暗い路地裏を照らすように、バルディッシュ、と呼ばれた大鎌が、黄金色の光を放った。その光が収まると、鎌はその姿を変えていた。
「ザンバーフォーム。これが私のバルディッシュの、本当の姿よ……」
巨大な光刃を持つ、光の斬馬刀。見るからに大出力のビームで構成されたそれは、重さを感じさせない速さで振るわれた。神姫の身長よりなお大きい刀身が、長柄の先から伸びている。
「さあ、いくわよ。貴女の剣で、受け止め切れるかしら?」
妖艶な笑みを浮かべながら、ふわりと宙に舞い上がる。夜の闇の中、光が尾を引くように長く伸びる。GNソードⅤも同じ光線剣だが、出力が大きく違う。その一撃を受けるが、質量差も腕力差も越えて、シャウの方が弾き飛ばされる。
「くッ!」
「あらあら、せっかくのお誘いなのに、しっかり受け止めてくれなきゃ嫌よ?」
さらに間合いを詰めて、上段からの切り下ろし。背面のブースターをフルに使ってなんとか受け止める。しかし、それを追いかけるように撃ち込まれるトークンからの光弾を防ぐシールドまで張る余裕はない。
「しっかりしろぉ、嬢ちゃん! ソードビットが遊んじまってるぞ!」
「そう……言われても……ッ!」
急に追加された新装備も、扱うシャウに余裕がなければ使いこなすことが出来ない。数発喰らい、バランスの崩れたところを弾き飛ばされる。地面に墜ちるのだけはなんとか避け、追撃のビームにはなんとかシールドを間に合わせる。
「ごめんなさいね、オーナーが急かすものだから、あまり時間はないの。でも、心配しないで。貴女は首だけになっても、変わらず愛してあげるから」
なおも悪意と微笑を振り撒く天使。あの大型のビームザンバーをどうにかする方法は、ひとつある。その使い方も、シャウの中にあるはずだ。問題は、それを実行出来るかどうかだった。
「やっとやる気を出しやがったか」
我が神姫ながら、レグルスの奴には毎度ひやひやさせられる。本気を出せば裏バトルのチャンピオンだったマオチャオ型にも劣るとは思わないが、いかんせん斑っ気が過ぎる。すぐに娑婆っ気を出して遊びたがるのだ。本来なら、レグルスの性能としては長く戦闘を続けるのには向いていないというのに。
今も展開している、ブーケット・オブ・リリアーヌも制限が多いスキルだ。あれのトークンは稼動時間にも攻撃回数にも制限があり、それを超えると消滅してしまう。レグルスはうまく扱って誤魔化しているが、展開している最中の負荷といい消費するエネルギーといい、気軽に何度も使えるものではないのは確かだ。恐らく、今日はもうこれ以上発動出来ないだろう。おまけにバルディッシュのザンバーフォームまで展開してしまった。あれも威力相応にエネルギーを消費する。本人は余裕を見せているが、もうそれほど長い時間は残されていないはずだ。
しかし、あの小僧の表情は気に食わない。バルディッシュのザンバーフォームは文字通り、死天使の刃だ。神姫もマスターも、その威力の前には絶望に頭を垂れる、そういうものでなくてはならない。現にあれを目の当たりにして、無事に済んだ神姫はいないのだ。なのにあの小僧の眼には、未だに希望の光が灯っている。それが気に食わない。あるいは、頭が抜けているのか。
レグルスがバルディッシュを掲げて駆ける。何度かは打ち合っているが、出力の差は明らかだ。力比べは不向きだが、ここまで威力に差があるのなら、相手のビームサーベルに干渉して機能不全を誘発し、サーベルごと叩き斬ることも出来るかもしれない。
レグルスの背後で、リリアーヌのトークンが展開する。あれもそろそろ、時間切れのはずだ。それを裏付けるように、レグルスを追い越して相手のエスパディアに向けて衝突コースを取っている。
「くッ!」
再び展開されるビームシールド。三つの爆炎が寸刻灯る。新しく装備されたパーツに、シールドを展開する出力装置でも組み込んであるのだろう。しかし、あの程度のシールドではトークンの攻撃は防げても、バルディッシュの斬撃は到底防げない。横薙ぎの一閃が、軽々と障壁を引き裂き、エスパディアに迫る。次いで、上段からの打ち下ろし。ビームサーベルが受け止めるが、それはバルディッシュに比べると、いかにも脆弱だ。
「さあ、受け入れて頂戴? それとも、貴女には少し大きすぎるかしら?」
「シロ! お願い!」
「任せろ!」
思い出したかのように、ソードビットがレグルスの背後から襲ってくる。片手を振り上げ、ビームガンで牽制しながら、距離を取る。
「そんな小さな刃で私を満足させるつもりかしら?」
軽口を叩きながらビットを避ける。扱いなれていないのか、ビットの動きは単調だ。そんなものではレグルスの動きを捉えることは出来ない。しかしそれでも、交互にしつこく追いすがるビットに、今までより大きく距離を開けさせられた。
「シャウ! 『セブンスソード』を使え!」
エスパディアのマスターが叫ぶ。スキル名か何かか? なんにせよ、所詮は苦し紛れの付け焼刃だ。俺のレグルスと、バルディッシュに敵うほどの何かであるわけがない。
直線的な動きで、ソードビットが駆ける。本来ならばビットの動きは、もっと曲線的で読みにくいものであるはずだ。が、今はそうやって扱うのが精一杯。六つの刃を、ほとんど同じ軌道で動かすだけでも、シロにゃんのサポートを経た上でなおも頭痛という形で負荷が現れる。習熟すれば自在に扱えるのだろうが、今の単純な動きでは死天使を捉えることは叶わない。ビームガンが牽制で放たれるが、それはこちらの動きを制限するためのもので、命中を狙ったものではなかった。その合間を通るように、ソードビットを走らせる。だが、それこそ牽制以上の役は果たせない。
『セブンスソード』。その名は確かに私の中に知識としてある。この追加装備を扱うための基本動作プログラムと共に、私の中に書き込まれていた。確かにそのスキルを使えば、バルディッシュに対抗することが出来るかもしれない。しかし、リスクもあるのだ。扱いを失敗すれば、こちらもただでは済まない。しかも、一度として扱ったことのないスキルでもある。
「嬢ちゃん、どうする? やるならやるで、決めてくれ!」
私の迷いが伝わったのか、シロが頭の後ろから声を荒げる。セブンスソードを使うためには、シロの協力が欠かせない。しかし自律思考型とはいえ、私の武装のひとつであるシロには、独立して武装を動かす権限はない。あくまで、私の動きを補助することがシロの役割なのだ。
「あら、まだ何か隠してるものがあるのかしら? 隠し事の多い女って、私、好きだわ」
まるで舌なめずりをするように、こちらに視線を送ってくる。迷っている時間はない。
「シロ、セブンスソードを使います。力を貸してください」
「当然だ、俺は嬢ちゃんの手足だからな!」
「スキル、発動! セブンスソード!」
散っていたソードビットが、光の尾を引いて駆け戻ってくる。長短六枚の刃が組み合わさり、GNソードⅤを中心に組みあがっていく。第七番目の剣と名づけられたスキルは、長大なバスターソードを作り出すスキルだった。光で形作られた巨大な刃は、大きさに比して重さを感じない。羽を振るうように軽く振り回すことが出来る。奇しくも私に与えられた新しいスキルは、レグルスのそれと同種のものだった。
「あはははは! なんて素敵なの! あなたも私のバルディッシュと同じものを持ってたのね? 素敵じゃない! 素敵だわ!」
溢れる喜色を隠そうともしないアーンヴァル。その眼差しに宿る狂気の色は、一層濃くなってきている。黄金色に輝くザンバーを振るい、襲い来る。しかし私の闘志は逆に燃え上がる。私が握っているのは、主が作ってくださったもの。ならば、それが私を裏切るはずはない。
「決着をつけましょう!」
私の方からも、前に出る。互いの一撃に、速度を足して、交錯。押し合うことを嫌って、切り払われる。が、それはセブンスソードの圧力がバルディッシュのそれに追いついていることの証左だ。死天使を追って、二閃、三閃と、バスターソードを振るう。それを払い除け、寸刻攻守が入れ替わる。黄金色のザンバーが一閃。受け止め、力で押し込む。それを嫌うのは死天使の方だ。開けた距離を惜しむかのように、互いの左腕から放たれたビームが火花を散らす。
互いの主力は近接戦でしか振るえない。牽制で撃ち込まれるビームガンなどでは、勝敗が動かないことはお互いに分かっている。それでもなお、互いの余裕を少しでも削るかのように、光の矢が放たれる。その次の瞬間には、高速域まで加速した一撃を交換し合うのだ。
「あはははは、素敵よ、素敵だわ、こんなにも相手のことを感じるダンス、私、初めてよ! もっと、もっと頂戴!」
昂ぶった声を上げる死天使だが、それほど余裕はないはずだ。ブーケット・オブ・リリアーヌの支援もなく、ザンバーと互角の威力を持つバスターソードが私の手に握られた今、優位と言えるものは全て覆されている。にも拘らず、彼女の余裕の態度は崩されていない。勿論、死天使の優位を覆したと言っても、私が今まで劣っていた部分がようやく追いついた、と言うだけのことだ。私に余裕があるわけではなく、ソードビットを操作するときのような頭痛は今も私を蝕んでいる。
「余裕のない顔ね? そうやって歪めた顔をしているのも、貴女、美しいわ。でも、その調子じゃあ、さっきみたいにビームシールドを張る余裕、ないんでしょうね?」
その通りだ。この高速域での戦闘で、しかも頭痛を抱えながらシールドにまで振り分けるリソースはない。もっとも、シールドを張ったところでバルディッシュの一撃には耐えられない以上、張る意味はあまりないのだ。
「だとしたら、やっぱり貴女の負けだわ。さあ、もう一度咲き、狂いなさい、ブーケット・オブ・リリアーヌ!」
死天使の声に応えるように、光球が三つ、現れる。狂い咲いたユリの花が、それぞれに散って私に狙いを定めた。