蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・3-12

 開け放した窓から見える空はどんよりと曇っている。もしかしたら、このあと崩れるのかもしれない。せっかくの休みだ、今日もバトルロンドに出ようと思っていたのだが、雨が降ると億劫だ。そんなことを考えていると、窓から珍客の姿が見えた。

「ブラック! オレンジも!」

 窓から見える木の枝に、ちょこんと座っていたのは裏バトルの会場で戦った、ハウリンとマオチャオだった。

「どうしたんだ? こんなところで」

「何、ウチのマスターがそろそろ外に出られそうなのでな。挨拶に来たのだ」

「その節は、世話になった」

 あのあと、裏バトルのチャンピオン、菱木さんはやはり警察に逮捕された。が、その罪状は違法賭博への参加のみが問われた。本来問われるはずだったMMS保護法違反などの幾つかの罪は司法取引によって問われないことになったらしい。それでも取調べが終わるまでの間は帰ることは出来なかったようだが、それも近く、終わるようだ。

「あの榊とか言う刑事のおかげで、マスターが出てきたあとはまた公式試合に復帰出来そうなのだ」

「そうか、そりゃあよかった」

「あの時は、済まなかった。マスターに救いを差し伸べてくれるつもりだったのに、綺麗事などと罵ってしまって」

「いいのさ。その通りだからな」

 俺の望んだこととは言え、神姫やそのマスターが悲しまなくていい世界、なんてのはまったくの綺麗事だ。青くさい理想論もいいところで、まっとうな大人ならば中々口に出来るものではない。それでも、今回のように、俺が手を伸ばせば救える誰かがいて、それを感じられるのはやはり嬉しいのだ。

「二人はもう自由にしてていいのか?」

「もう記憶データは全部提出してしまったからな」

「それに、あの場で何人か、胴元側の人間も一緒に捕まったから、情報としては割と充分らしいのだ」

 まったく榊刑事の手腕は優秀らしい。確かに、胴元側からの情報源がいくつもあるんなら、菱木さん一人が報復を受けるようなことはないだろう。しかし、榊刑事が本来狙っていた大物の話は、ニュースには流れてこない。違法賭博場の壊滅の話はニュースに上がっていたので、何かしらの話が流れてきていてもいいのだが……。

 

 

「いらっしゃい……ああ、あんたか。アイツなら、もう来てるよ」

 洗ったカップを拭きながら、一番奥の席を視線で示す。

「どうも、お待たせしました、榊さん」

「挨拶なんかいいんだよ。俺が確認したいのは、出たか、出なかったか。それだけさ」

「……榊さんには言い難いんですけどね」

 それだけ聞くと、榊には伝わったようだ。

「……そう、か」

「メモリに特に何か手を加えられた形跡があったら、修復出来るようにしてはいたんです。でも、それすらなかった。元から接触がなかった、と考えるのが自然です」

 榊は、表情を変えずにカップに口をつけた。

「子飼いのチャンピオン、とか言う触れ込みに、期待しすぎたかな」

 今回のチャンピオンは、榊が追っている大企業が違法賭博に参加している証拠、と目されていた。が、期待していたものは得られなかったらしい。

「……なんと言っていいか」

「いいさ。長年捜査をしてりゃ、こんなことは山ほどある。いちいち腐ってなんかいられんよ」

 しばし会話が途切れる。

「それにな、菊川くん。俺はもう何年も追ってるんだ。もう何年かかかったって、なんとも思わんよ。要は、挙げられりゃいい。違うかい?」

「……なんとも言えません」

 榊は、遠くを眺めるような目をしている。恋人を亡くした事件も、この男の中ではつい昨日のことのように熱を持ち続けているのだろう。

「そういや、例の彼、どうなってる? 最近も来てるんだろう?」

「ああ、月に一度ですけれどね。いい子ですよ。何より、神姫が好きだ。あんな子をこっちに引きずり込もうってんだから、榊さんも悪者だ」

「そりゃそうさ。言い訳はせんよ」

 榊は静かにカップの中身を干した。

 

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