蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-6

 勝ち名乗りを上げたミーシャを回収すると、もうひとつの試合は終わっていた。だが、直接俺と当たる相手の試合は終わっていなかった。それは、あまり幸運なこととは言い難かった。今回のルールでは、試合は一回三十分と、かなり余裕を持って設定されている。それは決して勝負がつかなかった試合のために設定されているのではないのだ。

 

 一回戦前半の最後の試合は、一方的な虐殺に姿を変えていた。

 

 一方のムルメルティアは重装だった。ヴィントシュトースサブアームと強化レッグのヴィントシュティレを同時に装備し、インターメラル3.5mm主砲を両肩に一門ずつ備えている。太股のホルスターには、メルテュラーM7速射拳銃が二丁。しかもサブアームにはミサイルポッドとガトリングガンを備え、見るからに大火力だ。

 もう一方のバッフェバニーは、もはや戦意は残されていなかった。それをわざと当たらないように狙いを外し、ガトリングを撃っている。ムルメルティアのマスターは、高笑いをあげていた。

「サレンダーだって言ってるだろぉッ! 何で止めてくれないんだよッ!?」

「てめー、ルール読んでねーのかよ? ここの勝負はなあ、サレンダーなんて受け付けてねーんだよ!」

 弾丸が次々に撃ち込まれ、脚を止めるわけにはいかない。それほどに広いわけでもないフィールドを、バッフェバニーは懸命に逃げ回っている。

「やめてくれ! お願いだから! お願いだから!」

 高笑いは止まない。アナウンスが、試合の終了時刻まで残り五分を告げた。

「なんだぁ、お楽しみはオシマイかよォ……」

 一瞬、バッフェバニーのマスターの顔が安堵に緩む。が、嘲笑がそれを引き裂く。

「そいじゃ、さっさとバラバラにしちまってくれや。次の試合でまたお楽しみといこうぜェ!」

 この声に、歓声が沸く。そこからは、まさに虐殺だった。

 とっくに武器も残されていない相手に、ガトリングの火線が集中する。三つ編みの髪が。腕が。脚が。千切れて飛ぶ。動けなくなったところを近寄り、残った手足をサブアームで力任せに引き千切っていく。四肢をもがれたバッフェバニーが涙を流しているのが、中央のモニタに大写しにされる。何かを呟いているのまではっきり見えるが、その言葉は一層の盛り上がりを見せる観客達の声にかき消された。観客席より遥かに近いのに、そのマスターが叫ぶ声さえ聞こえないほどだ。ヴィントシュトースサブアームの巨大な手が、バッフェバニーの頭を掴んで持ち上げる。

「それじゃァ皆さん! 皆さんの、せーので打ち上げますよォ! さん、はい!」

 客席からは、割れんばかりの声で『せーの』の声が上がった。

 

 

「マスター。次はボクがやるよ」

 控え室で、静かにアルが言った。

「あのバッフェバニー、確かそれなりに名前の通った神姫だったはずだ。二丁拳銃の、トゥーハンドって呼ばれてた」

「うん。戦ったことはなかったけど、動画はボクも見たことがあるよ。シャウラの訓練データでも、モーションを使ってたはずだ」

 アルの声はどこまでも静かだった。

「よし、頼む」

「それからさ。次の試合、ボクからもお願いがあるんだけど」

 

 

 一回戦の後半が終わり、十五分のインターバルをはさんで、二回戦が始まった。二回戦は同時に二試合ずつだ。相手のムルメルティアの武装は重装で、一回戦で見たときと変わっていない。それに対するアルは、極端なまでに軽装だった。両足にはホバー装備のオリジナルレッグ。両手にはサブマシンガン、コーカサスを二丁。あとは胸の装甲とヘッドギアのみだ。

「なんだァ? その軽装備は? 一回戦のストラーフはどうしたよォ?」

 俺もアルも答えない。ただ一瞥をくれただけだ。

「分かってねェなァ、神姫の強さってのはよォ、装備なんだよ、装備。そんなカスみてェな装備で、俺達に勝てるとでも思ってんのかァ?」

 もはや視線すら送らない。ただ試合開始の合図を待つばかりだ。その間ずっと、相手のマスターは謳い続けている。

「本気出すよ、マスター」

「ん。思いっきりやって来い」

 短いやり取りのすぐ後に、試合開始のブザーが鳴った。

「食らわせてやれェ! ミサイルパーティーだ!」

 ほぼ同時に、腕のミサイルポッドから大量のマイクロミサイルが吐き出される。白煙を引きながら迫ってくるミサイルに怯むことなく、アルは駆け出した。両手のコーカサスが火を噴くと、ミサイルが次々に爆発する。でたらめに撃ち落としているわけではなく、自分の走る軌道に邪魔なものだけを選んで撃ち落としている。アルには、それが出来る。

 

 

 本気になったとき、ボクは頭の中でスイッチを入れる。

 ひとつ目は、覚悟。いつもとは違うことを、自分に理解させるためのスイッチ。正直ボクは、バトルは嫌いだ。本気を出すのも面倒くさい。その気持ちを区切るためのスイッチ。

 ふたつ目は、認識。このスイッチを入れると、まるで時間がゆっくりになったように感じられる。感じるだけで、本当に時間がゆっくりになるわけじゃない。でも、それだけで充分。無駄な動きが極端に削ぎ落とされる。必要な動きだけを厳選出来るし、今みたいにたくさんミサイルが飛んできても、自分に邪魔なものだけを選ぶことだって出来る。

 今は、それで充分。

 次に飛んでくるのは、砲弾。相手のインターメラル3.5mm主砲だ。鋭くターンして、S字に回避。土煙がゆっくりと舞い上がる。一発、二発。炸裂音までゆっくりだ。

 あと少し。あと少し。

 三。

 二。

 一。

 ガトリングの射程に割り込んだ。相手の左腕がゆっくりと持ち上がり、砲口がこっちを向く。まっすぐにボクの方に向けられる。

 それを、待ってた。

 ボクの口の端が、ゆっくりと上がるのが分かった。

 

 

 試合が開始して、一、二分も経っただろうか。ムルメルティアの左腕、ガトリング砲が爆発した。

「な、何だァ! 何があったァ!」

 答えは簡単だ。アルが、走りながらガトリングの砲口を撃ち抜いたのだ。二丁のコーカサスは火を噴き続けている。今度は右肩。次いで、左肩。主砲が立て続けに爆発。コーカサスと同じくらいしかないガトリングの砲口を撃ち抜けるのだ。それに比べたら3.5mm主砲の砲口なんて、大口を開けているようなものだ。

「何だ! 一体何が! 何が起こってるんだァ!?」

 サブアームが両方とも根元から吹き飛んでいる。それでも、アルは射撃の手をまったく緩めない。ムルメルティアを中心に、時計回りに回りながら撃ち続ける。一周、二周……回り続けると、ムルメルティアの膝が弾ける。右膝、続けて左膝。今度は膝の関節のみを狙い続けたのだろう。ムルメルティアが両膝を着くと、走り続けていたアルが、ゆっくりと、ゆっくりと歩き始める。正面から、まっすぐ。

「くそッ!」

 太股のホルスターから、メルテュラーM7速射拳銃を抜く。が、その反撃さえも許さない。両手に握られた拳銃も、いままでの銃火器と同じように爆発した。もはやムルメルティアに武器は残されていなかった。

「まッ! 待て! サレンダーだ! サレンダーする!」

 相手のマスターが大声で降参を宣言する。だが……。

「うわあッ!」

 帽子の耳が、順に飛ぶ。続いて、ヘッドセットも宙を舞う。

「ひいッ!」

 悲鳴が上がる。しかしアルはまったく躊躇しない。さらに帽子も、眼帯も飛ぶ。既にさっきから、サブマシンガンは単発に切り替えられている。一発一発、惜しむように弾を撃ち込んでいく。膝立ちだったムルメルティアが、仰向けに倒れる。それでもまだ射撃をやめない。身体には一切弾を当てず、四肢だけを削り取っていくように。

「おい、テメェ、サレンダーだって言ってんだろうが! 何で止めねェ! 止めろ! 止めろこの野郎!」

 その声がまるで聞こえないかのように、アルはゆっくりと歩み寄っていく。射撃の間隔は少しずつ長くなっていくが、止むことはない。

「助けて……」

 小さく、ムルメルティアが呟く。その顔からは、さっきの哄笑の中でバッフェバニーを解体したのと同じ神姫とは思えない。既にサブアームどころか、肩関節も股関節も砕かれた挙句、リアユニットの基部が重石になってわずかな身動きさえも取れないムルメルティアの傍らで、アルは静かに言い放った。

「そう言って命乞いした神姫を、一度でも助けたことがあるかい?」

 何の感慨も込めず、何の感情も込めず。その言葉に、ムルメルティアが目を見開く。

「許して……お願い……許し……て……」

 大きく開かれた眼から、涙が零れ落ちる。それでもアルは、表情一つ変えず、引き金を引いた。

 試合時間は四分三十五秒。俺達は準決勝への切符を手に入れた。

 

 

「お疲れ」

「ん。疲れた」

 やっぱり、本気を出すと疲れる。なんと言うか、頭の中を隅々まで使ったような気になるんだよなー。

「お……お疲れさまッス」

 メサルティムがやたらと畏まってる。なんだか変な感じだな?

「どしたー?」

「アルキオネさん……強かったんスね……今まで知らなかったッス……」

 おー、中々言うねー。でも確かに、メサルティムが来てから本気を出す場面って中々なかったからなー。

「どうだー、見直したかー?」

「正直、ただの特撮オタクだと思ってたッス」

 即答か。こいつマジで正直だなー。後で覚えてろー?

「でも、最後、何で止めを刺さなかったんスか?」

「んー? 自分だったら止め刺してた?」

「正直、自分には分かんねッス……」

「そうだなー。マスターが、そう思ってなかったから、かな?」

「そうだな」

 マスターが頷く。まあ、お決まりのところだと、君にそんなことさせられない、とかその辺りかな?

「これより上の勝負になると、相手も強くなってくる。そんな相手に死力を尽くされたらたまらない。ここでサレンダーを認めておけば、この先も相手はこう思うだろう。被害を拡大するよりは、サレンダーを認めた方がいい、ってな。つまり、この先も積極的に装備を破壊していけば、相手のサレンダーを誘える」

 ……なんだい、その理由は! ボクはどうかと思うね、そういうの! しかも眼の前の悪魔型はすっかり感心して、そこまで考えていたとはー、みたいな顔になってるし! どうかと思うよ、そういうの!

「口だけは御達者ですね、主。そうは言っても、そんなことはさせられないと思っていたんでしょう?」

「……まあ、そういう面も、ある」

 ……まったく、素直じゃないね、ウチのマスターは。

 

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