「神姫強盗に逢った!?」
「マジかよ、大丈夫だったのか?」
「無事だよ。鞄はダメにされたけどな」
一夜明けて月曜日。あんなことがあっても日常は変わらず訪れる。
昨日は結局家に帰ったのは日が変わる寸前で、暇をもて余したアルが帰りが遅いと怒り、何があったのかを聞いてまた怒り、まぁ散々だった。
「でもよ、出会したりしたら出会したで、やっつけちまえばよかったのによー」
「無理だ。お前な、あれメチャメチャ怖かったんだぞ」
「でも君のエスパディア、それなりに強いじゃない。花道の飛鳥に勝ったんでしょ」
「無茶言うなよ、日野。確かにシャウがいてくれたお陰で助かったけど、アレはもうバトルロンドとは全く別物だ」
それは例えるなら、剣道の試合と真剣の斬り合いだ。下手をしたら、実際に自分が死ぬかもしれないと言う空気の中では、いつものように平静な自分を保てない。少なくとも俺はそうだった。
バトルロンドは、ゲームでありホビーだ。そこには事故事例こそあるものの、基本的には負傷したり、ましてや死亡したりすることはない。特にバーチャルバトルが主流となってからは、直接戦う神姫が破損したり再起不能になったりする事態も大幅に減っていると聞く。ましてやプレイヤーである人間が負傷することなどありえない。数件の例外も、リアルバトル中のアクシデントによるものだ。
それに対して、今回の件は明確な悪意がある。昨夜はたまたま立ち去ってくれたが、最悪シャウが傷ついたり、下手をすれば失ったりすることになっていたかもしれないのだ。現実はゲームとは違う。確かに神姫を悪用する犯人に対して怒りはあるが、だからと言って積極的に関わりたいとは思えなかった。
「なんだよー、そんなに恐かったのか?」
「逆にお前は恐くないのか? 自分の神姫を失うかもしれないのに」
俺は恐かった。高々半年にも満たない付き合いだが、今や神姫を抜きにした生活というのは想像出来ない。悪意をもった相手に壊される、なんて尚更だ。それは花道も理解出来たようだ。
「まぁ、道端で突然襲ってくるんじゃ自分で戦うわけにもいかんしなー、G&Sやレジェンド・バトルの機体使うわけにもいかんし」
花道が口にしたのは、どちらもプレイヤーが直接操作するタイプのホビーバトルゲームだ。このタイプのゲームはプレイヤーの視覚や触覚をフィギュアに接続して操作する。ゲーム専門紙では近々武装神姫でもこのシステムを導入する予定があるらしい。成る程、このシステムを使えばあの黒い神姫と直接戦うことも出来るだろう。だが、それには専用の筐体が必要だし、何より本体側は何も出来ない。この手のゲームでプレイ中に貴重品を狙われる事件が多発し、ロッカー完備の新筐体が出るなどして一時期話題になったものだ。
「そうだね、それなら動けない間に財布だけ抜かれるんだから、怪我はしないですむね」
日野が茶化したように言う。
「でさ、結局その神姫はどんなやつだったの?」
「正直そんなにまじまじ観察する余裕なんかなかったからな、ざっくりとだけど……ヘッドにバイザー着けてて、手には大振りのナイフ握ってて。ストラーフのだと思うけど、強化レッグ履いてた、かな。本体も多分ストラーフだと思うんだけど、色が真っ黒だったし、確証はないな」
昨日会った榊という刑事もおそらくストラーフだと言っていた。
「悪魔型かー」
「多分だけどな。なんにせよ、遠征するならしばらくY駅周辺は避けた方がよさそうだ。あのあたりによく出るらしいから」
「そうだね、気をつけようか」
日野は遠征計画変えないとな、と呟いている。二人は県下でも有名なプレイヤーで、頻繁に遠征をしている。Y駅と言えば県内でも有数の盛り場で、神姫ショップを併設した大型の神姫センターがあることでも有名だ。そこに行けないとなると、同レベルのセンターは県内には見当たらない。遠征の距離が伸びるのは、高校生にとっては痛手だ。
「でもよ、そんなことに使われる神姫はどうにかしてやりてーよな」
花道が呟くように言った。
「何だよ、急に」
「だってよ、どんなことに使われたって神姫が悪いわけじゃねーだろ? 悪いのは、そんな使い方をする人間の方じゃねーか。それなのに、何かあれば悪く言われるのは神姫だ。そういうの、我慢出来ねーよ」
花道はこういう奴だ。時々、青臭いくらいの正論を吐く。そういえば少し前に神姫絡みの犯罪が大きく報道されたときも、一番怒ってたのは花道だった。
「だからって、自分の神姫を危険にさらすの? 避けられる危険なら避けた方が身のためだよ」
「それはそうだけど、俺はやっぱり嫌なんだよ、そういうのがよ。だって、神姫は悪くねーだろうが」
花道と日野の言い分は平行線だ。花道の言っていることは、正論だ。しかし一方で、不必要な危険を避けるべきと言う日野の意見も処世術としては正しい。どちらも正しいことを言っている。結局はどちらも折れず、駅で別れるまでその話は続いた。
日野の言い分はもっともだ。俺だって不必要に神姫を危険にさらしたいとは思わない。でも、花道の熱の篭った言葉も、分かる気がする。神姫は悪くない。それは確かなのだ。昨夜はナイフを握った神姫に恐怖を感じたが、それは神姫が人間でも変わらないではないか。そう考えると、犯人に使われている神姫が急に哀れに思えてくる。今後、警察がどう動くにせよ、神姫に救いがないではないか。
そんなことを考えているうちに家に着いた。玄関を過ぎると、テレビが点いている。それ自体は別に珍しいことではないが、シャウとアルが二人揃って見ているというのは中々ない光景だ。
『シリーズ特集、今日のテーマは神姫による犯罪です。今回は、全国で違法に営業している、いわゆる神姫風俗について……』
二人が見ているのは、夕方のニュース番組だ。画面には『増加する神姫を使った犯罪』という文字と、コメンテーターが持っているグラフが映し出されている。
「なあ、シャウ。昨日の強盗神姫なんだけどさ。あれって、もし捕まったらどうなるか、分かる?」
「そうですね、基本的に私達神姫は法的には物、どなたかの所有物ですから、直接罪を問われることはありません。ですが、違法な処置を受けて犯罪に使用された物ですので、警察が押収、調査の後は廃棄されてしまうのではないでしょうか」
「そうか、やっぱり」
廃棄……その言葉が急に重くのしかかってきたように感じた。
花道の言う通りなのだ。神姫が自分から人を傷つけたわけでも、財布を奪ったわけでもない。それなのに、その神姫の未来は断たれてしまう。犯人が捕まったとしても、たいした罪にはならないだろうに、こんな理不尽なことがあるだろうか。
「どうかなさったのですか?」
俺は昼間の花道とのことを話した。話しながら、だんだんと俺の中に静かな怒りが灯っていくのを感じた。知らないうちに花道に感化されたのだろうか。
「主はどうなさりたいのですか?」
話し終わると、シャウが静かに問いかけた。
「主が望まれるのならば、私はそれを成しましょう。私は主の望むものを裁つ刃。それでいいのです。主は何を望まれるのですか?」
「そうだね、それはボクもそう思うなー」
アルも横から話に入ってくる。
「マスターがその強盗神姫を止めたいって言うんならさ、やるよ、ボクもシャウラも。でも、そうしたくないって言うんならそこまでさ」
どうやら二人共、マスターである俺の意思決定に従うつもりのようだ。
そうだな、俺はどうしたいんだろう。確かに自分や神姫をわざわざ危険にさらしたくはない。しかし、このままではあまりに神姫というものに救いがないように思う。そして、今の自分に出来ることは、あまりにも少ないのだ。それでも。
「俺は……止めたい」
俺は少し考えた後、言った。
「勝手な言い分だろうけど、俺はあの神姫を救いたい。そのために二人を危険な目にあわすのは済まないと思う。でも、俺はやっぱり何もしないでいるのは出来そうにない」
青臭い理想論だ。まったく、これでは花道のことを馬鹿に出来ない。自分に何が出来るのかも分からない。それでも、何もせずに見過ごしたら、きっと俺は後悔する。
「なら、決まりだね」
「やりましょう、主」
二人は笑顔を向けてくれた。それだけでも勇気づけられる思いがする。まずは、自分に出来ることをはっきりさせなければならない。俺は財布の中から先日もらった榊刑事の名刺を取り出した。榊刑事なら、もしかしたら何か方法を教えてくれるかもしれない。
名刺の連絡先に電話を掛けてみる。どうやら個人持ちの携帯番号のようで、数度のコールの後に直接榊刑事が電話を取った。
「もしもし」
『ああ、先日はどうも』
俺が名乗ると、榊刑事はすぐにこちらにピンと来たようだ。先日の件で、協力したい。何か自分に出来ることがあったら教えてもらいたい。端的に用件を伝える。
『そうですね、それでしたら明日の夕方にK駅の近くにある「COL」という喫茶店で直接お話出来ますか』
榊刑事は詳細な場所を丁寧に説明してくれた。時間と場所を手早くメモし、お礼を言って電話を切る。指定された場所までは電車で一時間ほどかかる。明日の帰宅後に支度をして行っても約束の時間には間に合うだろう。
翌日、終業のチャイムと同時に学校を飛び出す。時間的には急ぐ必要はまったくないのだが、気持ちの方はそうもいかない。シャウとアルに支度をさせて、自分も身支度を整える。念のために、武装パーツもケースに詰め込み、持ち出す支度をする。全員の支度が整ったら、いよいよ待ち合わせ場所に向かう。
既にして戦いに行くような気分だが、それはまだ大分早い。まずは榊刑事との情報交換が先だ。
一時間ほど電車に揺られ、時間どおり待ち合わせに指定された喫茶店の入り口を潜ると、榊刑事は既にカウンターの端に席を取っていた。他に客はおらず、ゆったりとした空気とジャズが流れている。こんな用事で来たのでなければ良かったのだが、仕方ない。榊刑事の隣に座り、コーヒーを注文する。
「やあ、遠い所をわざわざどうも」
「いえ、こちらこそお呼び立てしてしまってすいませんでした」
「いやいや、礼を言わなけりゃならないのはこっちの方さ。ただね、警察ってのも不自由な職業でね。市民の皆さんが協力してくれるって言うんなら諸手を上げて喜ばにゃならないところなんだが、中々どうして、上手くいかないもんでね」
相変わらず掴み所がないと言うか、どこまで本気なのか分からない。長年刑事なんかをやっていると、本心を伺わせないようになるのだろうか。
「そう、そのことなんですが、俺は例の神姫を止めたいと思って来たんですが」
「ああ、その話を聞く前に、ひとつ確認しなきゃならんことがあってね。君が件の神姫を止めたいという想いだが、君一人の意思かね?」
にわかに榊刑事の表情が変わる。
「分かっていると思うが、君は危険な行動を取ろうとしている。そのことについて、君の神姫は納得しているのかをまず聞いておきたいんだ」
「はい、ここに来る前に二人にも話してあります」
俺がうなずくと、榊刑事はしばらく俺の目を見つめてきた。やがて何かに納得したような表情を浮かべると、静かにコーヒーに口をつけた。
「それは結構。さて、それじゃあ本題に入るけどね。協力してくれるのは非常にありがたいんだが、捜査情報ってやつは一般市民には漏らせないことになってるんだな、まあ当然なんだがね」
「ええ、分かってます。その上で、俺にあの神姫を止める協力をさせて欲しいんです。榊刑事、言ってましたよね。強い神姫プレイヤーが、あの神姫を止めてくれたら、って。もし何か、俺に出来ることがあれば教えてもらいたいんです」
俺は一息に言い切った。それを聞くと榊刑事は、コーヒーを一口すすり、封筒を机の上に置いた。
「それはそれとして、これは独り言なんだがね。最近では職務中に喫茶店に入ってコーヒーなんぞ飲んでる不良警察官がいてね。こともあろうに捜査情報の入った封筒を置き忘れるなんて奴もいるんだそうだ」
封筒を裏返すと、『神姫による連続強盗傷害事件に係る捜査資料』と、書いてある。
「まあその封筒は店のマスターの手で無事回収されて事なきを得たんだがね、けしからん刑事もいたもんだよ、なぁ、マスター」
カウンターの向こうで初老のマスターがやれやれ、またか榊、と呟いている。どうやらそういうことらしい。
「君は僕に神姫を止める方法を教えて欲しいと言ったが、まあ立場上一市民にそういうことをお願いするわけにも行かなくてね。そういう意味では力になれず、残念だよ」
そう言うと榊刑事は自分の分のコーヒーを飲み干し、それじゃまた、と言って出ていってしまった。席には封筒が置かれたままだ。
俺はなんだか肩透かしを食らったような気持ちでその後姿を見送った。俺はてっきり、ここに来れば解決法を授けてもらえるような、そんな甘い気分でいたのだと気づいて、急に恥ずかしくなった。店のマスターがゆっくりとコーヒーを差し出してくる。
「お客さん、初めてだね。榊の奴とはどこで知り合ったね?」
「あ、一昨日です。Y駅の近くで」
「あいつのことだ、君、何か困りごとだったんだろう」
「分かるんですか」
「ああ。榊の奴とも長いからなあ。もう十年も前、新米刑事として赴任してきた頃から、ここであいつがコーヒーを飲むのは決まって何か面倒事があるときさ」
初老のマスターは笑いながら、パイプに火をつけた。このご時勢に珍らしい、電子煙草ではない本物のパイプだ。
「今もあいつはたまにここに来て、今みたいなことをしよる。本当に困った奴さ、本人の言う通り、まあ不良警官だな」
随分手馴れていると思ったが、なるほど、こんなことをするのも今回が初めてではないらしい。紫煙をくゆらせながら話すマスターの顔は、どこかなつかしい物でも見るような表情だ。
「まあ、やることはでたらめだが、ああ見えて筋は外さない奴だよ。あんたの困りごとにもきっと力になってくれるさ」
マスターが俺の肩に手を置く。喫茶店の店長には似つかわしくない、意外とごつごつとした手だ。もしかすると、昔は何かやっていたのかもしれない。
「そうだ、お客さん、そこの忘れ物なんだが、最近こまかい物を読むのが辛くてね。良かったら代わりに中を確認してくれるかい」
「分かりました、ありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこっちの方さ。じゃあ、よろしく頼むよ」
そう言うと、マスターは榊刑事の空けたカップを片付け始めた。俺は自分の分のコーヒーを一口飲むと、忘れ物の封筒に手を伸ばした。