蠍の尻尾   作:深波 月夜

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・0-6

「シャウ、欲しいものはある?」

 ある日、唐突に主はそう切り出した。

「どうなさったのですか、急に?」

「いや、誕生日……というか、起動した日のプレゼントに、と思ったんだけど。俺、よく考えたらシャウが欲しいものって、知らなかったんだよね。だから、もういっそ直接聞いてみようと思って」

 そんなことを言われても、そもそも主は私の起動日にあわせて、新装備を作ってくださった。ソードビットとバリアシールド。このふたつは中距離以遠を苦手としていて、物理防御では速度が落ちることを考慮に入れた、私専用の装備だ。武装神姫に対する贈り物としては、これ以上望むべくはない。

「まーすたー、ボクにはそういうこと聞いてくれないのー?」

「アルも起動日近いからな、何かひとつ教えてよ。一緒に用意するから」

「一緒というのは気に食わないけど、そういうことなら遠慮なく。ボクはねー、Vバックルが欲しいなー、勿論、デッキは緑のやつで」

 アルキオネが話に絡んでくる。この子には遠慮とか慎みとかいうものがないのだろうか。そもそもあまりバトルをしないとは言え、アルキオネの主武装は実弾を使うアサルトライフルだ。そういう消耗武装を使っていながらにして、要求だけは人一倍なのだから始末に負えない。

「で、シャウは何が欲しいのかな。何か思いつく?」

「でも主、私は既に専用の武装を作っていただいてますし、その修理費用もかかっているでしょう? その上何か頂いてしまうなんて、なんだか悪いような……」

「それはそれ、ってやつでさ。第一、武装の方は俺が好きで、そうしたいって思ってやったことだし」

 そう言われると、揺らいでしまう。欲しい、と思うものが、ないではないのだ。

「そういうもの、ですか……? それなら、ひとつ、買っていただきたいものがあるのですが……」

「いいよ。ただ、あんまり手に入れるのが難しそうなものはちょっと困るけど」

「あの……刀が、一振り欲しいです……」

 消え入りそうな声だったが、それで精一杯だ。私が以前から欲しかったもの。あの日の秋祭りで見た、刀を用いた演舞。そのときから、私はいつか自分の刀が一振り欲しい。そう思っていた。

「刀か……そうだな、刀か……」

 主は何か、難しい顔をしている。私、何か大変なものをお願いしてしまったのだろうか。

それとも、自分から欲しいものをねだるなんて、やっぱりいけなかったのだろうか……。

「まあ、まだ日はあるし。何とかしてみようか」

 

 

 それから一週間ほどが過ぎた。

「シャウ、買い物に行こう」

「はい、身支度が必要ですか?」

 主の格好を見て、つい尋ねる。ご近所に買い物に行くにしては、格好がしっかりしていて、遠出するように見えたのだ。

「まあ、普段どおりでいいよ。でも電車を使うから、ケースで頼む」

「はい」

 そう答えると、簡単に外出の支度をして、ケースに収まる。近場ならともかく、遠出をするときには移動用ケースは半ば必須だ。人混みの中では落下することもありうるし、万が一人間に踏まれるようなことがあったら破損は免れない。そんな危険を回避するためにも、我が家ではケースを使うことが多い。

 数十分ほど電車に揺られ、着いた先はY駅にある専門ショップの特設展示コーナーだった。主に言われてケースから出ると、そこにはショーケースの中に幾振りもの刀が展示されていた。それも、神姫サイズの……。

「主、これは……?」

「いや、せっかく買うんだったら、為虎添翼みたいな量産品じゃなくて、ちゃんとしたのを、と思ってさ。ここで扱ってるのは流石に予算オーバーだけど、まずはどんな刀がいいのかなあ、と思って。ここなら長刀から脇差まで、いろいろなサイズもあるし、比較して見るにはちょうどいいかと思って」

「はあ」

 どうしよう、主の発想は私の想像のはるか上を飛んで行ってしまった。ここにあるのはどれもこれも神姫の武装として最高の逸品と言われるものばかりだ。その分価格も生半可な神姫用武装の比ではない。

「まあ、見るだけなら只だし、まずは気楽に見て回ろうよ」

「……はあ」

 まあ、そういうことならいいのだろうか。ウインドーショッピングのようなものと思えば気楽でいいのかもしれない。でも、本当にそうか? 若干、本当に若干だが、我が主ながら、「これは駄目なのでは」という不安が頭の片隅から湧いてくるのは、気のせいだろうか……。

「まずは長さなんだけどさ、どんなのがいい? 実用ならやっぱり太刀くらいの大きさが欲しいけど、普段持ち歩くんなら懐刀みたいのでもいいのかな、って思うんだけど……」

「……もしかして、主、刀、お好きですか……?」

「大好きです!」

 ……そのときの主の表情は、今まで見たこともないような、満面の笑顔だった。

 

 

「あっ……」

 シャウの目が、一振りの刀の前で止まった。刀の銘は、『和泉守兼定』。幕末に活躍した新撰組副長、土方歳三の所有した刀として有名だ。勿論これは模造ではあるが、新進気鋭の刀鍛冶が精魂を込めて作った逸品らしい。

「この刀が気になる?」

「……えっと」

 ここで言葉を濁すなんて、よっぽど気になってるんだな。

「いいんだよ、ウインドーショッピングなんだから、気になるものがあったら、気になるって教えてくれれば。で、どう?」

「はい、気になります……」

 たっぷり間を置いて、ようやく出てきた言葉はどんどん小さくなって、消えてしまうような声だった。まあ、この展示方法だと、横に置いてある正札もいやでも目に入ってしまう。このお値段だと、流石に気軽に気になるとは言えないのも分かる気はする。

「じゃあ、手に取って見られるか聞いてみようか」

「えっ、いえ、流石に、そこまで、厚かましくしては……だって、結局は、買いませんし……」

「だから、そういうのは気にしなくってもいいんだよ。いざとなったら、本当に買っちゃえばいいんだし」

 そうは言ったものの、本当に買うとなったら、このお値段は高校生ならずとも、相当な気合が必要だ。それでも今この場で引いたら負けな気がする。意を決して、係の人を呼んで手に取って見てもいいか尋ねてみると、あっさりと許可が出た。シャウをショーケースの上に立たせると、係の人から刀が手渡される。柄を握り、刃紋を眺め、矯めつ眇めつしながら、たっぷりと時間をかけて眺めている。

「どう、気に入った?」

「はい……」

 さっきまでの反応から、この素直さ。どうやら、本当に気に入った様子だ。その目は、どこかうっとりとしたような色さえ漂わせている。うん、その感覚は、本当に分かる。

「……ありがとうございました」

 たっぷり二十分は眺めていただろうか。シャウが、思い切った様子で刀を返す。

「どうだった?」

「言葉が出ませんね……あのような品を手に取ることが出来ただけでも、充分です」

 そこまで惚れ込める品を見つけることが出来たのなら幸せだ。俺が口を開くより早く、シャウはそそくさとケースに戻って、帰り支度をしている。ふむ……。

 

 

――そのあと、どうなったか、ですって?

 ええ、一時間ほど主に小言を言わせていただきました。いかに神姫の身とは言え、家計を案ずる気持ちがあるのを、主には一度分かってもらわねば、と心底思いましたから。

 

――今ですか?

 毎日の日課を終わらせてやってくる素振りの時間が、幸せなものになりましたよ。

 この刀は多分、私の一生の宝物になりますから。

 

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