蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-8

 休憩時間が終わり、いよいよ準決勝が始まった。準決勝からは一試合ずつ行われるようになる。その分この先は賭博の方でも大きく金が動く。試合前の休憩時間は、既に目の肥えた観客達による賭け馬予想の時間となっていたことからも明らかだ。

 例によって中央のモニタには、この試合の払い戻し倍率が表示されている。それによると、やはり盲目の死天使の方が遥かに優勢で、俺の方は万馬券扱いだ。まあ、俺はこの裏バトルではポッと出の新人だし、そこは仕方ない。むしろ二回戦のアルの勝ち方で、僅かに人気が付いたかな、という程度だ。

「シャウ、行けるか?」

「ええ、主が望むのならば、いつでも」

 シャウの装備は、高速セッティングにしている。低速で機動力を武器にすることも考えたが、射撃武器のないシャウが、高速目標相手に間合いの選択権を押さえられるのはやはりまずいということになった。追加の可動式垂直尾翼で、以前よりも旋回速度は上がっているが、この狭いフィールドでどこまで効果が出るかはちょっと疑問だ。

「エウクランテの戦いで見てたと思うけど、鎌は刃の方を受けるようにして。ポールを受けると、刃はその分食い込んでくるから」

「承知しています、主。少し興奮気味ですか?」

「そりゃあね。裏バトルのダークヒーロー、悪役、ヒール、そういう役どころを食っちまおうって言うんだから、緊張も興奮も多少はするさ」

 背後には、盲目の死天使同ように大きな翼を背負って、シャウがフィールド内部に入る。

 反対側からも、巨大な機械翼を背負った、黒いアーンヴァルが入場してくる。やはり、その瞳は閉じられたままだ。

「貴女達との踊りは、面白いかしら……?」

 不意に相手のアーンヴァルが、通信回線を開いてくる。

「精々私の無聊を慰めてくださいましね……?」

 そう言うと、手にしていたヘッドセンサーアネーロを被った。

「面白いかどうかは分かりませんが、死力は尽くさせていただきます」

 シャウがフィールド内で答える。鬼姫とジュダイクスは既に展開済みだ。ついでに言えば光線系武装と戦うことも見越して、菊川さんに頼んであらかじめ対電磁処理を施してもらってある。これで金属の塊であるシャウのメイン武器に、ビームサイズと打ち合う性能を持たせることが出来ている。

「シャウ、相手はさっきのゼピュロスの射撃をほとんど全てかわしきっている。並みの腕前だと思うなよ」

「……重々、承知」

 試合開始の合図と共に、宙に駆け上がる黒と青の影。試合場のほぼ中央で、互いにぶつかり合う。高速飛行型の神姫同士、トップスピードに乗るまでは時間がかかる。が、その間を惜しむように激しく打ち合う二人の神姫。手数の上ではシャウが有利のようだが、四刀を持っていてもすべて同時に使えるわけではない。重量武器である実体剣を振るうためには、カウンターウエイトとして対になる動きを取らなければ機体バランスが保てないからだ。

「相手の技量はこっちより上だ。手数を惜しむな」

「元よりそのつもりです」

 お互い、回避機動をほとんど取らずに打ち合っている。回避のために軌道を変えれば、その分速度が落ちる。それを嫌っているのだ。回転数が徐々に上がっていくのが外からも見てとれる。ここからが本番だ。

「そろそろペースを上げていくぞ」

「足を使います、主」

 高速を維持したまま、床に足を押し付けて無理矢理曲がる。一本調子だった攻撃リズムに、急な変化が現れる。

「あら、貴女も、同じことが出来るのね……?」

 相変わらず目を閉じたまま、冷静に死天使が笑う。天井に足を押し付けてクイックターン。成る程、さすがの技量だ。

「面白いわ、もっと、もっと踊りましょう?」

 回転数はさらに上がり続けている。あのクイックターンは技としても相当ピーキーな部類だ。安全な機動とは程遠い。それでも、死天使は余裕を見せている。むしろ余裕がないのはシャウの方だ。

 高速装備の神姫の戦いの肝は、機動力の奪い合いだ。如何に相手の速度や機動を制限するかに勝負の鍵は隠されている。特に、翼という弱点を背負っての戦いになる以上、一発一発が致命傷だ。もし翼に攻撃を食らえば、それまでは自分の武器だった速度が、そのまま自分に牙を剥いてくる。そうなる前に、寸刻でも速く相手を追い詰めねばならない。

 特に、今回の相手はアーンヴァルだ。空戦での最高速度や対応力では一歩劣っている。相手に速度で劣るということは、この狭いフィールドでは否応なく壁に押し込まれることを意味している。速度が上がるほどに、最高速で劣るシャウは追い込まれていくのだ。

 刃が激しく火花を散らすが、両者とも一瞬たりと動きを止めない。既に何合打ち合っただろうか。相手の意表を突くはずだったクイックターンも、幾度となく繰り出されている。だが、そこはまだ俺の手の内だ。

「頃合いだ、シャウ」

「はい!」

 相手はうまく誘導されている。クイックターンよりも速く反転し、翼に一撃を見舞えば決着だ。シャウは天井を蹴り、逆V字に跳んだ。この一瞬のために、何度も打ち合わせ、反転のタイミングを読ませたのだ。狙い澄ました、必殺の一撃。大きく振るわれた鬼姫は、不可避の一撃になる、はずだった。

「あら……」

「!?」

 反転速度が速い。いるはずのないところに、死天使はいた。それは相手にとっても意外なことだったようで、互いにすれ違ったまま、あらぬところで得物を振るっていた。

「主、今のは?」

「タイミングが被った。あちらでも、同じことを狙っていたな」

 死天使も、仕掛けるタイミングを狙っていたのだ。攻撃の速度、リズム、間合い、それらすべてを相手に読ませ、最速の切り返しで一撃を狙う。その策も、仕掛ける時期も、それと意図せず全く同じだった。

「驚いたわ。貴女、そんなことまで出来るのね?」

「お互い様でしょう」

 再び、打ち合いが再開される。こちらの手札は全て切ってしまった。相手も似たようなところではあるのだろうが、地力の勝負に持ち込まれればこちらが不利だ。激しく散る火花と裏腹に、思考は冷たく冷え込んでいく。どうする。どうにかして、勝ち筋を見つけなければ。

 

 

 我がことながら、よく持ちこたえている。背中の翼は風を切り、エンジンはとっくにフル回転で回り続けている。だが、黒い天使にはまだ余裕がありそうだ。それも当然、相手は最速の神姫、アーンヴァルだ。しかも本来の装備とは異なり、装甲までぎりぎりに削り込んでいる。神姫一人を大空に撃ち出すのにも余りある推力を持っているのだ。

「貴女、やっぱり面白い方なのね。どうしましょう、とても、とても楽しいわ」

 すれ違い様に、天使が微笑む。が、その微笑みは死を告げるもののそれだ。

「どうしましょう、もったいないわ。これほど踊れる方、滅多にいませんもの」

 心底楽しそうな声。振るわれる鎌は殺気に満ち溢れている。それでもなお、天使は楽しんでいるのだ。おそらく、互いの命を賭けた舞踏会。それこそが死天使の無聊を埋める愉悦なのだろう。

「でも、この先まで、貴女の羽でついてこれるかしら?」

 さらに速度が上がる。私の翼は、既に限界だ。徐々に、本当に徐々にだが、押し込まれ始める。旋回から打ち合いまでの距離が縮まる。充分な加速を得られない。一度押し込まれ始めると、一撃一撃の速さが段違いに上がったように感じられる。そして、その重さも。

「あら、やっぱり貴女、ここまでなのね」

 天使が微笑む。まだだ。まだ私は、主の策をなし得ていない。必死に速さを振り絞る。しかし、性能差は明らかだ。徐々に床面が近づいてくる。押し返せない。

「貴女、とても素敵だったわ。とても楽しい一時をありがとう」

 反転が間に合わない。そう思った次の瞬間、私の翼は両断されていた。

 

 

 シャウの姿が、地に落ちた。一瞬遅れて、切り落とされた翼も。さらに数瞬遅れで、黒い天使も降り立った。落下の衝撃で、鬼姫はシャウの手を離れてしまっている。ゆっくりと歩み寄る天使は、俺の視線に気づくと、微笑んで会釈した。

「本当に楽しかったわ。ありがとう。そして」

 シャウの手が、なくした鬼姫を求めるかのようにさまよう。それを見て、天使の笑みが、死神のそれに変わる。両の手に握られた大鎌が、ゆっくりと振り上げられる。

「さようなら」

「撃て!」

 瞬間、光が弾けた。持ち上げられたシャウの腕に備えられていたアームガードから、ビームが放たれたのだ。一発、二発。本体を逸れた光の矢は、しかし黒い翼を撃ち抜いた。三発、四発。落下のダメージもあるのだろう、至近距離だが、狙いが正確とはとても言えない。五発、六発。そのうちのひとつが、ヘッドセンサーを吹き飛ばす。ようやく開かれた天使型の瞳は、驚愕の色を隠さなかった。完全な奇襲。元々、相手を視認していないのだ。そこにどんな装備が隠されているか、死天使には知りうるはずもなかった。

 仰向けに倒れる天使。シャウはビームガンを向けたまま、ゆっくりと身体を起こした。この奇襲が、俺の考え付いた最後の策だ。追い込まれるふりをして落下の衝撃を和らげる距離まで押し込まれ、わざと相手の一撃を食らう。その後、止めを狙う相手の隙を突いて隠し通したビームガンで反撃。だが、そのためにメイン武装の翼を賭けるなど、まったく、下策も下策だ。今までの飛行タイプとの戦いでは、全て翼を切り落としてから止めを刺しているのが死天使の特徴だったとはいえ、一撃でやられないという保障も、どこにもない。だが、だからこそ相手もその演技を疑わなかった。

 シャウが立ち上がる。砲口は天使に向けられたままだ。が、決め切れていない。おそらく、そろそろ残弾は切れるはずだ。

「あは、あははは、あははははは!」

 仰向けの天使が、大声で笑い始めた。その目は、大きく見開かれている。

「貴女、本当に楽しいわ。本当、こんなに面白かったのはいつ以来かしら。ねえ、オーナー?」

「本当に。退屈しねぇなあ、神姫バトルってやつぁよ」

 相手のオーナーも、こちらに回線を開いた。

「サレンダーだ。翼ぁやられちゃ、次の試合には勝てねえ。それでいいだろう?」

「ええ、ええ、勿論ですとも。こんなに楽しい相手、ここで殺してしまってはもったいないわ」

 リアユニットをパージした天使が、ゆっくりと立ち上がる。その顔は満面の笑みに彩られていた。

「貴女、次に踊るときは翼なんてもがず、先ず首を刈ってあげる。ええ、それがいいわ、そうしましょう」

 そう言うと、笑顔でシャウに会釈をした。シャウは未だに、ビームガンの構えを解こうとしない。

「それでは、御機嫌よう」

 黒い天使はそれだけ言うと、オーナーと共にさっと背を向けて試合場を立ち去った。

 

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