蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-11

 周辺が、にわかに騒がしくなってきた。それは一気に騒乱と言うような騒ぎになり、大声や物が壊れる音なども響いてきた。警察が乱入してきたのだろう。周りの観客も、ほとんどが席を立って逃げ出そうとしている。

「シャウ」

「はい」

 試合場とは別の方向から、刺すような視線を感じる。シャウが飛び、防ぐ。激しい金属音は、控え室で聞いたそれと同質のものだった。あのハウリンだ。

「……テメー、やっぱり備えてやがったな」

「さあ、どうでしょうね」

 周囲の喧騒を尻目に、チャンピオンがゆっくりとこっちに向かってくる。

「逃げなくていいんですか。警察、来てるみたいですけど」

「随分余裕があるじゃねーか……テメーは自分の心配してな」

 ハウリンが、再び身を屈める。

「主、征きます」

「任せる」

 手に鬼姫を携えて、シャウが跳ぶ。相手のハウリンは、やはり蹴りだ。脚甲・駆狗の、換装された大型の爪を、交差した鬼姫が受け止める。

「メインの武装潰されてんのに、やるじゃねーか」

 当然だ。シャウは決して空戦一辺倒の神姫ではない。陸戦装備でも充分に戦えるのだ。今だって訓練では充分に使い込んでいるし、ミーシャの相手をするときはほとんどこの陸戦装備だ。

 打点の高い蹴りが繰り出されるのを、切り払う。しかし高く上げられた爪は、そのまま踵落としの要領で振り下ろされる。だが、こちらは二刀だ。しかも陸戦装備で、思う様剣を振り回すことが出来る。斬り下ろしを防ぎながら、もう一刀で反撃。が、膝蹴りでそれを撃ち落とす。持ち上げた足をそのままに、胴回し回転蹴りからの、二段蹴り。それを防ぐと、上段の足刀。それをかわすと、水面蹴り。二本の足を器用に使い、右から左、上から下へと、次々と多彩な攻撃を繰り出してくる。その速度は、決してシャウの刀に劣らない。

「ブラック、あとが支えてんだ、さっさと片付けろ」

「了解、マスター。スキル、発動、『疾風怒濤』!」

 オリジナルのスキルか。両足の脚甲・駆狗が光を帯びる。その瞬間から、ブラックと呼ばれたハウリンの速さが上がる。反撃の隙どころか、息をも吐かせぬほどに、速く、ただ速く繰り出される足技に、シャウも防戦一方だ。が、追いつかない。足払いで体制を崩したシャウが、床に落ちるより速く蹴り飛ばす。試合場の外壁に叩き付けられたところを、跳び蹴りで追撃。それは辛うじて鬼姫で受け止めていたが、そのまま壁に縫い付けるように、連撃。

「……速い、ッ!」

「堅いな、速攻で決着をつけようと思ったのに」

 肩の可動式の盾までフルに使って守勢に回る。それを尻目に、軽い動作で一旦距離を取るハウリン。

「マスター、先に逃げてくれ。そう時間はかけない」

「おう、ついでにオレンジの奴も拾ってこい。サツに押さえられたら厄介だ」

 ミーシャと戦っているマオチャオのことか。そう言うと、チャンピオンはさっと背を向ける。後を追いたいが、今はアルに任せるしかない。騒ぎはさらに大きくなり、チャンピオンの姿もあっという間に人波に紛れてしまった。

「さて、そういうわけだ。なるべく早くご退場願おうか」

「そう簡単には行かせるわけにはいきませんよ」

 言うが速いか、駆け出すシャウ。だが、その刃は空を切る。

「遅い遅い、それで己を斬るつもりか!」

 その言の通り、ブラックは速かった。いや、速すぎた。いかに高い走破性を誇る犬型とはいえ、着込んでいる胸甲・心守は決して軽いものではない。にも拘らず、ブラックの機動力は強化レッグを履いたシャウよりも高い。

「はっ、その程度でよくも大口を叩いたものだ」

 二撃、三撃と、連続で蹴りを入れると、即離脱する。その足は一瞬たりとも止まらない。恐らく、さっき使ったスキルの効果もあるのだろう。未だにブラックの両足には、スキルを発動したときの光が灯り続けている。

「粘られても面倒だ。オレンジの馬鹿めを拾って、マスターを追わねばならんのでな」

 ねめつけてくるその視線は、やはり肉食獣のそれだった。

 

 

「ぐぬぅ……ッ!」

 倒れたストラーフが立ち上がる。中々楽しませてくれたが、その足取りは既にふらついている。会場の大騒ぎは、既に試合場の周りまで押し寄せてきている。何かあったのだろうが、この試合場からは分からない。が、傍らにいるはずのマスターも姿が見えない。

「お、まだ楽しませてくれるのだ? でも、残念、そろそろケリをつけてやるのだ!」

「こっちも、いい加減終わりにしてーッス……もっとも、負けてやるつもりはねーんスけどね!」

 まだ軽口を叩く元気は残っているらしい。ふん、それならそれでいい。試合前にマスターは容赦せずにやれと言っていたが、場合が場合だ。さっさと片付けて、マスターのところに帰るに限る。

「それじゃ、望みどおり、終わりにしてやるのだ! すーぱー、ねこパンチ!」

 左手の感覚は既にないが、残る右手には光が灯る。身体ごと突進して距離を詰める。大きく振るわれた拳が、ストラーフの眼前に迫る。

「まだまだッス! デモリッシュ……クロー!」

 拳の動きに、しっかりと合わされた。寸刻押し合い、お互いに距離を開ける。

「なるほど? 安易にスキルぶっぱしても倒せない程度には余力があるのだな?」

「おかげさまで、ッス」

 強がりを。確かに攻撃スキルは強力だが、発動する技のモーションはどんな神姫が使っても大きく変わらない。そこを合わせるくらいのことは出来たか。しかし、もう身体はぼろぼろのはずだ。さっきのスキルも、パワー型のストラーフにしては押しが弱々しかった。精々耐えて、もう一撃だろう。そして、スキルが駄目ならば、自分で磨きぬいた技がある。

「それじゃあ、改めて、これで仕舞いにしてやるのだ!」

 頭から突っ込んだ。腕は片方しか使えないが、半分死んだストラーフの止めならば、充分すぎる。接近を嫌うように、チーグルサブアームが振るわれる。単調な攻撃だ。ダッキングでそれをかわし、得意の一撃を見舞ってやる。そう思った瞬間、世界が、回った。

 

 

 二撃、三撃、四撃……次で、一息。

 息を吐かせぬような連続攻撃だが、ハウリンの蹴りはどの方向から来るものでも五発で一組のようだ。現状では、守り切れば勝ちなのだ。確かに速い。が、守勢に徹していれば、守り切れない攻撃ではない。

「……なぜ邪魔をする」

 連撃の合間に、ブラックが呟くように言った。

「貴様らのように、日の光の下で戦えるマスターが、ここに堕ちてこざるを得なかった己らを! 何の故あって邪魔だてする!」

 確か、彼女のマスターは八百長の疑惑をかけられて公式の場を追われたと聞いた。それまでは名の通ったマスターではあったらしい。ブラックの声は怨嗟に満ちていた。

「この場にしか! こんな場にしか救われなかったマスターの邪魔をする権利が! 貴様らにあるのか!」

 その恨みは、私達だけではなく、彼女達を取り巻く全てのものに向けられた恨みだ。吐き出される怨嗟と共に打ち込まれる打撃は、さっきよりも数段重たく感じる。

 騒ぎはさらに大きくなってきている。この調子ならば、すぐに警官がこの場にも来てくれるのだろう。しかし、それで彼女達が、彼女達のマスターが、救われるのだろうか……。

「……君のマスターに何があったのか、全部を知っているとは俺には言えない。でも、俺はこの場所で苦しむ神姫をなくしたいと思ってここに来た。君と君のマスターが苦しんでいると言うのなら……」

 主が、ゆっくりと口を開く。

「君も、君のマスターも、俺が救いたい相手の一人だ」

「綺麗事をぬかすなッ!」

 飛び掛ってくるブラックを、押さえ込む。

「救えるものか! 貴様ごときに!」

「救ってみせる! シャウ!」

 主の言葉が、背中を押す。今この場になって、迷いは不要だ。ならば、私のやるべきことはただひとつ。

「私はただ、裁ち斬るのみ!」

「使われるだけの狗がッ!」

 放たれる鋭い蹴りは、もはや重さを伴った斬撃に等しい。触れれば、即、斬って落とされそうになる。しかし、引くわけにはいかない。主は、願ったのだ。この方を、そのマスターを、救わんことを。ならば、その道を切り開くのは、私の務めだ。

「マスターの元へは行かせん、スキル、発動! 『風躙華斬』!」

 青く輝く光が、いっそう強く足に灯る。燃え上がるようなその足を振り抜くと、斬撃が、飛んだ。月牙のような輝く爪。飛ぶ斬撃を撃ってくるなんて、こちらの想定には入っていない!

「受け止めろ、シャウ」

 咄嗟に鬼姫を交差し、スキル、『無銘:大顎』の構えで迎え撃つ。飛ばされた斬撃を、さらに後ろから斬撃で押す! が、二重のスキルをひとつにまとめて襲ってくる。しかし大顎とて、ただの切断系スキルならそうそう遅れは取らない。

「せえ、やッ!」

 最初から使われていたらもっとここまでの道は困難だったかもしれない。大顎が、二本、三本と続けて放たれる『風躙華斬』を、全て押さえ込み、飲み込み、砕く!

 そのまま突撃し、再度『無銘:大顎』! 『疾風怒濤』の効果もまだ残る脚甲・駆狗とその爪めがけて一閃。脚甲・駆狗の要たる足首を切断した。

 

 

 倒せた。あのチャンピオンを。

 最後にチーグルサブアームをかわしたあの動き。ダッキングからのガゼルパンチはチャンピオンのお得意の動きだ。それだけに洗練され、一片の澱みもなく襲い掛かってきたあの動き。

 それは、練習で何十回と攻略法を模索した動きと、寸分違わなかった。だから、出来たのだ。屈んだ姿勢にあわせ、飛び越える。そのまま相手の腰を掴んで、一回転し、床に叩きつける。カナディアンデストロイヤーと呼ばれる、大技だ。

「おい、ストラーフ」

 チャンピオンが眼を醒ましている!?

 まずい。もうこっちは出せる札は出し切っている。これで起き上がられたら、もうなす術がない!

「安心するのだ。もうさっきので動けねえのだ。一個、聞きてーことがあるのだ……」

「……なんスか」

「あちしは……何で負けたのだ……?」

「自分は、ただ練習しただけッス……対策立てて練習出来たから。それしか、言えねッス」

 ただ、必死だった。姉さんに置いていかれないように、ただ必死で練習をこなした。勝因があったとすれば、自分にはそれしか思い浮かばない。

「練習、か……それは、強いわけなのだ……」

 チャンピオンは仰向けに倒れたまま、そう言った。

 

 

 事ここに来てようやく、チャンピオンの神姫の身柄の確保が成功した。あとは、もう一人、救わなければならない相手がいる。俺は、そう約束した。

 会場を一人離れていたアルに回線を開く。

「アル、チャンピオンは、今どこだ?」

「あいあい、こちらアルキオネ! チャンピオンさんは駐輪場のところでバイクの支度をしたまま動いてないよ。あくまで自分の神姫との合流を待つつもりらしいね」

 この状況で保身に走るなら、神姫の回収と逃亡は必須だが、どちらかは諦めねばならない。それでも回収を諦めずにいるということは、存外悪いマスターでもないのだろう。

 俺はアルのいる位置へ向かうことにした。

 そこは海沿いの急造駐輪場で、大型バイクに跨ったままチャンピオンは待っていた。

「なんだ、テメー……まだ俺になんか用かよ……」

「ええ。むしろ、この話を聞いてもらうために、俺はここまで場を荒すことになったんですから」

「テメー、ブラックに俺を救うとか抜かしてたそうだな……」

「ええ……そのつもりです」

「舐めてんのか、てめえッ!」

 チャンピオンの拳が、俺も右頬に刺さる。が、それほど強くない。

「情けをかけたつもりかよ……俺はなあ、セカンドリーグの上位まで上り詰めたんだ! こんなところで、情けなんかかけられる人間じゃねーんだよ!」

 体勢を崩した俺に、もう一撃。

「くそがッ! くそがッ!」

 弱々しい拳だが、それは俺に叩きつけられている。怒りの向けどころは、他にないのだ。

「どう救おうってんだよ! 八百長疑惑なんかで消えていったマスター一人、どう救おうってんだよ!」

「……そこからは、僕が話を変ろうか」

 相変わらず、よれたコートで現れたのは、榊刑事だ。まだ会場の方の喧騒は収まっていないが、先ずは頭狙いでここに来たのだろう。

「君には違法賭博への参加の容疑がかけられている。また、違法武装改造及び密造、MMS倫理規定違反、器物破損に伴うMMS保護法違反、などなど様々な嫌疑も一緒にね……」

「サツかよ……」

「まあそう毛嫌いしないでくれ。君には選択肢をあげようと思っているのだから」

「選択肢、だと?」

「ああ、そうだ。先ずは何もしないで、犯罪者として裁かれること。これはまぁ、お勧めはしないな。ふたつ目は、司法取引をして、君の知っているこの賭けバトルの情報を警察に提供してしまうこと」

「なんだと……?」

「普通に捕まれば、禁固は免れないだろうね。特にMMS保護法は国際MMS保護条約に批准することで出来た罰則規定付きの国際法だ。そうなると、まあ何年かは出て来れないんじゃないかな」

「それで俺に、ここの情報を吐け、ってか」

「そう言うことだ。特に、賭けの胴元や出資者がいるはずだ。彼らの情報を出してもらえるのなら、君の罪を不問にしてもいい。どちらがいい? 他の警官は後五分もしないうちに来る。それまでに決めて、返事をくれ」

「どっちだって同じじゃねーか……俺はもう、神姫で闘える場を失っちまったんだ。神姫バトルが出来ねーんじゃあ、その生き方はもう俺のじゃねえ」

「うーん、そうだなあ……これは独り言なんだがね? 最近知り合いがeスポーツの訓練学校を立ち上げてね。神姫にも力を入れたがっているんだが、何分優秀なプレイヤーの伝手がなくて困っているところなんだ。興味、ないかね?」

「……取り引きをすりゃあ、そういうことも出来る、ってことかよ……?」

「さて? あくまで独り言だからねえ。過剰に信用してもらっても困るが、まあ出来る範囲で便宜を図ってあげることは出来ようとも。さて、それで、だ。君は、どうするね?」

 ここまでくれば、あとは榊刑事の仕事だ。人に散々危ない橋を渡らせておいて、と思わなくもないが、榊刑事の立ち居地を考えると、これだけの人員を連れて来てくれたことに感謝するべきだろう。

 騒ぎが完全に収まるまで、優に数時間かかったものの、この、長い長い一日は、ようやく終わりを告げてくれた。

 

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