魔装姫士アマネ   作:James6

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 一ヵ月近くも更新遅れて申し訳ないです。
 うわ、なんか凄い長い(自業自得)毎回増えていく文章は、作者のプロット考案が下手くそだからって言うのと、きっちり収めようとしすぎるからなんですね。
 後、鬱とかシリアスとかそういう描写が下手過ぎてちょっと、ね。


 コラテラルダメージ
 意味:副次的な被害。


第四話『コラテラル・ダメージ』

 いつも通りな学校帰りの午後。桜も散って緑に色付き始めた夏の準備期間。五月にもなって、暑さも増してきたように感じる。その証拠に、少女の肌にはワイシャツが薄らと張り付いていた。

 天音は今日も今日とて桑原重工へと出勤する為、その道を足早に歩いていた。給料日とやらも迫っているが、天音にとっては給料、お金などというものには何の価値も感じなかった。

 自分は、ただ無心に憎きゴーレムを殺すだけだ。見返りなんて求めない。求めたって、意味は無い。結局、お金など使えば無くなるのだ。それが勝手に補充されていく。たったそれだけの事にしか思えなかった。

 

 

「わーいっ!」

「こら、走らないの! ⋯⋯まったくもう」

 

 

 車道を挟んだ向こう側の道に見えた、何やら楽しそうな幼い少女と優しげな苦笑を浮かべる母親の姿。

 自分にも生きた母親がいればあんな感じだったのだろうか。

 そんなことを思って、天音は変な考えを払うべく頭を振った。母親なんて、居ない。会ったこともないじゃないか。どうして、そんな居ても居なくても変わらないような存在を幻視してしまったのか。無性に嫌になった。

 天音は、その苛立ちを隠すように足を速めた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 桑原重工の本社に着けば、いつでも出撃できるよう、エクィテス専用更衣室でドレス装着用のスーツに着替える。この流れも、もう慣れたものだった。

 

 

「こんにちは」

「おお、こんにちは、篠宮天音様。今日も精が出ますねぇ」

「⋯⋯どうも」

 

 

 十三番研究室に顔を出せば、そこには普段通りといった様子の瓶底メガネ、西園の姿があった。しかし、未子や瑞乃の姿は見受けられない。

 二人の、というより赤坂の行方を問えば、西園は不思議そうな顔をして口を開いた。未だに曙橋瑞乃に心を開き切っていないのは、一言に天音の意固地な性格故か。

 

 

「赤坂くんなら、たまには私達で天音ちゃんをお迎えするんだなんだと言って、曙橋くんを引っ張って行きましたが⋯⋯はてさて、すれ違い、ですかねぇ」

「⋯⋯なるほど。ありがとうございます」

「ああ、少しお待ちください、篠宮天音様」

 

 

 礼だけ述べて研究室を出て行こうとする天音を、珍しく西園が呼び止める。何やら話があるらしい。

 書類だらけのデスクから椅子を引っ張り出し、簡素なテーブルまで持ってくると座るように促す。天音は、促されるままに椅子に座った。飲み物の是非を問われれば、怪訝に思いながらも頷く。まさか、この主任が飲み物を用意するだなんて思わなかったのだ。かれこれ半月以上の間彼らと過してきたからこそ、天音には疑問ばかりだった。

 

 

「篠宮天音様、魔装姫士の仕事には慣れましたか?」

「⋯⋯ええ、まあ」

「難しいでしょう、この仕事」

「⋯⋯確かに、難しいですね」

 

 

 改まって何を尋ねてくるかと思いきや、西園の口から飛び出したのは天音への仕事への所感を問う文言。もっと奇天烈な事を聞かれるのかと思ったが、彼の質問は間合いすらも奇天烈であったらしい。まともな事を聞かれているのに、その裏があるのではないかと疑ってしまうのは、単に彼の普段の姿ゆえだ。

 

 

「篠宮天音様、何か悩み事などございますか? あ、ワタクシに話せないようなことなら結構ですので。ほんと、全然言わないでくださいね。どうにも出来ませんから」

「⋯⋯いえ、特には」

「そうですか、そうですか。良かったです」

「あの⋯⋯」

 

 

 いよいよもって訳が分からない。

 困惑を隠せなくなり始めた天音に、西園は見計らったかのようにネタばらしをした。

 

 

「カウンセリング、ですよ。未成年の魔装姫士には義務付けられてましてねぇ。社長にもドヤされまして」

「ああ⋯⋯」

「篠宮天音様、貴方、放っておいたらカウンセリングなんて受けないでしょう。だから、社長に研究費削減だって脅される前にワタクシの方で、と思いましてねぇ」

「⋯⋯それは、まあ、確かに」

 

 

 そう言えば、魔装姫士になる段階でサインした承諾書、規約書の項目に、カウンセリングを受けるように書かれていた気がする。

 確かに、何も言われなければカウンセリングなど絶対に受けていないだろう。それは確実だった。

 なるほど、やることをさっさと終わらせておきたい、そんな打算が含まれていたようだ。天音は、目の前の瓶底メガネが全然変わっていなかったことに安堵した。そんな天音の様子を見計らったかのように、西園は切り出す。

 

 

「ところで、篠宮天音様」

「⋯⋯何ですか?」

「我々、第十三研究室の創設理由、知りたくありませんか?」

「⋯⋯!」

 

 

 それは、確かに気になっていたことだ。

 最近知ったことだが、ここの研究室は九室しかない。第八研究室とここ、第十三研究室との間は空白なのだ。何かあるのだろうことは容易に考えられた。自分の所属する研究室だ。その創設理由が気にならないわけがない。

 

 

「では、その前に⋯⋯」

「⋯⋯?」

「カメラの前では話せないこと、なのですよ」

 

 

 西園がポケットから取り出したリモコンを、研究室の白天井隅に設置されている監視カメラに向けて操作する。怪訝そうな顔の天音に、ぼかすように西園は応えた。

 

 

「そうですね。まずひとつ言えること、我々第十三研究室は、赤坂くんとワタクシの二人だけでした。そして、今回貴方が加わり、曙橋くんが加わった。四人体制なわけですよ」

「⋯⋯」

「そんな第十三研究室ですが、我々はとある目的で発足された」

「とある、目的⋯⋯?」

「それは⋯⋯」

 

 

 とある目的。それこそが、天音の今一番知りたいことに違いない。その答えを催促するような天音の視線に、西園はニヤリと笑って口を開こうとした。

 その時、研究室のサイレンがけたたましく鳴り響いた。それとほぼ同時に、焦った様子の茶髪の女性未子が飛び込んでくる。

 

 

「天音ちゃん、居る!?」

「赤坂さん⋯⋯!」

「おっと、お邪魔虫が現れたようですね。出撃してくださいませ、篠宮天音様。このお話は、また次の機会に」

「⋯⋯はい」

 

 

 残念そうに肩を上げて落とし、仰々しく一礼した西園の姿を後目に、天音は未子の後を追い掛けた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

 半ば走って辿り着いたガレージは、普段からは考えられない程に慌ただしかった。まさしく、緊急事態(・・・・)、といった様相だ。

 今日は同時間帯シフトの人が居たはずだ。その姿と、ドレスの姿が見受けられないことから、先に出撃したのかもしれない。

 だとしてもだ、ここまで整備班や作業員の面々が忙しないのは初めてのことだった。医療班と記された服に身を包む者達の姿も見受けられる。天音は、違和感と不安を覚えた。

 

 

「天音さん! すぐに出撃準備をお願いします!」

「⋯⋯了解」

 

 

 音声案内と整備班の指示に従い、自らの愛機である黒塗り機体、チャリオッツS(シノミヤ)A(アマネ)edを装着。起動状態にして、瑞乃の指示を待った。

 

 

「天音さん、今回の対象は全長21m。大型ゴーレムに分類されます」

「大型、ゴーレム⋯⋯」

 

 

 大型ゴーレム。

 あの時(・・・)以外、まだ一度も相対したことは無いが、その名前はよく耳にする。

 5m未満の小型、5m以上10m未満の中型、10m以上が大型に分類されるゴーレム。基本的に発生件数は中型が最も多く、大型は中型の十分の一程度の発生率しかない。

 そして、その分、強い(・・)。それは、魔装姫士五人がかりでなければ安定して倒せない程に。

 

 

「ただ、未だ民間人の避難が終わっていない現状です」

「⋯⋯っ」

「必然的に民間人の被害を抑えながら戦わなくてはなりません。さらに言えば、ゴーレムは依然、シェルター方向へと進行中です」

 

 

 ただゴーレムを倒すだけなら問題は無い。

 しかし、今回は対象が大型ゴーレムである点に加えて、民間人の避難が終わっていないという懸念事項、シェルターに被害が出る可能性が重なる。ここ何回かの出撃でも何かを守りながら戦ったことはあったが、そのどれもが難しいものばかりだった。その上、その時の殲滅対象は中型種のみ。今回の大型ゴーレムとは比べるだけ無駄だろう。

 

 

「今回の件、まだ経験の浅い天音さんでは難しいという判断で、同シフトの方に出撃してもらいましたが⋯⋯」

「⋯⋯!」

 

 

 瑞乃の顔色は暗い。何か良くない事態が発生したのだろう。

 ちょうどその時、その裏付けをするように、ガレージの入り口が慌ただしくなる。さっと振り返れば、一人の魔装姫士に抱かれるようにして運び込まれるボロボロに砕けた装甲を纏った女性の姿が見えた。

 医療班に担架で運ばれ、隣を過ぎ去った時、天音は息を飲んだ。

 腹部には装甲の破片が突き刺さり、右半身の皮は所々剥げている。脚はかろうじて原型を留めているような、そんな見るも無残な状態であった。生きているのが奇跡に思えるような、そして、残酷に思えるようなその姿に天音は表情を曇らせる。

 

 

「ああなってしまっては、もう魔装姫士としては戦えないだろうな」

「⋯⋯!」

「もしかしたら、お前みたいにゴーレム憎しで立ち上がるやも知れんが、まあ、そのようなことは些末なことだ」

 

 

 天音にかけられる声。その声に、聞き覚えがあった。重量のある無機質な重たい音を響かせながら近付いてくるのは、先程女性を運び込んだ白髪の女性。その冷たい赤い眼には、確かに覚えがある。

 

 

「久しぶりだな、天音。活躍、聞いているぞ」

「柏木、教官」

 

 

 柏木(かしわぎ)京佳(きょうか)

 魔装姫士免許を取得する際に、天音の教官を担当した日本フロンティア政府所属のエクィテス。苛烈にゴーレムを殲滅するその姿から、進撃者の名でも知られる日本フロンティア有数の実力者でもある。

 

 

「その様子なら、出撃出来るな?」

「⋯⋯はい」

 

 

 柏木の有無を言わさない視線に、天音は強く頷いた。

 そうして出撃する体勢を整えた天音へと、いや、当然とばかりに話を進める柏木へ待ったの声が掛かる。

 

 

「ま、待ってください! 天音さんは、まだ経験不足の新米ですよ!? なのに、大型ゴーレムの相手なんて」

「問題はあるまい。死んだならそこまでだったという事だ。なあに、心配するなよ、オペレーター。私の教え子だぞ? そう簡単に死にはしないさ。それに私も付いている」

 

 

 そう言う柏木の言葉、所作には、天音への絶対の信頼が見て取れた。実際、ここ最近の戦果は上々。ルーキーとは思えないとお墨付きまでもらっている。だから、何の問題もない。

 何より、こうしている間にも、憎きゴーレムはのさばり続けているのだ。問答など意味の無いことである。少なくとも、天音の考えはそうだった。

 

 

「⋯⋯分かり、ました。⋯⋯天音さん、絶対に無理はしないでくださいね」

「⋯⋯篠宮天音、行きます」

 

 

 そうして、柏木の後を追う形で、天音は空へと飛翔した。

 その胸には、大型ゴーレムを討伐することへの揺るぎない意欲が湧いていた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「⋯⋯酷い」

「うむ、そうだな。地獄絵図の如き惨状だ」

 

 

 到着したそこは、柏木の言葉通り、まるで地獄絵図。

 横幅20メートル程度の大通りには、大破した車や、なぎ倒された街路樹、破壊された家。そして、夥しい数の血痕と肉片(・・・・・)が散乱していた。

 落ち始めた太陽にうっすらと赤く照らされた大通りは、さながら虐殺の現場という言葉が最も相応しいだろう。

 

 

「そして、我々の力不足が招いた惨状だ」

「⋯⋯」

 

 

 食いしばった奥歯から、歯と歯の擦れる音が鳴る。自分の決断が遅くなければ、もしかすれば助かる命だってあったかもしれない。そう考えると、自分の弱さへの憎しみと、比類なきゴーレムへの復讐心が湧き上がってきた。

 この惨状を作り出した、許し難き存在が近くに居るはずだ。出来ることはそいつを殺して、仇を討ってやることだけ。

 どこだ。天音のそんな心の中の呼びかけに呼応するように、ソレ(・・)はビルを突破って現れた。

 

 

『■■■■■■ァァア!!』

「⋯⋯来たな。やるぞ、天音」

「⋯⋯了解」

 

 

 現れたのは、全長18メートルにも迫るであろう巨大な熊。しかし、腕の部分は筋肉の付いた人の腕らしきものに、背中からは何やら木のようなシルエットが生えている。単にゴーレムらしい、異形の姿であった。

 大きさ以外姿かたちは全く違うのに、いつぞやの憎き存在が脳裏に浮かんだ。その姿を、幻視した。辺りの惨状もそれを増長させているだろう。

 

 ―――絶対に、殺す。どんな手を使っててでも、此奴を生かしてはおけない。何を犠牲にしてでも、お爺ちゃんの仇を取る。

 

 そんな、どこまでもドス黒い熱意(・・・・)が天音の心に湧き出た。

 

 

『■■■■■ァッ!』

「散開ッ、空からの射撃行動に移れ!」

「了解⋯⋯!」

 

 

 柏木からの的確なタイミングでの指示に従い、中空で待機していた天音はブースターを吹かしてより上の空へと飛翔する。その間、天音よりもいち早く上へと移動していた柏木の機体、エグゼキューショナーのスナイパーライフルによる援護射撃。やはり、ベテランであり、日本フロンティア屈指のエクィテスと言われるだけあって、その強さは折り紙付きだ。その証拠に、援護射撃でありながらその弾丸は正確にゴーレムの手足を撃ち抜き、しばらくの行動を阻害していた。

 

 

「はぁあ!!」

「⋯⋯ッ!」

『■■■■ゥアァア!!』

 

 

 ゴーレムの怒りの咆哮も意に介さず、天音はアサルトライフルを、柏木はスナイパーライフルを撃ち込み続ける。集中砲火に怯んだゴーレムは、前に進めていない。ダメージだけは蓄積していっている。

 この調子なら、大型ゴーレムと言えど楽に殺せそうだ。

 脳裏で一瞬、そんなことを考え、もう一度思考を戻した時、そこにゴーレムは居なかった(・・・・・)

 

 

「⋯⋯っ!?」

「天音、後ろだ⋯⋯!」

 

 

 その声に弾かれるようにして後ろを振り返れば、そこにはビルに囲まれた開けた場所と、地面に埋まるようにして存在する中規模の建物があった。

 そして、その反対側、700メートル程度先にはゴーレムの姿。奴の攻撃を喰らえば、シェルターなどひとたまりもないだろうことは想像に難くない。

 ゴーレムは怯みながらも、シェルターへ向けて攻撃出来る最良の位置を目指していたらしい。

 

 

「シェルター⋯⋯!」

「⋯⋯事態は不味いが、出来うる限り(・・・・・・)、お前にはシェルターを防衛してもらわなくてはならない」

「⋯⋯了解です」

 

 

 大通り故に、ゴーレムを食い止める障害となれるのは自分達しかいない。

 渋々といった様子で返答する天音を見て、柏木は満足そうに頷くと、スナイパーライフルを構えてゴーレムへと突撃していった。

 その姿は、エグゼキューショナーの黒い装甲も相まって黒い流星。そして、その顔は狂気的な笑みに歪んでいた。

 

 

「クズめがッ! 依代さえなければ何ら害を為せぬ、他力本願の寄生生物がッ!!」

『■■■■オァ!?』

 

 

 近接武器のサーベルで以て脚を切り付け、スナイパーライフルを接射(・・)、苛烈に攻め入るその姿は正しく進撃者(・・・)。ゴーレムもみるみるうちにダメージを受けて動きを鈍らせていく。逆に、ゴーレムの攻撃は一つたりとて柏木に当たる様子が無い。

 

 

「⋯⋯凄い」

「今、下らぬ生を終わらせてやるッ!!」

『■■■■■■ァァァ!』

 

 

 自分では到底叶わない立ち回りに、天音は一言、感嘆の言葉を漏らす。それと同時に、自分の手で殺せないことに焦り(・・)も。

 するとその時、戦闘と自分との間、大通りのビル沿いに幼い声(・・・)が聞こえた。

 

 

「みてみて、おかあさん! えくぃてすだよー?!」

「こら、止めなさい! あの人達が戦っている内に早く逃げるわよ!」

「⋯⋯っ!?」

 

 

 サラリーマン風の男と、二人の老人、そして、先程見かけた少女と母親。恐らくシェルターに逃げ遅れたのだろう。怒号と彷徨、銃声が聞こえる大通りを駆け足にシェルターの方へ向かって行く。

 男は老人を突き飛ばし、我先にと走って行った。老人は地面に倒れながらもなんとか起き上がり、二人でシェルターを目指していた。この調子なら、何も問題ないだろう。しかし、あの老人を押し退けたサラリーマンに関しては、少しばかり助けたくない気持ちが湧いてしまったが、私情で区別も出来ない。だから、嫌だったとしても助けよう。

 

 そう思った、矢先であった(・・・・・・)

 

 

 

「ぐぁっ⋯⋯!?」

「教官!?」

 

 

 

 沈む間際、一層強く太陽が輝いたその瞬間。

 少女の隣を柏木が急な速度で通過した。そして、ビルに衝突。煙を上げて強くめり込む。見れば、ゴーレムは筋肉達磨のような右手を更に肥大化させて振り払っていた。ドレスに備えられた搭乗者補助機能のひとつ、聴視覚の影響で、夕焼けにより目をやられたのだろう。そして、その隙を突かれて凪払われた。

 あの柏木京佳が死んだとは思えないが、あの様子では、すぐな戦線復帰は難しいだろう。今動けるのは、ゴーレムを殺せるのは自分だけ(・・・・)だ。

 

 

『■■■■■ァァアァア!』

「くっ!?」

 

 

 天音など眼中に無いとばかりに、ゴーレムは大通りを巨躯に見合わぬ速さで疾駆する。

 目指す先にはシェルターと、突然のゴーレムの突貫に逃げ惑う人々(・・・・・・)。このままでは、進行方向の彼らは轢き殺され肉塊となり、シェルターは破壊し尽くされるだろう。刺し違えてでも、殺るしかない。

 突貫しようと、ブースターに意識を集中させようとした。

 

 

 

「天音ッ! 私の銃で狙い殺せ! お前なら、一撃で殺れる筈だッ!!」

「教官⋯⋯!」

 

 

 

 聞こえる柏木の声。すぐ真下には、エグゼキューショナーのスナイパーライフル。

 天音は地面に突撃するようなスピードでソレを掴み取ると、構えてスコープを覗き込んだ。確かにダメージ蓄積具合から見るに、頭部を狙えば一撃でやれるはずだ。だが、この手の類の武器を使ったことがない故に、狙いを付けるのが難しい。

 その間にも、ゴーレムは屠殺せんと加速する。あと少しで、シェルターに届く。

 

 

『■■■ァ!』

「ぁ⋯⋯っ!?」

 

 

 一人、サラリーマン風の男が跳ね飛ばされて死んだ。

 二人、老人が轢き殺される。

 三人、もう一人の老人が噛み砕かれた。

 ぎり。歯軋りをして、カタカタという震えを誤魔化す。何故震えているのか、考えたくもない。人が、死んでいく。自分の弱さで、ゴーレムが人を殺している。ゴーレムが(・・・・・)、好き勝手している。そんなの、許せない。

 視界が暗くなっていく中で、突如、インカムから声が聞こえた。

 

 

 

「大義の為の犠牲だ。許容しろ、天音」

「⋯⋯!」

「小を切り捨て、大を生かす。訓練生時代に教えただろう?」

 

 

 

 小を切り捨て、大を生かす。この世の摂理であり、力が無いが故の最低で最良の手段。

 天の音。祖父の言葉。全て、最良を求める。

 何か、違和感があるが、そんなものはどうでも良い。やるべきことをやれと、求められている。そうに違いないのだから。

 何より、祖父の仇である大型ゴーレムを討つには絶好のタイミングだ。

 

 

「⋯⋯はい、教官」

「それで良い」

 

 

 すぅっと、冷静な思考が戻ってくる。手の震えが治まった。

 そうだ。シェルターに匿われる沢山の命と、高々五人の命。天秤に掛けるのも烏滸がましいくらいに、振り切れている。

 最低だ。でも、やらないよりはマシだ。

 照準が合う。引鉄に指を当てる。ブレを完全に修正する。狙うなら、たった一つの瞬間。硬直が生まれるのは、その瞬間だけ。

 

 黒い、どこまでもドス黒い熱意(・・・・)が天音を支配した。

 

 

 

 

「殺れ」

 

 

 

 

 ―――最後に残った母娘が潰される。

 

 ―――響く銃声と共に、ゴーレムの頭部が弾け飛んだ。

 

 頭部を失った巨躯が、粒子を撒き散らしながら地面に倒れる。その下にある、何も理解出来ず死んだ顔だけとなった幼女(・・・・・・・・・)を下敷きにして。

 その顔が、うっすらと頬を伝った()が、やけに天音の眼に焼き付いた。

 

 

 

 ▽

 

 

 

「よくやった、という言葉は欲しくないんだろうな」

「⋯⋯柏木、さん」

 

 

 未だ、人々はシェルターの中。

 惨状を片付ける為に日本フロンティア政府の者達が慌しく駆け回る中、柏木は瓦礫に座る少女に声を掛けた。二人とも魔装は解いて、各自のガレージへと先に運び込まれている。

 

 

「⋯⋯切ないか?」

「⋯⋯っ、はい」

 

 

 切ない。確かにそうだ。

 あの涙が忘れられない。命を犠牲にした感覚が、胸を締め付ける。

 

 

「コラテラルダメージ、副次的な被害。私達の職業はゴーレムを殺すことだ。人殺しじゃない」

「⋯⋯」

「だが、言ったように副次的な被害、というのは常に付きまとうものなんだよ。今回みたいな、小を切り捨て、大を生かさざるを得ない状況なら特にな」

 

 

 副次的な被害。確かに、今回の件はそれだけで説明にカタがつく。それでも、それだけでは納得が出来ないのもまた、事実であった。

 

 

「私達がやっていることは、正しいこと、なんですよね?」

「⋯⋯ああ、そうだ」

 

 

 その肯定に、天音の中で何かが崩れかけた。大切な、何か。アイデンティティが。

 

 

「でも、なら、なんでこんなに胸が苦しいんですか⋯⋯!?」

「⋯⋯そんなもの、決まっているだろう。お前が弱いからだ」

「⋯⋯ッ!?」

 

 

 長い黒髪を振り乱して、少女は俯く。迷い戸惑い苦しむ様。

 その様を、しかして柏木は見詰めるだけだった。

 

 

「もう、分からない⋯⋯! 天の音に従っただけなのに⋯⋯!」

「⋯⋯天の音。はっ、天の音か。違うな」

「⋯⋯え?」

 

 

 天の音に従った。そう宣う天音を諌めるように、そして、顔を冷笑に歪めて柏木は口を開いた。天音の心を殺すような、そんな止めのような言葉を、囁いた。

 

 

 

「天の音、それは、お前の意志(・・・・・)だ。お前は、お前の意志に従って、男性と二人の老人、そして母娘を見殺した。紛れも無く、そうせざるを得なかったお前の落ち度なんだよ」

「⋯⋯私の、意志⋯⋯?」

「そうだ。考えても見ろ、悪人だって、大に入っていれば時には救わなきゃいけない。腐ってるよな、この世界は。だが、それをどうにかするのも、どうにかできなくするのもお前の弱さであり意思なんだよ。あのサラリーマンは、悪人だった。でもって切り捨てられる側にいたから死んだ。まあ、摂理だ」

 

 

 

 まるで、足元が崩れ落ちていくような、そんな感覚に陥る。

 視界が暗くなって行く。倒れそうになる身体が、誰かに抱き止められた。

 白が、視界に映る。

 

 

「ワタクシのところのエクィテスに、何やら吹き込むのはやめてもらえますかねぇ、進撃者サマ」

「⋯⋯西園か。お前も、食えない奴だな」

 

 

 見知った顔の男が天音の様子を確認する。その瓶底メガネに隠された眼が、うっすらと安堵に歪んだ様な気がした。

 

 

「天音、考えると良い。お前は、どうなるのかを」

「さっさと帰りなさい。貴女も暇なんですか?」

「はっ、そうだな。では、ここらで私は去るとしよう」

 

 

 去っていく柏木を、西園の腕の中で見送る。

 去り際の柏木の言葉を聞き止めて、天音は意識を手放した。




 鬱?谷?なんか、そういうのが書けるようになりたいと思うこの頃。感想などお待ちしてます。こうしたら書けるよ、みたいなアドバイスなんかもあればお願いします。

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