蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「そういえばよー、知ってるか? 最近、エスパディア狩ってる魔女がいるって話」

「なんだな、また唐突な話だな」

 夏も本番となり、高校最後の夏休みが近づいてきた頃、花道が唐突にこんな話を切り出してきた。

「大体、エスパディア狩りって、また対象がえらく限定的だな。どこでそんな話になったんだ?」

「Y市の方のゲーセンで。最近話題になってるらしいぜ」

 三人の中で唯一進学しない花道は、夏休み中に行われる公式大会に向けて腕を磨いている最中だ。その分、最近の動向にも詳しい。

 エスパディアも発売開始からそろそろ一年が経とうとしている。最新機種という肩書きが外れ、だんだんとユーザーの間にも浸透してきた感がある頃で、それは同時に対策がなされてきたということでもある。その意味でもエスパディア・ランサメントの両機種は、不用意に出せば狩られてしまう。そういう意味では確かに狩り頃なのだが。

「リアルバトルを吹っかけられて、壊される寸前までやられるらしいぜ。それで、誰か探してる風なんだとさ。『貴女じゃなかった』って、最後に言われるんだと」

「通り魔ってこと?」

「そんな感じらしいぜ、お前もエスパディア使いなんだから、気をつけろよー」

 アホらしい。また与太話の類だろう。そう言おうとして、俺の脳裏に一瞬、一人の神姫の顔がよぎった。

 

――貴女、次に踊るときは翼なんてもがず、先ず首を刈ってあげる。ええ、それがいいわ、そうしましょう。

 

 初夏の頃に参加した、裏バトルで戦った黒いアーンヴァル。ビームサイズを振るう盲目の死天使。あの試合は、内容的には確実に負けていた。奇襲で弱点を突いてようやく帳尻を合わせたものの、対戦したシャウが破壊されていてもおかしくはなかったのだ。実際、ウイングユニットは全損した。あの神姫は、シャウに拘っていた。それを、急に思い出したのだ。

 

「どうしたの? 顔色悪いけど」

「思い当たる節でもあるんじゃねーか?」

 確かにある。あるにはあるが、裏バトルの参加は基本的には違法行為だ。勿論それは榊刑事に言われたから参加したのだが、どちらの立場を考えてもそれを口にするわけにはいかなかった。

 花道も日野も、不思議そうな顔をしている。まあ、そうだろう。こんな反応をされたら、誰だってそうする。俺だってそうする。確かにエスパディア狩りの魔女のことは気にならないでもない。が、こちとら受験生、毎週末のバトルロンドも封印して、受験勉強に精を出す日々なのだ。勿論息抜きとして作業をしたり、近場のゲーセンに行ったりはしているが、当面の目標だったセカンドリーグへの昇格も未だに成っていない。時間的な余裕なんてないのだ。しかし……。

「いや、何でもない。嫌な話だな、それ」

「だろ。おかげで最近、エスパディアとは当たらねーんだよな。格闘戦、練習してーのによ」

「去年は強盗で、今年は通り魔か。あのあたりも本当、治安よくないね」

「ホントそれだよなー」

 話はそこから、去年の強盗神姫の話になった。俺は適当に相槌を打っていたが、頭の中では通り魔をしているというエスパディアを狩る魔女のことが広がっていった。それは帰路で一人になり、家についても頭から離れることはなかった。

 

「おかえりなさい……? どうかなさったのですか?」

 出迎えてくれたシャウが、怪訝な顔をする。

「いや、Y駅の方のゲーセンでさ、エスパディアにリアルバトルを仕掛ける神姫がいるらしいんだ。で、どうも特定のエスパディアを探してるらしくって……どう思う?」

「もしかして、盲目の死天使、ですか……?」

やっぱり、シャウも思い出すのはその神姫だった。Y市周辺のゲーセンって言うのも気にかかる。あの時裏バトルの会場として選ばれたのは、Y市の港湾施設の方だった。あの場に参加したマスターが、公式バトルで活躍している他の参加者を探すとしたら、先ずは手近なY駅周辺から探すだろう。

「……もし、盲目の死天使が私を探しているのだとして、どうされるおつもりですか?」

「そのときは、決着をつけないといけないよな……」

 もし本当に盲目の死天使だとしたら、あの騒ぎの中を逃げ延びたのだろうか。その場さえ逃げられたのなら、その後の捜査でも単なる参加者の一人ひとりまでは追及出来たとは思えない。そして、死天使はシャウに興味を示していたのは確かだった。

 だが、もしも狙いがシャウだとしても、既に無関係なエスパディアが襲われているということに変わりはない。花道がゲーセンで噂として聞くくらいなのだ、被害は一件や二件ではないのだろう。それは一日も早く、止めねばならない。

「シャウ、またあいつと戦わなきゃならないとしたら、どう思う?」

「そうですね、出来ることなら、もう戦いたくない相手ではありますが……そういうことなら、そうも言っていられないのでしょうね」

「そのまま戦ったとして、勝てるか?」

「難しいですね……高速域での機動戦なら、相手の方に分があります。前回は本当に奇襲で不意を衝いただけですし、勝負そのものでは負けていました」

「そうだな……何にせよ、そのつもりでいてくれ。先ずは戦うにしても、相手の居所がつかめなきゃ話にならない」

 こんなとき、頼りになるのはやはりあの人だ。俺は、携帯電話を手に取った。

 

『もしもし? 榊ですが』

「榊刑事、今ちょっとよろしいですか。お尋ねしたいことがあるんですけど」

『君からそんなことを言ってくるのは珍しいね。去年の強盗神姫の事件以来じゃないかな?』

 電話口で、榊刑事がのんきそうに答える。確かに、普段俺から連絡を取るようなことはないと言っていい。むしろ、この一年、榊刑事の連絡先を迷惑フォルダに設定してしまおうかと思ったこともあるくらいだ。

「実は最近Y駅の周辺で神姫の通り魔が出ているっていう話なんですが……ご存知ですか?」

『なるほど、エスパディア狩りをしている魔女のことだね?』

 やはり知っていた。いや、むしろ榊刑事の管轄で起こっている事件なのだ。知らないと考える方がおかしいのかもしれない。いや、知っているとしたら、逆に疑問が起こる。

「ご存知なんですね」

『まあ、そりゃあね。個人的には、今回は君に関わって欲しくないと思っていて黙ってたんだが』

「どうしてです? むしろ、エスパディア相手の通り魔なんて、俺向きじゃあないですか」

『なんと言うかね。そう言うと思って黙っていたんだがなあ。恐らく、今回の事件を起こしているのは、君も知ってるだろう、盲目の死天使と呼ばれる神姫だとあたりをつけているんだがね。そうだとすれば、狙っているのは恐らく君、と言うか、君の神姫なんだよ。前回の裏バトルのログも見せてもらったけど、奴は随分君にご執心のようじゃないか』

「でも、だとしたら余計に……」

『だからさ。たとえば警察には犯罪捜査規範という奴があってね、事件の関係者が身内にいる場合、捜査から外れるっていうような考え方がある。今回のも、そういうようなことだとは思ってくれないかねえ。こちらとしては、勿論君のような協力者が他にいないわけじゃない。なにも、狙われている張本人が矢面に立たなくてもいいじゃないか、と思ってるわけなんだ』

 都合のいいときばかり言ってくるくせに。そんな苛立ちが腹の中に湧いてきた。

「そのために、無関係な神姫が襲われているんじゃあないんですか?」

『そうは言うけれどね。君、勝てるかね。いや、君が勝てなきゃ僕の協力者なんかでも、誰も勝てないんだが。今回は何も一対一でやらなきゃあならないわけじゃないからね』

 一瞬、言葉に詰まる。侮られている、という思いもないわけではないが、実力差としては確かに感じるものがあるのだ。

『見つけさえしてしまえば、アンジェリクスが戦ったっていい。今回は、君の手が絶対に欠かせないというわけじゃあないんだよ。それもあって、声をかけなかったのだがね』

 確かにその通りではある。そもそも榊刑事はアンジェリクスと言う自前の戦力を抱えているのだ。前回の裏バトルとは事情も異なるし、榊刑事が出られない理由もない。勿論この様子ならば、既に榊刑事の協力者による調査は行われているのだろう。単に、それが未だ結果に結びついていないだけの話なのだ。

『……その上で、君が手を貸してくれるのならば、確かに心強いことではあるんだがね』

「……そうこないと。で、とりあえずどうしたらいいですかね」

 

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