蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-5

 普段は静まり返っているであろう廃倉庫街に、その夜は多くの人が集まっていた。街灯もまばらな海沿いの一角の暗がりは、少し肌寒い海風を掻き消すような熱気を持っていた。

「ここが今日の会場、か」

 時間としては宵の口といった頃だが、近くを走る交通機関は終わっている。こんな辺鄙な場所では、昼間だって人が来ることは少ないだろうが、おかげで大分歩かされた。周りは本当に港湾施設くらいしかないので、通報があったとしてもすぐには対応出来ないだろう。榊刑事の、意地にかけても人を出すという言葉を疑うわけではないが、若干心細さを覚えた。が、それを飲み込んで足を進める。ここまで来たら乗り掛かった船だ。

 立ち並ぶ倉庫の中で、ひとつだけ明かりが漏れている。あそこが今日の祭りの場所だ。俺が中に入ろうとすると、入り口で黒いスーツにサングラスの男が無言で遮ってくる。心臓が鳴るのが自分でも分かった。が、震えそうな手を悟られないように力を込める。その男にあらかじめもらっていたパスを見せると、ようやく道を開ける。さしたことはしていないのに、安堵感は大きい。出来ることなら、もう帰りたいくらいだ。さっきまでの小さな決意は、あっという間に揺らいでいた。

 とにかく落ち着かねば。深呼吸して辺りを見回す。さして広くもない倉庫の中には外以上の熱気が溢れている。誰も彼も目をぎらつかせ、興奮と期待感を隠そうともしない。皆今日の日を待ちわびていたのだろう。反吐が出る。今しがた萎れた決意が、なんとか頭をもたげてきた。

 入り口の横では酒や賭け札を扱っているようで、景気よく金がやり取りされている。まるで競馬場だ。倉庫の中央には透明のアクリルのようなもので作られたドームがいくつか設置されていて、あの中がリングになるのだろう。その上には四面のモニタが天井から下げられていて、早くもそれぞれの試合の賭け率が表示されていた。既に賭けは始まっているらしい。さらによく見ると、二階にも席が用意されているようだ。一階のそれが簡素なパイプ椅子を押し込んであるのに比べると、大分余裕があるようで、どうやらVIP席のようなところらしい。

 事前に聞かされているルールは単純明快で、大きくふたつ。ひとつは、自分の神姫が破壊されるか、ギブアップをすれば決着。つまり、神姫そのものを壊さなくても勝負が決まるルールにはなっている。が、参考に、と榊刑事からもらった動画ではサレンダー宣言の後も、神姫を破壊しつくすまで攻撃が止むことはなかった。ゆっくりと破壊されていく神姫と、それを楽しむように歓声を上げる客達の姿は正直耐え難く、結局途中で見るのを止めてしまった。もうひとつのルールは、勝ち上がるごとに神姫の武装や神姫自体を自由に交換することが認めらていること。試合中に武装を破壊されたり、神姫が負傷したりしていても交換出来るということだが、このルールを使えば自分の主力武器や神姫を温存して戦うことも出来る。もっとも、有名な参加者の神姫や武装、戦い方などは、割とオープンなものだし、榊刑事からも少なからぬ量の情報をもらっている。それを考えると今更隠す意味はあまりない。逆に俺のように事前情報がない参加者の方が少ないのだから、純粋に神姫の負傷対策のルールなのだろう。だが、馬鹿正直にそれに付き合ってやる必要はない。事前の情報が少ないのはこちらの強みでもあるのだ。それは最大限に活用させてもらうとしよう。

 人の間を縫って、案内された通りに進むと控え室にされている部屋についた。が、大型のモニタがひとつある以外はただの大部屋に作業用のスペースが少しと、申し訳程度に工具の類が用意されているだけだった。部屋の中には既に十人程度の人と、同じくらいの神姫がいた。それでも参加者の数を考えると、ほぼ全員揃っていることになる。顔を見渡してみたが、事前に教えられていたチャンピオンらしき顔は見当たらない。流石に別室なのだろう。壁際に設置されたホワイトボードには今日の対戦表が貼り出されている。トーナメント形式の四回戦制で、基本的には同時進行で試合が行われるらしい。

「チャンピオンは、反対側のブロックか」

 幸運なのか不運なのか、チャンピオンとは決勝まで当たらないようだ。

「ご主人、そんな事より一回戦の相手はどうなってるんスか?」

「名前は分かるけど、それだけ見ても対戦相手のデータは分からないな。割と出たとこ勝負になる」

 ケースの中から、ミーシャが顔を出す。少しでも対戦相手のことが知りたいのだろう。登録されている名前は、サムライマスター、となっている。もらった情報の中には入っていなかったが、名前だけ考えたら紅緒が出てくるのだろう。それとも短絡的に過ぎるだろうか。名前だけならなんとでも言えるのだ。要はこの表から分かることなんて、自分の対戦順くらいのものだ。

「不安は分かるけど、少し落ち着け」

「ううう……筋トレしてていいッスか? どうにも落ち着かないッス……」

「鞄の中で出来ることなら、好きにしてていいよ」

「まー落ち着けって方が難しいからなー、分かるわー」

「お前が言うのか、アル」

 ミーシャはともかくとして、どう考えてもアルは緊張とは一番縁遠い。今だって、その表情は弛緩しきっている。

「なんにせよ、まずは勝たなきゃ始まらない。ミーシャ、いいね?」

「ううう……姉さんからなんとか一本取れたと思ったら、このザマッス……もっと普通にデビューしたかったッス……」

 このひと月、ミーシャもシャウも、火が出るような訓練をしていた。勿論強くなるためではあるのだが、今回の勝負はリアルバトルなのだ。それは文字通り、負ければ現実に破壊されてしまう戦いだ。二人は毎日のように、訓練に熱をあげた。結果、今日のバトルにミーシャも出られる、とシャウが認めたのだ。

「自信を持ちなさい、メサルティム。貴女は私からも、一本奪ったのですよ」

「そうは言っても、有効打を一発入れただけッス」

「なら、最初の試合で見せてやりなさい。貴女のその一発が、どれだけ恐ろしいかを」

 話している間に、時間はやって来た。会場に入ると、ひときわ大きな歓声が上がる。シードの二人を除いて、一回戦は六試合。その内の半分が一斉に行われる。対面から、相手が入ってくる。相手の神姫はやはり紅緒だ。甲冑を着込み、腰の二本差しと背中にも刀を背負っている。

「なんの捻りもなかったッスね」

「相手は重装甲だけど、甲冑相手なら相性は悪くない。落ち着いていこうか」

 神姫との会話は、お互いヘッドセットだ。リアルバトルではバトルロンドと違い、神姫との通信を機械がサポートしてはくれない。多少アナログだが、相手のことを気にすることなく指示が飛ばせるだけましだろう。

 試合開始のブザーが響く。沸き立つ観客の声を背に、ジレーザロケットハンマーを振りかぶったミーシャが一息に距離を詰める。大降りな一撃だが、それでいい。

「相手の刀じゃあジレーザの一撃は防げない、大振りで構わないから、どんどんプレッシャーをかけて」

「了解したッス!」

 紅緒も刀を抜き放つが、あんな細い刀身なら受けた瞬間に砕き折ることが出来る。相手もそれが分かっているらしく、おいそれと距離を詰めてはこない。もっとも、お互い接近戦にならなければ始まらないのだ。どこかで必ず向かってくるはず。その主導権を渡さなければいい。こちらの攻撃はジレーザもモーニングスターも、一撃必倒だ。斬撃と違って、打撃は甲冑を着込んでも本質的な威力は変わらない。

「ミーシャ、モーニングスターを思い切り振って、誘い出せ」

「どりゃああぁ!」

 弧を描いて投げつけられた刺鉄球が紅緒のいた辺りを薙ぎ払う。紅緒はその大振りの投球をかわし、鎖の内側に走り込んでくる。が、それは誘いだ。鎖を手放し、素早く体勢を立て直すと回転そのままの勢いで、飛び込んできた紅緒にハンマーを叩きつける。

「ぐっ!?」

「おおおりゃああ!」

 咄嗟に剣で防いだようだが、ハンマーの一撃はそれをへし折り、そのまま紅緒の胴を打ち据えた。その威力は、重い甲冑を着た紅緒を宙に浮かせるほどだ。

「まだ浅い、警戒を怠らないで」

 そうは言っても、フルスイングの一撃だ。警戒と言っても体勢を立て直す以上のことはおいそれと出来ない。が、紅緒も吹き飛ばされた先で、大の字を描いている。

「ははは、これは参ったな。為虎添翼が一撃保たぬとは」

 倒れていた紅緒が、ゆっくり立ち上がる。

「これは主殿、一回戦から温存などと、甘いことは言っておられぬな」

「そのようだ。仕方ない」

 その言葉を待っていたように、紅緒は背中に背負っていた刀を抜き放つ。だがそれは、刀というにはあまりにも武骨すぎた。

「此なるは斬馬刀。鎧武者の甲冑ごと斬り伏せるために作られた、秘蔵の刀よ。この威力、先ほど砕いた数打ちと、ゆめゆめ同じと思わぬことだ」

「確かに、あれは中々折れないッスね……」

 刀と名は付いてはいるが、斬馬刀はおよそ刀と呼ぶには大雑把過ぎる。それは鉄塊に刃を立てたような、鎚と同じ分類にする方が正確な武器だ。

「さあ、往くぞ。その鎚で、我が斬馬刀が止められるか!」

 鎧の武者が走り、跳ぶ。大上段から打ち下ろされる斬馬刀の一撃を、辛うじてハンマーが受け止める。地に足を着けて、もう一撃。サブアームの関節が軋る。

「くっ、まだまだッス!」

 密着距離を嫌って、ミーシャの手に握られたハンドガンが火を吹く。が、所詮リボルバーだ。撃ち切ってしまえば、弾を補充する暇はもらえそうもない。足元に撃ち込まれ、飛び退る紅緒。そこをめがけて、横薙ぎにハンマーを振り回すが、斬馬刀で受け止めている。派手に吹き飛んだように見えるが、自ら跳んで威力を逃がされただけだ。

「あんな鈍重そうな装備で身を固めてるのに、意外と身軽だな」

「感心してる場合じゃねッス、どうしたらいいッスか!?」

「構わないから、振り回せ。ただし、闇雲に振るうんじゃ駄目だ、全部狙って、当てに行け」

「それでいいなら、得意科目ッス!」

 勢いよく跳躍し、豪快に床めがけてハンマーを叩きつける。そのまま回し蹴り。ハンマーを警戒していた相手の横腹に踵の一撃が突き刺さる。

 ハンマーは言わば、見せ札だ。その威力は折り紙つきで、当たれば只ではすまない。反面動作が大きく、見切られやすいが、それは見逃し厳禁の狙い玉のようなものだ。その動きには嫌でも注目せざるを得ない。しかし、ハンマーに注目すればその分、ミーシャのもうひとつの武器である体術が活きるのだ。

 たたらを踏んだ紅緒に追撃のハンマー。横薙ぎの一撃は、身を屈めてかわされる。そこはまだ射程の内だ。足を刈り取るように水面蹴り。紅緒は屈めた体をばねにして、大きく後ろに跳ぶ。一度守りに回ってしまえば、斬馬刀のような重量武器は取り回しにくい。その重量そのものが足枷なのだ。着地にも、大きく膝を使って隙を作る。

「そこぉ!」

 その隙を、ミーシャは見逃さない。タイミングを合わせて、突撃する。が……。

「掛かったな! スキル発動、蒼天斬月!」

 その動きに合わせて、紅緒も前に跳ぶ。斬馬刀ではなく、腰に残ったもう一振りの刀が閃き、鋭い一撃が放たれる。蒼天斬月はその居合い抜きの技だ。斬馬刀を放り出したことで、枷から解き放たれた刃がハンマーの柄を両断し、斬り飛ばす。斬馬刀では不利な守勢に回ったのも、重さから着地で大きく身を屈めてみせたのも、誘いだったらしい。背を向けたまま、刃を鞘に納める。

「そこだ!」

「うおおぉぉ!」

 居合い抜きに使われた刃は、言わば死に剣だ。身体中のばねを使って放たれた蒼天斬月は、体勢を戻さないことには次の行動に移れない。その必殺の一撃を、ミーシャはハンマーを犠牲に受けきったのだ。勝利を確信した紅緒の腰を、チーグルサブアームが掴む。そして……。

「りゃあああぁぁぁッ!」

 ミーシャの身体が弧を描く。固い床面に、ジャーマンスープレックスが炸裂した。ミーシャが立ち上がると、逆にゆっくりと倒れ伏す紅緒。歓声が一際大きくなる。この瞬間、俺自身も勝利を確信していた。

「まだだ……」

 天を仰いだまま、紅緒が声を上げる。

「我はまだ、動けるぞ……」

 刀を杖に、無理やり立ち上がる紅緒。もはや禄に動けるようには見えないが、その目には戦意は未だ灯っている。

「この勝負、神姫が破壊されるか、主殿の降伏によってしか決さぬはず……我はまだ、動けるぞ……さあ、尋常に勝負といこうではないか……」

 ふらつきながらも、刀を正眼に構える。紅緒はまだやるつもりだ。だが、そのダメージは決して小さくはない。バトルロンドであれば勝負が決するほどのダメージは既に入っているはずだ。ミーシャも迷っているかのように、視線を送ってくる。当然だ、これ以上戦えば紅緒の破損は免れない。

「どうした、臆したか? 来ぬのなら、こちらから行くぞ……?」

 足取りは覚束ないが、紅緒はゆっくりとミーシャに向かってくる。誰もそれを止めるものはいない。相手のマスターでさえ、止めないのだ。

「……ミーシャ、狙え」

「ッ!」

 ミーシャが、ゆっくりと構えを取る。

「デモリッシュ……クローッ!」

 駆ける。一息に。チーグルサブアームが振るわれる。その凶悪な爪先が、獲物を捕らえる。金属同士を叩きつけるような激しい音。

「なんと……ッ!」

 紅緒の手に握られていた刀が。その背後に突き立っていた斬馬刀が。一瞬の間をおいて、砕けた。

「これで、もう戦う術はねーッス……勝ちの目も」

「見事……我の、負けだ、主殿……」

 諦めたような嘆息の後、対戦相手はサレンダーを宣言した。

 

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