蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「再起動完了、始動します」

 自動音声が流れて、シャウが瞳を開く。再起動は無事終わったようで、少し安心する。

「私、どうして……確か、バトルフィールドでアンジェリクスさんに向かっていって……」

「そのあと、神姫を強制的に動けなくする攻撃を喰らった。俺の作戦ミス、いや、考えが足らなかったせいだ。済まない」

 俺はシャウに向かって頭を下げる。

「そんな! 頭を上げてください!」

「相手の想定レベルを低く見すぎていた。それ以上に、負けたらどうなるかということに、あまりに無自覚なまま勝負に挑んでいた。俺はあの黒い神姫を直接倒せれば、後は俺がどうにかすることだと、自惚れていた。戦うのは俺じゃないのにな」

 しばしの沈黙が場を支配する。

「それでも、望みが絶たれたわけではないのですね?」

「ああ、榊刑事が何を考えているかは分からないが、俺に与えられたチャンスは二回だ。もう一度、アンジェリクスに挑戦することは出来る」

 しかし、アンジェリクスは近接戦闘で張り合うにはあまりに危険な相手だ。中距離には伸びる槍、長顎アントニオがあり、それを掻い潜ってもブラックアウトカーテンがある。高速で飛行するシャウの動きに拳を合わせてこれるくらいだ。単純な一撃離脱では通じない可能性が高い。かと言って触れられてはいけない相手に密着距離で戦うというのはあまりに無謀だ。

「策はあるのですか?」

「ある。なりふり構わない策だが、今回も俺達は挑戦者だ。どんな手段でも、選んではいられない」

 

 一時間後、俺はバトルフィールドのある部屋に戻ってきた。

「お、いい顔になってるな。次はないぜ?」

「ええ、俺もそのつもりです。始める前に、ルールの確認をしていいですか」

「確認するまでもないと思うがね。どちらかが動けなくなったり、負けを認めれば勝負あり、その他は何でもあり、さ」

「何でもあり。その上で、俺の持てる力は全部使ってもいいんですよね」

 俺の言葉の含む意味に気づいたのか、榊刑事が微笑む。

「構わないとも。君の持てる力を全部使って、アンジェリクスを倒せるかい?」

「ええ、倒してみせます。俺の神姫達で」

 ケースから出てきたのは、シャウと、アルの二人。どちらもフル装備だ。

「構いませんよね。さっきのルールには触れてないと思いますが」

「ああ、構わないとも。アンジェリクス、準備は出来ているな?」

「私はいつでも構いませんよ、シロウ。それでは始めましょうか」

 そう言うと、率先してエントリーの支度を始める。アンジェリクスの手には、一時間前の勝負と変わらず長槍、長顎アントニオが握られているのみだ。他に武器を持つつもりはないらしい。だが、見た目が当てにならないことは既に学習済みだ。そうでなくても、どんなスキルが飛び出してくるか分からない。策は既に伝えてあるが、注意を払うに越したことはない。エントリーゲートに二人をセットし、フィールドに送り込む手はずを整える。

「アルキオネ、私はあなたが嫌いです」

「なんだよ、急に。でも奇遇だね、ボクもだよ」

「でも、今だけは、手を貸してください。主のために」

「ふん……言われなくったってそのつもりだっての」

「二人共、勝つぞ」

 

 

 ボタンを押し、二人がフィールドにエントリーすると、試合開始のブザーが鳴る。こちらの強みは機動力だ。シャウが一気に距離を詰める。

「さっき同様の吶喊ですか。あまりに無策」

 正確に打ち込まれる槍の攻撃を、双剣を盾にして受け流す。しかし今度の攻め手は一人ではない。シャウの背後から無数の光弾がアンジェリクスに迫る。

「支援があろうと、距離があろうと、私の槍は逃がさない」

 長顎アントニオが大きく振られる。それに触れた光弾がことごとく弾け散った。一撃の重みが尋常ではない。今攻撃に使われたアクティオンやアトラスのビームも、決して低い威力のものではない。それを一撃でかき消してしまうアンジェリクスの腕力が異常なのだ。

『アル、機動力ではこちらが上だ。構わず撃ち込め』

「りょーかい、どんどんいくよー!」

 銃弾、ミサイル、光弾と、次々に撃ち込まれるがアンジェリクスはまったく意に介さない。あまりに射撃を無視するので、シャウも思い切って突っ込むことが出来ない。牽制をしつつ切り込む機会を狙っているが、相手もシャウに狙いを絞っているようだ。蜂のようにアンジェリクスの周りを飛び回るが、足を止めさせる程度の効果しかない。

「ふむ、雨滴のようなものとは言え、煩わしいですね。切り払うとしましょう。シロウ、行きますよ」

『おう、やっちゃってくれ』

 足を止め、槍を構え直す。

「スキル発動、『最果てにて輝ける槍』」

 長顎アントニオが不気味に輝く。次の瞬間、横に薙ぎ払われた槍の一撃が衝撃波を生み出し、アルの射撃を吹き散らす。あれだけの格闘性能を持ちながら、スキルで遠距離にも対応出来るのか。オリジナルのスキルが来るだろうとは思ったが、威力も射程も想像より上だ。

『シャウ、アル、大丈夫か』

「問題ありません、掠めただけです」

「こっちも大丈夫、まだいけるよ」

 どちらも距離があった分、耐えられた。そう思わされる一撃だった。あんな強力なスキルを制限なしに撃てるのだろうか。そうだとするとシャウが牽制し、遠距離からアルの射撃で勝負をかけるという第一の策は早くも潰えたことになる。

『射撃で切り崩せればと思ったけど、そこまで甘い相手じゃないか』

「二の手に切り替えるよ、マスター!」

 言うが早いか、アルの全身から武装パーツが弾け飛ぶ。それに合わせ、シャウの方も武装を解く。

「ブラウヒルシュ!」

「ロートケーファ!」

 二人の武装パーツがパージされ、赤いカブトムシと青いクワガタムシに組み替えられる。青の影と赤の影。二つの影が同時にアンジェリクスに迫る。

「これしきッ!」

 ブラウヒルシュもロートケーファも、神姫にとっては巨大な鎚も同じだ。アンジェリクスは槍の石突きを地に立てると、迫り来る鉄槌をなんと素手で受け止める。ブラウヒルシュもロートケーファも、並みの神姫なら一撃で吹き飛ばせるだけの威力は充分に備えている。それを片手で受け止めるなど、なるほどアンジェリクスは性能的にも規格外の能力を誇っているらしい。だが、流石に背後にまで手は回らない。そこにシャウが猛然と切りかかり、鬼姫の一撃が背に入る。さらにアルの撃ち込むバウドリーが追い討ちをかける。が、どちらも決定的なダメージは与えられていない。それどころか、ブラウヒルシュとロートケーファを押し返し始めている。

『規格外の性能って、ここまでかよ……』

「おおぉぉッ!」

 叫ぶアンジェリクス。ロートケーファの力を逸らせ、自由になった一瞬でブラウヒルシュに全力を向ける。両手で角を掴み、振り回してロートケーファに投げつける。その間もアルはバウドリーを撃ち続けているが、口径の小さい拳銃では、ほぼ全くダメージが通らない。

「数を出せば勝てると思いましたか? この程度では私の装甲を抜くことは出来ませんよ」

 如何にフレームから選定しているとはいえ、この差はあまりに圧倒的だ。防御力だけでなく、力比べでも及ぶべくもない。まったくでたらめな性能だ。

「主、三の手、征きます」

『頼む、斬撃でも足止め程度のダメージしかない。もっと大きい火力をぶつけるしかない』

「ユーハブコントロール!」

「アイハブコントロール!」

 ブラウヒルシュとロートケーファが武装パーツに分解し、別の形に組みあがる。二匹の甲虫は姿を消し、ひとつの巨人の姿をとった。その右手には、両刃の大剣が握られている。

「行けぇ、ヘラクレス!」

 リノケロスとジュダイクスが合わさった大剣、ギラファブレイドが上段から振り下ろされる。並の神姫であれば一撃で叩き潰せるほどのそれを、長槍の腹で受け止める。

「合体武装ッ……!」

『そのまま押さえ込め。押さえ込めさえすれば……』

 剣を受けた槍がきしむほどの力で、アンジェリクスを押さえ込む。動きを縛った状態ならば少なくともブラックアウトカーテンは繰り出せない。後は、あの装甲を削り切るだけだ。

「行くよ! スキル解放!」

「こちらも、参ります!」

「ブラストホーンラッシュ!」

「無銘:大顎!」

 距離を詰めつつ銃を乱射し接近するアルに、大鋏を展開するシャウ。鋏となった鬼姫で背後を切り込み、銃底で腹を殴りつける。くの字に曲がったアンジェリクスの体ではヘラクレスの剣を支え続けることが出来ず、床に叩きつけられる。

「やった!?」

「気を抜かないで。まだ来ます」

 ヘラクレスを前衛に、いったん距離をとる。どの道、距離の選択権はこちらにあるのだ。彼我の距離はいつでも詰められる。

『それよりも、起抜けの一撃に警戒を。またあの広範囲スキルを撃ってこられたら、こっちの装甲はほとんどないからね』

 ヘラクレスが武装パーツのほぼすべてを使って構成されている以上、二人の防御はほとんど丸裸だ。ここに『最果てにて輝ける槍』が撃ち込まれたら、目も当てられない。倒れたアンジェリクスがゆっくりと立ち上がる。ヘラクレスの打撃とスキルの二連撃でも決定打にはならなかったらしい。ここまで来ると、もはや規格外なんて言葉も生ぬるく感じてしまう。

「今のは少し効きました。ただの連携ではなく、支援を絡め、合体武装を駆使してくるとは。装備型のそれと違い、独立型のヘラクレスは操作が難しいと聞きましたが」

 装備型の真鬼王と違い、独立して動くヘラクレスの操作は確かに難しい。特に、シャウはブラウヒルシュを一機操るのが精々で、訓練ではヘラクレスの操作に集中してようやくだった。そのため、今回はアルが主体で操作した。今まではシャウとの連携がうまく行かず、黒い神姫との戦いでも使えなかった。言わば取って置きの奥の手だったのだ。

「あれでも倒れないか……」

「本当に、何かの冗談のような耐久力ですね……」

 裾の埃を払うような仕草をして、改めてこちらに向かって構え直すアンジェリクスを前に、二人の緊張が高まる。

「さて、ここからが本番です。行きますよ、シロウ……」

『あ、サレンダーで』

「……」

「……」

「……」

『……』

 榊刑事の突然の降参宣言に、俺も、フィールド内にいる三人も、言葉を失った。何故だ。試合展開はアンジェリクスに有利だし、こちらの攻撃はほとんど効果がない。それなのに榊刑事は自ら敗北を宣言してしまった。何かの罠かと一瞬いぶかしんだが、システムが勝敗を告げる。戦闘時間十五分三十秒、間違いなく、俺達の勝ちだった。

 

 

「いやあ、流石に強いねえ。おじさん形無しだよ」

「何を言ってるんですか、こっちの最大火力を受けても平気だったくせに。あのまま続けられてたら、削り切れてたかどうか分かりませんでしたよ」

「いいんだよ、元々の性能が違い過ぎるんだから。それに、こっちとしては片膝でも着いたら辞め時だなあとは思ってたしね。なあ、アンジェリクス」

「私は初めて聞きましたけどね、そのこと」

 アンジェリクスは突然のサレンダーに納得がいっていないのか、不満顔だ。

「まあそう言わないで。ほら、最初の条件的にはイリーガルな神姫を制圧出来るだけの力を見せてほしい、ってことだったじゃあないか。アンジェリクス、君はそこいらのイリーガルよりよほど強いだろう? その君に地を舐めさせたんだ。これは、大したことじゃあないか」

 目的から考えたら、確かにそうだ。違法な処置、と一言で言ってもその程度はピンキリだ。そのすべてがアンジェリクスのように基礎の基礎から戦闘特化、というわけはない。

 翻って考えると、そもそも今回の試験自体が怪しい。なぜ二回もチャンスがあったのか。なぜ二対一でも試験が続いたのか。今にして思えば、一連の内容は、見た目からは判断出来ない武装や素体強度を見せ付けた、いわば「イリーガルと戦うとはこういうことだ」という格好のお手本のようにさえ見える。

「榊刑事、もしかして、最初からこの展開を狙ってませんでしたか?」

「さて、何のことやら」

「榊さん、半年くらい前に来た人にもそんなこと言ってませんでしたっけねぇ?」

「さてさて、最近物忘れが激しくてなあ」

 こんなことをちょくちょくやっているのだろうか。大分前から薄々感じてはいたが、やはり食えない人だ。

「まあ、何はともあれ、合格だよ。あれだけのことが出来れば、生半可なイリーガルには負けないだろう」

 正直まだ事態が飲み込み切れないところはあるが、当初の目的は果たせたようだ。俺の神姫達は、認められるだけの力を示してみせた。過程はどうあれ、それは確からしい。

「件のストラーフだが、引き渡すにしても今すぐ、ってわけにはいかない。それに関してはこちらからまた連絡を入れるよ。今日はせっかくここまで来たんだ、君の神姫も一度ちゃんとメンテナンスしてもらうといい。構わないよねえ、菊川くん?」

「白々しい、元からそのつもりだったんでしょうに。ええ、いいですよ、そう言われると思って支度はしてあります」

 それは正直助かる。シャウの頬には黒い神姫と戦ったときの傷がまだ残っている。小さく切ったマスキングテープで保護はしてあるし、あっても支障はないのだろうが、俺は気にしてしまう。第一、如何に神姫とはいえ女の子の顔に傷が残っているのはやはりよろしくない。

「すいません、よろしくお願いします」

「はいはい、っと。君も災難だね。この人に目をつけられたら、ただじゃ済まないぜ」

「何を人聞きの悪い。これでも公僕だぜ?」

「普通、公務員はこんなこと言われないんですけどね。まあいいですけど」

 そう言うと、菊川さんはシャウとアルを手に乗せ、さっさと部屋を出ていった。

「さて、それじゃあ戻ろうか。君には伝えておかなきゃあならないこともあるしね」

 やはりメンテナンス云々は人払いの口実だったらしい。勿論、そうであったとしても本職に診てもらう機会を得られるのはこちらとしてもありがたいのだが。

「例の、ストラーフのことですか」

 俺の言葉に、榊刑事は笑みを浮かべたまま頷いた。

 

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