蠍の尻尾   作:深波 月夜

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 黄金色のビーム光が、夜の闇を切り裂いて煌めく。高速で飛び回るアーンヴァルを目で追うことは出来る。だが、所詮陸戦の自分の装備では、その動きには到底付いていけない。訓練でも、空戦装備の姉さんを捉えることは、未だに出来ていない。

「貴女みたいな虫が、私と彼女との間に入ってくるなんて……せっかくの素敵な気分が台無しだわ。その責任、身体で払って頂戴ね……?」

 ひどい言い草だ。最近よく罵られるのは、なんなのだろうか? 確かに、自分の実力では姉さんには遠く及ばないのは事実なのだが、それにしたってもう少し言い方というものがあるのではないか?

「それでも、こっちも退けねーッス。少しの間、お相手願うッスよ」

 チーグルサブアームで、ジレーザロケットハンマーを正面に構える。いくら裏路地とはいえ、ここでは壁蹴りに使う壁面も少ない。自分の装備では、立体的な動きは大きく制限されている。自然、その姿勢は迎撃に傾く。

「虫が、喋ったりするものではなくてよ。すぐに芋虫にふさわしい体勢に変えてあげる」

 急加速して、一直線に向かってくる。正面からの横薙ぎを、ハンマーの柄で受け止め、その間にヴズイルフを構える。が、脚を止めたのはほんの一瞬だ。力比べは徹底的に避ける構えを崩さない。

「野蛮な……腕力自慢なんて、今日日流行らなくてよ?」

「それでも自分には、これしかねーッス!」

 このスピードで迫る相手に、フルスイングでの一撃は狙えない。小さく、細かく、速く。姉さんとの訓練で言われたことを思い出しながら、とにかく相手の速度に食らいつくことを考えなければいけない。

 

 

 開いたケースが地面に置かれ、主の手からその上に移り、身体を横たえる。

「切断されたのが脚部でよかった。これならまだリカバリー出来る」

「主、一体、何をするおつもりですか?」

「新装備、と言うか、追加装備を出す。使い慣れてないのもそうだけど、新しい装備管制ソフトが入るから、少し時間がかかる。その間は、ミーシャに耐えてもらうしかない」

 主は話しながら、手早く両脚部と、右腕部を外し、別なものと換装する。リアユニットにも、新しいパーツが追加される。

「後は、管制用プログラムだ。機動制御まで書き換えてる余裕はないから、悪いけど重量バランスの変更はマニュアルでサポートしてくれ」

「分かりました……しかし、これは……」

 追加された武装は私の予想を超えたものだった。私にこれが使いこなせるのだろうか……

 

 

 上段から振り下ろされる鎌を受け止める。もはやハンマーとして使うより、長柄の部分しか活用出来ていない気がする。それほどまでに、高速で飛び回るレグルスに攻め掛かるのは困難だった。一度距離を置いて、再び急降下。速度を乗せた横薙ぎは、防ぐだけならいざ知らず、反撃に転じようとするとその影さえ掴ませてくれない。

「ちょこまかと……もうちょっとこっちに合わせようってつもりはないんスかね……ッ」

「嫌あよ。私はこれでも天使型なのよ? 何故虫に合わせないといけないの?」

 大分傷つく。自分だってこれでも一応乙女なのに。

 再び加速して、攻撃の構え。大分打ち合うタイミングも慣れてきた。一撃受け止めて、その隙にヴズイルフを撃ち込んでやる。決めてしまえば、意識を切り替えるのは簡単だ。ハンマーを構え直し、受け止める姿勢をとる。

「だから、虫なのよ」

 受け止めるつもりで振るったハンマーは、空しく宙を切る。黒い天使は正面から突っ込んでくると見せかけて、足を使って思い切りブレーキを掛けたのだ。

「身体に力が入りすぎてて、何か狙ってるのが見え見えだわ。はしたない」

 速度こそ乗らないものの、鋭い横薙ぎの二連撃。咄嗟にサブアームで身体を庇うが、左肘の先から寸断される。しかし、それだけで攻勢は終わらない。左腕をまっすぐこちらに向けると、腕の先からビームガンが放たれる。

「う、がッ!」

「声まで癇に障るのね。さっきのエスパディアとは、本当に比べるところがないわね」

 正確に身体の中心に二発。浅くないダメージに、片膝をつく。

「約束どおり、芋虫にふさわしい身体にしてあげる。精々、無様に転げまわって、私の怒りを慰めて頂戴」

 ゆっくりと、死神の鎌が振り上げられる。余裕のつもりなのか。わざとらしく振り上げられたそれが、目の前で黄金色に輝く。振り下ろされた刃を、残った右腕で防ぐ。相手の足は完全に止まっている。あれほど望んだ、力比べだ。右腕が飛ぶまでの、ほんの一瞬。ヴズイルフを突き出して、引き金を引くだけの間はあった。狙いも録につけられなかったが、放たれた銃弾はヘッドセンサーのアンテナ部分を撃ち抜いた。せめて一矢報いることは出来た。その思いから、口元が緩む。が、次の瞬間視界が揺れた。

「この、クソ虫が! この、私に! よくも、よくも!」

 下顎を、思い切り蹴り上げられたのだと分かったときには、仰向けに倒れていた。そのまま、腹を踏みつけるように、何度も蹴られる。

「レグルス、遊んでんじゃねえよ。とっとと片付けろって言っただろう?」

「嫌よ! この虫けら、バラバラにしてやる! いいえ、ただバラバラにするんじゃ飽き足らない、もっともっと、苦しめてから始末してやる!」

 蹴り足が止まったかと思うと、突然、サバーカレッグの膝を焼かれた。ビームサイズの刃が、ゆっくりと押し当てられたのだ。

「ぐッ、ああッ!」

 腕を飛ばされたときのような、瞬間に断ち切られる痛みではなく、じわじわと焼かれるような痛みが這い上がってくる。やろうと思えば一瞬で両断することも出来るだろうに、わざと時間を掛けているのだ。

「このまま、全身をじっくりと焼き上げてあげる……」

 自分の口から漏れる悲鳴が、遠いところから聞こえるような気がした。膝を焼く痛みに気が遠くなった。が、意識を手放そうとする度、頬に蹴りが飛んでくる。

「何を勝手に気絶しようとしてるのよ。そんな簡単に楽になんてさせないんだから」

 そう言うと、今度は反対の足に痛みが走る。今度は足首が焼かれている。

「レグルス、遊んでんじゃねえって言ってるだろ。今日は裏バトルじゃあねえんだ、そういうのは、喜ぶ客の前でやってやれ」

 呆れたように、相手のマスターが言っているのが聞こえるが、もうどこから聞こえるのかも分からない。アーンヴァルの嘲笑が、耳にこびりつくようだ。

「さあ、次は腕の番かしら……いよいよ芋虫ねえ……」

 眼の端に、鎌を振り上げる死神が見える。しかし、次の一撃はいつまでも降ってくることはなかった。

「なあんだ、お色直しだったのね……?」

 意識を失う前に耳に届いた言葉は、溢れんばかりの喜色に満ちていた。

 


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