日曜日、午後九時。
俺達三人は、Y駅の近くにあるハンバーガーショップに集まった。既にレンタサイクルの準備も整い、神姫もそれぞれが準備を済ませている。作戦といっても、やることはほとんど見回りと変わらない。それでもばくばくとハンバーガーを頬張る花道が羨ましくなる程度には緊張をしている。
「緊張してても、しょうがねーだろうがよ。出てこねー可能性だってあるんだぜ」
まったくその通りである。だが、だからといって同じように割り切れるとは限らない。その辺りは性格の差という奴だ。日野は日野で、地図を確認しながらコーヒーを飲んでいる。同じ場所で事件が起きたことはないが、一応郵便ポストの位置はすべてチェックしてある。三人で分けても一人十箇所ちょっとずつ受け持つ計算になる。
「そろそろ時間だ。それぞれの担当場所に移動しようか」
日野が地図を片付けながら言う。時計は九時半を回っていた。
「うっし、行くか」
花道に続いて席を立つ。店の外には十二月の風が冷たく吹き付けていた。俺はネックウォーマーを少し持ち上げ、自転車に跨る。
「それじゃ、また後で」
「見つけたらすぐ連絡な」
「お互いにな」
言葉を交わすと、三人はそれぞれの受け持ちに向かう。
誰が当たりを引くのか、ここからは運試しだ。
走り始めてから二十分ほど経ったろうか。三つ目の担当箇所に差し掛かったときに、短い悲鳴が聞こえた。自転車を立てかけ悲鳴の聞こえた方に入っていく。薄暗い路地裏に、若い女性が仰向けに転んでいる。神姫ケースを手に、駆けつける。違っていたら、それはそれでいい。
「助けて……」
女性は細い声で助けを求める。その肩には……。
「強盗神姫!」
その姿を確認し、ケースのロックを開封。ケースからシャウとアルが飛び出す。シャウが一気に加速し、距離を詰める。双剣、鬼姫を振るって女性の肩から神姫を弾き飛ばす。アルは弧を描き距離を開けつつも女性が逃げるのををフォローする位置に立つ。
「こっちへ」
手を取って立ち上がらせると、路地から押し出すようにして女性を逃がす。即座に携帯を取り出し、他の二人に連絡を入れる。相手の神姫はやはり逃げ腰だ。アルが牽制射撃をしつつ、シャウが退路を断つ動きを見せる。
「シャウ、アル、いいぞ、思いっきり行け」
俺が合図を出すと、アルの弾幕が姿を変える。意図的に弾幕の厚さを変えた、偏差射撃に切り替えたのだ。相手がそこに飛び込むとシャウが待ち受けるという構えだ。黒い神姫が壁を蹴って上空へ逃れようとするのを、サブアームで展開したジュダイクスで迎え撃つ。が、ジュダイクスがナイフと接した瞬間、嫌な音がした。ただ剣と剣が触れ合う音ではない。
「シャウ、流せ」
俺の声に、反射的に刃を払って受け流す。逃がさないようにアルの射撃が逃げ道を塞ぎ、それを嫌って黒い神姫は再び距離を取る。
「これは……」
ナイフを受けたジュダイクスには、刃に切れ目が入っていた。あのナイフはただの刃物ではないらしい。音から察するに、超音波カッターのようなものを流用しているのだろう。強化プラスチックで出来た市販の武装程度では、受け止めることもままならないようだ。
「ジュダイクスは盾に使って構わない。鬼姫ならばそのナイフとも渡り合えるはずだ」
素体の腕で構えた二振りの剣は俺が自分で作ったカスタム品だ。材質も市販品とは違い、鋼を使っている。いくら超音波カッターでもそう簡単には切ることは出来ないはずだ。
シャウは都合四振りの剣を構え、黒い神姫と改めて向かい合う。バイザーのアイラインが赤く光った。
「邪魔ヲ、スルナ」
感情のこもらない声。そして跳躍。壁を蹴り、一息で彼我の距離を詰める。一閃。早い。手数では上回るはずのシャウを、尚速度で圧倒している。元々飛行装備に重量武器を扱うエスパディアは、空中でバランスをとるためのカウンターウエイトとして腕を振り回すことを余儀なくされることが多い。見た目よりも実際の攻撃に割ける手数は多くないのだ。それでも一刀で四刀と互角以上に渡り合う黒い神姫の技も、並みではない。加えて、半端に足を止めてしまったことが災いしている。決して機動力では劣らないはずの相手に振り回されているのだ。
「シャウ、動きを止めるな。アル、なんとか頭を押さえられないか?」
「やって出来ないことはないけど、一発限りだよ?」
「一度仕切り直さないと、シャウが保たん」
今はなんとか凌いでいるが、飛行装備に一撃でも食らったらお仕舞いだ。
「んじゃ、一発お見舞いしてやりますか!取って置きの奴、行くよー!」
声と共に全身の武装パーツがパージされ、空中で甲虫の姿を形取る。
「ロートケーファスラスト!」
赤いカブト虫となった武装が、唸りをあげて突進する。それは神姫にとっては巨大な鎚と同じだ。大質量の一撃に、黒い神姫はトンボを切って反転、ロートケーファを踏み台に、更に上空へ跳んで破壊鎚を軽く避ける。しかしその一瞬、シャウが体勢を立て直す。
「今だ、組み替えろ」
この狭い路地では速度よりも小回りの利くセッティングの方がいい。この組み替えのために専用のプログラムを作ったのだ。一瞬の内にパーツの配置がいつもの速度重視のセットから、正当なエスパディアの武装に組み替えられる。上空に逃れた黒い神姫の更に上を取り、一撃。弾かれるように落ちてくるが、膝を使って着地の衝撃はうまく殺している。そこを狙って、真横からアルがアサルトライフルを撃ちながら、距離を詰める。ロートケーファも頭上から追撃の構えを見せる。何度目かの、跳躍。しかし今度は逃げるためでも、シャウに向かうためでもない。距離を詰めたアルに向かって突撃してきた。
咄嗟に射線の確保より、身を守るための構えを取る。大振りで横に薙いだナイフが、着剣されたアサルトライフルの銃身を二つに断ち割る。追撃の回し蹴り。巻き込まれながらも自分から跳んだのだろう、着地後回転してすぐ立ち上がる。更に追撃の構えを見せる神姫に、今度はシャウが割り込む。が、さっきまでの空中戦と違い、ここには足場がある。左右からの連撃を片方はナイフで、もう片方は膝を使って受け流す。そのまま爪先蹴り。爪先にもナイフが飛び出している。ジュダイクスで、止める。逆薙ぎの後ろ回し蹴り。これも鬼姫で受ける。更に追撃で向かってきたナイフをジュダイクスが受けたのは、偶然とも思えた。だから、次の一撃はかわせなかった。三連撃ではなく、四連撃。繰り出された足刀が、シャウのヘッドバイザーを直撃、体ごと蹴り飛ばす。
「アル、支援」
ロートケーファが再び突進。一方のアルには手持ちの武器がない。ロートケーファを組み上げるために武装のほとんどを取られてしまっている。しくじった。ロートケーファスラストは大技だ。隙のない状態で闇雲に繰り出して当たる技ではない。これなら手持ち火器のひとつでも予備を持たせておくべきだった。
「ロートケーファを戻して装備だ。シャウ、行けるか」
「……っ、はい!」
シャウは片側が砕けたヘッドバイザーを頭から振り落とす。地面を蹴り、地表すれすれを加速していく。が、そこはストラーフの土俵だ。突き出した剣は、回し蹴りで弾かれる。逆薙ぎ。今度はナイフが受け止める。しかし止まらない。入れ換えるようにして二本のジュダイクスが追撃。しかし黒い神姫も動きを止めない。後ろに飛び退き、かわす。それを追うようにシャウが更に追撃。が、大きく飛び退いたかと思えば、壁を蹴って距離を詰めてくる。斬撃。辛うじて避けたシャウの頬に一筋傷が走る。寄ると思えば離れ、離れると思えば寄る。決して侮ってはいなかったはずだが、それでも尚黒い神姫は強い。相手の攻撃を、体ごと大きく避けて、距離を開ける。その距離を詰めようとしたところを、ようやく体勢を整えたアルの射撃が割って入る。
「強い……」
シャウが呟く。黒い神姫は逃げるつもりはないらしい。代わりに、赤いアイラインがこちらを睨んでいる。戦う気になってくれたのは、こちらにとっては好都合だ。しかし、闇雲に打ち合っても切り崩すのは難しい。勿論、当初の目標を考えれば、この状況は最上と言えるだろうし、見方によっては既に勝っているとも言える。だが、俺自身の目的を考えれば、今は相手に当てるための一手が足りない。せめて最初のように、空中戦に持ち込めれば話は違うのだが、足技をうまく織り込んでくる相手に地上戦では主導権を取りづらく、力比べでは不利だ。
「アル、一瞬でいい、あいつの動きを完全に止めることは出来るか」
「狙い撃てば出来ないことはないね。その代わり集中するよ?」
弾幕を張りながらでは出来ないということだ。
「シャウ、もう少し踏ん張れるか」
「言うまでもなく」
「よし、次が勝負だ。決め時はこっちで作る、それまで耐えてくれ」
「承知」
青と黒の影がぶつかり、離れ、またぶつかる。離れるたびに火花が散るように、激しく。動きを支援する砲火は飛ばない。アルは今、俺の指示した時を待っている。ナイフが閃く。それを、盾代わりにしたジュダイクスが受ける。その表面には、深い傷が幾筋も刻み込まれている二閃、三閃。互いに、力比べには持ち込まない。打ち付け、弾く。目まぐるしく攻守は入れ替わり、一時として留まることはない。
緊迫した空気に胸を押しつぶされそうだ。まだその時は来ない。しかし、来るはずだ。今までの動きから見て、必ずやって来る。おそらく、アルもその時を狙っている。
青と黒の影は、離れ、ぶつかり、また離れる。その繰り返しの中で、狙っていた時は唐突に訪れた。黒い影の、跳躍。距離を詰めるシャウに向かい、壁を蹴る。
「アル、そこだ」
「オッケーマスター、いっけぇーッ!」
黒い神姫の蹴ろうとした壁が爆ぜる。蹴り足が充分な力を伝えず、宙に放り出されたような格好になる。
「スキル発動、無銘:大顎!」
二つの刃が交差し、巨大な鋏を形作る。黒い神姫はくるりと宙を回転し、サバーカレッグに遠心力を加えた踵落としで迎え撃つ。鋏が鎚のような足を挟む。鋭い音が鳴り響いたのは一瞬だった。装甲ごと、フレームごと、一撃で左脚を断ち落とした。
決着のついた瞬間だった。
片足を失った黒い神姫は、それでも立ち上がろうとした。が、右の手が光弾に弾かれ、ナイフを取り落す。そのままうつ伏せに倒れた神姫を、シャウが鋏でアスファルトに縫い付けるように押さえ込む。このまま確保するにしても、まだ残った右脚には大振りのナイフが生えている。素手で押さえ込むにはあまりに危険だった。まずは完全に無力化しなくてはならない。俺は携帯端末から伸びるコードを、手早く神姫の背中にあるコネクタに接続、端末から停止コマンドを打ち込む。ここに至って、激しくもがいていた黒い神姫はようやくおとなしくなった。俺は、大きく息をついた。
「ご苦労様、シャウ、アル」
その言葉で、二人からも力が抜けるのが分かった。ここからは、俺の戦いだ。そう思考を切り替えた俺の後ろから、がやがやとした気配が近づいてきた。恐らく花道達か、警官がやって来たのだろう。
「ここからは、俺の戦いだ」
呟いた俺の声は、周囲の喧騒に飲まれていった。