準決勝の試合が全て終わり、控え室には、俺達の他は誰もいなくなった。他の参加者は試合が進むにつれ、一人、また一人と消え、今や一人も残っていない。次の試合が最後なのだ。連戦にならないように配慮された、休憩という幕間。だが、俺達の間に流れている空気は悲壮なものだった。
「ウイングパーツは全損、リアユニットも落下の衝撃で破損。飛行装備はもう使えないな」
「これから決勝ですのに、完全に陸戦用装備しか運用出来ないのは痛いですね」
準決勝での勝利は、まさに薄皮一枚のところでもぎ取った勝利だった。それだけに、その損害も馬鹿にならない。次の試合をどう戦えばいいのか、その組み立てからやり直しだ。
「榊刑事が今この瞬間にも踏み込んでくれないかな……」
そんな、ありえない期待もつい口をついてしまう。計画では、決勝で戦っている最中に踏み込む手はずになっている。つまり、どうあっても決勝戦をまったく戦わないわけにはいかないのだ。
「リアユニットが使えないとサブアームも乗せられない。足が無事だっただけでも良しとするしかないのかな」
「そうは言いましても、陸戦であのチャンピオンと戦うのは、少々不安があります。まして、私のスタイルではあの突進を防ぎ切れるかどうか」
まさしく、そこが問題なのだ。一応、事前の予定では、チャンピオンの神姫とはシャウが戦う予定でいた。いかに跳躍が得意なマオチャオとは言え、空を自由に飛べるわけではない。空戦ならば、シャウの土俵だ。そのはずだった。が、今やその作戦は根本から瓦解していた。
「やっぱり、ボクが決勝出ようか?」
「いや、駄目だ。手はずでは決勝の途中から、榊刑事が来る。となると試合場の外は大混乱になる可能性が高い。そのときに相手のマスターを見失うわけにはいかない、そのための見張り役として、アルはどうしても外せない」
警察が踏み込んだ時点で、相手が逃げ出すという可能性も否定出来ない。その場合も、アルならば武装をロートケーファに変形させ、空から追うことも出来る。機動力と眼を考えるならば、現状アル以外には持ち駒がない。
「武装パーツは交換出来るって言ったって、予備のパーツなんかそうそうないしなぁ」
神姫の武装は高価なものだ。弾薬のような消耗品や、駆動部分などの保守部品ならともかく、そうそう予備まで用意出来るものでもない。カスタム品にまで手を出せば、その金額は天井知らずに上がっていく。それがあったからこそ、準決勝という舞台でも、翼の破損による対戦相手のサレンダーが成ったのだ。
もっとも、仮に今ここに新品の武装セットがあったとして、パーツを換えてすぐに元通り、とはいかない。実際に使う側としては、パーツごとにフィーリングが違ったりするらしい。特にシャウはひとつの武装を使い込んで実力を発揮するタイプだ。そうした微妙な感覚の差異が、実戦では大きな狂いになりかねない。
「さてはて、どうしたものか……」
「主、危ない!」
突然、シャウが飛び出す。硬質な音が響く。何かが、俺に向かって飛んできた、のか? 肩の可動装甲を盾にして防いだらしいシャウが、入り口の方をねめつけた。
「あー、本当に死天使さん、負けちゃったんだー、決勝はあの人とやるつもりだったのになー……」
そこには、金髪の男が立っていた。気だるそうな声をかけてくる。あの顔は覚えがある。
「試合前に、こんなところで何の用ですか」
そこにいたのは、チャンピオンだ。傍らには、マオチャオではなくハウリンが控えている。どうやら、さっきの音はあのハウリンが放った一撃のようだ。脚部の脚甲・駆狗の爪は大型のものに換装されている。それ以外の武装は見当たらないところを見ると、さっきの一撃は蹴りだったのだろうか。
「んー、決勝で当たるのが、見たこともない新人さんだっていうから、挨拶?」
「それはどうも、気を遣ってもらったようで」
とんでもない挨拶があったものだ。シャウが気づかなければ、怪我では済まなかったかもしれないと言うのに。
「いやーねー、サードリーグで売り出し中の新人だっていうから、どんなもんか見に来たんだけどさー。いいねー、やっぱり、キラキラしてて。高校生ぐれーかな? そのくらいの頃ってさ、ユメとか、キボーとか、見ちゃってんだろーなー」
声に反して、その眼はぎらついていた。その光は、憎しみ、だろうか。
「そーいうのってさー、ムカつくんだよねー、マジで。こんなところまで来てさー、そういうの見たくねーんだよねー。あんまりにもムカつくんで、つい一撃やっちまったわー」
「数年前まで、公式の試合にも出て成績上げてた人とも思えないですね。なんか表のリーグに恨みでもあるんですか」
チャンピオンの略歴は、もらっていた。何年か前、公式の試合で八百長を噂され、以来表のリーグから姿を消している。それ以前から非公式の裏バトルに参加しているという話があったのは事実のようだが、公式リーグへの浅からぬ思いはあるようだ。
「……あー、オマエ、マジでムカつくわ」
瞳に燃える光に、怒りの色が差した。
「決勝では、テメーの神姫、ぶっ壊してやるよ。二度と神姫に触ろうなんて思えなくなるくれー、徹底的に、よ……」
吐き捨てるようにそう言うと、チャンピオンはハウリンを伴って去っていった。
「シャウ……」
「はい」
「どうしよう、か……」
完全に計算外だ。チャンピオンの神姫として情報をもらっていたのは試合に参加していたマオチャオだけだ。だからこそ試合中の見張りはアルだけで、と考えていたのだが、もう一体神姫がいるのでは話が変わってくる。
「あのハウリン、強いな……」
「ええ、今の蹴りの鋭さ、マオチャオのそれに比べても見劣りしません。防げたのは、本当に偶然でした」
つまり、チャンピオンは騒動になった場合、あのハウリンをけしかけてくる可能性がある。そうなると、見張り役であるアルはチャンピオンを見失う可能性が出てくるのだ。それは避けなければならない。
「もう一枚、カードが要るか」
とは言え、手持ちは限られている。現状唯一機動力を温存しているアルは見張りから外せない。そこから考えると、選択肢はひとつしかない。
「やっぱり編成を変える必要があるな」
三人の神姫が、こちらを振り向いた。全員、その表情は真剣なものだった。