蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-3

「突然呼び出して済まないね」

「まったくです。どうせ録でもないことなんでしょうし」

「当たりだ」

 にやりと笑いながら、榊刑事は言った。喫茶「COL」の一番奥の席は、俺と榊刑事が話すときの指定席になりつつあった。他に客がいるわけでもないのだが、一応は人目を憚る話になるときもある。そういう意味では流行らない喫茶店の奥、というのはいかにも好都合だった。余談ではあるが、時々この店の経営が本気で心配になる。

「実はね、今度この辺りで大がかりな賭けバトルが行われるそうなんだ」

「裏バトル、ってやつですか」

 裏バトルとは、公式な大会やゲームセンターでの草バトルを表とするなら、文字通りアンダーグラウンドで行われる違法なバトルだ。そこで行われる賭博行為も違法だが、参加する神姫も違法な改造を施されていたり、公式では禁止されるような破壊力の武装を使ったりと、ルール無用のバトルが行われているらしい。勿論そんな環境で神姫の安全など配慮されるはずもなく、バトルは残酷な見世物となって終わることも珍しくないらしい。

「それで、どうしろって言うんです? まさか裏バトルに参加して来い、なんて言うんじゃありませんよね」

「いやあ、話が早くて助かるね、今日の君は大分冴えてるじゃないか。うん、早い話が、そういうことなんだ」

 軽い冗談のつもりだったが、そうはいかないらしい。数ヵ月前まで一般市民に協力を求めるなんて出来ない、と言っていたのはなんだったのか。

「まあ簡単に説明するとだ、今回の裏バトルには中々の大物が絡んでるらしくてね。警察の方にも、いわゆる圧力ってやつがかけられててね」

「それと俺が裏バトルに参加することと、どう繋がってくるんですか?」

 榊刑事はまあ焦らない、とコーヒーに口をつける。

「ひとつは、今回のバトルには、その大物の子飼いのマスターが現チャンピオンとして参加するのさ。そいつを押さえてしまえば、その大物が裏バトルに関与したことを示す証拠になる。もうひとつはそのバトルが大がかりなものになる、ってところがミソでね。僕に情報を流してくれてる奴が、一人くらいなら参加枠に推薦出来そうだ、って言うんだ」

「で、バトルに参加してチャンピオンを倒して身柄を押さえてこい、と?」

「いやいや、そこまでは望んでないさ。まあ、それが一番こちらの手がかからなくて有り難いが、そこまでお願いするわけにもいかないだろう?」

 この数ヵ月の付き合いで、榊刑事もすっかり厚かましくなったものだ。それも彼なりの冗談なのかもしれないが、正直どこまで本気なのか分からない。自分がそんな荒事に役に立つとは思えないが、仮に役に立つとしたら本気で身柄の確保まで言い出しそうな性格ではあるのだ。

「最善手としては君にチャンピオンの神姫を押さえてもらうことなんだが、それが無理なら会場から出さないようにしてほしいのさ。一応警察としては、バトルの最中に会場に捜査に入るつもりはあるが、三下相手に手間取っている間に本命に逃げられる可能性もある。確実にチャンピオン本人か、その神姫は押さえたい」

「そこまで出来るんなら、何も俺が中に入る必要はないんじゃないですか。第一、本当にそこまでやれるんですか。圧力がどうのって言ってませんでしたっけ」

「そこはね、君。おじさんにだって理由ってものがあるのさ。第一、警察が不当な圧力に屈して悪党を見逃しました、じゃああまりに情けなかろう?」

 一瞬、榊刑事の表情が真剣なものになる。確かに、この人の犯罪に対する想いについては信用出来るところはあるのだ。警察だけで、もっと言えば自分だけで事件を解決出来ないことに対する憤りのようなものは度々感じたことがある。

「とにかく、捜査員を駆り出すことにかけては心配しなくていいさ。そこはおじさんのなけなしの面子にかけても、約束しよう。それと、中に送り込めそうだと言っても、誰でもいいわけじゃあない。説得力、って奴が必要なのさ。例えば、今売り出し中のサードリーガーが、セカンドに上がる前の実戦訓練を希望している、って言うような、ね」

「カバーストーリーまで出来てるんじゃないですか……」

「ははは、まあ例えばの話さ」

 笑いながら、コーヒーを一口飲む。

「まあ、考えておいてくれ。こちらから送り込むんだったら君が一番適任なのは間違いないんだが、君にも都合ってものがあるだろうからね。出来たら一週間以内に返事をもらえるとありがたい」

 それじゃ、と榊刑事は席を立った。相変わらず、言いたいことだけ言って、さっさと行ってしまう。おそらく勤務中に抜け出してきているのだろうが、忙しないことだ。そんなことを考えていると、空いたカップを片付けに来たマスターが、新しいコーヒーを持ってきてくれた。

「サービスだよ。君はあいつに、よく付き合ってくれてるからな」

 礼を言って、カップに口をつける。豊かな香りが広がっていく。

「あいつが何でこんなに神姫犯罪を憎んでいるか、聞いたことはあるかい?」

「いえ、榊刑事はあまり自分のことを話してくれませんから」

だろうな、と言うとマスターは咥えたパイプに火をつける。

「あいつはね、神姫犯罪に巻き込まれて、大事なものを亡くしちまってるんだ」

 マスターはそう言うと、ゆっくりと、紫煙を吐いた。

 

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