蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・1-5

『here come new challenger !』

 画面のメッセージが新しい挑戦者の来訪を告げる。ステージがポリゴンの屑になり、再構成される。市街地が一瞬の内に平原へと変わる。平原は所々に丘などはあるが、基本的には遮るものがないステージだ。

「索敵、始めます」

『うん、このステージなら隠れるところはないけど、油断しないで。目視だけに頼らないように』

 まずは敵の居所を突き止めるのがバトルの基本だ。その時の位置取りや動き方で相手の武装を予想することも出来る。

「発見しました、これは……」

『ジュビジーか……』

 向こうもこちらを捉えたようで、パウダースプレイヤーで牽制射撃をしてくる。取り立てて特別な装備はしていない、ノーマルなジュビジーだ。が、それはこのバトルが決して楽ではないことを示していた。

『先手必勝だ、今の内に削れるだけ削ろう』

「征きます!」

 私が今回使っているのは、主が作り、先日完成したばかりの二振りの剣。銘を『鬼姫』という。今日の目的は、この剣の使い方に慣れることだ。普通に使う分には基本武装のジュダイクスとさして違いはない。が、この剣は文字通り、専用品だ。柄も私に合わせて長めに作られ、刃部分はカスタムナイフ用の鋼材を削り出したものだという。

 重く作られた刃が、風を斬り体を引きずるほどの一撃を見舞う。だが、ジュビジーは神姫の武装の中でも一、二を争うほどの高い防御力を誇る。堅牢な曲面装甲は剣の打点をずらし、逸らせてしまっている。

「手応えもありません。上手く捌かれました」

 勢いが逸らされた分、速度は失わなかった。高速ですれ違うように距離を取る。

「もう一撃、征きます」

 再度、勢いを乗せて大振りの一撃。今度は体の正面を狙って、上段からの打ち下ろし。しかし、ジュビジーは真っ向から受け止める。渾身の力を込めて放ったそれも、その装甲に僅かな傷跡を残すだけだった。打ち下ろした反動を利用し、上空に上がる。

「手応えは確かにあったのですが、ダメージは通っていませんね」

『流石に堅いな、防御に回られると厄介だ』

「もう一撃、仕掛けますか?」

『いや、相手は手慣れてる。ただ繰り返しても同じことだ。接近して手数で勝負しよう』

「承知!」

 大きくターンして、三度突撃。不規則な機動で向かってくる銃撃をかわしつつ、二振りの剣をサブアームで展開する。今度は左右同時の横薙ぎ。が、それも腰の可動装甲とハンマーシードで受け止める。その上から、二撃、三撃。自身の手にもリノケロスを握り、更に一撃。胴体部を直撃するが、並の神姫なら斬り伏せられるその斬撃でさえジュビジーの装甲は受け止めていた。寸刻体の浮いたジュビジーに、意図せず一歩、距離を取る。

『右、防げ』

 主の声に、咄嗟にサブアームを上げる。その刹那、強かな一撃が襲ってくる。一歩分の間合いが私を救った。

「キュベレーアフェクション……」

 それはジュビジータイプの最大の特徴である、攻撃用の装甲。三本の爪状の甲殻が、巨大な腕のように振るわれたのだ。

 本来であれば、それはジュビジーの堅牢な殻を象徴する、独立稼働する二対六枚の翼のような防御装甲だ。しかし、その甲殻にジュビジーのスキル『収穫の季節』が加わると、途端に凶悪な爪牙へと変化する。防御の上からでも早期の勝負を望んだ理由がこれだった。鉄壁の装甲を誇るジュビジーは、スキル発動まで耐久し、スキルで逆転を図る戦術が一般的だ。故に、スキル発動までの僅かな時間で勝負をつけるのが理想だが、その防御力の前に有効な攻撃は少ない。

『スキルが発動したか。一度距離を開けて、仕切り直しだ』

「は、はい!」

 左右から同時に六本の爪が襲いかかる。咄嗟にサブアームの剣で払い除けるが、ジュビジーはキュベレーアフェクションのパワーに任せて迫ってくる。とても距離を開けるどころではない。とにかく一撃でも加えて、はね除けなければ。リノケロスで装甲の隙間の素体部分を狙うが、巧みに弾かれる。それに構わず、追撃。ガードの上から打ち付ける形だが、とにかく密着距離に居続けるのはまずい。サブアームでの斬撃。ガードの上からではあるものの、直撃。だが、ジュビジーは自ら体を浮かせて衝撃を逃がしている。

『上へ逃げろ』

 ダメージの軽減と引き換えに、ジュビジーは距離を取った。その隙を突いて上空へと退避。

「通常の攻撃では装甲を抜けません」

『流石に重装甲だ。さあ、どうやってあれを突破する?』

 主が問いかける。単純な攻撃では破れない。加速をつけた攻撃さえ真正面から受け止めて見せたのだ。あれは単純な防御だけでなく、こちらの気勢を削ぐ意味でも効果は充分だった。

 しかし、このバトルに勝つだけなら、道筋は立つ。相手の足ではこちらの機動力に追い付けない。それはつまり、ガードの上からでも一撃離脱を繰り返せば判定で勝ちを拾うことは出来るということだ。だが、主の求める答えは、あの装甲の突破方法だ。主が答えを求めてくるということは、答えは私の中にあるはず。

 通常の攻撃では相手の防御装甲を抜けないのは既に試した。防御の隙間を縫うのも至難の業だ。と言うことは、防御を打ち破るほどの攻撃力を持つ、通常以上の攻撃を繰り出すということになる。言うのは簡単だが、それこそ簡単には出来ない。が、試していない攻撃がひとつある。

「こちらもスキルを使う、ですか……」

 ジュビジーは防御型スキル『シェルプロテクション』や攻撃スキル『収穫の季節』を使いこなして守りを固めつつカウンターを狙っている。それを破るためにはこちらもスキルを使うというのが常套手段だ。しかし今回はスキルに必要なジュダイクスを装備から外してしまっているため、『パッシング・シェイブ』や『スピナ・シザース』という基本の大技は使えない。残っているのは……。

「あの技、まだ実戦で使ったことがないんですが」

『初めての時ってのは、そりゃああるさ。むしろ、実験台としては好都合だろう。ジュビジーの堅牢な甲殻に、果たして通用するかどうか』

 主はこの困難を前にして、たまらなく嬉しそうだ。

 攻撃スキルは武装ごとに決められた、モーションプログラムだ。特定の装備、あるいは決められた複数のパーツを装備することで、条件を満たしたときに強力な攻撃プログラムが使用出来るようになる。それは言うなれば格闘ゲームの大技に相当する。

 そして、私のようにオリジナルの武装を使う神姫でもスキルは同ように存在する。事前に組んだプログラムの発動条件を満たせば、オリジナルのスキルを使用することが出来る。中には独自の経験からスキルを編み出す神姫もいるというが、今回のスキルは主の組んだものだ。訓練では何度も使っているが、上手くいくだろうか。

『気負うな、って言っても難しいだろうけど。初めて使う技なんだから、ダメだったらまた改良すればいいのさ。気楽に試してこい』

 不安がなくなるわけではないが、私の中に闘志が湧いてくる。私は主の望むものを裁つ刃。それでいいのだ。今、主が私に望まれているのは、この試合に勝つことではない。極論、負けてもよいのだ。私に課せられているのは、あの堅牢な殻を撃ち破ってくることだ。それ以外は忘れても構わない。

「征きます!」

『おう』

 主の短い返事は、充分に私の背を押した。ひときわ大きな弧を描き、今日一番の加速。はじめこそパウダースプレイヤーを撃ってくるものの、こちらの意図は丸見えだ。すぐに甲殻を閉ざし、『シェルプロテクション』の態勢を取る。お膳立ては整った。主の組んだスキルプログラムが通常のそれに威力で劣るとは思えない。残るのは私がそれを出来るかどうか、それだけだ。

 両方のサブアームで構えた剣を、眼前で交差させる。スキルプログラム『無銘:大顎』発動。交差した剣が中央で結合、ロックされる。目の前に迫ったジュビジーのキュベレーアフェクションの甲殻を、今は巨大な鋏となった刃が挟み込む。

 我知らず、雄叫びを上げる。数瞬の間をおいて、刃が甲殻にめり込んだ。一度食い込んでしまうと、呆気なく感じるほど、すっと、大鋏はキュベレーアフェクションを圧し斬ってみせた。ジュビジーの目が驚きで見開かれている。そのまま剣の連結を解除。もうひとつの攻撃スキル『ディアホーンスラッシュ』、発動。本来はジュダイクスで使用する追撃スキルだが、同様の特性を持つ二振りの剣でそのまま使用出来る。密着するほどの間合いから、二本の剣を十字に叩き込む。その勢いのまま、一回転。足でブレーキをかけて止まったときには、バトルBGMはファンファーレに変わっていた。

 

 

「ん、良くやったな」

「はい」

 バーチャルから戻った私に、いつもと変わらぬ労いの言葉。それが堪らなく嬉しく感じるのは、今日の勝利のせいだろうか。

「とりあえず、適当な場所で反省会しようか」

 それも、いつも通りの習慣。今日の反省点はなんだったろう、足を完全に止めてしまったことか、それともスキル使用前に削り切れなかったことか、と頭の中で候補を挙げる。

「なぁ、あの人じゃないか」

「えー、お前聞いてみろよ」

 装備を片付け、筐体の外に出ると、にわかにギャラリーが騒がしい。きっと、私のバトル中にいい試合が行われていて、その試合をしたオーナーを探しているのだろう。このゲームセンターでは試合の様子を大型モニタで再生しているので、それ自体は取り立てて珍しいことではない。

「あの、さっきの試合のエスパディア、あなた達ですか? ジュビジーと対戦してた……」

「ええ。何か?」

「やっぱり! すごかったです、さっきの試合!」

「キュベレーアフェクションって、あれ、正面から壊せるんですね! 俺、あんなの初めて見た!」

 ギャラリーの少年達は興奮ぎみに主に話しかけている。ということは、この少年達は私の試合を観てくれていた、ということだろうか。それを思うとなんだか急に恥ずかしいような気持ちになってくる。それからどんな話を聞いたのか、良く覚えていない。が、最後に応援してます、と言ってくれたことだけは不思議とはっきり覚えている。

「良かったじゃないか、シャウ。俺達にもファンがついたらしいぞ」

「からかわないでください」

 少し怒ったような顔をしてみせる。わざわざ言葉にされると、余計に気恥ずかしい。主はそう感じないのだろうか? 手慣れた風にお話しされていたけれど……。

「まあなんにせよ、注目されてるってことはこれからは対策されることも頭に入れておかないとな」

 対策。まったくそんなことを考えたこともなかった。しかし、バトルロンドは対戦ゲームだ。当然装備やスキル、コンボなどに強弱や相性はあり、流行になったり対策を立てられることは日常的にある。今回の私のスキルはオリジナルだから、再現されたり、ましてや流行ったりすることはないだろうが、対策を立てられる可能性はあるのだ。いや、これからも上を目指すなら、幾種類もの対策があって当然の立場になっていくと思っていた方がいい。

「まあでも、対策への対策なんて、立てられてから考えればいいさ。まずは、今日の足元を固めようか」

「はい、主」

「今日の反省点は? 俺は密着時に機動力が完全なデッドウェイトになってたところが引っ掛かったんだけど」

「私も同感です。基本構成として、一撃離脱を掛けるのと、密着して継続戦闘をするのでは、やはり使える機動力の質が大きく違うと感じました」

「スピードタイプは出来てきたから、今度はデフォルトに近い装備で密着して戦う戦術に手を出してみるか」

「それもいいと思います。理想としてはバトル中の組み替えで、スピードタイプと、機動力タイプを使い分けられれば、とは思いますが」

「うん、それはこちらの今後の課題だな。スピードタイプの機動力を上げる方法はもうすぐ出来るからちょっと待ってな?」

 結局、サイドボードの内容精選、現状装備の底上げ、機動力タイプとスピードタイプを即切り替えられるシステムの構築、といった辺りが落とし処になった。

「すぐには無理だが、今年が終わる頃にはまとまるようにするよ」

「つまり、その後はそれに対応出来るように、訓練が増えるわけですね?」

「そうなる」

 沈黙。主は人差し指を立て、ゆっくり近づけてくる。私は右こぶしを差し出し、その人差し指にあわせる。

「装備の方は任せます、主」

「それを使う方は 任せた、シャウ」

 

 その日は、私達はバトルシーンハイライトに選ばれたらしく、反省会をする間にも何人かの自称ファンが、話をしに来てくれた。これがすべて明日の敵だとは思わないが、次に無様をさらすわけにはいかない。

 私の中に、改めて闘志の灯が点った気がした。

 

 

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