蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「貴方、エスパディア型の神姫を連れているわよね。私ね、あるエスパディアを探しているの……」

 唐突に、声をかけられた。その声は、アーンヴァル型のボイスユニットによるものだ。振り返るとそこには、神姫を肩に乗せた男が一人、立っていた。

「見た覚えのある顔だなぁ。もしかしたら当たりかも知れねえぞ、レグルス」

「嫌だわ、オーナー。私、人の顔を覚えるの、苦手だって知っているでしょう? それに第一、普段眼なんて使ってないじゃない」

 確かに、男の顔は見たことがある。あの日の裏バトルの会場で、だ。そして、レグルスと呼ばれた、その神姫も。AAU7リアウイングユニットを背負い、ヘッドセンサーアネーロを被る黒い天使。その手には、ビームサイズの柄が握られている。

「でも、それが本当なら嬉しいわ。貴女は、私が探している人かしら……?」

 言うが速いか、男の肩の上で光の刃が展開される。ビームの光に照らされた神姫の顔は、やはり目を閉じていた。

「まあ、違っていてもいいのだけれど。そのときは、八つ当たりのひとつもさせてもらうのだから。そうね、先に御免なさい、とだけは言っておいてあげる」

「エスパディア狩りの魔女……何でこんなことをするんだ? 勝負がしたいだけなら、バーチャルで幾らでも出来るだろうに」

「ほう、俺らのことを知ってるのか。存外早く有名になったもんだなあ」

「嫌よ、バーチャルなんて。痛みも苦しみも、全部作り物なんですもの。せっかく踊るんだったら、痛くして、痛くされて、ダンスパートナーの全てを感じたいわ。そうでないと踊り甲斐がないじゃない?」

 黄金色の光に照らされて、死天使が怪しく笑う。決して軽口の類いではない、本気で傷つけあい、殺しあうのを望んでいるのだと分かった。それこそが、彼女の無聊を慰める方法なのだろう。

「さあ、貴方のパートナーは出さないのかしら? それとも、貴方自身が痛くされるのがお好み?」

ゆっくりと、闇の中に黄金色の尾を引くように、黒い影が飛ぶ。一直線に襲い掛かってくる天使型は、これから始まる喜悦に酔っているのか、既に満面の笑顔だ。

「シャウ、いいぞ。出ろ」

 ケースの開封と同時に、青い影が奔り、盲目の死天使を迎え撃つ。高速装備の翼が唸りをあげて、鬼姫が、一閃。ビームサイズを受け止める。

「あ、この感じ……ああ、貴女なのね……?」

「なぜこんな凶行に走るのですか、辻斬りなどと」

 不意に、死天使の目が見開かれる。それと共に、押さえ切れないと言わんばかりの笑い声が死天使の口から溢れ出る。

「あはははは、会えた、ようやく、ようやく会えた! 探したわ、ええ、本当に、探したのよ、貴女のこと! あれほど踊るのが楽しかったの、忘れられないわ!」

 喜悦に歪むアーンヴァルには、もはやシャウの言葉は届いていないようにさえ見える。

「さあ、踊りましょう! あの夜みたいに! 熱く、激しく!」

「戯言を!」

 ぎりぎりと、押し合う二人の神姫。力比べなら、エスパディアであるシャウの方が有利だ。相手は所詮、非力なアーンヴァルに過ぎないのだから。

「あら、冷たいのね……お相手してくれないんだったら、私、そこいら中の神姫に片端から八つ当たりしてしまうわ。それが嫌なら、ちゃんと相手して頂戴?」

 その言葉に、今度はシャウの表情が歪む。だがこちらは、怒りで、だ。押し合う鬼姫に一層の力が込められた。一度打ち合い、離れる。

「そう、その顔よ! 貴女の顔、忘れないわ! ええ、貴女との踊りを、目を瞑ったままなんて、勿体ない! 貴女のこと、ちゃんと見せて頂戴!」

 より一層、黒い天使は昂ぶって笑顔を見せる。その表情からは喜悦だけでなく狂気さえも滲み出している。

「そう、私ね、貴女のことが忘れられなくて、簡単だけど、真似してみたのよ? すごいでしょう?」

 黒い天使が、鎌を持たない左腕を向ける。一瞬の間をおいて、吐き出される光弾がシャウの翼を掠めて飛ぶ。

「アームビームガンか!」

「知ってらして? アーンヴァルは元々こういうのが得意なのよ?」

 その威力はさほどでもないだろう。弾数も、多いとは思えない。しかし、元々近接格闘戦しか出来なかった相手が遠距離でも切れるカードを持っていると言うのは、やはり脅威だ。単なる見せ札以上の効果が、今の一射には込められていた。しかも使い手は元々射撃を得意とするアーンヴァル。狙いの正確さはシャウの比ではない。今の一射も、わざと狙いを外したのだろう。

「別にあんなもの積んだってさして違いが出るわけじゃねえんだがな、あんなものでも載っけてやると、やる気が格段に違うモンでなあ」

「あなたは何で、こんなことを自分の神姫にさせるんですか、シャウを探すのだってあなたの意思ではないのでしょう?」

「そうでもねえさ」

 男は、不敵な笑いを貼り付けた顔を向けてくる。

「あの日、サツのガサ入れを手引きしてくれただろう? 俺達はああいう賭博バトルで生計を立ててるんでなあ。それを潰されちまうと、こっちは商売上がったりなのよ。おまけに場を開く胴元までまとめて縄をかけてくれやがって。あれじゃしばらくこの辺りでは稼げねえ。その恨みをぶつける相手を探してたのは、本当さ」

「そんな、ことをッ……」

「世間知らずのお坊ちゃんには想像も出来ねえだろうがな。世の中にはああいう娯楽の場がないと生きていけねえ、駄目な大人ってえのがたくさんいるのさ。それこそ、ローマの昔からな。俺は、そういう連中の代表者として、お前さんに復讐してやろう、って魂胆さ。別にレグルスの奴が望んだってだけじゃねえ」

言葉がない。あの場所で、神姫の殺しあう様を見て熱狂していた連中の、代表だって? 俺の中で、確かに火が灯った。

「そうか……ならば、あんたは、俺の敵だ」

「別に仲良しこよしがしたいわけじゃあねえんでな。そう思ってくれるんなら、こっちも後腐れなく出来るってもんだ。レグルス、やっちまいな」

 話している間にも、シャウとレグルスは幾度となくぶつかりあっている。姿勢としては、徹底して一撃離脱を崩していない。

「そう、私ね、貴女に見せたいものがあったのよ。私、この間はスキルを見せないままだったでしょう? ぜひ貴女に、私のスキルを披露したかったの」

死天使が怪しく微笑む。すると、周囲の空間に黄金色に輝く細長い球体が三つ、現れる。トークン生成型のスキルか?

「舞い散れ、ブーケット・オブ・リリアーヌ!」

 光球が互いに離れるように宙に飛び、互いに離れた球が、先端をシャウに向ける。

「避けろ、シャウ!」

「さあ、ここからはタンゴでいきましょう! 踊れ、リリアーヌ!」

 散った光球から光の弾が撃ち出される。咄嗟に鬼姫とジュダイクスで身体を庇うが、三方向から時間差で放たれた光弾は、正確にシャウを捉える。

「くうッ!」

 光球は光弾を吐き出しながら、さらにシャウを取り囲むようにして動き続けている。単発の攻撃スキルじゃあないのか?

「しつこいぜえ、リリアーヌのトークンはよお」

「人聞きが悪いわねえ、オーナー。私のユリは、忠実なのよ。さあ、私のお相手も忘れちゃ嫌よ?」

 ビームを掻い潜るシャウに、さらにレグルスの鎌が襲い掛かる。しかし、一瞬でも動きを止めれば狙い撃ちにされてしまう。すれ違うように一撃を受けるのが精一杯で、とても攻めに転じることは出来ない。

 とにかくブーケット・オブ・リリアーヌというスキルで生成されたトークンが邪魔だ。攻撃力はそれほど高くないようだが、三方向から支援攻撃可能なトークンを生成するスキルなんて、それだけでも強力すぎる。その上継続して効果を発揮するなんて。

「約束したの、忘れてないわよねえ……今回は、首をもらうわよ……?」

 夜の闇の中に、怪しく照らし出されるビームの光は、死者を導く灯火のようにさえ見えてくる。その灯は、ただ速く、時に弾かれるように、時に絡みつくように、シャウの動きに合わせて飛び回る。さらには三つの小さな灯。それほど連続して撃ってきているわけではないのが唯一の救いだが、これもこちらの動きにあわせてくる。おかげでさっきから、シャウは充分に加速する距離を稼げていない。狭い闘技場の中でないのはありがたいが、このままでは早晩、速度の差が致命傷となって現れてくる。

「楽しみだわ。刈り取った貴女の首は、私のお部屋に飾ってあげる……飽きるまでだけど」

「何言ってやがる、そうそうジャンクばっかり持ち込まれてたまるかい。試合じゃねえんだ、とっととやっちまえ」

「そうねえ、私としては、もっと、もっと楽しみたいのだけれど……残念だわ、貴女になら、私のことをぜぇんぶ見せて差し上げてもよかったのに……」

 その名に違わず、死天使の言動はどこまでも悪趣味だ。しかし、攻め手はどこまでも執拗で、ひとつひとつ可能性の芽を潰していくようにゆっくりと、確実に進んでいる。

 このままではいけない。しかし、それを覆す一手を打つには、時間が足りない。

「そうね、私の全てを見せるのは、首だけにしてからでもいいかしら……少し勿体ないけれど、今宵の舞踏会はお開きにしましょう、シンデレラ」

 言うが速いか、シャウの機動にリリアーヌが割り込んでくる。避け切れない。咄嗟に身を守るが、シャウが触れると、三機のリリアーヌが弾け飛ぶ。あれだけの性能を持っている上に、接触式の爆弾のようにも扱えるなんて、冗談のような性能だ。

 煙から飛び出したシャウに追いすがるように、レグルスが鎌を薙ぐ。致命の一撃に、足を大きく振って急激に機動を変えてかわす。だが、二閃目は避けられない。

「ぐッ、あぁッ!」

「ああ、思った通り、なんて素敵な声で喘ぐのかしら! もっと聞きたいわ、貴方の声、もっと聞かせて頂戴?」

 斬り落とされたシャウの機械脚が、乾いた音を立ててアスファルトの上に転がった。まずい、これ以上は耐えられない!

「シャウ、戻れ! ミーシャ、頼む!」

 もうひとつのケースを咄嗟に開き、最後の一撃を見舞おうとした死天使とシャウの間に、強引にミーシャを割り込ませる。チーグルサブアームに握られたジレーザロケットハンマーが、何とかビームサイズの刃を食い止める。

「姉さん、大丈夫ッスか!?」

「なんなの、貴女……今は私と彼女だけの時間なのに、邪魔しないでくださらない?」

 愉悦に酔っていたアーンヴァルの眼が、急激に冷たいものに変っていく。

「主、一体、何を……?」

「いいから一旦戻って来い! ミーシャ、少しでも時間を稼げ!」

「二機目もいたかよ……レグルス、余計な手間掛けてる時間はねえぞ、分かってんな?」

「ええ、ええ、こんな虫に時間を取られてたまるものですか。せっかくいい気分で踊っていたのに……貴女の出るような幕ではなくってよ?」

「こっちもそうしてたかったんスけどね! そういうわけにもいかないんスよ!」

 ハンマーを構えながら着地するミーシャ。黒い天使に対する悪魔は、震えそうな声で啖呵を切った。

 

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