『殺れ』
⋯⋯ああ、またこの夢か。
激しい動悸が、夢であるというのにも関わらず、治まることなく煩わしさを私に与えてくる。
狙撃銃から放たれた凶弾が、ゴーレムでも何でもなく、あの日助けることの出来なかった少女を射抜く。周りにはあの時の二人の老人やサラリーマン、そしてあの子の母親。
この頃、何度も同じ夢を見る。
『助けて、助けてよ、ねえ』
「わ、私は助けようと⋯⋯助けようとした⋯⋯!」
何度引き金を引かないと決意しても、何度別の方向に撃っても、何度
そして、舌足らずにこう宣うのだ。
『天の音なんて、何でもないよ。お姉ちゃんは、ただの人殺しだよ』
「だって、違う、だってさ、だって⋯⋯違うよ、そんなの」
取り留めもない思考が浮上しては、取るに足らないものだと脳が切り捨てていってしまう。そのどれもが大切なんだと、心が訴えているのに、脳はそれを聞き入れもしない。
何度見ても、同じ夢に翻弄されっぱなしだ。絶対に忘れるな、これはお前の罪なのだと私を戒め、縛めるような、そんな夢。
「わ、私は、天の音に従って⋯⋯だ、だから! あれは仕方のないことだったんだ! だって、じゃないとおかしいよ⋯⋯! 私が殺したみたいじゃないか!?」
天の音。
祖父を失ったあの日から全て、それに委ねてきたのだ。間違いは、無かったはずだ。天の音は常に私を最良の決断へと誘ってくれる。全部、私を導いてきてくれた。
頭の中から、あの煩わしい泣き声と、尊敬すべき人からの叱咤と冷笑が離れてくれない。
このまま死んでしまったら楽なんじゃないか。そう思ったことも一度や二度じゃない。だけど、それはダメだ。絶対に。
まだ、私は何も出来ていない。何もしちゃいないのだから。
▽
「ぁぁぁああっ!?」
目が覚める。ベッドからがばっと体を起こして、辺りを見回せばそこは私の部屋。
汗でベトベトになった体と湿ったベッドの感覚など気にならないくらい激しく鼓動する心臓を鎮める。
しばしの間、何もせずぼうっとしていると、やがて身体は言うことを聞くようになって、急に汗やら何やらの不快感が襲ってきた。
「あ、れ? 今日は、シフトじゃないんだっけ?」
ふと目に入ったカレンダー。私は、シフトが心配になって頭を巡らせるが、脳裏に瓶底メガネの研究者の顔が映った辺りで思考を断ち切った。
「⋯⋯そっか。主任からしばらく休めって言われて⋯⋯」
だけど、何も無い私には何もすることがない。
何も無い私は、ただ、ゴーレムを殺しさえすれば良かったんじゃないの?
そう思えば、今の私の体たらくは、昔の私からすれば見るに堪えないものなのではないだろうか。
しかし、仕方が無いのだ。こうして、どうにかこうにか夢と自分に言い訳をしながらでないと自分を保つことが出来そうにないのだから。
「⋯⋯情けない」
情けなさが、次第と苛立ちに変わり始めた為に頭を振ってベッドから起き上がった。
お風呂に入ろう。今は気分転換しなくてはならない。
なんとかお風呂には入っているが、髪の手入れなんかも怠ってしまってボサボサだ。今日は、思ったよりも何か出来そうだから、手入れをしておこう。髪は、女の命だって赤坂さんも言っていたし。
天音は、ゆっくりとした足取りで備え付けのバスルームへと向かうのであった。
◇
「はぁ⋯⋯ままならないわね」
フィギュアが所々に飾られた研究室。
その一室で、白衣の女、赤坂未子は溜め息を吐きながらカップに注がれたコーヒーの水面を覗き込んだ。
その顔は、久方振りの期待を裏切られて不貞腐れ気味だった。
「天音ちゃんも、ここまでかなぁ」
「おや? 赤坂くんともあろう者が、そんなこと言って良いのですか?」
その言葉に反応したのは、機械を操作していた瓶底メガネの研究室主任、西園廻。
返答が予想外であった赤坂は、眼を瞬かせると主任を見つめた。この非人間が、少女一人に
「え、主任、まだ大丈夫だと思うんですか?」
「ええ、ハイ。篠宮天音様は、我々の悲願である
未子は、更に頓珍漢なことを言い出した西園の顔を見つめて目をぱちくりさせる。
だが、よくよく考えてみれば彼の言いたいことは何となく理解出来た。
「⋯⋯なるほど。それなら、まだ彼女はどうにかなりそうですね」
そこまで言って、自分がまたあの頃みたいな非人間的な外道の考え方に陥っていることに気がついて、未子は苦笑した。
◇
しばらくの間、家の中で何もせずに過ごしていれば、外には夜の帳が落ちていた。天音は空腹を訴えかけている胃袋の存在に気がつくと、近場のコンビニに往くために着たパジャマとその上から羽織物を掛けて外に出ていた。
「⋯⋯ゴーレムは殲滅しなきゃ、いけない」
その考えだけは一生変わることは無いだろう。少なくとも、ゴーレムは人間にとって害しか及ばさないのだから。私怨などに依らずとも、殲滅する理由としては十分だ。
人類を救う為に我々が居るのではなく、人類の安全を脅かすゴーレムを殲滅する為にこそ、我々魔装姫士は存在しているのだ。教官は、常々そう宣っていた。天音も、それは正しいと思う。
もしも、目の前の命を優先し、ゴーレムを取り逃したとあれば、それこそ多くの人間の命は喪われる。それは、誰も望むところでは無いはずだ。だから、大を切り捨てる選択肢は人道的には正しくなくとも、魔装姫士としては正しいはずだとも思うのだ。
街灯に照らされた夜道を歩きながら、天音は独白する。
「私は、別に、善人じゃない」
別に善人振りたいわけじゃない。善人の真似事がしたくて魔装姫士になったのではないのだから。それに、そうすることを、天の音は望んでいない。
魔装姫士の義務として、依頼、任務で課せられた人命の救助ならば遂行してみせよう。目の前で助けられる命があるのなら、出来うる限りのことをしよう。
だが、それ以外は知ったことではない。不運だと、不憫だと思いはすれど煩うほどではない。気に留めるようなことじゃないはずだ。
だけれども、ならばなんだというのか。ここ二日、この胸の内に巣食う苦しさは。
「分からない⋯⋯もう、分からないよ」
頭がおかしくなりそうだった。もう訳が分からない。自分の全てが信用出来ない。得体の知れない気持ち悪さに、胸を掻き抱く。
人通りはほとんどない夜道とはいえ、天音は道の只中で頭を抱えて蹲ってしまった。
カタカタと震える身体を抱き締めながら、天音はうわ言のように、「分からない」と続ける。
生温い、夏に差しかかる夜風が頬を撫ぜて、ふと、天音は前方に気配を感じた。
「⋯⋯あら? 貴女は⋯⋯」
「⋯⋯え?」
見上げた眼は、いつかの名も知らぬ盲目の少女を映していた。
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