榊刑事の置いていった封筒の中身はY駅を中心とした地図だった。十箇所ほどにペンで印が打たれており、その横には日時が書き込まれている。どうやら事件が起きた場所を記録したもののようだ。写真も同封されていて、それは現場の記録写真のようだった。ひとつの現場につき、向きや角度を変えて数枚ずつといったところか。それらを見ると、一連の事件は決して広くない範囲で起こっていることが分かる。が、場所の関連性は見えてこない。せいぜい、Y駅の西側の繁華街近くの、あまり人通りのない裏通りで起きているのだろうか、と思わせる程度だ。一方で日時の方は、一応の傾向が見えた。事件が起きているのは概ね深夜の十時から一時くらいまでで、そのほとんどが日曜日だ。俺が事件にあったのも、確か日曜日の十時半から十一時頃だったはずだ。あの場所にタイミングよく榊刑事が来られたのも、同じように目星をつけたのだろう。
しかし、後一歩が足りない。確かに日曜日の深夜、Y駅西側の繁華街とまで絞れれば上出来なのかもしれない。だが、一人で探すとなると広すぎる。俺はいったん思考を切り上げ、温くなったコーヒーに口をつける。そういえば、シャウとアルを連れてきてるんだった。考えも行き詰っていることだし、二人に見てもらえば、新しい切り口も見えてくるかもしれない。一般の喫茶店で神姫を出すのは憚られるかもしれないと、マスターに断りを入れると、他に気にする客もおらんからな、と笑って許してくれた。
早速ケースから二人を出すと、地図を見せた。普段滅多にこういうところには来ないので、アルは周りの方にも興味津々で考えてくれているのかどうかも分からない。シャウは熱心に地図を見つめて、一生懸命に考えている様子だ。
「この範囲、全部を神姫が一人で回るのは困難ですね。それに盗品の財布を持って移動したことを考えるとそんなに遠くまでは行けないはずです」
「そうなんだよな。もし犯人が近くにいて、神姫と盗品を直接回収しているなら話は分かるんだけど」
「でも、人気のない裏路地で常に同じ人物が目撃されていたら、幾ら何でも怪しくありませんか?」
確かにそうだ。もしこの件数の事件の影に似た風貌の人物が目撃されていたとしたら、とっくに警察が目星をつけているだろう。
「そもそもさー、その神姫は毎回バッテリー充電しに帰ってるんだよねー? ってことは犯行現場の近くに犯人のアジトがあるってことじゃないかなー」
唐突にアルが割って入る。が、実際はそうとは限らない。もし神姫が自力で帰るのではなく、犯人が何らかの方法で神姫を回収しているとすれば、犯人の根城が近場とは限らないのだ。
三人で頭を付き合わせてみても、答えは出そうにない。コーヒーカップを持ち上げると、いつの間にか空になっていることに気づいた。ふと視線を上げると、マスターと目があった。
「考え事の最中悪いんだがね、そろそろ時間は大丈夫かい? いや、ゆっくりしていってもらう分には店としちゃあ構わないんだが」
マスターの声に時計を見ると、確かにもう八時を過ぎていた。榊刑事と別れてから一時間以上考え込んでいたらしい。店内には相変わらず他に客はおらず、緩やかな空気が流れていた。マスターに謝意を伝えると、急いで地図と写真をカメラで写して画像データにして保存する。それを封筒に収めてマスターに手渡し、改めて礼を述べる。
「なあに、礼なんか要らんよ。それよりも、この店が気に入ってくれたらまたお客として来てくれると嬉しいね。今度は、榊の奴とは関係なしでな」
笑顔で見送ってくれるマスターにまた礼を述べ、店を後にした。事件が解決したら、報告がてら、今度はゆっくり来よう。そんなことを考え、急ぎ駅に向かった。
次の日の放課後、俺はシャウとアルを連れてY駅にいた。地図の上から読み取れる情報だけでは分からないこともあるのではないかと思い、実際に現地に足を運んでみたのだ。例の強盗神姫に出会すとは思っていなかったが、念のため武装も全部装備させてある。
駅の西口から出ると、すぐ繁華街の入り口に繋がっている。平日の夕方ではあったが人通りも多く、とてもではないが神姫が一人で歩けるような場所とは思えなかった。
それほど急いだつもりはないが、全ての現場を巡るには三時間ほどかかった。長いようだが、現場ひとつに二十分位の計算だ。榊刑事にならい、自分なりに現場の写真を撮ったり現地をうろついたりしながらでもこの時間なら、地図を見て思ったよりも実際はもっと狭い範囲で事件が続いていたということだろう。
その足で駅前に店舗を構える大型の家電量販店に向かい、携帯で撮影した写真をプリントアウトしてもらった。なにかを集中して考えるときは、漠然とでもそれに触れられた方がいいと俺は思っている。その点、紙媒体は便利だ。アナログかもしれないが俺のように感じる人間が途絶えない限り、紙媒体の物もなくならないだろう。写真は全部で数十枚あり、昨日「COL」で撮った画像データも印刷すると、簡易プリントでもそれなりの時間がかかった。時計を見ると、もう九時近くなっている。普段なら夕食も済ませてシャウと今日の課題の反省をまとめている頃だろう。俺は写真を受け取ると確認もそこそこに地元に向かう電車に飛び乗った。
昼間は学業、夜は探偵紛いの生活をしていると慌ただしくて一日が飛ぶように過ぎていく。いや、時間ばかりが飛ぶように過ぎていく、と言った方がいいかも知れない。一日の周期が圧縮されたような感覚だ。今日の昼休みも、貯めた分の課題を片付けていたらあっという間に過ぎてしまった。なにせ、家に帰ってから学校の課題を片付ける余裕がまったくない。二日間とも遅い夕食を取って風呂に入り、シャウと翌日の課題を打ち合わせていたらあっという間に日が変わっていた。
「自分でやりたいと決めたのだから文句はつけんが、それにしたってもう少しどうにかならんか……」
一人恨み言を呟く。普段なら返事を返してくれる友人二人は、今頃なにをしているだろう。一人教室に残って課題を片付ける友人に救いの手を差し伸べる、なんて真面目な側面はあの二人にはないのだ。自然と思考は課題から薄情な友人達へ変化し、頭を振ってそれを追い払うことの繰り返しになっていった。
「これは、まだまだかかる奴では……」
そんな言葉がもれ出る頃には、集中力は完全に途切れ、結局昨日までの分の課題を片付けるだけで終わりにすることにした。駅前のハンバーガーショップでセットを注文し、席でポテトをつまみながら昨日の写真を広げ始めた。この事件現場は、何か共通点があるはずなのだ。特に、神姫の回収方法が分からない今、その謎に迫る唯一の手がかりが写真だと言ってもいいだろう。しかし、内容を見てもどれも繁華街の裏通りが写っている、としか言い様のない写真ばかりである。それをもう一歩、何か共通項でくくれないだろうか……。
「なに見てんだ? 課題終わったのかよ」
「風景写真……にしちゃ薄汚いところばっかりだね」
「花道、日野、いたのかよ?」
二人は席の後ろからひょっこり現れ、テーブルの上に散らかった写真を眺めている。一応捜査資料の写しもあるという引け目から、写真をまとめ始める。
「よー、なんの写真だよ、これ」
「ちょっと知り合いに頼まれてな。共通点を見つけてほしいんだとさ」
写真をグループごとにまとめてクリップで止め、封筒にしまい込むには、ちょっとかかりそうだ。
「へぇ……あ、分かった、コレ。ポストだよ」
「はぁ、良いから貸せよ、片付けるんだから」
「ちょっと、一応聞いてよ」
「片付けながらなら、耳だけ貸してやる。ポストがどうしたって?」
「いや、その写真の場所さ。全部郵便ポストが近くに写ってる」
俺は写真をまとめる手を止めた。
「どういうことだ? 日野」
「いや、どういうもこういうも。多分それ、何枚かペアでひとつの場所の写真になってるでしょ? で、全部は確認してないけど、ポストの写ってるグループはとりあえず三つ見つけた。借りていい?」
ざらざらとクリップでまとまった写真をばらしてチェックする。
「まずこのグループはここ、ビルの影のところに写ってる。次のグループは割りとド真ん中。でその次はここ、ちょっと見辛い位置だけど、これ多分ポストだよね?」
確かに、日野の示したグループには、全て写真に写る位置に郵便ポストが立っていた。
「日野、残りのグループも一緒に探してくれないか?もしそれが正解なら、ありがたい」
俺は画像データに保存した地図をプリントアウトしたものに、ボールペンでポストの位置を書き足した。そうしてる間にも有能な友人達は十ヶ所中七ヶ所の現場写真にポストが写っている、つまり犯行は郵便ポストの近くで行われている、という仮説を立ててくれた。
「日野ォ……ダブルチーズ奢ってやるわ……」
「いいよ、そんなの。そんなことよりさ、それ、もしかして強盗神姫に関わる話なんじゃないの?」
「もしそうだったら、俺達も乗せてもらいたいんだがよー、どうよ?」
ノリが軽すぎる……やはり自分一人で考えなければならなかったとしても、自宅に戻ってから一人で写真と向かい合うべきだったと後悔し始めた。
「二人の要求はなんだ? それによって聞けるものと聞けないものがあるぜ」
確かに強盗神姫を探すにしても、一人よりは人数がいた方が都合がいい。実際は榊刑事を始め、警官もあの辺りを巡回するくらいはしているのだろうが、如何に訓練されているとはいえ悪意を持って襲ってくる神姫を相手にするには若干頼りない。海外でも神姫を使ったテロ事件などが起きているが、そのための警備にはやはり神姫が使われるのが一般的だと聞いたこともある。神姫を相手にするには、神姫を出すのが最善手なのだ。その点、この二人の神姫なら強さは申し分ない。
「いや、こないだ花道とも話したんだけどさ。俺もなんて言うか、神姫を犯罪に使うのが許せないって言うか……そんな気になってきたんだよ」
「俺は元からだぜ、とっくに頭にきてるんだからよ」
どうやら花道に感化されたのは俺だけではなかったらしい。しかし、やはり危険が伴うのは事実だし、神姫を危険にさらす行動なのは間違いない。特に二人は年が明けたら公式の全国大会県予選が控えているはずだ。
「お前達の気持ちは分かったけどよ、神姫達はどうなんだよ。実際に危ない橋を渡るのは俺達じゃない。そのことを納得してるのか?」
俺は榊刑事に問いかけられたのと同じ質問をする。
「う……それは……」
「俺の所は俺がやるって言えば問題ないと思うぜ」
「そういうことを言ってるんじゃないんだ、花道。確かに神姫は俺達オーナーが言えば嫌とは言わないだろうさ。でも、神姫にだって意思はあるんだ。それを無視して無理やり危険なことをやらせるんじゃあ、神姫強盗の犯人と何も変わらないじゃないか」
「む……確かにそうだが……」
「とりあえずお前達は、今日の内にでもそれぞれの神姫と話してくるんだな。俺達のエゴに無理に付き合わせるわけにはいかない」
結局、その場はそれでお開きになった。俺としても力のある神姫を仲間に加えられないのは心細くはあるが、そこは譲れない。神姫をこの場に連れてきていない以上、話の進め様がないのだ。ただ、自分の神姫の協力が得られるならば、そのときは力を借りることは約束した。実際のところは、俺の方から頼んで協力をしてもらいたいくらいの気持ちなのだが、仕方ない。
正確に言えば俺の目的は警察に先んじて強盗神姫を取り押さえることだ。そうでなければ神姫は警察に証拠品として押収されてしまい、その後は廃棄されてしまう。俺はそれを防ぎたい。そのためには、少しでも人手が必要なのは確かなのだ。
自我のある神姫がただ殺されてゆくのが嫌だなんて、我ながら偽善的な考えだと思う。第一、倫理プロテクトを外されているであろう神姫に、果たして自分の意思がどれほど残っているのかも疑問がある。それでも俺は、救いたいと思った。そこで手を伸ばさなければ、俺は一生後悔する。
明日になれば、日野と花道が手を貸してくれるかどうか、結果が出るだろう。その結果がどちらであっても、俺がやるべきことは変わらない。でも、俺の友人が俺と同じ考えが出来る人間だというのは少し嬉しかった。今日は何日かぶりに落ち着いた夕食を取れる。そのときに、シャウとアルにこの話をしてやろう。そんなことを考えていると、車内アナウンスが最寄り駅に着いたことを告げた。