蠍の尻尾   作:深波 月夜

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 その日、俺は久しぶりにK市の駅前にある、大きなゲームセンターの入り口を潜った。わざわざゲームのために電車を使うのも変な感じだとも思ったが、何年か前まではそれが当たり前だったんだよなぁ。それを考えると、なんだか可笑しくなってくる。

 しかし平日の夕方って時間帯にしては、筐体は幾つか空いているし、これなら待たずに始められそうだ。よく見ると、挑戦受付中の表示も見える。

「さて、いよいよ初陣だが、いけるな?」

「はい、主」

 俺の武装神姫、シャウラ。

 クワガタをモチーフにした、エスパディア型だ。

 

 武装神姫。

 この身長15㎝ほどのフィギュアロボットが、2038年の今、大ブームを巻き起こしている。特にバトルロンドと呼ばれるバトルゲームサービスは爆発的に人気が広がり、今では世界的に広まっている。テレビで、ラジオで、その話題を聞かない日はないほどだ。もともとフィギュアロボットによるバトルサービスはバトルロンドが初ではなく、その下地もあって一気に広がった感じだろうか。

 で、遅蒔きながらそのブームに乗り、初めてのバトルロンドと洒落込もうと言うわけだ。といっても、今回はほとんどがデフォルトの武装じゃないんだが。まぁ、思うところもあるしな。筐体に座って、武装のセット。データでも出来るっちゃ出来るんだが、このスタイルに慣れるためにも、実際に手を動かすつもりで持ってきてある。両肩に、デフォルトの組み換えで可動式のシールドを備え、ヘッドセットと胸の装甲もそのまま。あとは両足にオリジナルの強化脚と、投擲用のナイフ。メインの武器はこれまたオリジナルのロングポールアックスだ。 あとは左腕にアームガードをつけるだけの軽装備。サイドボードに予備のナイフをセットし、武装させたシャウラをメインにセット。

 久しぶりの感覚に、深呼吸をしてからスタートボタンに手を伸ばした。

 

 夕日に照らされるビル街。風に舞う砂埃の中で、白刃が振るわれる。 鎧に身を包んだ騎士型のサイフォスタイプ。右手には両刃剣コルヌが握られている。次々と剣閃を繰り出すサイフォスに対し、左右のシールドで受け流しつつ斧の一撃を狙うシャウラ。

 袈裟斬り。盾が受け流す。横薙ぎの斧。後ろに跳び、かわす。追撃するかのように投げられたナイフをコルヌが打ち落とし、ようやく一息。

 サイフォスは考える。 鋭く打ち込まれる剣が、二枚の盾に阻まれる。まして巨大な刃を持つ斧が守勢に回れば、これを抜くのは難しい。しかもあの斧。破壊力だけを考えれば、如何に自慢の甲冑も容易く打ち砕かれてしまうだろう。その威力故に動きは単調で、避けるのは難しくはない。が、その一撃を警戒すれば攻め切れない。

 互いに決め手を欠いたまま距離を取るのも、幾度目になったか。牽制として、ボウガンを放つ。斧を盾にして防ぎつつ、青い影がビルの後ろに駆け込んだ。

「仕留め損ないました、マスター」

『コルヌだけだと決め手に欠けるかな。あの両肩、基本武装の組み替えにしてはいい動きだ』

「足も早い。オリジナルでしょうが、あの脚の性能も中々侮れません」

 自らも駆けながら、対戦筐体のシステム越しに伝えあう。バトル中は、神姫とマスターの間には常時通信回線が開いている。必要ならば、サイドボードとして登録してある武器を電脳空間上の神姫に送ることも出来る。

「撃ち返してこないところを見ると、完全な近接特化と考えて良いでしょうか」

 ビルの反対側に身を隠したサイフォスが問う。サイドボードに何か仕込みがないとも限らない。が、有るなら温存する局面でないのも確かだ。相手との距離はさほど開いてはいない。お互いに駆ければ、一瞬の内に間合いに入る。

『決めてしまおう。肉薄して、接近戦だ。お前の合図でサイドボードを送るから、二刀で決めろ』

「承知しました、マスター」

 

 

『大分いい調子で打ち合えたな』

「しかし、決め手には欠けます」

『むしろ好都合だ。あれだけ真正面からぶつかれば、嫌でも斧を警戒する』

 本来、シャウラの得意とする武装は剣だ。今回は目的があって、あえて外してある。普段通り剣を持たせれば、接近しての格闘戦ならそうそう引けはとらない。そんな柔な鍛え方はしてないしな。

『主、指示を』

「あぁ、次の動きは……」

 さぁて、どっちに転ぶにしても、決め所、かね。

 

 

 エスパディアが飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。度胸はいい。こちらの飛び道具を、来ないと判断したか。あるいは見切ったのか。どちらにせよ、接近戦は望む処なのだ。相手が脚を止め、構える。一息に駆けて、斬る。それだけだ。その時。壁が、爆ぜた。続いて、足元。反射的に、脚を止めた。何があった。次の瞬間に、何かが体にぶつかった。動けない。拘束されている。何が、あった。

 

 

 ばかな。

 真っ先に頭に思い付いたのはその言葉だった。こちらの出足をくじいたのはアームガードに隠されていたビームガン。ここまで射撃武器を隠していたこともそうだが、それよりも、最大の武器である大斧を、投げつけてくるなんて。しかし次の瞬間、理解した。左右に翼を広げたような形の斧は、その刃をビルの壁面に食い込ませ、サイフォスを磔にしている。コルヌを持つ右手も動きを封じていた。

 走り込んでくるエスパディアの両手には、先ほど投げたものと同じナイフが握られている。刃が短い投擲用のナイフでも、こちらは完全に動けない。急所に入れば一撃で勝負はついてしまう。

 狙われていた。剣を持つ手を下げ、駆けるその一瞬を狙われたのだと理解した瞬間、頭の中が真っ白になった。

「マスター!」

 自分の神姫の声に、反射的にボタンを操作した。

 

 

 武装を解いてケースに納めると、シャウラを肩に乗せた。申し訳なさそうな顔の相棒に、気にするな、と指の腹を頭に乗せる。今日の戦いは、勝ち負けはどうでもいいって言ってあったんだが、勝つつもりで来ていたらしい。続けようと思っていたが、一度切り変えた方が良さそうだ。とりあえず移動しようと、席を立つ。

「待ちなさい」

 ふり返ると、さっき対戦したサイフォスがマスターと一緒に立っていた。

「貴方達、先の戦いはどういうつもりですか」

「突然ですまないね。どうもコイツ、さっきの対戦に納得がいかなかったらしいんだ。失礼だとは思うんだが、話だけ聞いてやって貰えないかな」

「それは構いませんけど……納得がいかないってのは?」

 憮然とした表情の騎士が、口を開く。こんな苦々しい顔をされるようなことをした覚えはないんだが……。

「先ほどの戦いの幕切れは、どういうつもりなのですか。射撃武器を隠していたことは何を言うつもりもありません。あまりに見事な立ち会いに、私もマスターも、その存在を疑わなかった。そこは策として認めましょう。問題はその後です。そこまで見事に隠した切り札を単なる威嚇に使い、拘束が成功したとはいえ特攻とは、あまりに無策。勝ちを譲られたようにしか思えません。そうだとしたら、私への、いえ、私のマスターへの侮辱。如何なるつもりであのような……」

「ストップ。その辺でやめとけ。充分伝わったろう。興奮しすぎだ」

 よほど頭に来ているのか、一気に喋るサイフォスをマスターがたしなめる。成る程、そんな風に受け取られちまったのか。

「不躾な奴で本当に申し訳ない。もしよかったら、答えてやってくれないか?」

 こっそりと小声で、こうなるとうるさい奴なんだ、と付け加えるマスターに、俺は苦笑した。少し付き合うくらい構わないだろう、そんな気持ちになってくる連中だ。こぼれてくる笑いを押さえるのが大変だ。自然、口調が砕けてフランクなものになった。

「あー、まず誤解なんだが、射撃武器な。あれは隠していたわけでも切り札にしてたわけでもないんだ。ウチのはね、どういうわけだか火器管制プログラムがプリセットされてなかったんだよ。つまり、録に射撃武器は使えないんだ」

「そんな馬鹿な、武装神姫である以上、そんなことは……」

「まぁ、普通はないんだろうな。でも、そうなんだ。だから、人間がやるように目で見たものに向かってトリガーを引くくらいしか出来ない。つまり、切り札と呼べるほどの物にはならないんだ。実際、あれはいざと言うとき用のビームサーベルなんだよ。ビームガンとしても使えるが、そうそう当たるもんじゃない。いくら相手が身動きとれないっていっても、ね」

 拘束して、ビームガンで蜂の巣にするべきだった。そう言いたかったのだろう。まずは前提となる誤解を解く。が、まだ納得はしてないようだ。俺は言葉を続けた。

「それに弾道計算も出来ないから、投擲もそこまで得意じゃない。拘束が決まったっていっても、長く続くわけじゃないし、なるべく素早く勝負をつける必要があったのさ。サイドボードに何かあるんじゃないかとは思ってたが、まさかナイフごと真っ二つにされるとは予想していなかった」

 ビームガンも、ナイフ投げも、決め手にするにはあまりに精密さに欠け、威力も低い。拘束を外されるまでの短い時間で勝負を決めるには、あの方法しか無かった。それが俺の思い描いた勝利への筋道だった。まさか拘束された相手が、左手一本でナイフごと胴を両断してくるとは思わないだろう?

「譲るつもりは毛頭なかった。こっちの想定を越えてきた、君らの地力の勝利だ」

 ようやく納得がいってくれたようだ。騎士型は振り上げた拳の下ろし方に迷うような顔をしてる。

「……先ほどの、侮辱という言葉は訂正しましょう。しかし、解りません。なぜ貴方は、銃器も使えない神姫などと、バトルロンドに参加しているのですか」

 あー、そう来たか……シャウラが一瞬、身を縮ませた。

「……確かに、ウチのは遠距離ではさっぱりさ。だけどさ、銃が使えりゃ勝てるってほど、単純なもんなのかい? バトルロンドってのはさ」

 喋りながら、俺は気づいた。

「俺は神姫に触り始めてまだそんなに経っちゃいないけどさ、格闘戦一本でリーグの上の方まで行ける神姫だっている。要は戦い方だと思ってたんだが、違うのかい」

 今、俺は。

「少なくとも、銃を使えない、初陣の神姫が戦ったにしちゃ、いい勝負だったと思うがね」

 意識していないだろうとはいえ、自分の神姫をコケにされて、怒っているんだ。

「……と、いうことだそうだ。現に、お前、十分苦戦してただろ。『銃も使えない』神姫相手に」

 唐突に相手のマスターが割って入った。良かった。実は俺も、話のまとめ方に困ってきていたんだ。

「きちっと頭を下げてこい。過ちを進んで正すのも、大切なことだ。さっきのお前の言葉は、自分自身も貶める」

「……申し訳ありませんでした」

 苦い顔は、自分に向けたものでもあるのだろう。謝罪の言葉を受けとると、シャウラと場所を変えることにした。

 

 

「どうだった? 初めてのバトルの感想は」

「……うまく、出来ませんでした」

 申し訳なさそうな声だ。シャウラは火器管制システムがゴッソリ抜け落ちた状態でウチに来た。いわゆる初期不良の機体だった。俺自身はバトルだけが目的で神姫を買ったわけじゃないし、なんとも思っていないんだが、本人は相当気にしている。

「うまく出来なかった。どの辺が出来なかったんだと思う?」

「さっきのサイフォスが言うように、ビームガンで遠い間合いから攻めていれば……」

「そんな攻め方、練習してきてないだろう? 今回のバトルでは、駆け回りつつ間合いを詰めての接近戦を狙う、って作戦だ。それで勝てなかったのは、作戦を立てた俺の責任でもあるさ」

「そんなことは」

「そういうものだろ、バトルロンドって。とりあえず、当面の目的は勝つことじゃない。だから、勝てなかったことは気にしないでいい」

「では、主はなんのためにバトルロンドをされるのですか?」

「シャウは勝ちたいのか?」

「当たり前です! 主に勝利を捧げるのも、武装神姫の勤めなんですから」

「そうか、俺は楽しんでゲームが出来れば、別に勝っても負けてもよかったんだけど、シャウがそう言うんなら、真面目に勝ちに行こうか」

 手を抜いていたつもりはないが、本気でなかったのは確かだ。でも、この小さな相棒がここまで本気になってるんなら、マスターである俺も本気にならなきゃ失礼だな。

「じゃあ、とりあえず、一勝を目指そうか」

「はい、主!」

 ゲームセンターに通う生活なんてのも久しぶりだが、悪くないとも思う。一度は嫌になったそれを、『悪くない』と思えただけでも、武装神姫を始めた意味があると思う。

 まずは、俺のために意気込んでる相棒に、一勝プレゼントしないと、な。

 

 

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