蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・2-6

 翌週の日曜日。

 俺はFront Line社の研究室があるというビルの一室にいた。約束の時間には少し早く到着してしまったようだ。出されたコーヒーは既に温くなっている。

 

 強盗神姫を確保した後、すぐに警察はやってきた。本当に僅かな時間差で、俺は目標を達することが出来たのだ。制服警官の姿に混じって、榊刑事の姿もあった。

「いや、君の友人からの通報で駆けつけたんだがね。大活躍じゃあないか」

「ご期待に添えましたか」

「それ以上さ。それは犯人に繋がる手がかりとしては十二分だからね」

 ハンカチにくるまれた黒い神姫は、俺の手の中にある。

「そのことなんですけど、榊刑事。捜査が終わった後この神姫は、どうなるんですか?」

「……どう、とは?」

 一瞬、榊刑事の表情が動く。無言でその瞳を見つめると、観念したかのように口を開く。

「捜査資料といっても、これは違法な処置をされてることが明らかだからね。捜査終了後に、適切に処分されることになる」

 適切に処分される。シャウの言った通りであるということか。

「榊刑事、お願いがあります。この神姫を処分するなら、俺が引き取りたいのですが」

 本来、そんなことが許されるのかどうかは分からない。が、俺がこの黒い神姫を救うために出来ることはこれしか思い浮かばなかった。榊刑事は今度は表情を変えず、無言で名刺の裏に何やら書き、俺に渡してきた。

「ここではなんだ、場を改めて話そう。次の日曜に、その場所で。それまで、この子は預かっておくよ」

 

 そして俺は名刺の裏に書かれた日時に、指定されたこの場所に来た。まさかその場所が神姫開発の最大手メーカーであるFront Line社の研究施設だとは思わなかったが、榊刑事に呼ばれてきたことを告げると、すんなりと通されてしまった。一体どんな伝手があるのだろう。

「やあ、お待たせしたようで、申し訳ないね」

 ぼんやりとそんなことを考えていると、扉が開いて榊刑事が現れた。横には白衣の研究員らしい人を連れている。

「呼び立てたようで、済まないね」

「いえ、こちらこそ、無理なお願いをしてしまって申し訳ないと思っています」

「あ、こちら研究員の菊川くん。Front Line社には捜査協力をお願いしていてね。今回も黒い神姫のメモリを洗ってもらうのに、手を貸していただいたんだ」

「どうも、菊川です」

 さて、と呟きながら向かいの席に榊刑事が腰を下ろす。

「あ、菊川くん、僕もコーヒーもらっていい?」

「榊さん、ここを喫茶店かなんかと勘違いしてんじゃないすか」

「いいからいいから、頼んだよ、ブラックでいいから」

 文句を言いつつ、自分の椅子を戻しながら菊川さんが部屋を出ていく。

「さて、彼がいない間に本題に入ろうか」

 やはりさっきのは、彼を立たせるための口実だったのだろう。もともと、押収した証拠品の横流し、ということになるのだろうから、当然と言えば当然だ。下手を打てばそのまま告発されかねない。

「君から言われたストラーフの話だがね、結論から言えば、君に引き取ってもらうことは、可能だ。勿論出所については口外しないように頼むよ」

「じゃあ……」

「まあ慌てなさんな。出来るかどうかで言うなら、という話なんだから」

 身を乗り出す俺を、窘めるように言う。条件があるのさ、と榊刑事は続けた。

「君には二回、チャンスをあげよう。キミの持てる力全てを使って、僕の神姫を倒せれば、キミの望み通り、件のストラーフを君に渡そう」

「榊刑事の神姫を?」

「そう。まあ、試験みたいなものだと思ってくれ。要は違法な処理をされた神姫が万一暴走したとして、それを君が制圧出来るだけの力量を持っているんだ、と示してほしいわけさ」

 元々が無茶なお願いだったのだ。このくらいの条件がつくのは仕方ないだろう。榊刑事の言い分ももっともだ。チャンスが二回あるというのは解せないが、元よりどんな条件であっても挑むしかないのだ。

「バトルロンドで勝負、ということですか」

「まあ、正確にはバトルロンドじゃあない。ここの施設を貸してもらおうと思ってね。まあ、堅苦しいことのない、何でもありのルールで」

 バトルロンドではない、ということはリアルバトルだろうか。この規模の施設ならそのための設備があってもおかしくない。

「そういう条件で、どうかね?」

「結構です、お願いします」

 即答か、と榊刑事は微笑む。しばし無言の空気が二人の間に流れる。

「コーヒー、持ってきましたよ、榊さん」

「ああ、ちょうど良いところに戻ってきた。早速で悪いんだけどテスト設備を使わせてもらいたいんだが」

「今からですか? せっかくコーヒー淹れてきたのに」

「まあいいからいいから。さ、行こうか」

 

 

 エレベーターで移動した先には、大型のバトルフィールドがあった。普段はここでテストバトルや試作武器の実験が行われているのだろう。菊川さんが準備のためになにやら走り回っている。

「アンジェリクス。支度はいいかい」

「ええ、シロウ。いつでも行けますよ」

 部屋の中から姿を現したのは、二又の槍を持った騎士型だった。相当手が入っているのは見ただけで分かる。身に付けている鎧もカスタム品だ。

「そっちは、そのエスパディアさんで勝負かい?」

「ええ、頼むぞ、シャウ」

「はい、主」

 平然と答えてくれるシャウだが、ヘッドギアは壊されてしまったので、今回は着けていない。ジュダイクスにもいくつも傷が入ったままだし、シャウ自身も頬には傷が残っており、そこは小さく切ったマスキングテープで保護している。どれも戦闘自体には影響しないはずだが、戦う前から傷だらけだ。

「ひとつ、お手柔らかに頼むぜ」

 特にそれを気にした風もなくそう言うと、榊刑事は反対側のゲートに回った。フィールドは特に何の変哲もない、障害物や起伏もない殺風景なフィールドだ。ゲートにシャウをセットし、フィールド内に送り込む。

 試合開始のブザーが鳴る。同時にシャウが躍り出て、一気に加速する。騎士型の特徴は、その格闘能力の高さと防御性能の高さだが、同時に機動力はすべての神姫の中でも最低ランクだ。そのため、基本戦術は待ちに徹することが多い。しかも今回は、どちらも飛び道具の類いは持ち合わせていない。接敵しての格闘戦ならば、シャウはそうそう劣りはしない。機動力で優位を取りつつ、一撃離脱を図るのが今回の作戦だ。

「征きます!」

 四刀を振りかぶり高速で襲い掛かる。一息に彼我の距離が詰められる。

「伸びよ、長顎アントニオ」

 螺旋に巻かれた槍が突き出されると同時に、その螺旋が緩み長さが伸びる。鋭い突きに伸びる勢いも加わり、高速で迫る。

「くっ……!」

 サブアームを振った勢いに合わせてバーニアを吹かす。急激に機動を変え、それでも尚アンジェリクスに迫る。その刹那。アンジェリクスが素手の拳を突き出す。幾ら機動を変えて減速されたとはいえ、高速で迫る神姫は砲弾も同じだ。騎士型のアンジェリクスが、素手による格闘戦が得手とも思えない。が、その拳が触れるか触れないかの内に、シャウの機動が乱れた。何があったと思う間もなく、地面に墜ちる。

「なんだ、どうした、シャウ!?」

「答えられないさ。アンジェリクスのブラックアウトカーテンを喰らったらね」

「ブラックアウトカーテン……?」

「そう、神姫の中枢部に強制停止信号を打ち込む装備だ。もっとも、今は神姫の整備・開発や警察なんかで資格を取らないと扱えないし、制御プログラムを入れてるだけでも公式のバトルには参加出来なくなるという代物だがね」

「再起動するまでに必要な時間は優に五分。それだけあれば制圧はたやすい」

 アンジェリクスはそう言うと、手にしていた槍を構え直す。シャウは地に伏したままだ。試合開始十三秒。勝負はまさに一瞬でついてしまった。

 

「まあ、アンジェリクスの性能は初見殺しの塊だ。騎士型をベースにしていると言っても中身はフルカスタム、フレームからして神姫の性能の限界まで追求している。挙句に伸縮式の槍、長顎アントニオに暴走神姫鎮圧用のブラックアウトカーテンまで備えている。正直バトルロンドの延長で考えても、反則だな」

 ぼさぼさの頭を掻きながら、榊刑事が言う。

「だがね。違法な神姫と戦うなら、これでも最低ラインだ。イリーガルな神姫は基礎性能も通常の神姫より遥かに高いし、武装もバトルロンドのそれからは考えられないほどの規格外。違法な処置をされた神姫を鎮圧する、ってのは並大抵のことじゃあないのさ」

 榊刑事の言う通りだ。ゲームでありホビーであるバトルロンドの原則から考えると、ブラックアウトカーテンの性能は明らかに過剰に過ぎる。触れただけで即相手を鎮圧出来る装備など、バトルのゲームバランスを崩すだけだ。それは明らかに違法な神姫や暴走する神姫を制圧するための、規格外の装備だった。

 甘かった。悔しさが胸の中にこみ上げる。アンジェリクスは普通に戦っても相当に手強い神姫だろう。それと何でもありというルールで戦うのだ。どんなことが起こっても不思議ではないと想定するべきだった。バトルロンドの常識で測るべきではなかったのだ。翻って、黒い神姫と戦ったあのときが、どれほど幸運に恵まれていたのかということにも気付かされた。

「これが本当にイリーガルな神姫との戦いであれば、あなたの神姫は破壊されていましたね」

 アンジェリクスが言葉を続ける。俺ははっとした。そうだ。俺はどこかで、これを試合だと考えていた。バトルロンドの延長で、黒い神姫と戦うときほどの緊張感を持っていなかったことに気づかされた。最悪、シャウを失うことになるなんて意識はまったくなかったのだ。

「さて、どうするね?すぐに二回目を始めても、こちらとしては構わないが……少し考える時間もいるかな?」

「そうですね、お願いします」

 考える、以前の問題だ。とにかく意識を切り替えなければならない。これは、試合とは違うのだと。黒い神姫と戦ったときのように、負けられない戦いなのだと。

「ふむ、それじゃあ、そうだな。一時間くらい間をおこうか。菊川くん、その間にコーヒー淹れてもらっていいかね?」

「……さっき飲まなかったじゃないですか」

「それと、作戦会議が必要なら、さっきの部屋を使うといい。その他には使える場所もないだろうしな。菊川くん、構わないよね?」

「好きにしてくださーい。ったくもう、勝手なんだから」

 未だ再起動の終わらないシャウを回収すると、俺は無言でエレベーターホールへと向かった。何が、ここからは俺の戦いだ。胸の中で、俺は自分自身に毒づいた。

 

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