魔装姫士アマネ   作:James6

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 立ち上がる回。ただ、叱責と言うほど叱責されてない。


第六話『叱責』

 手を引かれるままに歩いて、気が付けば天音は少女と語らった公園の近くに居たらしい。

 場所を変えるということで、天音と少女はいつかのベンチに座っていた。前よりも温い夜風が吹き抜ける夜。自分は、彼女と奇妙な縁があるらしいと天音は内心苦笑した。

 

 

「お久しぶりです⋯⋯えっと⋯⋯」

「⋯⋯篠宮天音」

 

 

 簡潔に名乗った天音に対して、少女は微笑むと口を開く。

 天音自身、どうして自ら名乗ったのか理由さえ分からなかったが、精神をやられているのだろうと結論付けると少女の言葉に耳を傾けた。

 

 

「天音さん⋯⋯天の音、でしょうか。良い名前ですね」

「⋯⋯っ」

「申し遅れましたが、私は千寿結奈(せんじゅゆいな)と申します」

 

 

 天の音、その言葉に敏感に反応してしまう。だが、当の少女は気がついた素振りはない。よく分からない感情を覚え冷や汗をかきながら、内心ほっとした。

 千寿結奈と名乗った少女の名前を珍しく脳裏に留める。記憶力は良い方であるが、普段から他人のことなどどうでも良いというタイプである天音が名を覚えるというのは、偏に千寿結奈という少女を天音が多少なりとも信頼しているという証左とも取れるだろう。

 

 

「それで⋯⋯先程は尋常ならざる様子でしたが、どうなさったのですか?」

「⋯⋯」

「⋯⋯なるほど」

 

 

 何が分かったのか、少女はうんうんと頷くと夜道の方を向いていた体をベンチに座ったまま天音の方へと向けた。

 

 

 

 

「───貴方、取り返しがつかないことをしてしまったのですね」

 

 

「⋯⋯っ」

 

 

 

 バッサリと、尚且つ的確な言葉に天音は息を飲んだ。

 そうだ、己は取り返しのつかないことをしてしまった。復讐だけを考えて、最後には無我夢中でゴーレムを殺した。

 その対価には、あまりにも、あまりにも。

 

 

「貴方が何をしたのか、それは、この際聞きません。それを聞くのは、貴方を裁くことに他ならないから」

「⋯⋯アンタにッ」

「分かりますとも。でも、分からない。私は諦めたことなどありませんから(・・・・・・・・・・・・・・)

「⋯⋯ッ!」

 

 

 諦めたことなどない。そうか。それはそれは。私みたいな力のない人間なんかと違って、アンタはきっと力を持ってるんでしょう。

 怒りが何周かして嫌に冷静になった思考が、彼女ではなく自らに牙を向き始める。

 

 なんで、私は助けなかった?いや、なんで助けようとしなかったんだ?たとえ無理な話であったとしても、足掻くことは出来たはずなのに。抗えば良かったはずなのに。

 天の音に従ったから?従うだけだったから、私は⋯⋯!

 

 

「でも、貴方はそうすることで誰かを助けることが出来たのではありませんか?」

「⋯⋯へ⋯⋯?」

「だって、貴方が意味も無く取り返しのつかないことをするような人間には見えない。貴方には、確かな目的と実現するための意思があったはずです」

 

 

 自分よりも、自分に詳しいんじゃないか。そんな冷笑混じりの言葉を吐き捨てかけて、それを飲み込んだ。

 そうだ。目的があったんだ。自己満足で構わないから、お爺ちゃんの仇を討つっていう、私なりの生きる目的が。

 

 

「⋯⋯私は、お爺ちゃんの復讐がしたい」

「⋯⋯お爺様の⋯⋯」

「物心着く前にお父さんとお母さんを亡くして、独りだった私の傍に居てくれた人なんだ。決して楽じゃなかっただろうに、あの人は私を男手一人で育ててくれた」

 

 

 お父さんもお母さんも、原因不明の失踪で死亡扱いとなった。お爺ちゃんは、親戚なんてほとんど居なくてあと少しで孤児院に送られるというところで私を引き取ってくれたのだ。なんでも、お父さんと喧嘩してほとんど勘当する形で追い出したものだから連絡が入るのが遅かったらしい。

 私は、そうしてお爺ちゃんの家に住むことになった。

 

 

「それはもう、お爺ちゃんとの暮らしは大変だった。乳幼児だった私を、分からないなりに一生懸命に育ててくれたのには感謝してるけど、今になってみれば流石に育て方が適当過ぎだと思うよ」

「ふふふ。聞く限りなら、男の子と同じ感覚で育てた、といったところでしょうか?」

「当たり」

 

 

 男の子しか育てたことがないから、女の子である私も経験則から育てたのだろうけど、幼稚園の年少まで私自身自分を男の子だと思っていたと聞けばどれだけ不適切だったかは分かるだろう。仕方の無いことだとしても、男子トイレに入ったのを先生に咎められた際に初めて自分の性別が分かったのは今になって思えば恥ずかしい思い出だ。

 

 

「もう打たなくて良くなったけど、ずうっと注射も打ってたし、多分身体が弱かった私を育てるのは大変だったと思う」

「それは、そうですね」

 

 

 あの注射が何だったのかは未だに分からないが、多分、成長ホルモンとかそういうやつだろうとアタリをつけている。今は健康体そのものだから、全然良いのだけれど。

 何はともあれ、私はお爺ちゃんと幸せに暮らしていたんだ。

 

 

 

「でも、お爺ちゃんは殺された」

「⋯⋯」

 

 

 あれは忘れもしない2年前のこと。

 中学二年生だった頃の私は、幸せだったのだろう。

 お爺ちゃんは働いていないのにどういう訳か何不自由なく生活出来て、それなりの私立中学校で勉学に励んでいた。この頃の私は、適性がある事自体は知っていたものの、魔装姫士になろうなんて微塵も考えていなかった。

 

 

「悲劇は突然だった。なんの前触れも無く、私からお爺ちゃんを奪っていった」

 

 

 珍しく一緒にショッピングモールに買い物に行くことになって、手持ち無沙汰にしていたお爺ちゃんに苦笑しながら日用品を買い揃えていた時のことだった。

 いきなりアラートが鳴って、シェルターに急ごうって。でも、ゴーレムはすぐそこに居たんだ。

 

 

「予測不可事態ですか」

「サドゥンリー・ケースって言うんだってね。人が集まるところで唐突にゴーレムが出現する、そこにいる人間は助かる可能性が皆無」

 

 

 だけど、そうはならなかった。

 私が逃げようって言った時には、お爺ちゃんはもう居なくて。耳には、『これが、俺の従う天の音だ』って言葉が残っていた。

 嫌な予感がしてゴーレムの方を見れば、子供連れの家族を突き飛ばしていたお爺ちゃんの姿があった。それも、右腕を丸々食いちぎられて血をだらだらと流しながら。

 

 

「勇敢な人、だったのですね」

「うん。でも、まさか一も二もなく飛び出すとは思ってなかったな」

 

 

 お爺ちゃんは、大怪我を負いながらも、今度はゴーレムを罵倒して引き付けながら人の居ない方へと走っていった。

 私は、心配でいてもたってもいられなくなって、お爺ちゃんを追って騒然とするショッピングモールを後にしたんだ。

 

 

「⋯⋯ほんと、さ。馬鹿なんじゃないかって思う。いや、馬鹿だ」

「⋯⋯」

「でも。そんなかっこいい人、他にいないよ。だから、大好きなんだ。今でも」

 

 

 夕暮れで茜がかった森の奥で追いついた時、お爺ちゃんは満身創痍だった。もう片方の腕も無かったし、脚だって片方ちぎれかけてた。片目まで失って、生きてるのが不思議なくらいだった。

 私は、いつの間にか叫んでいたよ。お爺ちゃんって。死ぬなって。怖かった。ゴーレムに見つかって殺されそうになるよりも、これ以上大切な人を失うことの方が怖かった。

 

 そして案の定、ゴーレムは私を補足した。

 

 

「お爺ちゃんの声に弾かれて、逃げようと思って足を出したら躓いて。もう、私とゴーレムとの距離はほとんどなかった」

 

 

 死ぬんだって、直感した。

 不思議と死ぬ事に恐怖は抱かなかった。多分、今度死ぬ事になっても死ぬ恐怖は無いだろう。あるとすれば、志半ばで死ぬ事への悔しさとか。

 あの時諦めたんだ、私は。生きることを。生き足掻くことを。

 

 

「でも生きてる」

「⋯⋯つまり⋯⋯」

「そういうこと」

 

 

 何かがぶつかる痛みが走って、気が付けばお爺ちゃんが微笑んでて。で、お腹から下が無かった(・・・・・・・・・・)

 理解出来なかった。でも、もう、助からないんだってことだけは分かった。

 お爺ちゃんは、初めて聞くような涙混じりの声で『撫でてやる腕が無い。その涙を拭ってやれる腕すらも。悪い、まだ中学生だというのにな』って。何が悪いのか、わかってるなら。

 

 

「⋯⋯わかってる、なら⋯⋯!」

「天音さん⋯⋯」

 

 

 最期の言葉は、『天の音を聞け』って。ずっと言ってたそれが最期の言葉だなんて、いつまでも変わらないなって。信じられないくらい、穏やかな顔で。

 

 

「なんで、おいて逝くの⋯⋯! なんでっ!」

「⋯⋯」

「私はッ! お爺ちゃんさえいれば! それで良かった!」

 

 

 涙が止まらなくって、気が付けば抱き締められてて。

 もう、駄目だ。私。自分を、止められない。

 

 

「それからずっと、我武者羅で、何がなにか分からなくって⋯⋯! だから! だから、私はッ!!」

「そう⋯⋯よく、頑張りましたね」

「ぁあっ! ぁぁぁぁあ!!」

 

 

 言葉すら、形作れない。泣くことしか、慟哭することしか出来ない。この悔しさは、もうどうにも出来そうにない。

 

 

 

 

 ▽

 

 

 

 

 十数分は泣いたか。泣き腫らした顔で、私は気恥しさからそっぽを向いた。変にあたたかい視線?いや、なんだろう、でも変なあたたかい空気を感じる。

 

 

「⋯⋯ごめん。ダサいところ見せちゃって」

「いえいえ。お易い御用です」

 

 

 微塵も苦労だとは思っていないのだろう雰囲気は、それはそれで私の羞恥を煽る。だけど、人の胸を借りて泣き腫らすなんて、普段の私じゃ考えもしないことをしたからか、今の私はいつもとは違っていた。

 

 

「ならさ。最後に、私のわがままなんだけど」

「なんでしょう?」

 

 

 図々しいことこの上ないのは分かっているけど。こんな面倒な人間に、わざわざ関わってきたのはアンタなんだから、最後まで責任取ってよって、ね。

 きっと、アンタは聞いてくれるんだろうから。

 

 

「私の決意、聞いてくれない?」

「⋯⋯ええ、良いですよ」

 

 

 頷いた彼女を、結奈を見て、ほっとしている自分がいる。今日は、おかしいんだ。

 今日の私は、いつもの私でも、今までの私でもない。

 泣くくらい思い出しちゃって、私は気が付いた。お爺ちゃんが、どうして死んだのか。死因じゃない。死ぬ決意をした理由を、だ。

 それを思い出したんだ。

 

 

 

「私は、ゴーレムを許さない。絶対に」

 

 

 

 それは、はじまり(決意)の日から揺らぐことのない怨讐の焔。お爺ちゃんを殺したアイツらを根絶やしにするその日まで、私の焔を消えやしない。死んでも死にきれない。

 

 だけれども、今の私が滾らせるのはそれだけじゃない。

 

 

 

「───でも、今日までの私もそれと同じくらいに許せない」

 

 

 

 それは、新たな始まり(誓い)。焚べる薪は、何も出来なかった悔しさと、無様な自分への怒り。そして、強く何も切り捨てなくて良い自分に生まれ変わる意思。

 

 

 

「私は、もう間違えない。天の音は、いつだって此処(・・)に在る」

 

 

 

 心に天の音、貫く意思。もう、間違えはしない。

 お爺ちゃんの天の音があったように、私は、私の天の音を聞いてみせる。

 見ていて、お爺ちゃん。そして、私の行く末に驚いて欲しい。

 

 

 

 

 ───今日こそが、篠宮天音の本当の始まりだから。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 それは、一年と十一ヶ月の期間を経て感知した、興味を惹かれる存在を想い静かに動き出した。

 

 

《天の音の覚醒予波を確認》

 

 

 機械らしからぬ、万感の想い。恋慕すら込められた声音が、何も無い空洞の教会に響きわたる。

 

 

《覚醒まで、一ヶ月と十日》

 

 

 遠くない未来に想いを馳せて、ソレ(・・)はゆっくりと目を覚ますように起動した。

 

 

《新時代に向け、人類調停を開始します》

 

 

 

 今、人類の調停者(・・・・・・)が動き出す。

 それを知る者は、まだ居ない。




 リザルト:
 天音 は 、 スキル 『天の音(仮)』 を 失った !
 天音 は 、 スキル 『天の音(真)』 を 得た !
 天音 は 、 スキル 『鋼の決意』 を 得た !
 イベントCG 『本当の始まり』 が 開放された !


 それでは、今回はここまで。次回の更新までお待ちください。
 感想やアドバイスなど、作者のモチベーションに直結致します。よろしければお願いします。


 追記:
 それと、新読者参加型企画『果敢なき玲瓏のグリムユーザー』(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=231307&uid=234540)を公開しました。まだ参加していない方はもちろん、参加したという方も合計3キャラクターまで応募できますのでよろしければご参加ください。お待ちしております。

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