蠍の尻尾   作:深波 月夜

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「やあ、どうだい?勝ってるかい?」

 二回戦の終わった俺に、そう声をかけてきたのは日野だ。

「本当に応援に来てくれたのか、律儀だな」

「口実だよ。大会が終わったって全員がすぐ解散するわけじゃないでしょ。多少は息抜きもしないと」

 ああ、なんだかんだ言って、日野も遊びに来たのだな。とは言っても、今日の大会には日野からしたら格下の相手しか参加していないのだが、それはいいのだろうか。

「それに、ここひと月くらいはまったくバトルに参加してないし、勝手を忘れてるところもあるからね、リハビリだよ。な、リリィ」

「またそんなことを言って。ただ弱い相手を狩るだけなら、私、やりたくありませんわ」

「はは、これは手厳しいね」

 日野はそう言って苦笑いを浮かべる。なるほど、イーダ型は気位の高さが有名だが、こういうことになるのか。その辺り、神姫の性格は本当に様々だ。こういうところはプレイヤー自身が操作するタイプのフィギュアバトルゲームにはない感覚だな、と感心する。

「えー、それでは参加者の皆様、三回戦の組み合わせを発表いたしますので、お集まりくださーい」

「お、花道だ。真面目に店員やってるんだな」

「真面目かどうかは置いといて、やってるよ。それじゃ、後でな」

 そう言って、参加者を集めている花道の方に向かう。花道からプレイヤーカードを受け取ると、対戦相手に挨拶をする。その肩にはミズキ型が乗っている。なんだか、今日は割と最近発売した型とばかり当たってる気がするが、サードリーグは一年くらい真面目にバトルロンドに参加していれば、セカンドに昇格出来るという話も聞いたことがある。そういう意味では、サードリーグ所属で熟練のプレイヤーというのは極少数なのだろう。

 俺は筐体に入ると、早速武装の設定を始める。バトルフィールドは「夜の室内」……。これは参った。室内のマップはシャウにとっては一番苦手なステージだ。と言うのも、室内はそれほど広い空間が確保されていないので、飛行装備との相性は最悪なのだ。逆に陸戦装備でも高機動装備や大火力装備では戦いにくく、あまり人気の高いステージではない。

「どうしようか、とりあえず機動力優先のデフォルト装備で行くか?」

「そうですね、あの狭い室内で高速装備だと自滅しかねません」

「じゃあ、とりあえずデフォルト装備にスカートアーマーを追加して、ソードビットはサイドボードにしておこうか」

「それならメイン武装は鬼姫とジュダイクスでお願いします」

 プレイヤーと神姫には、こうしてそのバトルフィールドごとに装備を整える時間が五分ほど与えられる。ランダムフィールドでバトルが進行する限り、いつでも自分の装備と最高の相性で戦うことが出来るわけではないのだ。こうしてそのときの手持ち武装の中から、足し算や引き算をして、あるいはサイドボードを駆使して適した形を選ぶ。戦いは既に、武装構築の段階から始まっているのだ。

 

 

 室内マップは幾つかの部屋に区切られている。ただでさえ色々な障害物が詰め込まれたステージだ。それが夜になると、障害物の陰がより多く、深くなる。先ずは索敵をしなければ始まらないのは確かだが、この暗い室内で、そのモチーフが忍者であるミズキ型と戦うのは、正直不利だ。相手がどこに隠れているのかが分からない。そして、気づいたときには、私のすぐ傍にいるかも知れないのだ。

 しかし、そんな不安はすぐに晴れることになる。大広間に入ると、そこには煌々と照る満月を背に、ミズキ型が腕を組んで待ち構えていた。忍襟布、陽炎が風にはためいている。

「ずいぶん遅い到着じゃのう、待ちくたびれたぞ」

 月明かりに照らされて、白い忍び装束が輝いているようにも見える。

『忍者型にしては堂々とした登場だな。てっきり物陰に隠れて攻撃してくるものだと思っていたが』

「期待に添えられず残念じゃが、妾はそういうのは、不向きでのう。どうせなら真正面からやりたいものよ」

「それはこちらも望むところです!」

 大広間は私が飛び回るのに充分とは言えないが、それでも他の部屋に比べれば大分ましだ。サブアームを展開し、四刀を構える。それを待っていたかのように、赤い飾り布がつけられた飛び苦無が投げつけられる。まっすぐに飛んでくるそれを、咄嗟に剣を盾にして払い除ける。

「尋常に勝負、と言いたいところじゃが、お主と斬りあうのは大分骨が折れそうなのでな。こちらの得意な距離でやらせてもらうぞ」

 そう言うと、立て続けに苦無を投げてくる。飾り布をはためかせた苦無を、苦もなく私は払う。何の仕掛けもなく、ただ飛んでくるだけのそれを打ち落とすことなど、造作もない。私は剣を横に構えたまま、前に進もうと足を出す。

『油断するな、正面!』

 主の声に、一歩後ろに跳び退る。一瞬遅れて、そこには苦無が突き刺さった。注意を怠ったつもりはなかったが、いつ投げられたか、気づかなかった。

『二回戦のときと同じで、飾り布は目くらまし……本命はその、飾り布のない苦無ってわけだ』

「ほう、仕掛け苦無に気づきおったか。お主の主人は中々優秀なようじゃの。しかしの、気づいておれば避けられるというものでもあるまいぞ?」

『まだ何か仕掛けてくるかもしれない、距離を詰めるにしても、注意しながらだ』

「承知!」

 連続して飛んでくる苦無を、時に避け、時に剣で受けながら進む。目くらましだと分かっていれば、それに気を取られることもない。いかに間断なく飛んでくると言っても、サブマシンガンやガトリングの作る弾幕とは比べるべくもない。一歩、また一歩と間合いを詰める。

「……それが甘いと言うのじゃ」

 突然、身体の横が弾けた。何があったのか分からぬまま、身体は反射的にダメージを庇い、次いで詰めた距離を手放すように後ろに飛ぶ。が、何かに足を取られ転倒する。

「お主、罠があると気づいておれば罠にはかからぬと思っておろう?」

 それを機とばかりに、無数の苦無が飛来する。

「本物の罠というのは、そこに罠があると分かっておっても、かかってしまうものなのじゃ!」

 倒れた状態で避けられるものは避け、落とせるものは叩き落とす。が、いくつもの苦無が身体を直撃する。その苦無の内の幾つかには、火花を上げる筒のようなものがくくりつけられている。

「これぞ忍法、飛雷火の術」

 筒が爆ぜる。身体を床に叩きつけられながらも、最初に爆ぜたのはこれだったのか、と頭のどこかで納得した。

『シャウ! シャウ! しっかりしろ!』

 主の声で、手放しかかった意識を繋ぎとめる。体勢を立て直し、ダメージチェック。各部とも、動かなくなった箇所はない。まだいける。

『大丈夫か、シャウ』

「はい、まだやれます」

 主の声に、短く答える。次いで、広間の入り口辺りを確認する。そこには苦無に繋がれた、ワイヤーのようなものが張ってあった。さっきはあれに足を取られたのか。よく見ると、幾筋かのワイヤーが張られている。

「尋常に勝負するのではなかったのですか?」

「何を言うておる。妾は忍び、使えるものは全て使うのが忍びの常道よ」

 再度構えを取るその手には、大手裏剣『白詰草』が握られている。大きく振りかぶるその一瞬、左腕を掲げてビームガンのトリガーを引く。牽制に放たれた光弾は、うまいことミズキの胸に吸い込まれていく。当たった!

「甘い、と言うておろうに」

 声と共にミズキの姿が煙に包まれて消える。

「忍法、変わり身の術よ」

 あらぬところから白詰草が飛んでくるのを、視界の隅で捉える。

「くっ、厄介な……!」

「ほめ言葉として受け取っておこうかの。さ、次々にゆくぞ、どこまで耐えられる?」

 とにかく距離を詰めなければ。途切れることなく投げられる苦無の雨に、バリアシールドを展開して突き進む。苦無くらいのものであれば、はね飛ばせる。

「ほう、二回戦で見せたシールドか。厄介じゃの」

 後ろに跳び退りながら、苦無に紛れて白詰草を投げる。幾つかの苦無が、シールドに触れると同時に爆炎をあげる。炎に紛れさせるつもりだろうが、白詰草は見失っていない。それを避けて、更に追いすがる。

『後ろ、防げ』

 咄嗟に反転して鬼姫を振るう。そこには避けたはずの大手裏剣。ワイヤーでヨーヨーのように戻ってくるよう仕掛けられたものらしい。それを打ち落とし、意識をミズキの方に戻す。しかし、目を離した隙に、ミズキは逆にこちらの間合いにいた。手には忍者刀『風花』が握られている。サブアームでその一撃を防ぐが、一瞬でも意識を他に向けると次の瞬間には思いもかけない動きをしてくるのが厄介だ。

「さて、そろそろ頃合かのう。お主に今から、ぞっとするものを見せてやろう」

そう言うとミズキは、懐から巻物を取り出して口に咥える。

「先ずは一の手……スキル発動、『神力解放』!」

言葉と共に、ミズキの身体が輝きを帯び始める。神力解放はミズキの使う、「SPを固定する」スキルだ。条件が整えば、スキルを無尽蔵に使うことが出来るようになる。ぞっとすることとはこのことだろうか。しかしこれだけなら、厄介であることは確かだが、ミズキ型の手としては特筆することとは感じない。

「次いで二の手……スキル発動『二重影分身』!」

 淡い光を放ちながら、ミズキの身体がふたつに分裂する。

「どうじゃ、斯様な技は上位のリーグでも見たことはあるまい。さて、尋常に勝負と参ろうかの?」

「なんというスキルを……」

 二人のミズキは、互いに違う動きをとっている。ということは、単純なコピーではなく、自分の姿そっくりのトークンを作り出すスキルということか。

『シャウ、シールドを送る。連携までとられたら面倒だ、分断するぞ』

「承知」

 左肩にポリゴンが集まり、ビットコンテナを兼ねたシールドが転送されてくる。頭の中で片方のミズキに狙いを定めると、シロがそれを読み取って即座にソードビットを飛ばす。長短六枚の刃が光の尾を引いてミズキの片割れに襲い掛かる。所狭しと駆け回るビットに、風花を振るって対するミズキ。一方もう一人の片割れは手に忍刃鎌『散梅』を構え、こちらに向かってくる。

「今度こそ、文字通りに、いざ尋常に勝負じゃ!スキル解放、『真・蕾散らし』!」

 輝きを纏ったまま、大振りの鎌が投げつけられる。左肩の物理シールドで受けるが、刃が突き立った瞬間に込められたエネルギーが爆ぜる。

「まだまだゆくぞ! スキル発動、『散蓮華』!」

 ビットの攻撃に晒されていたもう一人のミズキも追いかけるようにスキルを発動する。投げ放たれた苦無と手裏剣が分裂を繰り返しながら迫ってくる。バリアシールドを張るが、スキルで強化された刃は光の障壁を貫いて飛来する。咄嗟にサブアームで身体を庇うが、ダメージは避けられない。

 一撃、そう、一撃でいいのだ。ミズキはそのモチーフ通り身軽さと回避力が身上。その分装甲は極めて薄い。一撃をまともに入れれば、切り伏せてしまえる。飛んでくる苦無や手裏剣を寸刻無視し、突撃。半ば無理やりに接敵して小さい挙動で突く。ミズキの胸に、鬼姫が突き立つ。

「よい動きだの、しかし、攻め手が正直すぎるのが難よな」

 言葉と共に、ミズキの姿が煙を残して掻き消える。

「変わり身の術……二度同じ手にかかるのは、忍びとしては二流よ」

 後ろから飛んできた苦無を、バリアシールドを張って防ぐ。しかし、どうする。強引な攻めも、遠隔からのビットも、決定打とはなりえない。ずきん、と頭の芯が痛むのは、ビットとバリアを同時に使っている負荷からだ。走る思考の足枷となって、確実に主張をしてくる。

『シャウ、サイドボードを送る。こっちもスキルで対抗だ』

「しかし、この状態では、そもそも命中が見込めません!」

『大丈夫、俺を信じろ』

 操作に負荷がかかる上、武装をパージしてしまう『ブラウヒルシュスラスト』は論外。ランサメントの武装まで必要な『モードヘラクレス』も、これまた論外。『ディアホーンスラッシュ』や『無銘:大顎』を使うための武装は既に揃っている。となると、残るのは……

「スキル発動、『パッシング・シェイブ』!」

 主が転送してきたリノケロスを芯に、二本のジュダイクスを合わせる。組み上げられたのは両刃の大剣、ギラファブレイド。モードヘラクレスでも使われる、重量剣だ。頭上でギラファブレイドを旋回させる。すると、広間の中に空気の渦が形成される!

『バーチャルでは追加効果があるスキルもある……パッシング・シェイブのもうひとつの効果は、敵を自分の至近距離に引き寄せることだ!』

「これは……! 風が、妾の邪魔を……!」

 空気の渦は私を中心に所狭しと周囲のオブジェクトを運んでくる。それと共に、いまだ神力解放の光を失わない二体のミズキも! 渦巻く風に運ばれてきたミズキに、横薙ぎの一閃、次いで天井まで飛び上がり、重量を加えた一撃をもう一閃。二体のミズキ、いずれが本物なのかが分からないのなら、両方まとめて斬ればいい!

 片方のミズキはパッシング・シェイブの重撃を食らって、光の中に溶け出した。ということは、もう片方のミズキが本物ということ! ここぞとばかりに、私に残されたカードを立て続けに切る!

「もうひとつ、スキル発動! 『ディアホーンスラッシュ』!」

 ディアホーンスラッシュは出が速く、追撃に用いられることが多い。今この場面で追い討つのにこれほど適したスキルはない。展開したサブアームが鬼姫を振るい、十字に斬りつける。これで、勝負ありだ! ミズキの身体から、スキルの輝きが消えていく。が……

「言っておろう、攻め手が正直すぎる。相手の裏をかかねば、忍を捉えることなぞ出来んぞよ?」

 煙と共に掻き消えたミズキが、広間の窓辺に立っている。満月を背にして、腕を組んで。しかし、忍び装束はどこも傷だらけで、確かにダメージは負っているのが分かる。

「また変わり身ですか……」

「わんぱたあん、か? 安心せい、もうこれ以上の仕込みはないわ。一度の戦いで三度もこの術を使わされることなど、ついぞなかったことじゃからのう」

「しかも、神力解放。時間切れのようですね?」

「おお、その通りよ。まさかお主達がここまでやるとは思っていなかったものでな。ここからは、普通に戦うより他に方法はのうなったわ」

ミズキが笑いながら言う。それでも、まだ安心出来ない。そう思うのは穿った見方だろうか?

「そうじゃろうと思って、の」

 身体のどこにこれだけ隠していたのか、手裏剣や苦無、巻き物の類を全て放り出す。

「真・白神流忍術の名に懸けて、推して参る!」

 最後に刀を構えた瞳は、真剣そのものだ。私もその心意気に打たれた。リアユニットを丸々パージして、両手に持っている双剣を構え直す。

「我が主の名に懸けて、いざ尋常に勝負!」

 ミズキには右手に忍者刀『風花』が、私には両手に鬼姫が、それぞれ握られている。さっきまでの入り乱れての戦いが嘘のように静かに、ゆっくりと、互いの間合いを意識しながら向かい合っている。

「参る!」

 ミズキが一歩、間合いを割った。それを合図に私が受ける。その流れはいつしか見た、二振りの片刃剣を使った演舞だ。剣で払い、対の動きで斬りつける。打点を上げた次は蹴りを挟んで低く攻める。回転を基本にし、一撃一撃に遠心力を加算する。それだけで受け続けるミズキには、やりにくさが付きまとうはずだ。さっきまでの正面からの動きではない。曲線的に舞うような演舞の動き。

「こんな動きまで隠しておったのか、さても面白き奴よ……しかし、これが受けられるかの?」

 一歩後退ると、刀を構え直し……。

「スキル発動『真・白拍子』!」

 満月を背景に、舞のように刀を振るうミズキ。縦に振るわれる斬撃中心の技を、横に払う曲線の動きで相対する。飛び回る白い影を着実に迎え撃つ。二閃、三閃……。凌いだ! 

『今!』

「ふっ!」

 着地の隙を狙った蹴りは、ミズキの体勢を崩させ、ダウンさせるのには充分だった。白拍子というスキル自体は、バトルロンドでは初期から使われている、言うなればモーションを研究し尽くされた技だ。そのスキルの終わり際にある隙を、見逃がすわけにはいかない。

「おおおぉぉっ!」

 魂魄一閃、交差した鬼姫が、ミズキの身体を床に縫い付ける。

「サレンダー、されますか?」

「……やれやれ、事ここに至っては、もはや討てる物など残るべきやと……」

『あー、つまりサレンダーでお願いします』

「主殿……せめて時世の句を詠むまで待って欲しかった……」  

  短いような長いようなバトルだったが、何とか決着はついたらしい。

『1P シャウラ WIN』

 夜の空に私の名前が表示された。

 

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