「Insect Arms製、MMSオートマトン、神姫、クワガタ型エスパディア、IAL01、セットアップ完了、起動します」
自動再生されるその音声が、私の記憶の最初の一歩。
湿り気を帯びた風が頬を撫ぜる。AIに連動した日本標準時刻のカレンダーが私に『夏』という季節を教えてくれる。窓から差し込む光が夕暮れを告げ、私の口からは自動再生のメッセージが流れ続けている。
「Я(ヤー)の名前、何?」
「君の名前はシャウラ」
蠍座の尻尾の星からとった名前だよ、と言って、私の顔を覗き込んだのがオーナーだろうか。横に置かれたPCに表示されたステータスからも、そうらしいことが読み取れる。
「よろしく、シャウラ」
この時から、私は始まった。
これは、私が私になるための物語だ。
「お、ついに神姫買ったのか?」
「意外だね、ああいうオートマトン系のホビーは苦手なのかと思ってた」
「俺もそう思ってるよ」
俺の反応がおかしかったのか、二人が笑い声を上げる。
それも無理はないな、と思ったのでそのまま流す。元々はユーザーの生活サポートアンドロイドとして販売の始まった神姫も、昨今のホビーバトルブームを受けてかバトルロンドという対戦ゲームサービスが流行りだ。しかして武装神姫は高校生が軽い気持ちで手を出すには敷居が高い。本体価格も高価だし、定期的なメンテナンスも必要だ。バトルまで視野に入れれば、高額な武装パーツや消耗品類も必要になる。普通の趣味に較べて、カネがかかるのだ。それだけの高額な投資を、苦手なものにわざわざかける奴はいないだろう。
「まぁ、新しく神姫を始めるのは歓迎かな」
「何買ったんだよ? エスパディア? 最新型じゃねーか」
「またクセのある奴選ぶんだね」
「近接特化だろ? でもそこは育て方次第ってやつか」
この二人はそんな高価な趣味を抱える、俗に言うオタク仲間だ。俺の通う工業系の学校の中でも成績は良い方ではないが、趣味の方面では相当なもので、特に神姫バトルでは県の代表になるほどの実力者だ。武装パーツも学校の機材を使って自分達で作ったり、カスタマイズしたりしている。
「武装とかどうすんだ? やっぱなんか自作したりすんのか?」
「最近は他のホビーバトルのパーツ使う人も増えてきてるしね、そっち系なら流用するのも簡単だし」
「いや、当面はバトルとかする予定ないんだけど……」
「でもフルパッケージで買ったんでしょ」
「エスパディア買うんだったら、武装も純正で固めた方が運用楽だしな。いいなー最新型。今度でいいから、武装いじらせろよ」
二人の興味は、目下のところエスパディアの武装のようだ。無理もない。武装神姫としてリリースされている製品も弾を重ね、旧商品との差別化を図ろうと各メーカー必死の企業努力をしている。その中で新規参入メーカーであるInsect Arms社が送り出した最新型であるエスパディア。バトルロンドの猛者である友人二人が興味を持つのも仕方あるまい。
「そのうち、気が向いたらね」
そんな俺の反応をよそに、二人の会話は徐々に初心者育成講座めいてきた。そこまで入れ込む予定は今のところないのだが、二人の心情を察するに仕方ないところか。手に持ったパックのジュースをすすりながら聞き流すことにする。
「あ、そういや二人に聞きたかったんだ、エスパディアって、射撃系の管制プログラム入ってないの?」
「「え?」」
武装神姫の武装には、それぞれ専用の管制ソフトがプリセットされている。様々な武装を組み換えるだけでも正常に機能するのはそのお陰だ。特に射撃系の制御は、武装のコントロールだけでなく、測距や弾道計算など、射撃に必要な基礎計算プログラムも含まれている。それはおよそ武装神姫なら必須と言えるのもので、普通ならインストールされていないことなど考えられない。それが二人の共通した意見だった。
……が、ウチに来た神姫にはそれがなかった。バックアップデータを取るときに、メモリに空き容量がやたらと多いのが気になって、調べてみた結果だ。俺としては別に困らないのだが、一応初期不良の疑いがあるのでメーカーに問い合わせを勧められた。初期不良が認められれば、無償での交換も効くだろう、とのことだ。
「……ということらしいよ」
「やっぱり、Яは不良品だったのね」
「そうみたいだね、多分」
この家に来てからの、短い記憶がよぎったような気がする。
隙間だらけの本棚と、雑多な工具に、ほんの少しの模型。殺風景な、記憶のすべて。
不良品。
その言葉が意味するところは分かってるつもりだ。
武装神姫の素体は、精密機械だ。不良を抱えた素体は、メーカーに回収後、例外なく破棄される。それがソフトウェア的な不良であっても同様だ。
「じゃあ、メーカーへの連絡と、返送手続きをお願い。恐らく、一週間程で正規品が届くはず」
努めて事務的に告げる。
驚いたような顔をされたのは気のせいだろう。
「別に交換なんてしないよ?」
「でも、Яは不良品で……」
「普通に生活する分には不都合はないんでしょ。それに、射撃武器が使えないからって、バトル出来ない訳じゃない。要は戦い方じゃない?」
「……そう、エスパディアは、Яは、格闘戦では負けない」
口をついて出たのは、プリセットされた記録にあった、エスパディア型のセールストーク。刀剣での近接戦闘に特化した『格闘戦最強の新鋭機』。
不良を抱えた私は、すがってしまった。もしかしたら、廃棄されずにすむかもしれないという、希望に。それは工業製品のAIとしては、間違った選択。でも私は、私でいたかった。こんな思いを抱く私は、やはり不良品なのだろうか。
「……いいよね、それ。気に入った。格闘戦最強か」
とっさに出てきた大言壮語を、いたく気に入った様子のオーナー……昨日今日起動した私でも『格闘戦最強』という肩書きを実現するのが、簡単でないことは分かる。謳い文句は所詮、謳い文句でしかないのだ。それでも、目の前のオーナーは無邪気にそれを喜んでいるようだ。
「あんまりバトルロンドに興味があったわけじゃないけど、気に入ったな。目指してみようか、『格闘戦最強』の神姫」
「……はい」
否はなかった。私が私であるために。
不良品の私が、私であり続けるために。
プリセットされたデータの中から、自然と基本選択される言語パターンを変えていた。
「ならば今この時より、私は主の望む刃となりましょう。よろしくお願いします、我が主」
「うん、改めて、よろしく、シャウラ」
これは、私が私になるための物語だ。
私が主の神姫として、生きていくための物語だ。
私はシャウラ。
主の望むものを裁つ刃。