蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・2-1

「神姫強盗?」

 学期が変わってしばらく経っても、友人達との会話に大きな変化はない。相も変わらず神姫が話題の中心だった。その日の帰り道、他愛もない会話の中で出てきた言葉だったが、俺は声を上げた。

 武装神姫に限らず、ホビーバトルはどれも趣味としては金食い虫だ。充分な資金と手間をかけたカスタムパーツは神姫の性能を高めたり、強力な武器になったりする。それはバトルロンドで上位を目指すプレイヤーやコレクション趣味のある好事家にとっては大枚をはたいても手に入れる価値のある品となり、自然、それを狙った窃盗団や強盗団なんて話も耳にすることはある。

 特に悪質な手口では、そうした犯罪に神姫を利用する事件もあるという話だ。神姫をはじめ、一般的に流通しているアンドロイドには当然人間に対して危害を加えたり、犯罪行為に加担するような行動は取ることが出来ないようにプログラムされているが、鍵をかけることが出来るなら外すことが出来るのも世の常で、そうしたセーフティプログラムを外すノウハウもアンダーグラウンドでは存在するらしい。無論、それが違法であるのは言うまでもないが。

「違うよ、神姫強盗じゃなくて、強盗神姫」

「何が違うんだ、日野?」

「君の言ってる神姫強盗ってのは、神姫のパーツなんかを狙った強盗のことでしょ? そうじゃなくて、神姫がお金を強盗する事件がこのところ起こってるんだってさ」

 なるほど、それで強盗神姫か。分かりづらいことこの上ない。

「神姫だけが現れて、顔やら腕やら切りつけられるんだってよー」

「プロテクト外されてるのか。しかし、神姫の体格じゃあ財布ひとつ持っていくにしても大変だろうに」

「てかよー、第一に財布抱えた神姫が走り回ってたら、幾ら夜でも目立つよなー」

 そりゃあそうだ、と笑いが漏れる。神姫の身長は千円札と同じぐらい、と言うのは神姫プレイヤーの間では有名な話だ。それからすると、大抵の長財布は神姫よりも大きいことになる。自分よりも大きな財布を背負って走り回る神姫がいれば、物珍しさも手伝ってすぐにSNSにも流されるだろうし、犯人の居場所なんかも分かりそうなものだが。

 なんにせよ、未だに犯人は捕まっていないらしいし、自分の活動する地域でそんなことがあるというのは嫌な話だ。しかも事件にセーフティプロテクトを外された神姫が関わっているというのは正直ぞっとしない話でもある。プロテクトを外された神姫がその気になれば、人間を殺すことだって簡単だ。バトルホビー用とはいえ、刀剣類は充分な殺傷力を持っているし、銃火器類はエアガンなんかよりはるかに危険なものが多い。自分達が普段神姫に接しているからこそ、その危険性は普通以上に身に染みて分かっている。

 駅での別れ際に、せいぜい気をつけろよ、と投げかけられたのでお互いにな、と返し、電車に乗り込んだ。

 

 そんな話をしてから、一週間ほど過ぎた夜。

 それは俺の日常の中に、唐突に姿を現した。

 

 その日は休日で、普段通っている場所よりも遠いY市に遠征していた。バトルロンドにも流行があり、場所が変われば流行の武装や戦法も変わる。常に新しい風に触れることで、自分達の中のなにかが澱んで固まってしまわないよう、月に一度は遠征をする。それはシャウと俺のどちらが言い出すともなく、自然と決まったことだった。

 その日は遠征には珍しく、勝ちに恵まれていた。高機動での格闘戦という、シャウのメイン戦法が有利に働くことが多かったのだ。そのため、つい時間を過ごしてしまい、ゲームセンターを出て、隣のハンバーガーショップで夕食と反省会を済ませた頃には十時半を回っていただろう。店を出て駅に向かう道すがら、何の気なしに入った裏路地で、それは起こった。

 突然何かが降ってきた。それは俺の肩にぶつかり、そのまま落ちることなく肩の上に乗っていた。その何かは俺の耳元で「金ヲ出セ」と囁いた。

「うわっ!」

 とっさに鞄を振り回して払い除けるが、鋭い音と共に鞄に大きな切れ目が走る。それは、黒い神姫だった。よく見ると、その神姫の手には大振りなナイフが握られている。顔がバイザーで覆われていて表情が読めないのが、余計に恐怖感をあおる。

「金ヲ出セ」

 抑揚のない口調で、再び脅される。ゆっくりとこっちに歩み寄る影は、15㎝とは思えないほどの威圧感を放っている。

 やばい。動けないどころか声も出せない。手に握られた刃物は10㎝にも満たないが、セーフティプロテクトを外された神姫がその気になれば、人間を殺すことだって容易いという事実が、余計に俺の体を縛り付ける。腰が、抜けた。それを情けないと感じる余裕もない。

 ゆっくりと、跳躍。飛び上がった黒い影を、横から激しくぶつかってはね飛ばす。眼の前を横切って壁に叩きつけられる黒い神姫。

「ご無事ですか、主!」

 シャウだ。どうやら鞄の中でケースが開いたらしい。手にはいつも持ち歩いているリノケロスを握っている。こちらをふり返らずに確認するシャウが、かつてないほどに頼もしい。

 黒い神姫がゆっくりと立ち上がる。思わぬ反撃を受けたためだろうか。そのまま跳躍し、夜の闇の中に溶けていった。

「大丈夫ですか、主、お怪我は?」

 へたり込んだ俺の元に駆け寄ってくるシャウ。よく見ると、今にも泣き出しそうな顔をしている。大丈夫、と返事はするものの、すぐには立ち上がれない。なんともみっともない様だ。

「こんばんは、どうかしましたか?」

 尻餅をついたままの俺に、よれたコートの男性が近寄ってくる。酔漢だと思われているのかもしれないが、それも無理はない。俺の回りには鞄の中身が散乱しているし、大丈夫ですと返した声もいまだ震えていた。男性は辺りを見回しつつ、目の前でしゃがみこんだ。

「あぁ、申し遅れたね。怪しい者じゃないんだ。おじさんは、こういうものです」

 黒い手帳を開いて見せる。成る程、警視庁MMS担当捜査課の方らしい。名前は榊。階級は警部補であるようだ。ついでだから名刺もどうぞ、と差し出される。名前と役職、連絡先だけのシンプルな名刺だ。

「酔っぱらいってわけじゃなさそうだね。なにかトラブルかい?」

 警察……ならば今起きた突拍子もない出来事を信じてくれるかもしれない。なにしろ、神姫による強盗は事情通ならずとも耳に入るレベルのようだ。俺は今あったことを簡単に話した。

「不運だったね。いやなに、最近この手合いが増えててね、警察としても困ってるんだ。それで、神姫を持ってるおじさん刑事にも、こうして夜間のパトロールが回ってくるのさ」

 手帳をしまいつつ、手を差し出してくれる。ごつごつとした手をとると、ゆっくりと引き起こしてくれた。

「怪我がないようでなによりだ。でも鞄の方はひどい有り様だな。被害届、出すかい? それなら近所の交番まで送っていこう」

 確かこのあたりだと近くの交番までは少し距離があるはずだ。せっかくなのでお願いすることにした。何より、もしもう一度さっきの神姫に出会したりしたらと思うと、一人で歩くのがいかにも頼りなく思えた。手早く荷物を破れた鞄の中に押し込め、シャウには上着のポケットに収まってもらう。警戒しているのか、剣は持ったままだ。

「いやまったく面目ない話だけどね、実行犯である神姫を取り押さえるか、奪われた盗品の受け渡しルートを解明するかしないとおさまらんのだがね。現実問題、警官を動員しての夜間パトロール増員程度が関の山なもんでさ」

 はぁ、と生返事を返す。世間話のつもりだろうか、あまり心地よい話ではない。それでもこの夜道に会話が途切れないということだけに限れば、大分ありがたいことだった。

「まぁ、注意喚起の一環とでも受け取ってほしいんだがね。事件は概ね、Y駅の西口側で起こっている。特に夜間でも酔客が利用するタクシー乗り場を中心に、ね。目撃情報からみて、機種は恐らくストラーフ……」

「あの、それを聞かせてどうしようっていうんです?」

 だんだんと話の内容が捜査情報じみてきた。これは本当に、聞いてしまっていいことなのだろうか。そんな一抹の不安がよぎる。

「注意喚起の一環だよ。まぁ、下心としては、万一強い神姫プレイヤーがあの神姫を取り押さえることが出来たら、と思わなくはない」

「神姫プレイヤーとして上位ランクにいるなら分かりますけどね。俺のランクは良いとこ下の中くらいですよ?」

 俺がバトルロンドを始めたのはせいぜいニヶ月前だ。確かにバトルロンドの上位に位置するプレイヤーは警察に捜査協力をしたりすることもあるようだが、俺の経歴はいまだ初心者と言って差し支えない。第一、ここは遠征先だし、神姫プレイヤーとしての俺が知られているはずはない。

「まぁ、期待値込みだと思ってくれ。アマチュアボクサーがプロに転向したら、他の選手よりは期待されるだろ? それと似たようなもんさ」

 いぶかしむ俺と裏腹に、榊刑事の表情は変わらず穏やかだ。

「……なんのことですかね」

「なんのことでもないさ。単にゲーム好きなおじさんの勘、だとでも思ってもらえればいい」

 さ、着いたよ、と榊刑事は笑顔を向けてくる。繁華街の交番は深夜の時間帯ににもかかわらず何人かの人がいた。被害届を作る間も、榊刑事は俺の傍らで事情説明を手伝ってくれた。

 

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