私を(過去)として認識しているもの。前にも言ったけれど、人を見分けるのは上手いのよ、私」

 

 少女の独白にレヴィもロックも答えない。

 

「ねえ、お兄さん?」

 

 問い掛けるような声。

 

「私との約束を覚えているかしら?」

「……ああ、覚えているよ」

「ロック、死人の言葉だ! 耳を貸すな!」

「レヴィ、大丈夫だ。覚えているとも、ランチを持ってのお出かけだ」

「ああ、やっぱり。お兄さんは優しいわ。お姉さんは信じられる永遠(ネバー・ダイ)を?」

「そんなものはありはしねぇ。鉛を食らえばそれで終いだ。あんときのお前みたいにな」

「そうね、お姉さんならそう言うわよね。確かに永遠は存在しない。限りがあるわ。でも、でもね」

 

 楽しげな声に憂いが顔をちらつかせる。

 

「私は死んだ後も生きていたわ。いいえ、今も生きている」

「禅問答なら教会へ行ってやってきな。腐れ尼にもたまにはシスターらしいことをさせてやるといい」

「そんな高尚な話じゃないわ。ただ私はずっとお兄さんの記憶の中で生きているの。忘れ去られるその時まで、私はずっとこの世界に存在していられるのよ」

「君のその言い方は、今の君を、ここにいる君を顧みていない。そいつは一体どういうことだ」

「私は残滓、記憶の残滓。ジュマンジ(ガラスの靴)の魔法みたいな一時の夢。記憶から再現した駒、人形なのよ。そんな空っぽな私でも、私はお兄さんとまたお話が出来て良かったわ」

「君は……君はそれでいいのか?」

 

 ロックの問いに沈黙が降りた。十秒か、二十秒か。はたまた一分か。再び少女が語り出す。だがそれはロックの問いへの解答ではない。

 

「お兄さんはサイコロを振るべきよ。ゲームを進めて終わらせるべきなの。夢は覚めるもので、見続けるものではないわ。だからお兄さん」

 

 弾倉を入れ替える無機質な音。

 

「お願いよ、サイコロを振って」

 

 直後に銃声。もう話すことは無いと、声をかき消さんばかりに炸薬が吠え立てる。

 

「ロック、そいつの言う通りだ! 振れ!」

 

 レヴィの怒鳴り声が背中を叩く。覚悟したはずだ。壊してくれと頼んだはずだ。揺らぐな。突き進め。心の中で自らを鼓舞する。覚悟を握り、ロックがサイコロを振る。自分の人生を投げ入れる。

 

「──なっ、テメェ!」

 

 転がるサイコロを見つめるロックにレヴィの驚愕の声が届く。視線を上げればそこには身体中から血を噴き出ず少女が立っていた。

 

「自殺するのに人を使ってんじゃねェ!」

 

 胸糞悪いと吐き捨てるレヴィの声にロックはわざと少女が射線へ出たことを悟った。今にも崩れ落ちそうな少女は、だがそれでも倒れず、震える足を必死にのばしている。

 顔を出したロックと少女の視線がかち合う。

 

「やく、そ……く、の───」

 

 言葉は最後まで音にはならなかった。それでも届いた。彼女は約束の時間だと告げたのだ。先ほどの話から思い当たる節は一つしかない。だがランチをするのに死んでは意味がない。

 想像がめぐる。次の瞬間、ゾッとした。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ジュマンジが示す。暗示を示す。

 

  “五か八が出るまで”

  “ジャングルで待て”

 

 単純明快。そして身体が指先から引き伸ばされて、ジュマンジのガラスへと吸い込まれていく。

 

「レヴィ! 五か八だ!」

「ロック!」

 

 離れているレヴィに暗示は見えない。近づく前には消えてしまう。長く話す時間もない。だからこそ簡潔にロックは叫んだ。レヴィもロックの叫びに振り返り、消えゆくロックの姿を見てしまった。

 駆け出すが遅い。たどり着いたころにはもうロックの姿は欠片も無い。そこにはジュマンジだけが転がっている。

 

「くそ、ハメられたってのか!?」

 

 レヴィが振り返れば少女の死体もきれいさっぱり消えていた。だが今のレヴィにはどうすることもできない。次の手番はベニーなのだから。

 レヴィは駆け出す。少しでも早くダッチとベニー、二人と合流するために。

 

 

 

 

「全くもって不可解だ」

「ああ、確かに。僕にさえ分かる。あの子にやる気がない事くらい」

 

 ダッチとベニーはドックへたどり着いていた。だがそれは二人が頑張った結果ではない。

 獣に追い立てられながら逃げている時、双子の片割れが姿を現し、襲い掛かってきたのだ。斧を振り回し、投げつけてくる少年はたしかに厄介だ。無軌道に暴れ回る獣も足せばなおのこと手が付けられない。

 だがそれにしても相手が引くのが早すぎるのだ。少し襲撃すればするりと姿を消す。まるで誘い込んでいるようにさえ感じた。否、実際に誘導されていた。

 その考えはドックへ着いてから確信へと姿を変えた。どうにもここへ足止めしたいようで、先ほどから適度に攻撃されるがまるで殺意を感じられない。まさに足止め程度のちょっかい出しだ。どれほどそうして時間を費やしただろうか。

 ダッチとしてもタイマンであれば負けない自信はあるが、今は少しでもリスクを減らしたい。レヴィが方を着けてドックへやってくるのを待つ方が堅実だ。だからこそ相手の思惑通りに足止めをされているし、刺激を控えていた。

 そしてとうとう待ち人が到着したらしい。扉を蹴破りレヴィがドックへと姿を現したのだ。

 しかし姿を現したレヴィは酷く気が立っていた。それにロックの姿がない。ダッチとベニーはまさかの出来事を連想した。

 

「ベニー! あの馬鹿、今度はゲームに拉致られやがった! サイコロを振れ!」

 

 浮かんだ予測はレヴィの怒鳴り声が完膚なきまで蹴り飛ばした。ついでとばかりに投げつけられたジュマンジをベニーが慌ててキャッチする。

 

「拉致られただって!? ジュマンジの中とは言わないよね?」

「そのまさかだ、五か八だとよ」

 

 レヴィが入ってきた扉の先を顎でしゃくる。船の置いてある下へ降りていろとのレヴィの意思を正確にくみ取り、ベニーは横をすり抜ける。

 レヴィはダッチの隣まで行くとアイコンタクトを行った。私が始末をつける、と。

 

「そう、姉様は降りたんだ」

 

 だが二人が動き出す前に少年が先んじて行動に出た。隠れていた物陰から出て、その身をさらしたのだ。斧を持った両手はだらりとさげ、臨戦態勢にない事を示していた。

 不意に訪れた好機にダッチが反射的に銃を向ける。だが銃弾は放たれなかった。レヴィがダッチの腕を下げさせたのだ。

 

「レヴィ」

「ダメだ。殺すとロックが危険になる。アイツら死んで戻る気らしい。手足を撃って転がしておくのが最善なんだが……」

 

 だがあまりの戦意の無さにレヴィは僅かに逡巡していた。ベニーがゲームを進めているならこの膠着は自分達にとっては利になっている。仮に穴を空けて動けなくしても、子供の身体だ。失血死するまでは早いだろう。

 ならば無力化するのはギリギリまで遅らせたい。それがレヴィの正直な心境だった。

 

「お前達は何がしたいんだ?」

 

 待つことしか出来ないのも苦痛だ。気を紛らわせるためにレヴィが問いかける。

 

「僕は……そうだね。海と空を見に来たんだ」

 

 まるで年相応の子供のようなあどけない顔で少年は語る。

 

「ここまで誘導したのも海が見えるから。最期に姉様が見て、綺麗だと感じた物を僕も感じて見たかった。それだけだよ」

 

 滔々と自身の思いを語った少年はついには視線を二人から逸らす。行きつく先は窓から見える外の景色。決して届かない物を見ているように、少年の瞳は悲しげに見えた。

 少しの間、少年は外を眺めていた。そして再び視線が戻る。

 

「でもそれももう終わり」

「身体をさらしたその状況から再開する気か? 隠れるまで待ってくださいは通じないぜ」

「違うよ。終わらせるのはおじさん達じゃない。狩人の役目をまともに果たさないから変わりが来るんだよ。前菜は片付けられてメインディッシュが来るんだよ」

 

 少年は語る。明日の天気でも語るように至極軽い口調で語るのだ。

 

「気を付けてね、お姉さんたち。これは姉様を逃がそうとしてくれたお礼だから嘘じゃないよ。まあ、そこのお姉さんは姉様を一回殴ったから痛い目見ればいいとは思うけどね」

 綺麗な笑顔は何かを悟っていた。少年の笑顔がレヴィには酷く癪に障った。理由の一端は、自殺をした姉に似ているのもあるのかもしれない。

 

「チッ。それじゃあそのメインディッシュってのはどんな奴だい?」

「もう来ているよ。すぐそばまで。彼は」

「相手方へ与するのはルール違反じゃありやせんか? お前さんは少なくともこっち側の駒のはず。ならば通さなくっちゃいけねェ筋が有るはずだ。違うかい?」

 

 ドックへ降りる階段ではなく、少年側の外へと通じる階段から声が聞こえた。少年が咄嗟に振り返り、斧を振りかぶる。だが遅い。遅すぎる。なんたって相手は()()()()()()()()怪物なのだから。

 

「──ッ!」

 

 振りかぶった腕が切り飛ばされる。跳び出そうとした悲鳴を辛うじて呑み込み少年が二本目を振りかぶり。

 

「い、ッ……ひ、どいや、おじさん」

 

 再び切り飛ばされた。もはや死にかけの少年が気丈にも不平を漏らす。だが対峙者は無常であった。

 

「そいつが代償ってもんさ、坊主」

 

 一閃。喉を切り裂かれ少年がついに倒れ込む。苦しむ時間は長くなかった。血だまりに沈んだ少年はすぐに動かなくなった。

 

「最低ここに極まれり、だ。ここにきてデカブツたぁ嫌がらせが堂に入ってやがる」

「レヴィ、知っている奴か?」

「前に話したジャパニーズサムライだよ」

「うげ、そりゃ銃弾切り落としたっていうアレかよ」

「さがれダッチ、こいつの相手は荷が重い。それに今は言葉の弾丸がありゃしねぇ」

 

 珍しく冷や汗を流しながらレヴィが囁く。ダッチもレヴィがそこまで言う相手だ。メイドとの喧嘩しかり、自分では手に余ると判断してベニーを探しにその場を離れた。

 

Come on jumbo(来いよ、デカブツ)

 

 白刃を握った怪物が獰猛に笑い、ガンマンも鏡合わせのように笑みを浮かべた。

 すぐさま激しい喧騒が二人を包む。

 

 

 

 

 

 ふと気が付いた時、ロックはジャングルの中にいた。アクション映画なんかで良く見かける鬱蒼とした密林。

 植物や動物の気配が辺りには満ちていた。何となしにロアナプラへ出てきた物の大半はここにいたのだろうかと益体もない思考を巡らせている。

 現実逃避気味に思考を遊ばせていたロックの耳へ不意に音が聞こえた。ずっと聞こえていた木々のざわめきではなく、動物の息遣いでもない。草木をかき分けて進む、意思の籠った音だ。

 だんだんと音が近づいてくる。だがロックは逃げようとはしなかった。予感があった。違う。確信だ。呑まれる前のことをぼやけていた頭が思い出す。

 そして音がついに草一枚を隔てた先までやってきた。

 

「お兄さん、ピクニックの時間よ」

「そうかい。それなら付き合うよ」

 

 ひょっこりと顔を出した少女が誘い文句を口にすれば、ロックもすぐさま少女の誘いに答えを返す。

 銃を担いだ少女と手を繋ぎ、ロックはジャングルの中を歩いていた。

 酷く奇妙な感覚だった。まるで現実味がない。いや、現実味がないのは当り前か。非現実的なことが続きっぱなしなのだから、現実味がないのは当り前の話だ。

 だがそれを別にしてもどこか、そう、地に足がついていない感じがする。死んだはずの少女と並んで歩いていることが原因か。はたまた異常続きでとうとう脳がイカれたか。考えてもきっと答えは出ないだろう。

 少女を見下ろしながら歩いていたロックがふと気が付く。

 

「そういえば銃についていた熊のキーホルダーがなくなってるね」

 

 ロックの問いに、少女も眉根を寄せた。

 

「ええ、そうなの。きっとお外で落としてきたのだわ」

「それはまた……ここも外だから面白い話だと笑えばいいのかな」

「あら駄目よ。これは悲しいお話なの。だから優しいお兄さんは私のことを慰めるべきなのよ」

 

 ロックは「そうかい」と短く返すと、空いている手で少女の頭を優しく撫でた。撫でられた少女は途端に破顔して瞳を細めた。

 ジクリとロックの胸が疼く。もう埋まった傷口が再び熱を帯び始めた。自分は決めた。定めたはずなのだ。だが。それでも。やはり。目の前にいて、言葉を交わして、触れ合ってしまえば揺らいでしまう。

 過去に抱きしめた時に感じた髪の手触りも、少女の声も、体温も、全てが当時のままだった。もはや忘れかけていたこともあった。だが実物に触れて思い出してしまった。そしてそれは過去の傷も、思いも同様に。

 

「お兄さんは何も悪くないわ」

 

 見透かしたようなタイミングで少女は告げた。あまりにも的確に内心を突かれたロックは咄嗟に言葉が出なかった。

 

「世界が優しくなかっただけ。私の、私達の運が悪かっただけ。だからお兄さんは何にも悪くないの」

 

 続く突き放す内容の独白が心を逆撫でる。

 そんな事分かりきっている。理解しきっている。ベニーも言っていた。ロックが出会った時点でもう少女は終わっていた。手遅れだった。ロックに出来ることは何も無かった。

 だが理解できることと納得できることは違う。

 

「それは……それは俺が言わせていることなのか」

 

 ロックの血を吐くような問いかけに少女は小首を傾げる。

 

「君は記憶だと言った。記憶の残滓だと自分を評した。ならばそれは俺が作り上げた君に、俺が言われたいことを言わせているだけなんじゃないか」

 

 一人遊びなのではないか。人形遊びなのではないか。自分が気持ち良くなるための感傷なのではないか。ロックにはそう思えてならなかった。

 少女もそこまで聞いてロックの言いたいことを十全に理解する。一瞬だけ悲しげな笑顔を浮かべて、ロックの腰へと抱きついた。背の小さな少女の頭がロックの胸元へとこつんと当った。もう少女の表情はロックからは見えない。

 

「本当にお兄さんは優しい人ね。自分の背負う罪の一つだと私を背負って進んでいる。だから自分を自分で許すことを許せないでいる。本当に、本当に、悲しいくらい優しい人」

 

 小さな子供をあやすみたいに少女がロックの背中をさする。昔、船で自分がされたみたいに今度は自分がそうする。少女はロックが変わっていた理由を何となく察した。普通の、別の世界に住んでいるみたいに感じた彼の優しさが、感性が、あの街(ロアナプラ)でいくつも傷を負い、彼の中の価値観を変えていったのだと。

 だがそれも大きな古傷の一つである自分と再会したことで、揺らいでしまっている。再開したことに浮かれていただけの自分がなんだか少しだけ申し訳なくなった。

 

「お兄さん。確かに私は記憶の残り香だと言ったわ。けれども誰の、とは指定していなかったわ」

「それは一体……」

 

 どういう意味か。ロックには皆目見当もつかなかった。

 

「私は私の記憶の残滓から作られているの。だからそうね、乱暴に言ってしまえば銃で撃たれた後の延長線にいるのよ。だから私の言葉は全部私のもの」

「君は、本当に……」

「シンデレラの魔法が解けるまでの儚い夢。時間(クリア)したら溶けてしまう雪のようなもの」

 

 だから惑わされないで。少女はそれを言葉にはしなかった。だがロックは漠然とではあるが察していた。

 

「そうか。だったら今はもっとするべきことがあるね」

 

 ロックはそう言って少女を抱き上げる。あいにくと手元にランチは無い。けれども散歩くらいは、楽しい夢くらいは見る事が出来る。

 そう長い時間をおかずに消えてしまう少女の時間を自らの慰めに使うことをロックは嫌った。

 どうせ何一つ残らない時間なのであれば、それこそ夢のような時間を過ごすべきなのだとそう決めた。互いにその事を明確にしない。だがお互いに了解していた。

 少女が示すままにロックはジャングルの中を進む。川でまどろむカバを、草原を駆けるシマウマを、木々を移り行く猿たちを、二人は見つけては一喜一憂した。

 けれども魔法は解けるもので、夢は覚めるものなのだ。終わりを告げる来客がやってきた。

 

「姉様、楽しめたかな?」

 

 散策を続けていた二人に声がかかった。少女に良く似た声。視線を向ければ双子の兄がいた。

 

「ええ、とっても! 夢のようだったわ」

「そっか」

 

 双子が手を取り合って笑い合う。

 

「じゃあお兄さん、そろそろお呼びがかかると思うんだ」

「だから最後にお礼に一曲聞いてくださる?」

 

 少女の頼みは少年も知っていたのだろう。手を繋いで並んだ二人が楽しげに笑っている。

 

「そうか。それじゃあ聞かせてもらえるかな、君たちの歌を」

「ええ、もちろんよ。それじゃあ、兄様」

「始めようか、姉様」

 

 いつか聞いた少女の歌声に少年の歌声が重なった。天使の歌声にロックは耳を傾けた。

 無性に悲しく、それでいて最後まで自分らしくあの街で生きようと思わせてくれる。そんな歌声だった。

 やがて歌が終わる。けれどそこに拍手は無い。何故なら観客はもういないのだから。ロックが座っていた場所は最初から誰もいなかったように抜け落ちていた。

 

「お休み、姉様」

「お休み、兄様」

 

 全てを悟り、受け入れている双子は静かに終わりの時を待つのであった。

 

 

 

 

「ベニー、ベニー・ボーイ! どこ行った!?」

 

 ダッチが声を荒げてベニーを探す。扉から駆けおりてきたダッチがベニーを探す。上の階では激しい乱戦が始まったことを音色が告げていた。

 

「ダッチかい?」

 

 呼び声に反応し、ベニーの声が返ってくる。だがその声に覇気は無く、悲嘆が満ちていた。訝しむダッチがそちらへ向かえば、施設内にあった雨よけ用のシートにくるまっている人物がいる。

 声の聞こえた方向から推測してもベニーで間違いはないだろう。

 

「ベニー、なにしてやがる。そんな薄っぺらいシートじゃ弾除けにもなりゃしないぜ」

「違うんだ、ダッチ。これはその……その……」

 

 声にはまるで覇気がない。

 

「僕としてもロックが心配で、八を作ったんだ」

 

 作った。確かにベニーはそう言った。出目を作ったと。

 

「まさかベニー、このとち狂ったゲームでイカサマをしたのか」

 

 「正気か?」と最後に付け足そうとした言葉をギリギリで呑み込む。リスクを負う可能性があっても仲間を助けようとしたのだ。称賛するならともかく、さすがにそれを揶揄する気にはなれなかった。

 それにこんな馬鹿げたことが起きているんだ。正気のはずがない。自分も、ベニーも、ロックやレヴィも当然そうだ。

 

「ああ、まさかこんなことになるなんて思いもしなかったよ。これ、本当に元に戻るんだよね? そうでなけりゃ僕は身投げするぞ」

 

 シートの奥で姿を見せないベニーが嘆く。怖いもの見たさはあるが、ダッチもそれを実行する気にはなれなかった。無理にでも見れば、今後の人間関係に禍根を残すのは火を見るよりも明らかだ。

 

「それじゃあベニー、サイコロは振った扱いになるのか?」

「そうみたいだ。その後振っても反応しないからね」

 

 ベニーが数歩歩けば、足元まで覆うシートの端からジュマンジが姿を現す。ダッチが盤上のサイコロを握る。

 

「さてと……今度は何が出る事やら」

プレイメイト(ヌードモデル)くらい出てきても罰は当たらないと僕は思うんだけどね」

 

 覇気はないが、それでも言葉を返したベニーにダッチも「違いない」と笑いを返す。深呼吸を一つ。弾倉の弾は問題ない。ならばとダッチがサイコロを手から離す。サイコロが転がり、結果を示す。駒が進めば、暗示が浮かぶ。

 

  “上がりは目前”

  “大地は震え始める”

 

 浮かんだ文字が消えていく。暗示にあった大地へ二人が視線を向ける。二人が身構えた事で一瞬の静寂が生まれた。

 

「おいベニー、また揺れちゃいないか?」

「気の所為じゃないよ、ダッチ! でもこれはさっきの大行進(パレード)の比じゃない。()()だ!」

 

 ベニーの叫びを皮切りに、振動がより一層激しさを増す。立っていられないと、ベニーがへたり込み、ダッチも片膝をついた。

 

「おいおいおいおい、勘弁してくれよ」

「裂けてやがる!」

 

 ダッチの叫びは比喩ではない。文字通り地面が裂けはじめているのだ。ドックの中心から左右へと地面が離婚しようとしている。呑み込まれてはたまらないと、ダッチとベニーが慌ててジュマンジを引きずって裂け目から離れていく。

 その際、シートから僅かに覗いたベニーの手に、蹄らしきものが見えてダッチはシュレディンガーの箱の中身を察した。

 

「ダッチ、何が起きてる!?」

 

 外へと繋がる扉が開いてロックが駆けこんできた。ダッチの出目は五だったのだ。

 身体には傷一つなく、汚れも見当たらなかったが、一先ず現状の確認が最優先だ。

 

「ロックか!? 地割れだとよ」

「そんなこ──おい、ダッチ! 後ろだ! 船が裂け目に飲まれてくぞ!」

 

 ロックの悲鳴染みた叫びにダッチが振り返る。陸地の裂け目めがけて水が流れ込みながら、ドックの中にあった船も押し流されていっている。もはや救うことは叶わない。

 

「うっそだろ! パックマンじゃねェんだ! 呑み込んでんじゃねェよ!」

 

 いくら絶叫を上げようと、物理法則には逆らえない。船が裂け目に姿を消して、完全に見えなくなった。

 

「いや、不味いぞ、船よりもレヴィだ!」

 

 ベニーの叫びにダッチは反射的に言いかえしそうになったが、グッと堪えて裂け目から覗く二階部分へと視線を変える。ロックも同じだ。

 

「レヴィ!」

 

 傷を負ったレヴィが裂けた床に手をかけて、ぶら下がりながら辛うじて命を繋いでいた。下は裂け目。上には白刃。もはや絶体絶命。風前の灯。

 

「堪えろ、レヴィ」

 

 ダッチが叫び、銃を抜く。だがロックは分かっている。相手は銃弾を切り落とす銀次だ。この距離から撃っても決して当たりはしない。ならば打開するには別の手段がいる。

 走馬灯のように時間が引き伸ばされ、記憶がめぐり、そして見つける。

 

「レヴィ!」

 

 ロックの叫びに、ぶら下がったままのレヴィが視線を下へと向けた。

 

「撃て!」

 

 単純な指示と共にロックが手に握り込んでいたものを放り投げる。くるりくるりと宙を舞うソレ。

 

「オーライ、ロック。レヴィ様の日ごろの行いってやつを見せてやるよ」

 

 言葉と共に弾丸が二つ放たれた。別々の弾道を描く鉛は、宙を泳ぐサイコロを捉える。

 硬質な音が響き、サイコロが弾かれた。これは賭けだ。ダッチがテーブルを叩いても認識したのだ。可能性はある。

 からんからんと、床を跳ねまわるサイコロ。強い力で弾かれた二つのサイコロは明後日の方角へと飛び、誰の目にも出目は確認できなかった。だがそれでもジュマンジは出目に合わせて駒を進める。

 

「叫べ、レヴィ!」

Fuckin JUMANJI(クソ喰らえ)!」

 

 ダッチの銃の弾が切れ、弾丸を詰め直している隙にレヴィへとどめを刺そうとしていた銀次の動きが止まっていた。否、刀を振り下ろそうとしているがロックが吸い込まれた時同様に、刃先から、指から、足からと身体が薄く引き伸ばされながら吸いこまれようとしている。

 

「今度も私の勝ちだ」

 

 レヴィが獰猛に嗤い、踏ん張っている銀次へ向けて最後の銃弾を放つ。喉を貫き、致命傷を与えた弾丸は空へと消え、そして最後には銀次も消えた。

 

「終わった、のか?」

 

 ロックが呆然としながら呟く。だがまだ終わりではない。ハリケーンのような風音をかき鳴らし、ロアナプラじゅうから獣たちが空を飛んで吸い寄せられている。

 裂け目が出来て風通しの良くなった隙間から次から次へと獣が来てはガラスへと呑まれていく。そして最後には少女の銃についていた筈の熊のキーホルダーが吸い込まれて。

 

 

 

 

 気が付いた時にはレヴィもロックも船のキャビンにいた。

 同時にハッとした二人が互いに顔を見合わせる。二人の間にはテーブルとジュマンジ。まだ駒は配置されておらず、ゲームは開始されていない。

 

「レヴィ」

「言いたいことは分かる」

「ああ、そうだな」

 

 二人が煙草を取り出して火をつけて一服。そして一呼吸の間にダッチとベニーが駆け込んできた。二人の姿を確認し、安堵が浮かぶも一瞬で消し飛ぶ。

 

「そいつを畳め! レヴィ、ロック!」

「当り前さ、ダッチ。一回使ったティーバッグを使うほど金に困っちゃいないよ」

 

 レヴィが煙草の煙をくゆらしながらジュマンジを畳む。

 

「さて、こいつを捨てちまおうか。何か重りはあるかい、ダッチ」

「ああ、そいつを捨てる為なら純金だって重りにくれてやるよ」

「それが良い。僕ももうこりごりだよ」

「ロック、良い(結末)は見れたか?」

「ああ、楽しい結末()だったよ」

 

 「そうかい、そいつは良かった」とダッチは言うとキャビンを出て行った。そして全員が全員、このクソッタレのゲームを廃棄するための行動を開始する。鎖を巻いて、重りをつけて、近在で一番深い場所へと投げ捨てた。

 皆が祈った事だろう。二度と世に出てくるなと。

 ジュマンジが沈みゆくとき、太鼓の音が聞こえた。どこかの部族音楽的な太鼓の音は、きっとジュマンジが己の存在を主張するための手段なのだろう。

 

「ケッ、自分で鎮魂歌(レクイエム)を奏でてやがるよ」

「いいさ、どうせもう誰も聞かないんだ。好きに騒がせればいいのさ」

 

 ロックの言葉に全員が同意を示して笑い合う。見上げた空はどこまでも青く、広がる海はどこまでも広大だった。

 

 

 

 

 どうやら時間ごと戻っているらしく、ベニーがネットで確認して全員がそれを知ることとなった。ロアナプラは本日もいつもと変わらず、銃弾が飛び交い、人が死ぬ。日常がつつがなく進行している。植物は暴れないし、動物も駆け回らない。ましてや死者も起き上がらない。普通でいつも通りの街として存在している。

 そして時間が戻っているという事はキャンセルしたはずの仕事も残っていて、嵐がないから相手さんも生きている。

 レヴィなどはもう疲れたから帰ろうとごねたが、ダッチがそれを却下した。仕事は仕事と割り切って、遂行するのだ。

 それとは別にして、こんなふざけたことが起きたきっかけの一端であるやつらの面を、拝みたかったというのも理由の一つであろう。少なくとも時間通りに来ていればロックたちがジュマンジを引き上げることも無かったし、巻き込まれることも無かったのはたしかなのだから。

 

 

 

「わるいわるい遅れちまったよ。代金は多少色を付けるからそうおこるな」

 悪びれもなくそう言った取引相手にレヴィがブチ切れそうになった以外は問題無かった、と思いたかったがそうはいかなかった。

「そうだ、色つけるついでにこいつもやるよ。来る途中に拾ったんだ」

 そう言って投げ渡された物に全員が既視感を覚えた。別に似ている訳ではない。ジュマンジが木の質感を前面にだしたレトロ調なのにたいして、今渡された物はコズミック的な装飾を施されている。

「『ザスーラ』っていうボードゲームらしい」

 その瞬間、全員が叫ぶ。

「「「「捨てろ!!!」」」」

 怒声と叫びと銃声が海上に響き渡り、やがて消えた。

 

 




『ザスーラ』は『ジュマンジ』の精神的続編です
最後までお付き合いいただきありがとうございます

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