蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-7

 準々決勝で、最も早く勝ち名乗りを受けたのは俺達だった。

 もう一方のBブロック一試合目は、優勝候補のチャンピオンの試合だ。俺達の試合とは別種の盛り上がりを見せていた。チャンピオンの神姫はマオチャオだ。装備も基本的には通常のマオチャオのものだが、特徴的なのは争上衣の拳をヴィントシュトースに換装しているところだ。

 対戦相手も、奇しくも同じマオチャオ型。こちらは両手を旋牙に換装して、ぷちますぃーんずを展開している。が、四体いる内の半分は既に叩き落されているようだ。

「さぁて、後半分、ぷちぷちと潰してやるのだ」

 チャンピオンのマオチャオは、インファイターボクサーのようなスタイルで、すばやく前進する。丸いリングの中を右へ左へ身体を振りながら、ますぃーんずの射撃を受けつつ突進する。狙いは残ったますぃーんずだ。あっという間に壁際に追い詰めると、鋭い連打を見舞う。ますぃーんずの耐久力ではあれは耐え切れないだろう。ヴィントシュトースの拳はますぃーんずと同じくらいの大きさがあるのだ。しかし、その一機を犠牲にして旋牙が背後を狙う。唸りを上げるドリルだが、敵を捕らえるには至らない。背を向けたままスリッピングで横に避ける。さらにそのまま裏拳気味の一撃を腹に見舞う。が、一瞬早く後ろに飛んで勢いを殺していたようだ。流石にマオチャオ型、反応の速さは折り紙付きだ。

「チャンピオンの神姫、まだ本気は出していないようですね」

 シャウが誰にともなく言う。チャンピオンの神姫はフレイムライガーとあだ名され、炎を扱うはずだ。しかしまだ、それらしい動きは見せていない。再度、残ったますぃーんずに狙いを定めている。

「マオチャオの機動力を突進することに特化して鍛えてあるんだ。やっぱり密着距離は危険な相手だな」

 一方で対戦相手のマオチャオは、セオリーどおりの戦い方だ。ますぃーんずの火力で牽制し、高い跳躍力で撹乱しながら旋牙の一撃を狙っている。どちらの一撃も、まともに食らえば必殺だ。しかし、防御の技術ではライガーの方が一枚上手に見える。ボクシングで言うブロッキングと同ように、ドリルを支える腕をはじいて狙いを逸らせているのだ。そして、牽制であるますぃーんずはほとんど落とされ、ライガーが密着する場面が増えている。得意とする距離は同じだが、攻撃のバリエーションも豊富で、跳び回っているはずのマオチャオが徐々に壁際に追い詰められている。

「壁を背負ったな」

「狙っていましたね」

 やはりチャンピオンの神姫の技量は尋常なものではない。フック気味のドリルの一撃をダッキングでかわし、屈んだ身体を伸ばす勢いで下から拳を突き上げる。くの字に持ち上げられたところを、打ち下ろしの右。電光石火のコンビネーションに、リングに叩きつけられるマオチャオ。場内のボルテージは上がる一方だ。

「追撃にいきませんね」

「もともと、あのチャンピオンの神姫は正統派だ。倒れてる相手への追撃なんて、考えないんだろう」

 それどころか、勝ち誇るように両手を挙げて観客にアピールをしている。その貫禄は、まさにボクシング王者のそれだ。崩れ落ちた身体を何とか持ち上げ、構えなおすマオチャオ。それに対し、悠然と構えるライガー。

「さぁ、そろそろ決めてやるのだ」

 その宣言に、一層観客は熱狂する。逆に苦い顔をするマオチャオをねめつける視線は、まさしく肉食の猛獣のようだ。一瞬置いて、突進するライガーの進路を、ますぃーんずが遮る。それを一撃で屠り、なおも突進。だが、拳を振りぬいたその隙に、マオチャオがドリルを向けて自ら突っ込んできた。はげしい金属音が場内に響く。それが収まったときの光景は、想像を絶するものだった。

「なんだと……?」

「旋牙を……止めた……?」

 暴力的に旋回するドリルは、ヴィントシュトースの巨大な手に挟まれ、その回転を止めていた。

「教科書通りとは言え、今のは中々面白い手だったのだ……だから」

ライガーの顔が、愉悦に歪む。

「今度はちょっとだけ、本気出してやるのだ」

 右拳から、炎が吹き上がる。左手で旋牙を握ったまま、大きく振りかぶる。炎を纏った拳が、渾身の力で叩きつけられ、マオチャオの身体が、軽々と外壁まで吹き飛ばされる。争上衣には、深々と突き刺さった拳の跡が刻まれている。

「さて……今ならサレンダーを受け付けてやるのだ」

 胸の前で拳を打ちつけ、勝ち誇るライガー。マオチャオはまったく動けない。

 試合時間は十二分。終わってみればチャンピオンが正当な強さを発揮して勝利した。

「強い……」

「ベタ足で殴りあう姿の方が印象的だけど、踏んでる場数が違うな」

「やり合っても、勝てる気がしないッス……」

 ミーシャは早くも気を飲まれている。しかし、確かにそれだけの強さを見せ付けられた。

「メサルティム、そんなことを言っても、もしかしたら貴女があれを相手することになるのかもしれないのですよ」

「冗談じゃねッスよ! 決勝なら、それこそ姉さんの出番じゃないッスか。自分は、一回戦でもう充分ッス」

 事前の打ち合わせでは、準決勝からはシャウを出す予定だ。これより上に挑むのに、温存する局面でもない。シャウも、上位に残る相手を想定して訓練をしてきたのだ。しかし、上位陣が俺の戦績を調べれば、すぐにシャウの戦い方には行き着くだろう。触れ込みとしては俺は売り出し中のサードリーガーということになっているのだ。となれば、何か対策を取られても不思議ではない。そういう意味では、決勝でシャウを出さないという選択肢も、ないではないのだが、それは黙っておくことにする。

 

 

 しばらく待ったが、準々決勝の後半が始まった。もうひとつの試合も気になるが、目下の関心事は次の対戦相手が誰になるかだ。試合場には、黒いアーンヴァルとエウクランテが入っている。アーンヴァルの方は一回戦をシードになった神姫で、榊刑事からもらったデータにも情報が載っていた。

「普通なら、本命はこちらですね」

「盲目の死天使、か」

 黒いアーンヴァルの二つ名を呟く。盲目の死天使とあだ名されるあの神姫は、戦闘中に一切眼を開かない。それが彼女達の流儀だそうだ。そんなことをしても不利になりこそすれ、利点は何もないのだが、それでもこの地域の裏バトルで名を成している。

 試合開始の合図と共に、二体の神姫が宙に舞い上がる。アーンヴァルもエウクランテも、共に空戦を得意とする神姫だ。必然的に舞台は地面を離れる。先手を取ったのは、エウクランテだ。最高速度ではアーンヴァルに大きく劣るエウクランテだが、トップスピードまでの加速力ならエウクランテが勝る。白い翼を大きく羽ばたかせて、エウロスを振るい襲い掛かる。対するアーンヴァルは、手にしたビームサイズを展開し、それを打ち払う。

「出たぞ、死天使の鎌だ」

 その二つ名を象徴するかのような武器。元々アーンヴァルは、格闘戦には致命的に不向きだ。素体状態の腕力は、武装神姫の中でも一、二を争うほどに非力で、その精緻な動きは射撃や狙撃の方に向く。それでもなお、この神姫とオーナーは格闘戦という方法で戦果を上げているのだ。

「速度を上げてきましたね」

 何合打ち合ったのか、徐々にアーンヴァルがその速度を上げてきている。最初はトップスピードに乗ったエウクランテがペースを支配していたが、距離を取られることが多くなってきている。しかし、射撃武器を持たないアーンヴァルが一度攻めかかれば、エウクランテはそれをいなして腕に装備したゼピュロスを応射する。

「どこかで見たような展開だな」

「私が白雪さんと戦ったときと同じです」

 そうだ。花道の神姫と戦ったときも、最高速度で劣る飛鳥型が、射撃武器をうまく使っていたことを思い出す。あの時も、攻めているはずのシャウが逆に攻められているような感じが拭えなかった。この戦いも、繰り返し攻め掛けているアーンヴァルの方がゼピュロスの射撃で押されているようだ。

「しかし、本当に眼を開けてないんだな……よくあの速度で回避機動が取れるもんだ」

 アーンヴァルは一撃加えては即座に離脱する姿勢を崩さない。しかしエウクランテもその一撃をしっかり守り、ゼピュロスで追撃する姿勢を崩していない。このままではいかに速度を上げようとも、アーンヴァルの勝ち筋はないように見えた。が、転機は突然訪れた。

「攻撃のリズムが変わった……?」

「あのアーンヴァル、シャウと同じことをやってる」

 高速で飛ぶアーンヴァルは、方向を変えるのが難しい。速度が速い分だけ、大回りにならざるを得ないのだ。それを小さく回るためには、簡単だ。

「足を……!」

 場内がざわめく。床やドームの天井を利用して、曲がる方向に足を押し付けて無理やり曲がっているのだ。シャウが出来るのだからほかの神姫にも出来るのが道理とは言え、こんなことまでしてくるとは恐れ入る。徐々に攻撃の間隔が短くなっていく。まだエウクランテは受けることが出来ているが、応射する余裕はなくなってきている。

「誘われてるな」

 僅かずつだが、エウクランテの位置が天井に近づきつつある。意図的に下から突き上げる攻撃を増やしているのだ。

「あの技は……!」

 アーンヴァルが、天井を蹴った。その軌道は見事な逆V字を描き、エウクランテの翼を背後から切り裂いた。あれもシャウが白雪との戦いで見せた技だ。しかし、アーンヴァルのレッグパーツは着陸脚としての側面が強く、あんなことが出来るというのはおよそ信じがたい。シャウの武装脚と違って、あんなことをするのは想定されているはずもなかった。地に叩き付けられたエウクランテは動けない。死を告げる黒い天使はゆっくりと近づき、獲物の首を、無常にも刈り取った。翼をもぎ、首を狩る。それも死天使のやり方だ。どこまでもこのやり方を変えず、自分の流儀で戦うのが死天使のスタイルらしい。

 正統派のチャンピオンと違い、死天使はこの場では完全な悪役だ。もっとも、その無慈悲な残酷さを楽しみにしている観客も多いのだろう。歓声はひときわ高まっている。

「事前の情報から、ある程度分かっていたこととはいえ、こっちの装備の完全な性能上位機だな」

「しかも元々アーンヴァルは高速戦闘用ですからね。その点でも私より性能は高いでしょう」

「チャンピオンに挑戦する前に、厄介な相手を倒さなけりゃならん、か」

 観客席から大きな声が上がった。もうひとつの試合にも決着がついたのだろう。勝つことが目的ではないにせよ、ただ負けるわけにはいかない。理想を言えば決勝を勝って、神姫を押さえるのが最善手なのだが、一筋縄で行く相手ではない。

「さてさて、どうしたものかな」

 俺は一人、嘆息交じりに呟いた。

 

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